不意の突入
大分県西部に現れた異界。その異界に突入して、今日で十日目である。そしてこの日、浩司は水堀の埋め立て開始を決断。そのことを征伐隊の全員に伝えた。
一度埋め立てを始めれば、敵側は当然それを妨害するだろう。どのタイミングで妨害されるのか、それは分からない。だが妨害されることだけは確実だ。それで埋め立て用のコンクリートブロックなどが十分に集まるまで、浩司は埋め立て工事を始めないでいたのである。
だが十日目にして彼は埋め立て工事を始めることを決断した。埋め立て用のアレコレが十分に集まったから、というわけではない。そもそもどれくらい必要なのかはっきりとは分からないし、たぶん足りないだろうと思っている。それを承知で工事を始めたのは、征伐隊のメンバーの士気が大きな理由の一つだった。
要するに単純な作業に、それも成果が分かりにくい作業に、飽きる者が多くなってきたのだ。それで見切り発車ではあるが工事を始め、完了まではいかずとも目に見える成果を示そうというわけだった。
『なに、一気に完成させなければ無駄になる、というたぐいのモノじゃない。それに今後の見通しも立てないとだからな』
浩司はそう言って慎重論を主張するメンバーらを説得したのだとか。まあ颯谷も人づてに聞いた話である。ともかくこうして埋め立て工事が始まったわけだが、これに先立って浩司は再び跳ね橋を焼くことにした。そうして敵の主力が外へ出てくるのを妨ぎ、工事の安全性を高めようと考えたわけである。
まあ工事が始まっても颯谷のやることは変わらない。工事自体は重機を使って行うので、必要な人手が大きく増える、ということはないのだ。それでこの日も彼は仙果を採取するために異界の西側へ向かった。
「お~、燃えてる、燃えてる」
敵城の正門前を通ると、いつの間にか元通りになっていた跳ね橋が予定通り焼かれている。その光景を横目に見ながら、颯谷は仙果の採取に向かった。
「……っ!?」
最初の仙樹で採取を終えたちょうどその時、颯谷は首から下げたコアの欠片が何かに反応していることに気付いた。そちらへ意識を向けてみると、どうやら敵城のほうに反応しているらしい。
颯谷は眉間にシワを寄せ、リュックサックを担ぎ直すと、予定を変更して敵城の方へ走った。何もないならそれで良い。肩をすくめて当初の予定に戻るだけだ。だがもし敵側に何かの動きがあったのなら。それを見過ごすのは危険に思えた。
(こいつは……!)
果たして敵城に近づくと、颯谷はそこから覚えのある気配を感じ取った。以前、跳ね橋を下ろして主力が出撃しようとしたときの、あの荒々しい気配だ。それと同じモノが、いま敵城の中で膨れ上がっている。
跳ね橋を使えなくしてしまえば、敵主力の出撃はキャンセルできるのではなかったのか。いや主力の定期出撃のタイミングは今日ではない。ということは、これは埋め立て工事の妨害のための行動なのだろう。
(妨害があるだろうと言われていた……。でも跳ね橋は焼いたはず……!)
跳ね橋が使えなければ、物理的に主力を出撃させることができない。船団とかそういう手段で外へ出すつもりなのだろうか。だが颯谷は嫌な予感がした。跳ね橋が焼かれているのに、主力出撃前のあの気配がした。そこが引っかかるのだ。
「はあ、はあ、はあ……!」
息を切らしながら走り、颯谷は敵城の正門前に到着する。跳ね橋はすでに焼け落ちている。だが彼は自分の予感が当たったことを目撃する。
水堀の向こう、彼が見据える先で正門が内向きの観音開きで開く。そのさらに向こうに見えるのは、武者人形と足軽人形の入り混じったモンスターの一団。だが真っ先に颯谷の目が留まったのはそこではなかった。
「いかだ……?」
彼は思わずそう呟いた。モンスターたちが運んでいるモノ、それはいかだに見えた。丸太を数本荒縄で縛ってまとめている。そしてさらにその上に、どうやら木の板を打ち付けてあるらしい。ただいかだというには少々長すぎる。
「っ!!」
それをどう使うつもりなのか気付いた瞬間、颯谷はリュックサックを担いだまま、急いで氣を練り始めた。そんな彼の目の前でモンスターたちは運んできたいかだのようなモノを水堀に架ける。つまり颯谷がいかだだと思ったモノは橋板だったのだ。
簡易的にかけたその橋を通って、いよいよ城内から敵の主力が出撃してくる。今までさんざん邪魔されて鬱憤が溜まっていたのか、武者人形も足軽人形も勢いよく飛び出した。そいつらはただ一人正門前にいた人間、つまり颯谷めがけて殺到する。だが彼は臆することなく、むしろ迎え撃つべく前に出た。
「はあああああ!」
仙樹の杖を腰のあたりで水平に構える。氣はすでに練り上げてある。先頭の足軽人形が繰り出す槍を斜めに一歩踏み込んで避け、彼は仙樹の杖を横一文字に振りぬいた。放つのは伸閃・朧斬り。その一撃は殺到してくるモンスターの一団をまとめて薙ぎ払った。
「よしっ!」
期待通りの戦果に、颯谷は会心の笑みを浮かべる。そして勢いを止めることなく、そのまま開きっぱなしになっている正門目掛けて駆けだした。多数のモンスターが一度に倒されたことで、橋板の上には黒い灰のようなモノがまるで煙幕のように漂っている。彼はかまわずそこへ突っ込んだ。
敵城側も黙って見ているわけではない。弓兵たちがやぐらや塀の上から矢を射る。彼の姿は見にくくなっているはずだが、そこは飽和攻撃でカバーだ。殺到する銀色の矢を、しかし次の瞬間、衝撃波がまとめて吹き飛ばした。
衝撃波は煙幕のように漂っていた黒い灰のようなモノもまとめて吹き飛ばす。颯谷は気にせず正門を目指した。だが敵方の反応も早い。
すでに正門は閉じられようとしていた。閂をかけようとしているのが見える。それでも彼は足を止めない。
門の二枚の扉の隙間はもうほんの十数センチ。その隙間へ彼は仙樹の杖を振り下ろした。展開していた高周波ブレードが閂を両断する。軽いその手応えに笑みを深めると、颯谷は正門を蹴破った。
「カチ込みじゃぁぁぁあああ!!」
テンションが上がっておかしなことを口走りながら、颯谷は城内に殴り込んだ。彼を迎え撃つべく、城内のモンスターがワラワラと出てくる。そいつらを相手に、颯谷は伸閃を駆使して大立ち回りを始めた。
その様子を少し離れたところから唖然と眺めている者たちがいる。敵城の正門を監視していた者たちだ。彼らは毎日ずっとここで監視しているわけではなかったが、今日は埋め立て作業を始めるということで、敵の動きを警戒して監視を行っていたのだ。
より正確に言うと、彼らは正門ではなく敵城の南側を監視した。同じように監視している者たちが東西南北すべてに配置されており、浩司が敵の妨害を強く警戒していたことが分かる。そして彼の予測通り、敵は確かに動き出した。
動き出したのだが。なんと颯谷がそれを一人で蹴散らして、しかもそのまま城内に突入してしまった。監視役、大混乱である。彼らは敵方が打って出てきて、焼け落ちた跳ね橋の代わりに簡易橋板をかけた時点で本部に一報を入れていたのだが、あまりの光景に言葉を失ってしまっていた。急に黙り込んでしまった監視役に、浩司が苛立った口調で状況を確認する。
「おい、どうした!? 敵の様子は!? 応答しろ!」
『……あ、ああ、すまない。その、出撃は、キャンセルされた』
「はぁ、またか!? ……今度も桐島か!?」
『あ、ああ、そうだ』
「どうやった? 橋板を落としたのか?」
『いや、そうじゃなくて……。俺たちも見たモノが信じられない……』
「何があった? 正確に報告しろ」
『敵が橋板をかけて、それで打って出てきたんだけど、その敵を桐島颯谷が全部薙ぎ払った』
「はぁあ?」
『だから、出てきた敵は全部桐島颯谷が倒してしまったんだ! あの木の棒みたいなのを横に一振りしたら、モンスターが全部一刀両断されて……、本当に夢でも見ているみたいだったよ……』
「……それで、桐島はどうした? こっちに一度戻る感じだったか?」
いろいろと言いたいこと、聞きたいことはある。だがそれをすべて押し殺して浩司はそう尋ねた。敵の妨害にどう対処するかは臨機応変にやらざるを得ず、よって颯谷の行動を独断専行と咎めるつもりはない。むしろ冷静になってみれば、良くやってくれたと思う。
だが彼には報連相の大切さをきっちりと説明した。だから事後報告であろうとも一報くれるならそれで良いし、聞きたいことはその時に聞けば良いと思ったのだ。だが監視役の返答は浩司の予想の斜め上をぶった切った。
『あ~、奴さんは、そのまま突入した』
「はぁぁあ!? あのクソガキィィ!!」
思わず浩司は絶叫した。突入したってなんだ。たった一人で敵拠点に突入とか、正気の沙汰じゃない。なんでそこまでアクロバティックに動くのだ。言いたいことは山ほどあったが、しかし浩司はすぐに頭を切り替えた。
「状況を教えろ! 桐島は無事か!?」
『た、戦っているようだが、塀に遮られて確認できない。ただ、新たに出撃してくる敵集団はいない』
「橋板は?」
『そのままだな』
「……お前らで突入して、桐島を連れ戻せるか?」
『勘弁してくれ。無理だ』
「了解した。ではそのまま監視を続けてくれ。動きがあったらすぐに報告を」
『了解。それで、その、桐島はどうするんだ? まさか……』
「すぐに動かせるように待機させておいた部隊があるから、まずはそれを送る。お前たちは合流しなくていい。さっきも言ったが監視を継続してくれ。全体の状況を把握したい」
『了解』
トランシーバーで監視役との通信を終えると、浩司はすぐさま待機させておいた部隊に出撃を指示。簡単に状況を説明すると、部隊員は揃って顔をひきつらせた。そんな中で即応部隊のリーダーである本間拓馬は浩司にこう尋ねる。
「それで、俺たちは何をすればいいんだ?」
「まずは正門付近を制圧して突入経路と退路を確保してくれ。コッチは追加で送る戦力を編成する。状況次第ではそのまま征伐を目指すぞ」
「トランシーバーか何かで桐島と連絡はとれないのか?」
「恐らくは戦闘中だぞ。応答はしないだろ。潜伏しているなら、むしろ邪魔をすることになる」
「そういう可能性もあるか……。どうする、探せば良いのか?」
「難しいな……。連れ戻せそうなら、声をかけて部隊に組み込んでくれ。だが無理をして探す必要はないぞ。あくまで突入経路と退路の確保が優先だ」
「本隊の到着を待てってことか。撤退の判断は?」
「現場に任せる」
「了解した」
ミーティングを手短に終えると、即応部隊は出撃した。彼らが出ていくのを見送ってから、浩司は矢継ぎ早に指示を出す。埋め立て作業は一時中断。呼び集められるだけの人員を呼び集めて戦闘の準備をさせた。
「まったく、予定がめちゃくちゃだ」
顔をしかめて愚痴りながらも、浩司はこの展開をチャンスだと考えている。これはどの異界でも言えることだが、短時間の間に出現するモンスターの数というのはだいたい限りがある。つまり異界のポテンシャルには限界があるということだ。
この異界では五日に一度、主力が出撃してくるという。これまではキャンセルしてきたが、その数はだいたい100体前後。戦力としてはなかなかの数だ。ただ裏を返せば、それがこの異界の限界であるともいえる。
今回、颯谷は打って出てきたモンスターの一団を薙ぎ払ったという。ちょっと意味不明だが、監視役がそう言うのだからそうなのだろう。そして、ということは現在敵は戦力を大きく減らしていると考えられる。
もちろんある程度時間が経過すれば回復する。だがすぐさま回復するわけではない。さらに都合の良いことに、突入するための橋板はかかったままだ。付け込むならここだろう。最終的な判断は、送り出した即応部隊がしっかりと突入経路を確保できるのかそれ次第だが、浩司は「いける」と判断したら全戦力の投入もいとわないつもりだった。
もちろん、自身の作戦がぶった切られたことに、何も思わないではない。だがそこに固執して好機を逃すのは愚かだろう。作戦とは計画通りにいかないもので、だからこそ指揮官が必要なのだ。そして指揮官が考えるべきことは作戦を計画通りに進めることではない。目的を遂げることだ。
「この異界を征伐する。そのために我々はここにいる」
自分に言い聞かせるようにそう呟き、浩司は隊員たちが集まるのを待った。
浩司「乗るしかないだろう、このビックウェイブ! 波風立てた奴には言いたいことが山ほどあるがな!」




