九州へ2
颯谷が九州入りした翌日。国防軍基地にて、大分県西部に現れた異界征伐のための第二回全体ミーティングが開かれた。担当官の説明によると、第二次征伐隊に参加するのは全部で97名。第一次隊と比べると、幾分減っている。
(まあ、それも仕方がないか……)
颯谷は心の中でそう呟いた。そもそも現役の能力者自体が少ない。九州全体で500人いるかいないかぐらいだろう。そんな中で、第一次征伐隊の123人が全滅したのだ。この中には中国地方や四国地方の能力者も含まれているので、全員が九州の能力者というわけではない。だが割合として大きな数字が失われたことに変わりはなく、それを考えれば、97名というのはむしろよく集まったというべきだろう。
(ま、この97名も全員が九州の能力者ってわけじゃないんだろうけど)
颯谷は心の中でそう呟いた。当然ながら今回も中国地方や四国地方からも能力者が征伐隊に加わっている。ただやはり一番多いのは九州地方の能力者。彼らにとっては人員をやりくりするのも大変なはず。そんな中で良く方々都合をつけた、というべきだろう。
新潟県北部に現れた異界征伐ための全体ミーティングでは、国防軍の担当官が話す時間は短かったように颯谷は記憶している。だが今回、担当官の話は結構長かった。第一次征伐隊の立てた計画などの説明があったからだ。
担当官が説明した内容は、おおよそ颯谷が昨日見せてもらった資料に沿った内容だった。だいたいはすでに知っている内容で、彼は復習の気分でそれを聞く。ただ中には軍人らしい知見や解説もあり、彼は感心しながらメモをしたりした。
担当官の話が終わると、入れ替わりで仕切り役が登壇する。壇上に上がったのは、颯谷が思った通り岩城浩司だった。彼は仕切り役として征伐隊のメンバーから同意を得ると、簡単に挨拶をしてからこう切り出した。
「さて皆も知っているとおり、第一次隊は全滅した。今回の異界は危険度が高いと言える。そこでいつものように複数のグループに分かれるのではなく、本隊に一本化して臨むことを提案したい」
浩司の提案に反対の声は上がらない。たぶん方々に根回しは済んでいるのだろう。加えて、颯谷もセミナーなどで過去の資料を見て知っているが、二度目の征伐では戦力の分散は避ける傾向にある。「だったら最初からそうしろよ」と思わないでもないが、そこはいろいろと事情があるのだろう。
本隊に一本化されたことで、グループごとに分かれることはせず、ミーティングはそのまま続けられた。まず決めるのは突入経路。これは第一次隊の本隊と同じ場所ということになった。
これにはもちろん理由がある。第一次隊の残した情報を回収するためだ。第一次隊は三つのグループに分かれて突入したが、その中で一番数が多いのは本隊。攻略の中心となったのは本隊のはずで、異界に関する情報も相応に集めたはず。それを回収することは征伐を成功させる上で大きな意味を持つのは言うまでもない。
では他の二つはどうするのか。もちろんそれらも回収を目指す。それなら三隊に分かれて突入し、それぞれ情報を回収してから合流すれば効率が良さそうなものだが、しかしそうはしない。内部の様子が分からないからだ。この場合、優先するべきは効率よりも安全性である。
それに第一次隊のほうで、すでに情報を集約してくれているかもしれない。その場合、集約する場所はやはり本隊だろう。だからまずは本隊の拠点設営予定地を目指す。それが第二次征伐隊の最初の行動目標になった。
次に行われたのは、第一次征伐隊が持って行った物資のリストの検証。ただこれは彼らが何を持っていき、どうして失敗したのかを考えるわけではない。そもそもどうして失敗したのかなど、分かるはずもないのだから。だから視点を変える。第一次隊は何を持っていかなかったのか。彼らは何を想定し、何を想定していなかったのか。それを考えるのだ。
「……こうして見てみると、土木工事に使えそうな重機は持って行かなかったみたいだな」
リストを見ていると、ある者がポツリとそう呟いた。なるほど確かに、シャベルカーやダンプカーなどはリストに入っていない。比較的狭い範囲だし、基本的に市街地なのだ。土木工事が必要になる場面はないと思ったのかもしれない。
「ふむ。では重機をリストに入れるとして、操縦できる者はいるか?」
浩司がそう尋ねると、ちらほらと手が上がった。それを見て颯谷は少し驚き、内心で「いるんだ……」と呟いた。重機を操縦できるということは、そのための免許を取ったか、最低でも訓練を受けたということ。征伐のため、必要となる技能は幅広い。
(オレも取った方が良いかなぁ……?)
とりあえずどんな免許が必要なのかくらいは調べてみよう。颯谷はそう思った。そして彼がそんなことを考えている間にも全体ミーティングは進行している。オペレーターはいるということで、土木工事用の重機もリストに入れることになった。
リストの検証が終わると、一旦昼食のための休憩を挟むことになった。颯谷も食堂に向かう。選んだのはカツカレー。彼が隅っこの席に座ると、また浩司がやってきて彼の向かいに座った。彼が選んだ定食は、コロッケとエビフライの盛り合わせのようだ。
「……良いんですか、こんなところに来ていて」
「私だってメシくらいは落ち着いて食べたいんだ」
それは一体どういう意味だったのか。颯谷は「リーダーになるっていうのは、仕事がたくさんあるんだな」という、漠然とした理解で納得しておくことにした。
しばらく二人は無言のままそれぞれ昼食を進めた。沈黙はそれほど気まずいとは思わない。ただ少し気になることがあって、颯谷は浩司にこう話しかけた。
「……少し聞いても良いですか?」
「なんだ?」
「さっき重機の話が出ましたけど、そういう重機でモンスターを倒すことはあんまりやらないんですか?」
「ああ、そういう話か。ないわけじゃない、という程度だな」
「はあ……」
「……こと戦闘に関して、人間とモンスターの違いは何だと思う?」
「逃げるか、逃げないか、とか?」
「そうだな。言い換えれば、怯むか怯まないか、ということだ。例えば、『ダンプカーを突っ込ませれば敵は散りぢりになる』と考える場合、『ダンプカーが突っ込んでくれば相手は怯む』というのが前提としてある。だがモンスターの場合は怯まない。むしろ群がってきて、ひどい場合にはそのまま袋叩きになる」
「なるほど……」
「もちろんダンプカーで体当たりすればたいていのモンスターは倒せる。だが威圧効果は期待できない。それに突っ込むダンプの周囲に人間を配置するのは危険だ。となれば半ば特攻じみた運用になる。使える場所も限られるしな。そういうことを合わせて考えれば、重機でモンスターを倒すというのは、かなりイレギュラーなシチュエーションだ」
加えて言うなら、基本的に補給ができない異界内にあって重機というのは貴重な装備。一度戦闘に投入すれば壊れる可能性は当然あり、その貴重な装備を使い捨てにするというのはなかなか決断できるものではない。
「必要ならやるし、有効と考えられるなら検討もする。ただ最初からそれを目的として重機を持っていくことはないな」
浩司はそう言って話を締めくくった。土木工事用の重機を戦闘に転用するとしたら、それはあくまでも非常時の緊急的な応動措置。要するに普通じゃない、ということだ。颯谷は小さく頷いて納得を示した。そんな彼に浩司はおもむろにこう話しかける。
「……ところで桐島君。カツを一切れ良いかな?」
「……エビフライと交換なら」
「よし。交渉成立だ」
まさか四十過ぎのおっさんとおかずを交換するイベントが発生するとは。困惑が抜けないまま食べたエビフライは美味しかった。
昼休みが終わり、全体ミーティングが再開する。再開後、最初に決めたのは一番槍。これは一人の男が立候補してあっさりと決まった。たぶんこれも事前に調整しておいたのだろう。ただ颯谷は内心で少し首を傾げた。
(第一次隊の一番槍が、伝えられることは伝えているはず……。二番目の一番槍って、どうすんだろ……?)
言うまでもなくハンドサインと言うのは伝えられる情報量が限られている。その限られた情報量の中で、最初の一番槍は伝えられるだけのことを伝えたはずなのだ。では二度目の突入の際にも一番槍を立てる理由とは何なのか。
(いや、より詳しい情報を得るためなんだろうけど……)
そのくらいのことは、颯谷にも予想がつく。彼が心配しているのは、その「より詳しい情報」をハンドサインでちゃんと伝えることができるのか、という点だ。伝えられるのであれば、それは最初の一番槍が伝えているはずではないか、というわけである。
そのあたりのことを簡単に説明すると、要するにハンドサインの符丁を二回目用に調整しておくのだ。颯谷が疑問に思ったように、二回目に一回目と同じ情報を伝えても意味がない。一回目は異界の様子を広く伝えることが求められるが、二回目はよりポイントを絞った情報が求められる。
例えば今回であれば、異界の中に構造物が現れたことが、最初の一番槍からの情報として判明している。そしてわざわざ知らせてきたということは、この構造物が異界征伐の重要な要素になると判断したということだ。であればこの構造物についてより詳しく伝えておくことは、あるかもしれない三回目の征伐に関連して非常に重要だと言える。
だからその構造物が塔なのか、城なのか、ビルなのか、そういうことを番号にして割り振っておいたりするわけだ。塀や壁があるのか、堀や壕があるのか、それも重要になる。ちなみに鬼ヶ島も最初は「構造物」として伝えられたため、そういうパターンも頭に置いておく必要がある。
ただ詳しく伝えようとすればするほど、用意して覚えなければならない符丁は複雑になっていく。その結果覚えきれず、間違った情報を伝えてしまうことになれば、それはそれで大きな問題だ。だからどんな符丁を用意するのか、それも重要と言える。そしてそういう事情については、颯谷は後で教えてもらった。
それでその符丁だが、全体ミーティングでは一切話し合われなかった。二回目の突入の際に使用する符丁というのはすでにいくつか作られており、それを流用するパターンがほとんどなのだ。
少し手を加えて一部変更したりする場合もあるが、それも候補者が内定した段階でその周囲の者たちでやってしまうことが多い。候補者が符丁を覚える時間も必要だからだ。だから全体ミーティングでは、あくまで全員の了解を得たことを確認するだけになるのである。
ちなみに一番槍に立候補した者が二人以上いる場合、一人に絞られるということはない。特に二回目の場合、突入自体はほぼ確定なので、得られる情報は多い方が良いという考え方だ。なので二人立候補した場合は二人ともやってもらうことになる。
余談が続くが、「突入自体はほぼ確定」であるなら、一番槍がもらうはずの危険手当はどうなるのか。結論から言うと、貰えるが大幅に減額される。だから「危険手当」を貰うというよりは、「符丁を覚える手数料を貰う」と考える方が分かりやすい。
一番槍が決まると、次は役割分担が行われる。颯谷は浩司と話して決めたように遊撃隊として一人で動くことになった。周囲からは奇異なものを見る目を向けられたが、颯谷は気付かないふりをして無視した。
彼に動じたところがないのを見ると、周囲の人たちは揃って浩司に視線を向けた。彼らの目は「良いのか?」と問いかけているが、浩司は重々しく一つ頷いてそれに答える。リーダーとなる浩司が承知しているのを見て、彼らもようやく納得した。
(まあ、内心は複雑だろうな)
浩司は心の中でそう呟く。普通なら、一人で遊撃隊として動くと言われたら、「コイツ、サボるつもりなのか」と思うだろう。だが相手は他でもない桐島颯谷。かつて一人で異界征伐を成し遂げた男だ。その彼が一人で動くというのだ。もしかしてまた一人で征伐を遂行するつもりなのではないか。その可能性がどうしても頭をよぎる。
(こちらの邪魔をするつもりはない、と言っていたが……)
しかし「一人で征伐しない」とも言っていない。普通に考えれば、それこそ「まさか」だ。だが彼はそもそも東北地方の能力者。それなのにこうして九州まで来ていることがすでに意味深だ。加えて赤紙が来たという事実が、またややこしい。
(知り合いの議員からも連絡はあったが……)
桐島颯谷が参加するということと、どうやら与党・政府内で動きがあった、ということぐらいしか分からなかった。動員したのだからそれはもちろん異界征伐のためなのだろうが、しかし話してみた感じ、颯谷本人にそういう話がいっているようには見えなかった。
(現場に任せると言えば聞こえはいいが……)
実際には投げやりというか、乱暴な印象を受ける。政治家が「どのみち協力せざるを得ないだろう」などと考えているのだとしたら、それは安易な考えだと言わざるを得ない。政治力学などというつもりはないが、我の強い連中が集まっているのだ。一筋縄でいくはずもないではないか。
(波風立てておいてフォローもなし。苦情の一つも言ってやりたいところだ)
武門も流門も地域に根付いている。この地域で異界顕現災害に立ち向かってきたのは自分たちだという自負が彼らにはある。そこへ余所者が割り込んできたのだ。憤りの感情を抱いたとしてもおかしくはない。だが今回実はそれも微妙なところで、憤りの感情がないわけではないが、同時にありがたいとも感じてしまっている。
それはもちろんこれが二度目の征伐だからだ。二度目の征伐の成功率は確かに高い。だが損耗率も高い。つまり死闘になる。そこへ特大の戦力が投じられるとなれば、たとえそれが余所者であっても、歓迎する気持ちはわき起こる。しかしその一方で独断専行されればやはり面白くないとも思う。
(ああ、まったく……)
グチャグチャだ、と浩司は内心で愚痴った。そして「まずは征伐に集中しろ」と自分に言い聞かせる。結局はそれがすべてなのだから。
この二日後、第二次征伐隊は異界に突入した。
浩司「リーダーは忙しい。ボッチ飯の新参者のフォローもリーダーの仕事だ」




