征伐後1
核を破壊してフィールドを解除して、しかし異界征伐は、特に征伐隊を組織した場合の征伐は、それで終わりではない。それで新潟県北部に顕現した異界の征伐を終えた征伐隊のメンバーは、全体ミーティングが行われた国防軍の基地に戻ってきた。
怪我人は病院へ運ばれ、全員がひと風呂浴びてから、国防軍の担当官が現れる。これから行われるのは聞き取り調査。つまりどのような異界でどのように征伐したのかを記録するための作業である。こういうことは記憶が新しいうちにやっておかねば、ということで毎度このタイミングなのだという。
「ま、これも含めて異界征伐ってことだな」
「面倒くさいが、大切なことだ。先人の記録に私たちも助けられているわけだしね」
颯谷と同じパーティーだった加藤真也と澤辺和彦が待ち時間中にそう話す。確かに面倒だ、と颯谷も思う。何も征伐後すぐにやらなくたっていいじゃないか、というのが正直なところだ。ただこうやって積み重ねた記録が、例えばセミナーなどで活用されている。それを考えれば、確かに必要なことだというのは分かる。
ただ「面倒くさい」というのは大多数の意見らしく、この聞き取り調査を短縮するべく征伐中から記録をまとめて置くのが現在のスタンダードになっている。今回の征伐もそれに則っていて、大筋の記録はすでに提出済みだ。それで聞き取り調査というのは基本的に、この記録を補完する情報を聞き出すというのが目的だった。
とはいえまだ記録されていない事柄がある。征伐を成し遂げた、まさにその時の戦闘状況について、である。さらにこれは最重要の情報であり、聞き取りをする担当官も熱が入る。そして今回、そのことを話せるのは颯谷一人だけだった。
(つ、疲れた……)
根掘り葉掘り、どんな小さな情報でも聞き出そうとする担当官を相手におよそ一時間。颯谷はひたすら受け答えを続けた。コアの欠片についても、いい加減秘密にしておくのも拙いかと思い話した。担当官は驚いていたが、その能力を「怪異の気配に敏感になる」と理解したようで、あまり危険視しているようには見受けられなかった。
確かに今回の征伐の中で判明したというか、発揮されたコアの欠片の能力はそういうものであったように思われる。妙なことが起こらなくて颯谷も胸を撫で下ろしているが、しかしその一方で「本当にそれだけなのか?」という疑問も残る。
本質はもっと別のところにあるのではないかと思うのだが、あいにくコアの欠片は異界を征伐した時点でただの小さな結晶石に戻ってしまった。氣を込めてもうんともすんとも言わず、恐らく次に異界へ入るまではこの休眠状態なのだろう。
(まあ、そのおかげで取り上げられずに済んだのかもだけど)
颯谷は声には出さずにそう呟いた。ただの小さな結晶石だったからこそ、担当官はコアの欠片を危険視しなかった、のかもしれない。いずれにしてもこれで国防軍のお墨付きを得た、と颯谷は勝手に考えている。次からはもっと大っぴらにしても大丈夫だな、と彼は思うのだった。
さて、颯谷の聞き取り調査はまだ終わっていない。彼から聞き取った内容を一度簡単に見かえしてから、担当官はさらにこう尋ねた。
「今回もし君がいなかったとして、いや、最初のアタックで征伐を成功させるためにはどうするべきだったと、桐島君は考えるかな?」
「う~ん、…………これは終わったからこそ言えることだと思うんですけど……」
「ぜひ聞かせてくれ。それこそ聞きたいんだ」
「……基本的には、もっと氣の量を増やすしかないと思います。今回は守護者がほぼ無限湧きする感じだったんですから、それこそあの土偶を釣り出して倒してを繰り返して、氣の量を増やせば良かったんじゃないかなぁ。そうすれば氣鎧でしたっけ、纏う氣を分厚くして、敵の攻撃を無視できるようにすれば、そのまま強引に中心部まで突撃できた、んじゃないかと思います。あ、もちろん囮っていうか、敵を分散させての話ですけど」
「なるほど。参考になるよ」
大きく頷きながら、担当官は颯谷の発言を記録した。この質問でようやく颯谷の聞き取りは終わった。聞き取り調査が終わると突入前に書いた遺書を受け取り、それを笑顔でシュレッダーに突っ込む。それから颯谷は電話を借りて家に連絡を入れた。
「あ、じいちゃん? オレ、颯谷。終わったよ、帰ってこれた」
「ああ、ニュースでやってたぞ。今夜は寿司だな」
電話は手短に終わらせた。積もる話は帰ってからすればいい。受話器を置くと、颯谷は千賀道場の門下生たちが待っているところへ急いだ。彼らは颯谷の聞き取り調査が終わるまで待ってくれていたのだ。
「すみません。お待たせしました」
「いや、構わない。むしろゆっくりさせてもらった」
茂信がそう言って颯谷を迎える。他の門下生たちも颯谷の周りに集まり、彼の肩や背中を叩いたり頭をやや乱暴に撫でたりして歓迎する。千賀道場の面々の表情や雰囲気は明るかった。
「聞いたぜ、颯谷。スッゲェな!」
「ほぼ一人でやっちまったようなモンだろ? 二回目だぜ、おい!」
「おかげで西島も一命をとりとめた」
「今回は誰も死ななかったからな、大勝利だぜ!」
西島というのは、攻略隊に入っていた門下生の一人である。土偶の真空刃をくらい、重傷を負っていた。再起できるかは今のところ五分五分だというが、それ以前の問題として征伐に時間がかかっていたら死んでいた可能性が高い。他所のグループでも同じ様な事例はあるとかで、速攻でケリをつけた颯谷に感謝する者は多かった。
基地へ戻ってくるバスの中や、風呂に入っている最中なども、幾度となく礼を言われたものである。早く礼を言いたかったのと、タイミングがそこしかなかったのもあるのだろうが、全裸のおっさんに礼を言われてもな、と思ってしまったのは秘密である。
ともかくこれで、彼にとって二度目の異界征伐は終わった。マシロたちを入れたケージも積み込んで、千賀道場のマイクロバスが出発する。座席に座った颯谷は、家に帰ったら木蓮にもメッセージを送ろうと考えるのだった。
そして異界征伐を成し遂げてから一週間後。颯谷は再び国防軍基地を訪れていた。彼だけではない。征伐に参加した者たちが続々と集まってくる。今日は征伐の総括と反省をし、報酬の最終的な取り分を決め、そして最後に国防軍主催の慰労会が開かれるのだ。
颯谷は基地にやって来る者たちの中に十三の姿を見つけた。彼の服の左袖が風に吹かれてなびいている。その痛ましい姿を見て、胸を締め付けられる思いがした。胸が痛いのは、単に十三に同情したから、というだけのことではない。要するに自分が変な遠慮をしたせいでこうなったのではないか、とそう思っているのだ。
十三から事後を託された時、そして征伐を遂げたその日は、そんなことまで考えはしなかった。少し時間が経って一時の興奮が冷め、冷静になって征伐中のことを思い返したときに、そんな考えが頭をよぎったのだ。
まして今回の征伐でも死者が出ている。土偶と戦っている最中にも思ったことだが、最初から颯谷が決戦に参加していれば、もっと被害は抑えられたのではないか。今となってはもう意味のない仮定の話だと分かってはいるが、この一週間、彼はそう考えるのを止められずにいた。
ふと十三が颯谷のほうを振り返る。彼は颯谷の表情を見て何かを察したのだろう。一緒にいた者たちに一声かけてから、颯谷のほうへ歩いてきた。そして征伐中はもちろん、全体ミーティングの時と比べてもかなり柔らかい表情でこう話しかけた。
「久しぶりだな、桐島君」
「はい、お久しぶりです。えっと、その、傷の具合は……」
「ああ、まだ少し痛むがね。それより医者に酒を止められているほうが堪えるよ」
そう言って十三は喉を鳴らすように笑った。冗談だと分かってはいるが、颯谷としては笑えない。顔がさらに引きつる。それを見て十三は苦笑を浮かべた。
「そんな顔をするな。私はむしろ君に感謝しているくらいだ。あのままでは傷が膿んで、そのまま死んでもおかしくはなかった」
「…………」
「私が、そして重傷を負った者たちが一命をとりとめたのは、君が素早く征伐を完了してくれたからだ。感謝している」
「ありがとう」と言って、十三は颯谷に対して頭を下げた。だが颯谷はその感謝の言葉を素直に受け取れない。彼は視線を伏せ、思い詰めた表情でこう呟いた。
「でも、オレが最初から……」
「君を最初の決戦に連れて行かなかったのは、私の判断であり私の責任だ。桐島君が気に病むことではないよ」
颯谷の言葉にかぶせるようにして、十三は少し強い口調でそう言った。そして少し怯え気味に視線を上げた颯谷に、彼はさらにこう言葉をかける。
「君がずば抜けた力を持っているのは事実だろう。だが他の者たちも、君に守られなければならないような、貧弱な能力者たちではない。彼らの矜持のことも考えてやってくれ」
「矜持、ですか……?」
「そうだ。彼らは、特に攻略隊に入るような連中は武士だ。武士として接してやってくれ」
「よく分からないけど……、分かりました」
そう答える颯谷の表情は、最初に十三が話しかけたときよりもずいぶんマシになっていた。十三は最後に颯谷の肩を叩いて別れた。一人で会場へ向かう彼の胸に去来するのは、やや苦い思いだった。
(思いあがるなと、そう言ってやれれば良かったのだが……)
言えなかった。颯谷にはそれだけの力があるから。そして何より十三はその力に頼った側だ。どの口で「思いあがるな」などと言えるのか。
(これから東北地方で全体の取りまとめをする者は大変だな)
口の端に苦笑を浮かべながら、十三は胸の中でそう呟いた。大変なのは言うまでもなく桐島颯谷の扱いだ。彼の存在感は大きすぎる。既存の枠組みの中に無理やりはめ込もうとすればどこかにひずみが出るだろう。
では十三のように、少なくとも征伐の最前線からは遠ざけるか。しかしそれでも不満は出るだろう。特に今回の征伐で、颯谷はその実力を遺憾なく証明したのだ。その実力者をどうして最前線から遠ざけるのか、と不満に思う者は必ず出る。
ならばいっそ彼を中心とした征伐を行うのか。あえていうが、そちらでも不満に思う者はいる。能力者としての自分の力や実績に矜持を持っている者たちだ。そういう者たちは颯谷が特別扱いされているとか、自分たちが軽視されていると思うだろう。成果主義を頭で理解してはいても、心がそれを受け入れられないのだ。
奇策はどうだろう。桐島颯谷をトップに据えてしまうのだ。成果主義を前面に出し、「文句があるなら俺以上の成果を出してからにしろ」という理論で猛者を従える。できないことはないだろう。彼に指揮能力があればの話だが。
現実問題として、桐島颯谷に全体の取りまとめをしたり、征伐隊の指揮を執ったりする能力はない。それは氣功能力とは別の能力だからだ。ずば抜けた氣功能力を別にすれば、彼はごく普通の高校生でしかない。将来的にはともかく、その彼がクセの強い能力者たちをまとめ上げるのは無理だろう。
仮に、それでも彼をトップに据えるのだとしたら、実務を取り仕切る参謀やブレーンが必要になる。だが周りはそれをどう見るだろう。桐島颯谷はお飾りだと思うはずだ。征伐隊の中に根付いてきた成果主義が崩れることにもなりかねない。
(要するに……)
要するに、「飛びぬけた個」というのは集団や組織のなかでは使いづらいのだ。十三自身、そのことは良く分かる。だからこそ、本人が遊撃隊を希望したのをいいことに、最前線からは遠ざけておいたのである。
だがこの先、颯谷がずっと遊撃隊と言うのはあり得ない。本人がそれを希望するとしても、それはそれで周囲が不満を持つ。「力があるのにどうして楽な方を選ぶのか」と、そんな具合に考えるわけだ。
(いっそのこと……)
いっそのこと、颯谷には一人で勝手に動いてもらうのが一番良いのではないか。やや投げやり気味に、十三はそう思った。とはいえそれも無責任だろう。一人でやらされる彼が反発するのは容易に想像できる。
(ま、せいぜい苦労してくれ。私は引退だ)
内心でそう呟き、十三は無言のまま小さく肩をすくめた。今回の征伐で彼は左腕を失った。立派に「損耗」扱いである。年齢のこともあるし、彼は今回の一件のあれこれが終わったら特権を返上して征伐隊からも引退するつもりだった。楢木本家の家督も誰かに譲ることになるだろう。
…………。
そう思って、いたのだが。ここからは少し先の話になる。結論から言うと、十三は引退できなかった。「その能力、余人をもって代えがたし」と言われ、現役続行を請われたのだ。これは武門楢木家としての判断だけではない。東北地方の能力者社会の総意としての要請だった。
なぜそうなったのか。楢木家としての事情で言えば、次代の特権持ちがまだいなかったからというのがある。ただこれは理由としては弱い。特権持ちがいないならいないで何とかするのが組織と言うモノだからだ。
最大の理由は彼の経験と指揮能力である。上でも書いたが、氣功能力と指揮能力は全くの別物。優れた指揮能力を持っている者はそもそも少ない。そのうえで他の能力者たちを従わせることができる者となるとさらに少ない。その数少ない中の一人が十三だったのだ。
いま十三に引退されると、征伐隊の取りまとめや指揮に影響が出る。そしてそれは征伐の成否に直結するだろう。それが現役続行の要請に繋がったのだ。こうなると十三もなかなか引退を強行することはできない。現役を続けることになった。
ただ現実問題として、隻腕でこれまでのように戦うことはできない。後方で彼は指揮に専念するようになった。その能力が優れていたことは結果によって証明されている。彼は六十歳を過ぎるまで現役を続け、そして生きて引退を果たしたのだった。
十三「隻腕で達人なのはフィクションのなかだけだ」
作者「この物語はフィクションですよ」




