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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
ひとりぼっちの異界征伐
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野犬


 小鬼を積極的に討伐するようになってから数日。颯谷は新たな問題に直面していた。武器である。もちろん彼の手元にまともな武器は何もない。それで今までは木の棒を、現地調達の棍棒を使っていた。


 ただ当たり前だが、木の棒はどこまでいっても木の棒でしかない。氣の量が増えたせいなのだろう、颯谷の攻撃に武器のほうが耐えられなくなったのだ。最初の一撃か二撃で折れてしまうのである。小鬼が単体のときはそれでもなんとか間に合うが、複数いるときは絶対に途中で折れてしまう。由々しき問題だった。


「困った。どうしよう……」


 仙果を食べながら、颯谷は頭を悩ませる。そして思いつく限りの解決策を頭の中で列挙した。もっと硬い木の棒を使う。棒より太い杭を使う。別の武器になりそうなものを調達する。自分で武器を作る。石を投げる。


「……、ダメだな」


 自分で出したアイディアを、颯谷はバッサリと切り捨てる。そしてまた「う~ん」と考え込んだ。脳裏に思い返すのは5年前のこと。優れた氣功能力者だった剛は素手でモンスターを屠っていた。


「いや、素手じゃなかったか」


 確かグローブみたいなのはしていたはず、と颯谷は記憶を探る。だとしても剛が無手でモンスターを屠っていたのは事実だ。


 補足しておくと、剛は最初から無手だったわけではない。彼は数人のグループ(全員が氣功能力者)で異界顕現災害に巻き込まれたのだが、その際、車の中には武器もあった。ただ戦闘を繰り返すうちに仲間の武器がダメになってしまったので、剛は自分の武器をその仲間に渡し、彼自身は無手で戦うようになったのだ。


 剛だけでなく、氣功能力者が無手でモンスターと戦うのは決して珍しくない。特に異界の中では装備品の補給が受けられないからだ。それで格闘術は氣功能力者のたしなみと言える。だが颯谷は険しい顔をした。


 剛は筋骨隆々の大男だった。一方で颯谷の身長は同年代の平均より少し低いくらいで、体型も痩せ型だ。どう見ても「力強い男」には見えないだろう。またそもそも彼は格闘術を習ったことがない。それにメリケンサックのような武器があるわけでもなく、まったくの素手で戦わなければならない。


「まあ、何回かやったけどさ……」


 そう呟き、颯谷は苦い顔でここ1日2日のことを思い出す。棒が折れてしまい、仕方がないのでそのまま素手で戦ったのだ。まったく酷い泥仕合だった。ああいうことにならないために今考えているのだ。


「氣を使えば……」


 氣を使えば、もう少しマシに戦えるだろうか。いや氣はすでに使っている。ただそれは全身へほぼ均等に滾らせる使い方。これは最も基本的というか初歩的なやり方で、普通実際にモンスターと戦う際には別の使い方をする。必要な時、必要な場所に氣を集中させて運用するのだ。パンチをするときには拳に氣を集める、と言った具合である。


 これも剛に教わったことだが、颯谷は今までそうやって戦ってみたことはない。氣を身体の各部に集めるくらいのことはできるが、そうやって戦えるほどにその技術を習熟しているわけではないのだ。だがもうそんなことは言っていられない。


「…………」


 颯谷は立ったまま拳を握ると、そこへ氣を集めていく。それは思った以上に簡単にできた。氣の量が増えたからかもしれない。そのままシャドーボクシングをしてみても、集めた氣が散っていくことはなく、集中させた状態は維持されている。


「いける、かも……?」


 颯谷は手応えを感じた。戦闘中、臨機応変に氣を動かして戦うのは多分まだ無理だろう。だが最初からこうして氣を集めておき、それを維持するだけなら何とかなるかも知れない。彼はそう思った。そしてそこからさらに、彼は別のアイディアを閃く。この手に集めた氣を、例えば刃状にすることはできないだろうか。つまり手刀だ。


「これってたぶん外氣功、だよな」


 外氣功とは、身体の外で氣を用いる技術の総称だ。かつて颯谷が氣を使って火を熾したのも、この外氣功である。そしてこの外氣功を使うために一番大切なのはイメージだと、かつて剛は言っていた。


 今回で言えば、手を氣で覆い、その氣を刃状に変化させることになる。それができるようになれば、こうズバッと小鬼を倒せるようになるかも知れない。颯谷はちょっとワクワクしてきた。彼は早速実験を始めた。


(刃物……、刃物のイメージ……)


 右手を氣で覆いながら、颯谷は頭の中でイメージを固めていく。まず思い浮かんだのは日本刀。テレビ越しではあるが、その鋭さはイメージしやすい。次に思いついたのは鉈。山仕事の時、玄道が使っていた。颯谷も使わせてもらったことがある。手入れもやらされた。刃を研いだときのことが鮮明に思い出される。


「…………」


 颯谷はうっすらと目を開けた。右手に集めた氣がぼんやりと目に映る。彼は近くに生えていた草目掛けて手刀を振るう。叩いたような感触はない。ポトリと落ちた茎の断面にちぎれた様子はなく、むしろ刃物で切ったかのように滑らかだ。それを見て彼は手応えを感じ、「よしっ」と呟いた。


 それから颯谷はさらに実験を続けた。そして一時間ほどで太さが1センチほどの木の枝を切り落とせるようになった。これが実戦で通用するかは分からないが、ずっと実験を続けるわけにもいかない。いざとなったら打拳に切り替えようと思い、彼は実験を切り上げた。


(それにしても、思ったより消耗が少なかった……)


 少し意外に思いながら、颯谷は実験を振り返る。体内で循環させる内氣功と比べ、体外への放出が基本となる外氣功は、普通氣の消費量が多くなる。だがこの手刀は火種を作ったときと比べても消費量が少ない。それはきっと、身体の外側ではあっても氣を留めて使っているからなのだろう。


(ってことはこれ、実は内氣功?)


 身体の外で使ってはいるが、放出して消費しているわけではない。ということはこの手刀、区分とは外氣功ではなく内氣功なのだろうか。そんな疑問がふと頭に浮かんだが、颯谷はすぐに考えるのを止めた。結論を出しても答え合わせはできないし、正解を出したからと言って手刀をより良く使えるわけでもない。悩んでも無駄だと思ったのだ。


「さて、と」


 頭を切り替え、颯谷は周囲を見渡す。近くにモンスターの気配はない。彼はその場を離れて歩き始めた。途中で仙果を見つけて小腹を満たしつつ、彼は小鬼を探す。そして少し開けた場所で3体の小鬼を見つけた。何やらぎゃあぎゃあと遊んでいるようだ。


(三体か……)


 颯谷は少し躊躇った。今回の戦闘は手刀の実験の意味合いが強い。それでできれば1体だけが良かった。だが引き下がるほどの理由にはならない。


 颯谷は手元に視線を落とす。先ほど、一応木の棒を見つけて拾っておいたのだが、彼はそれをそっと地面に置いた。たぶん途中で折れてしまうだろうし、その場合、戦闘中に手刀を形成するのは難しいだろうと思ったのだ。


「ふう……」


 静かに、しかし深く息を吐き、颯谷は右手に氣を集める。そして手刀を形成した。その状態で彼は小鬼たちの様子を窺う。飛んできた虫に連中の注意が向いたその瞬間、彼は手刀を構えて飛び出した。


 颯谷は完全に小鬼たちの虚を突いた。彼は右腕をしならせながら振るい、手刀で1体の小鬼に斬りかかる。首を狙ったのだが、外れて彼の手刀は小鬼の背中を切り裂いた。急所ではなかったせいで、その一撃は致命傷にはならない。


「……っ」


 颯谷は舌打ちしてその小鬼を蹴り飛ばす。その小鬼は岩に激突してそのまま倒れ込む。そして黒い灰のようになって消えた。手刀の一撃は致命傷にはならなかったが、大ダメージは与えていたらしい。


「ギィ、ギギィ!?」


「ギギィ!」


 残りの2体の小鬼も颯谷に気付き、敵意を露わにする。颯谷は先手を取るべく、敵がまだ混乱している間に動く。大胆に間合いを詰め、2体目の小鬼を袈裟斬りにする。だがやはり一撃とはいかない。途中で硬いモノに当たった気がしたが、もしかしたら骨だろうか。彼は険しい顔をしつつもトドメをさそうとする。だがそこへ3体目の小鬼が飛びかかった。


「ギィィ!」


「……っ」


 険しい顔をしながら、颯谷は右腕を斜めに振り抜いて牽制した。手刀の切っ先が小鬼の皮膚を裂く。それで3体目の小鬼は怯みを見せる。「次はどうしようか」と彼が考える間もなく、手傷を負った2体目の小鬼が動く。颯谷の左手を捕まえさらに噛付こうとした小鬼を、彼は振り回して地面に叩きつけた。


「ギィ……!」


 地面に叩きつけられた小鬼は、しかしそれでも颯谷の腕を放さない。3体目の小鬼も機を窺っていて、颯谷の顔に焦りが浮かんだ。彼は舌打ちしながら二体目の小鬼を踏みつけ、強引に左腕を引っこ抜く。そこから三つのことが立て続けに起こった。


 まず2体目の小鬼が絶息。黒い灰のようになって崩れ落ちた。するとそこへ足を乗せて体重をかけていた颯谷の体勢も崩れる。そしてそこへ3体目の小鬼が飛びかかった。


 颯谷は踏ん張って体勢を維持しようとしたが、咄嗟に無理だと判断。むしろ自分から倒れ込むようにして飛びかかってきた小鬼を避ける。さらに足を振り上げて小鬼の体勢を崩し、地面に転がした。


 颯谷も小鬼も、もがくようにしながら立ち上がる。立ち上がったのは双方ほぼ同時だったが、そこから先に動いたのは颯谷のほうだった。手刀はもう解けている。彼はがむしゃらに声を上げながら拳を握った。


「ぁぁああああ!」


 颯谷の右の拳が小鬼の顔面を抉る。立ち上がったばかりだったこともあり、小鬼は大きく殴り飛ばされた。小鬼はすぐに立ち上がったが、その時には颯谷も準備を終えている。彼は形成しなおした手刀で小鬼を斬りつける。袈裟斬りのそれが致命傷になり、小鬼は黒い灰のようになって消え去った。


「はぁ、はぁ……。最後のは、わざわざ手刀にしなくてもよかったなぁ……」


 颯谷はその場に座り込み、肩で大きく息をしながらそう呟いた。すぐにそんな反省ができるくらいには余裕がある。だができればもっと楽に勝ちたかった。そのための手刀だったはずなのだが、なかなか上手く行かないものである。


「これも鍛えるしかない、か……」


 そう呟いてから、颯谷は立ち上がった。そして置いてきた木の棒を回収してその場から移動する。仙果を見つけてお腹を満たし、湧き水の水場で喉を潤す。水量が豊かだったので、身体のあちこちを洗ったりもした。


 彼に次の試練が訪れたのは、その日の夕方の少し前くらいの時間。山の木々の間を歩いていた颯谷はふと馴染みのない気配に気付いた。彼は足を止めて周囲を伺う。モンスターの姿はなく、何か動くものの姿もない。だが何かいる。彼は顔を強張らせながら神経を研ぎ澄まして周囲の気配を探った。


 ガサッガサッと言う音がして、彼は反射的に後ろを振り返る。しかしそこには誰もない。彼は顔を強張らせながらゆっくりとしゃがみ、足下の石を拾った。そして怪しい気配を一瞬探知したその場所へ石を投げる。すると彼の視界を何かが横切った。


「イヌ……? 野犬か!」


 そう叫ぶと颯谷は走り出した。近くの山に野犬が出ると玄道から聞いたことはある。だがその野犬が一緒にこの異界に閉じ込められているとは思わなかった。この野犬たちはモンスターではないだろう。だがともすればモンスターよりシビアな存在だ。モンスターとはまた別の脅威に、颯谷は不安を感じた。


 颯谷が走り出すと、野犬たちも走り出す。どうやら複数いて、しかもいつの間にか囲まれていたらしい。颯谷と野犬たちの間にあるのは弱肉強食のルールだけ。そのことが彼の背筋を寒くした。逃げに徹すれば、相手が小鬼や中鬼であっても颯谷は逃げ切れる。だが全力で走っても野犬たちは撒けない。やがて大きな岩を背に、颯谷は追い詰められた。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 颯谷は肩で息をする。呼吸が荒いのは、走ったことだけが理由ではない。彼はギョロギョロと目を動かして逃げ道を探す。だが野犬たちは彼を逃がすまいとジリジリと寄ってくる。さらに姿勢を低くしてうなり声を上げ、彼を威嚇した。


「……っ」


 逃げ道はない。そのことを悟ると、颯谷も覚悟を決めた。腰を落とし、身体に氣を滾らせる。そして右手に手刀を形成した。そして威嚇してくる野犬どもをにらみ返す。彼の雰囲気が変わったことを察したのか、にじり寄ってくる野犬たちの足が止まった。


(最初のヤツだ……! 最初に飛びかかってきたヤツは殺す……! 絶対に殺すっ!)


 そのまま颯谷と野犬たちは睨み合う。その時間は数秒のようにも数分のようにも感じられた。野犬の群れの奥から一匹のイヌがゆっくりと近づいてくる。そのイヌを見て颯谷は直感した。「コイツがリーダーだ」と。


(コイツも殺す! 絶対殺す! 殺す殺す殺す殺すころすころすころすコロスコロスコロス……!)


 颯谷は殺意を滾らせる。彼のその異様な雰囲気を感じ取ったのか、リーダーと思しきイヌは数秒彼と睨み合ってから、小さく吼えて群れに合図をした。それを受けて野犬たちは一斉にその場を離れて行く。最後にリーダーが木々の間、茂みの向こうへ姿を消した。


 野犬たちが去ったのを見て、颯谷はズルズルとその場に座り込んだ。汗がドッと噴き出す。今更怖くなって身体が震えた。見上げる空は今日も群青色。異界ここは死が近い場所なのだと、彼は改めて思い知ったのだった。


野犬リーダー「うわっ、殺気マシマシ。引くわぁ~」

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― 新着の感想 ―
文も読みやすく話もしっかり練られててとても良い 最初の恐怖や悲鳴を上げちゃう言動や誰か助けてと願う心象なんかもしっかり描写されてて、設定だけのキャラではなくしっかりと生きてるって感じも良い テンプレだ…
あとがきわんこ草w
[気になる点] 今回出会った野犬の群れの中に、未来の相棒はいたのかな? いたのなら、相棒との初対面はここですね。笑
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