決戦
楢木雅が巨石の祭場へ威力偵察を行ってから三日。いよいよ異界征伐のための決戦が行われようとしていた。
威力偵察から三日空いたのは、決戦に本隊以外の戦力も使うためだった。十三は雅が入手した情報を他のグループにも伝え、そのうえで協力を要請したのだ。
『土偶が短時間で再出現するのか、それは分からない。だがいずれにしても多方向から一斉に攻撃を仕掛ければ、それだけ土偶を分散させることができる。そのうえでどこか一か所、敵の防衛線を突破できれば征伐は成る』
十三の協力要請に応えたグループは四つ。つまり五つの方向から巨石の祭場を攻めることになった。ただすべてのグループが進攻ルートを切り開き終えていたわけではない。「ちょっと待って」と言われ、それが三日だったわけである。
ちなみにその三日間、十三たちは当然ながら決戦のための準備をしていたわけだが、その一環として遊撃隊の幾つかのパーティーを巨石の祭場まで連れていくことが行われた。それを言い出したのは攻略隊のリーダーである中原仁。案内も彼のパーティーが行った。
表向きの意図は、進攻ルートの掃除ともしもの場合の救援パーティーの育成。ただ真の目的として、桐島颯谷を何とか決戦に関わらせたいと思っていることは明らかだった。十三も当然それは承知していたが、それでも彼は仁に許可を出した。彼が考えたのは万が一の時のことだ。
(万が一……)
万が一、決戦で手痛い敗北を喫し、戦力をボロボロにされてしまった場合。征伐のためには颯谷に頼るしかなくなるだろう。その時には彼が出しゃばることを望まない連中も、そんなことは言っていられなくなっている。なにしろ征伐失敗は全滅とイコールなのだから。
もちろん十三も負ける気はない。勝つために打てる手は打った。そもそもこれまでだってずっと、颯谷がいなくても彼は異界征伐を成功させてきたのだ。だから今回も必ず成功させる。その決意を胸にたぎらせつつ、十三は懐中時計で時間を確認した。
「作戦開始10分前だ。信号弾を確認しろ」
「了解。……問題ありません」
その返答に十三は大きく頷いた。彼らが用意した信号弾は二種類。一つは作戦の開始を告げる信号弾であり、もう一つは彼らの撤退を他のグループに知らせる信号弾だ。撤退を報せる信号弾はこの決戦に加わるすべてのグループが用意していて、実際に他所のグループが信号弾を上げた場合に戦闘を継続するか否かは、それぞれのグループの判断に任されている。要するに、「黙って退くな」ということだ。
信号弾の確認が終わると、十三は麾下の戦力に戦闘準備を命じた。各自は立ち上がってそれぞれ装備の最終確認を行う。十三自身も籠手や脛当て、胸当ての具合を確かめる。そして最後に腰に挿した仙具を確かめた。
この仙具はいわゆる大業物で、五年ほど前に彼自身が異界征伐の際に入手した。つまり一級品である。ただ実のところ、一級品だからと言ってありがたがる気持ちはあまりない。彼のキャリアで、この仙具は四振り目の一級品。長く戦っていれば道具はどうしても摩耗するのだと、彼は経験を通して学んだ。
ただ同時に、一級品の仙具が武器として優れていることも、彼は経験を通して学んでいる。そしてその優れた武器を任されているのは、それに相応しいだけの働きをすることを期待されているからだ、ということも。その期待は彼が特権を得てから、いやその前からずっと、彼の肩にのしかかり続けている。
「……………」
十三は一度、大きく深呼吸をした。集中力を高めて雑念を振り払う。そして懐中時計を取り出して時間を確認する。作戦開始時刻まであと3、2、1、0。彼は時計を片付けてからこう告げた。
「作戦開始。信号弾を上げろ」
「了解!」
信号弾が上空へ向けて発射される。花火のような破裂音が響き、群青色の空の下に赤い煙が漂う。それを見ることもなく、十三はさらにこう命令を下す。
「全隊前進」
事前に決めて置いたフォーメーションで本隊の攻略隊は巨石の祭場へ向かって前進を開始する。速度は小走り。まだ駆け出しはしない。突撃の合図を出すのは十三の役目で、彼は隊の中央やや前方で慎重にそのタイミングを図る。
そして土偶が現れる。数は四。哨戒担当だろうか、聞いていたとおりフワフワと浮いていて足音がしない。そのせいか気配が少し希薄なように感じられて十三は小さく顔をしかめた。とはいえその程度で撤退はあり得ない。事前に決めていたとおり、彼は先制攻撃を命じた。
「飛燕、放て!」
飛燕というのは、十三が修めている流派における、斬撃を飛ばす技のことだ。だから厳密に言えば飛燕を使えるのは彼を含めてほんの数人。ただどの流派にも似たような技はある。要するにそれを放てということであり、その意図は誤解なく伝わった。
足を止めて斬撃を放ったのは、フォーメーションの前方にいた十二名。彼らが放った十二発の斬撃は、四体の土偶が衝撃波を放つ前にその焼物の身体を砕く。これで前方はクリアされた。次の瞬間、十三が叫ぶ。
「突撃!」
叫ぶと同時に、十三自身も駆けだした。彼の後ろに攻略隊のメンバーが続く。後ろは振り返らずに彼はこう告げる。
「いいか、氣鎧は切らすなよ!」
「「「了解!」」」
揃ったその返事に十三は小さく笑みを浮かべた。アドレナリンが出ているのが分かる。浮かべた笑みが徐々に獰猛なものになっていく。そして彼は吼えた。
「おおおおおおおっ!」
腰の大業物が解き放たれる。一筋の銀光となったその刃は、現れた土偶をたやすく砕いた。小さく視線を動かせば、別方向から巨石の祭場を目指す他グループのメンバーとそれを迎え撃つ土偶の姿が見える。土偶を分散させる策は当たったのだ。
(ならばあとはコアを目指すのみ!)
勢いを落とさずに十三は吶喊した。だが土偶たちもそれを黙って見ているわけではない。ワラワラと現れて彼に衝撃波を浴びせた。十三は飛燕を放つが、土偶たちが現れる速度の方が早い。たちまち進行方向は土偶でいっぱいになった。
「臆するなっ、突っ込めぇ!」
「「「おおっ!!」」」
十三の鼓舞に攻略隊のメンバーが声を上げて応えた。絶え間なく浴びせられる衝撃波を氣鎧術で耐えながら、彼らは果敢に前進する。群がる土偶を叩き割り、その包囲網を突き崩しながら巨石の祭場へと。
雅は十文字槍を振り回して土偶の群れの一角を崩し、仁も日本刀の仙具を手に先頭に立って戦っている。だがどれだけ土偶を倒そうとも、数が減っているようには思えない。いやむしろ増えている。それに伴って衝撃波の圧力も増した。
「ぐぅぅ……!」
全身を殴打されるような痛みに、十三は顔を歪めて耐える。土偶の攻撃がコレだけなら無視してコアへ直行することもできただろう。だが実際にはそこへ真空刃が混じる。その一撃はしっかりと受けなければ弾き飛ばされそうなほどに重い。それを受け、あるいは切り払いながら、攻略隊はそれでも前へ進んだ。そして巨石の祭場へと到達する。
巨石の祭場は、思った以上に大きかった。恐らくだが半径で100mほどもあるのではないか。その範囲に大きな岩がゴロゴロと転がっている。地面には小さな石も無数に散らばっていて、足元はお世辞にも良いとは言えない。そしてその奥の方に、ストーンヘンジのように岩に岩を重ねた祭場の中心部が見えた。
「がぁ!?」
突然悲鳴が上がり、十三は反射的に視線をそちらへ向けた。見ると、他のグループのメンバーが岩の上から転がり落ちる。衝撃波か真空刃か、土偶に攻撃されたのだろう。それを見て十三は鋭く舌打ちする。そして麾下のメンバーにこう告げた。
「いいか、岩の上には上がるな! 叩き落されれば余計なダメージを負うぞ」
「「「りょ、了解!」」」
そして彼らは巨岩の間を縫うように進み始めた。ただ岩と岩の間は狭く、また一直線に中心部へ向かえるわけでもない。隊列を乱され、蛇行しながら彼らは進む。十三は「良くないな」と思ったが、今更止まることはできない。氣鎧術を維持できるのは、あとせいぜい三分。それまでに決着をつけなければならないのだ。
だが巨石の祭場の中心部へ近づくにつれて、土偶たちの数はますます増えていく。それに伴い攻撃はさらに苛烈になった。しかも土偶たちは浮いているから、多数の巨岩によって動きが制限されている人間たちをあざ笑うかのように、軽々とその側面や後方へ回り込む。そして衝撃波と真空刃を絶え間なく浴びせるのだ。
「ぐぅぅぅ!」
十三もたまらず防御を固めた。腰を落とし、両腕で顔をかばう。しかしそのせいで足が止まった。足が止まったのは彼だけではない。麾下のメンバーの全員がもう前進どころではなくなっている。
反撃しようにも間合いが遠い。そして詰めるためには巨岩が邪魔だ。飛燕を放つことはできるが、それで一体か二体倒してももう意味がないほどに土偶の数が多くなっている。さらに悪いことに足を止めてしまったことで続々と追加の土偶が集まり、数に任せた分断と包囲が完成してしまっていた。
「ぎゃあぁ!?」
「おい、しっかりしろ!」
「くそっ、このぉぉ!」
「動けねぇ……!」
後からは悲鳴や怒号が聞こえてくる。すでに被害が出ているのだ。何とかしたいが、十三自身も絶え間ない攻撃に耐えている。気が付けば動くに動けなくなっていた。
(このままではっ)
このままではなぶり殺しだ。十三は苦しげに顔を歪めた。今はまだ氣鎧術で耐えることができている。だがそれを使えなくなった瞬間、攻略隊は瓦解するだろう。そしてそのタイムリミットはもう目の前だ。
パンっと、唐突に破裂音が響く。反射的に目を上げれば、赤い煙が風に流されて尾を引いている。撤退を報せる信号弾だ。どこかのグループが撤退を決めたらしい。まるでそれを待っていたかのように、立て続けに信号弾が上がる。それを見て十三も決断した。
「信号弾を上げろ! 撤退する、急げ! 負傷者を取り残すなよっ!」
そう叫ぶと同時に、十三は岩の上に飛び上がった。そして上げられた信号弾の下、足場の悪い岩の上を跳び回りながら、彼は土偶を蹴散らしてその包囲網にほころびを作る。他のメンバーもそれを見ているだけではない。ある者は負傷者を背負い、ある者はほころびを広げて退路を切り開く。
信号弾が上げられてから十秒そこそこで、本隊攻略隊の撤退が始まった。先頭に立って包囲網を食いちぎるのは攻略隊リーダーの仁。十三は最後尾で殿を務めた。岩の上に上がり、わざと目立つように立ち振る舞ってヘイトを集める。衝撃波の集中攻撃は氣鎧術を分厚くして何とか防いだ。
ただダメージは防いでも衝撃自体はなくならない。おまけに足場の悪い岩の上というのも良くなかった。踏ん張りが利かず、彼は体勢を崩す。そこへ今度は真空刃が集中的に放たれる。
「っちぃ!」
鋭い舌打ちをしてから、十三は大きく跳躍した。そうやって真空刃を回避したのだ。だが土偶たちの攻撃はそれで終わらない。さらに衝撃波と真空刃が放たれる。衝撃波は氣鎧術で耐え、真空刃は仙具で切り払う。だが……。
「……っ」
次の瞬間、十三が振るっていた大業物の刀身が砕けた。さらに少しだけタイミングのズレていた真空刃が彼を襲う。景色を歪ませて迫るその刃は、彼の左腕を切り飛ばした。
「ぐっ……!」
墜ちていく十三。巨岩の一つに激突しそうになる彼を、しかし寸前のところで雅がつかまえ、そのまま肩に担いで走り出す。十三は額に脂汗を浮かべながら彼にこう言った。
「私は……、いい……。お前は、早く……」
「負傷者を取り残すなと言ったのは、あなたでしょうが!」
雅にそう怒鳴り返され、十三は口元に苦笑を浮かべた。それから彼は口を閉じて荷物に徹する。撤退が完了したのはそのすぐあと。こうして決戦は手痛い敗北に終わった。
土偶「縄文時代からやり直せ」




