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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
次の異界征伐までにやる幾つかのこと

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次の異界征伐へ


 駿河家で仙具にまつわる話をたくさんしたその次の日、正之と木蓮の案内で颯谷は近隣を観光した。ちなみに二人には桜華という名前の姉がいるのだが、彼女は婚約者のいる近畿地方へ行っているとかで、今は家にいない。正之が出してくれた車に乗り、三人は観光を楽しんだ。


 1914年に異界が現れるようになって以降、この国の形は大きく変わった。その変化の中には意図的に大きく変えたと言えるものもある。その一つが人口と政府機能の分散である。大都市が異界顕現災害に巻き込まれれば国家にとって破滅的な被害が予想されるし、また政府機能が停止したら冗談ではなく国が滅びかねない。それを避けるための当然の措置だった。


 そういう流れの中で定められたのが、各都道府県の人口目標である。この数字は国の総人口と各都道府県の面積などから毎年算出され、現在の人口が目標よりも少なければ増やす努力を、多ければ減らす努力をするよう求めている。


 この政策はある程度上手くいっていて、大都市だからといって人口が多すぎるわけではないし、地方だからといって消滅の危機に陥るほど人口が少なくなる場所はほとんどない。ただし小さな村や集落が消滅することは度々あり、その理由の大多数は異界だった。


 報道などにより、そういう事例を多数見聞きしているからなのだろう。この国の人々はやはりまず異界を恐れる。ただ異界に対して個人ができる備えと言うのはあまりにも少ない。だからなのかもしれない。有力な武門や流門のある地域には人が集まる傾向があった。


 駿河家は静岡県北部に本家を構えている。周囲には分家もあり、その中には道場を構えて流門としての一面を持つ家もある。要するに、静岡県の北半分は駿河一派が大きな影響力を持っていると言っていい。


 そしてそのこと、つまり駿河本家の住所は知らなくても、静岡県北部が武門・駿河家のホームグラウンドであることは良く知られている。それでこの辺りは人気の移住先として有名だった。


 人が集まれば、それだけで様々な需要が生まれる。需要が生まれれば、それを満たすためのビジネスが始まる。そんなわけで駿河家の周囲には、少し車を走らせれば様々なお店や見どころがあった。


「なるほど、そんな事情があるんですねぇ」


 見晴らしの良い場所で地場産の素材を使ったアイスクリームを食べながら、この辺の地域の事情を聞いて颯谷はそう呟いた。ちなみにアイスクリームの味は抹茶。木蓮のイチオシで、なるほど確かにしっかりとお茶の味がする。


 なお推した本人が食べているのはイチゴ味で、正之はメロン味を選んだ。そしてそのアイスクリームを食べながら、彼は颯谷にこう尋ねる。


「颯谷君は、将来のことはどう考えているんだい?」


「将来というと?」


「つまり新たな武門を立ち上げるかどうか、という話なわけだけど」


「う~ん、今のところそういうことは全然考えてないですねぇ」


 颯谷は正直にそう答えた。今のところ目の前のアレコレに手いっぱいで、そんな将来のことを考える余裕はない、というのが彼の実情である。それに「新たな武門の立ち上げ」と言われても、具体的に何をすれば良いのかは全く想像がつかない。彼にとっては現実感のない話なのだ。


「そうか。まあ、そうだよね。ただ……」


「ただ?」


「……いや、なんでもない。さ、コレを食べたら次はどこに行こうか?」


 言いかけた言葉を飲み込み、正之は話題を変えた。木蓮が幾つか候補を上げ、その中から颯谷が選ぶ。三人は一日、観光を楽しんだ。そしてほぼ食べ歩きだった。


「じゃ、また学校で」


「はい。あ、仙樹の枝についてのレポートはあとで送っておきますね」


 最後に駅でそう言葉を交わしてから、颯谷は木蓮と別れた。在来線と新幹線を乗り継いで自宅の最寄り駅へ向かう。途中で連絡したので、駅には玄道が迎えに来てくれていた。


「ソウ、おかえり。駿河さんとこはどうだった?」


「楽しかったよ。珍しいモノもいろいろ見せてもらった。でも暑かった」


 そんなふうに答えてから、颯谷は軽トラの助手席に乗り込んだ。さて一泊二日の旅行が終わっても、夏休みはまだ半分も終わっていない。そして宿題は三分の一も終わっていない。そしてそれが木蓮にバレてまたオンラインで勉強会をすることになった。


「メッセージ、宿題のとこだけスルーしたのがまずかったかなぁ」


「いい機会じゃろ、早めに終わらせとけ」


 玄道は笑いながら孫にそう発破をかける。颯谷は肩をすくめてそれに応じた。ただ結果から言えば、彼も宿題は早めに終わらせておいて良かったと思うことになる。お盆が過ぎたころ、新潟県の北部、山形県との県境近くに異界が現れたのだ。


 少し余談になるが、新潟県は一体何地方であろうか。関東甲信越と呼ばれることもあるし、中部地方に入ることもある。電気はもともと東北と一緒だったが、気候は北陸地方に近いと言われている。ただ地図上でみれば、どこに入れても中途半端に思えるかもしれない。


 新潟県が何地方であろうとも、特に北部が東北地方と地理的に近いことに疑いの余地はない。特に今回異界が顕現したのは山形県との県境付近。要するに東北の氣功能力者たちにも、赤紙が来る可能性は大だった。


(オレにも、来るか……!?)


 前回の異界征伐からそろそろ一年。颯谷に赤紙が来てもおかしくはない。木蓮はそう心配していたし、颯谷自身も身構えていたのだが、今回彼に赤紙は来なかった。


 ただし、千賀道場の先輩たちのところには来た。その数、十人。これを受けて師範の千賀茂信は自身も志願することを表明。千賀道場として征伐隊に加わることにした。


「颯谷君。君はどうする?」


 茂信にそう尋ねられ、颯谷は「少し考えさせてください」と答えた。そして彼は玄道と相談。玄道は孫にこう尋ねた。


「今回を見送ったら、次回はどうなる?」


「次はたぶん、赤紙が来ると思う。ただ千賀道場として征伐隊に加わるかはちょっとわかんないなぁ……」


 颯谷はそう答えた。千賀道場として加わらないのであれば、颯谷はどこに入れてもらえば良いか、困ることになるだろう。たぶん先輩門下生の伝手を頼ってどこかに入れてもらうことになると思うが、大分窮屈なことになるに違いない。そしてそれがイヤなら一人でやるしかない。


 仮に千賀道場として加わるとしても、師範の茂信が加わるかは分からない。いや多分赤紙が来ない限りは加わらないだろう。すると千賀道場組の指揮は門下生の誰かが執ることになる。


(先輩たちの誰か、か……)


 颯谷は内心で少し渋い顔をした。今のところ、特別に仲が険悪な先輩はいない。ただ彼は、いざとなれば単独で動くつもりでいる。そしてそういう事情をしっかりと把握しているのは、たぶん茂信だけだ。


 もちろん茂信も指揮を執る門下生にそのことは説明するだろう。ただ説明を受けた側が、それに納得してくれるかは別問題だ。へそを曲げてしこりになるかもしれない。颯谷としても先輩とぎくしゃくしてしまうのはイヤだ。


(そうなると……)


 そうなると、少なくとも最初の一回は、茂信と一緒に征伐隊に参加した方が良いのではないか。颯谷はそう思った。


「そうだなぁ。そうかも知れねぇなぁ」


 玄道もそのように言ったので、颯谷は今回の異界征伐に志願することにした。颯谷がそのことを茂信に伝えると、彼は大きく頷いて「分かった」と答える。そしてさらにこう続けた。


「颯谷君。いざという時は自由にやりたいという君の要望は覚えているし、約束は守るつもりだ。ただこれは私の個人的な考えなのだが、君は一度、普通の征伐を経験するべきだと思う」


「それは……」


「征伐にはある程度のパターンがある。たぶん君の目から見たらもどかしかったり、効率的じゃないと思えたりする部分もあるだろう。だがそれでもそういうパターンが成立する背景にはそれなりの理由があるものだ。そのことは理解して欲しいと思う」


「……分かりました。覚えておきます」


 颯谷がそう答えると、茂信はもう一度大きく頷いた。さて、千賀道場からは全部で八人が志願を表明し、合計で十八人が征伐隊へ加わることになった。ただしこの内の一人は氣功能力の未覚醒者である。そしてある日の夕方、この十八人が道場に集められた。事前ミーティングだという。


「さて、事前ミーティングを始めるが、今回は初めての者もいるので、いろいろ説明しながらやるぞ」


 茂信が最初にそう言ってミーティングは始まった。まずそもそもの話として、征伐隊が組織されその名簿が完成すると、全員を集めた「全体ミーティング」が行われる。今回はその前に行われるという意味で、「事前」ミーティングなのだ。


「さて、まずは現時点で分かっている情報だ。異界が現れたのは新潟県北部、山形県との県境近くの山地だ。異界の直径は約13km。中規模だな。内部になにかしらの変化が起こっていることも考えられる。各自、頭に置いておいてくれ」


「師範。スタンピードはもう起こったと聞いた。現れたモンスターの種類は?」


埴輪ハニワ、だそうだ」


「ハニワ」


「ハニワだ」


 重々しく頷いて、茂信は国防軍から届いたという資料を回した。そこには今回の異界から現れたというモンスターの写真も添付されていて、なるほど確かにハニワである。兵馬俑とは違う。武器を持っているハニワ、騎乗しているハニワ、動物型のハニワ。なかなかバリエーション豊富だ。どれも土色で、見た目は素焼きの土器に見える。


「このハニワは、その、動くのか?」


「滑らかに動くそうだ」


 茂信がそう答えると、何とも言えない沈黙がおりた。ハニワが滑らかに動いて襲ってくる。なかなかシュールな絵面だ。訳が分からない。さすがは怪異モンスターと言うべきか。


「続けるぞ。あくまで国防軍からの情報だが、ハニワらしく中は空っぽ。防御力は低いように思えたそうだ。動きも滑らかではあるが特別素早いわけではないらしい。二本足は二本足並み、四つ足は四つ足並みということだ」


「お、じゃあそんなに強くない?」


「油断は禁物だ。スタンピードで外に出てくるのは結局のところ有象無象。一方で征伐の障害となるのはヌシやガーディアンだ。甘くはない」


 茂信がそう戒めると、部屋の中の空気が少しだけ引き締まる。それを見て小さく頷くと、彼はさらに話を進めた。


「次に我々の動き方だが、これは大きく分けて三つ。本隊に加わるか、独自に動くか、どこかと連合するか、そのいずれかになる」


 まず独自に動くというのは、つまり千賀道場組だけで異界征伐を目指すということ。この場合、戦力はこの十八人に限られるが、周りからあれやこれやとうるさく言われることなく自由に動くことができる。


 次に連合するというのは、要するにどこかの武門や流門と一緒に征伐を行うということ。この場合、戦力の上積みができることが最大のメリットだ。ただしパワーバランスやらなんやらいろいろ面倒くさいこともある。また全体ミーティング前に連合する相手と話をつけておく必要もあるだろう。


 そして本隊だが、こちらは独自に動くわけでも連合するわけでもない者たちの集まりだ。毎回最も数が多くなるので「本隊」と呼ばれているが、その内情は最も雑多であると言っていい。ただ「数は力」であり、毎回の異界征伐で中核的な働きをするのもこの本隊だった。


 どう動くとしてもメリットとデメリットがあり、リスクとベネフィットがある。話し合いの結果、今回は本隊に加わることになった。ただ突入後の状況次第では、本体から抜けて単独で動くこともあり得るという。


「まあ、よほどの場合だ。ほとんどないと思っていい。次に役割分担を決めるぞ」


 役割分担といっても、肝心の異界内部の様子は何も分からない。それで大雑把に決めておくのが通例だった。役割ロールとしては三つ。攻略隊、後方支援隊、遊撃隊である。


 攻略隊はその名の通り征伐のため異界中心部を目指す隊。後方支援隊は主に拠点の防衛を担当し、必要に応じて攻略隊を援護する。遊撃隊は拠点周辺のモンスターを間引いて拠点の安全度を高め、同時に仙果を採取して食料の消費を抑えるのが任務だ。


 危険度で言えば、攻略隊が最も危険で、次に遊撃隊、後方支援隊となる。報酬もそれに準じたものになっていて、攻略隊が10(頭割り十割)、遊撃隊が3~5、後方支援隊は1というのが通例だそうだ。


 もちろん後方支援隊を希望して10の報酬を要求することも可能だ。ただしその場合、本隊からは追放される可能性が高い。「危険と労力は少なく、報酬は一人前」というのは周りからのウケが悪いのだ。集団に属する以上は周囲の納得を得ることも必要なのである。


 とはいえ何が起こるか分からないのが異界征伐。内容次第では報酬も征伐後に相談可能だとか。分からないことが多い分、その辺は臨機応変にやるのだという。


 颯谷は遊撃隊に入ることにした。遊撃隊が一番自由にやれそうに思えたからだ。千賀道場の十八人のうち、八人が攻略隊、六人が遊撃隊、四人が後方支援隊という分担になった。


(いよいよ……)


 いよいよ、次の異界征伐が近づいてきた。それをひしひしと感じる。颯谷はぶるりと身体を震わせた。武者震いだ、と彼は自分に言い聞かせた。



 ~第二章 完~

正之「本人が考えてなくても、周りは先走るモンなんだよなぁ」

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― 新着の感想 ―
その出てくるハニワの掛け声は「ハニホー!」だったりするのかしら?
この第二章で一気に世界観が広がってますます面白くなってきました。次の章も楽しみです! 一章ではひたすら過酷でしんどい目に遭ってたソウヤくんが平和な日常に帰って来られたのを見れてよかった(*´∀`) …
[一言] ハニワってエイリアンぽくてモンスター向きですよねぇw
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