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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
次の異界征伐までにやる幾つかのこと
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セミナー1


 時間は少し遡る。新学期が始まって少ししたころ、颯谷は道場の師範である千賀茂信から一枚の案内を渡された。表題は「異界征伐に係わるセミナーのお知らせ」。主催は国防軍になっている。颯谷はざっと目を通すと、茂信にこう尋ねた。


『なんですか、コレ』


『国防軍が主催しているセミナーの案内だな』


『いや、見ればわかりますけど』


『颯谷君が一人で異界征伐を成し遂げたことは、誰にも真似できない偉業だ。しかしそれはそれとして、君は基本的な技術や知識があまりにも不足している。例えば地図の読み方も教えてもらえるし、興味があるなら行ってくると良い』


『はあ』


 颯谷は少し面倒くさそうな顔をしたが、剛にも「行った方が良い」と言われたので、彼はセミナーに参加することにした。ちなみに大手流門とかだと独自セミナーをやっているところもあるが、業界的には国防軍のセミナーが一番オーソドックスだという評価。あと変なしがらみもないのでどこの所属でも参加しやすい。


 セミナーの日程はゴールデンウイークの直後の五日間。つまり平日。なぜ平日開催なのかというと、要するに国防軍もお役所ということだ。さらに言うと、セミナーに来るのは征伐隊入りを志望している人たちだけで、そういう人たちは普通一般企業に就職したりはしていないという事情もある。


 だから主催する国防軍も、まさかセミナーに高校生が来るとは思ってもみなかっただろう。おかげで颯谷は入学早々に公欠の申請をすることになった。出された条件は「セミナーの内容をレポートにして提出すること」。これって普通に学校行くより大変じゃないかと思ってしまった颯谷である。


 そしてセミナー当日。颯谷はセミナーが開かれる国防軍の基地へバイクで向かった。前述したとおり、セミナーは五日間みっちり行われる。最初の三日間が座学メインで、残りの二日間が演習場でチェックポイントを回るオリエンテーリング。ただしオリエンテーリングには国防軍の兵士がサポートにつく。「下手したら帰ってこられなくなるからな」と茂信は言っていた。


 さて、最初の座学は「異界征伐の歴史と現在の基本的対応方針」。颯谷はテキストを開き、講師役の三佐の話に意識を集中した。世界で初めて異界が確認されたのは1914年。第一次世界大戦が勃発し、多くの歴史家が「歴史の転換点となった」と指摘する年である。


 日本では同年7月29日、中部地方にて北アルプスの一部を巻き込む形で初めての異界顕現災害が発生。氾濫スタンピードも発生し、主に陸軍がその対処に当たった。とはいえ初めての災害で、すべては手探り状態。征伐までにおよそ一年三か月を要した。


 征伐に時間がかかったことは、当時も現在も批判の矛先が向く対象とはなっていない。分からないことだらけの中、大きな損害を出しつつも、国家と国民のために兵士たちは良く戦った。そう評価されている。


 ただ同年8月23日、日本はドイツに宣戦布告して第一次世界大戦に参戦する。当然ながら、この時まだ最初に現れた異界は征伐されていない。むしろ混乱の真っただ中だ。それでも参戦が強行された背景には、軍部の強い要望があったとされている。


 世論は沸騰した、と言っていい。「国内に現れた脅威を軽視している」、「天皇陛下の臣民を見捨てるつもりか」。そんな声が全国から上がった。そして二つ目の異界が現れたことでその声はさらに大きくなった。


 第一次世界大戦後、日本は多くの利権を得たが、それでも国民は納得しなかった。むしろ「軍部と内閣は利権のために国民を生贄にした」と言われた。二つ目の異界が現れても軍を海外へ派遣し続けたことが批判されたのだ。これはもう数の問題ではない。どちらをより重視しているように見えるのか、という問題なのだ。


「軍部は国民感情を読み違えた、と言っていいでしょう。そしてそのうねりは時の天皇陛下も無視できないものでした」


 戦争中は沈黙を守っていた時の天皇陛下も不快感を滲ませ、「今後は国土と国民を優先することが望ましい」と発言。事実上、軍部を批判した。おそらくはコレが効いたのだろう。この後、軍部は間違いなく国内を重視するようになる。そしてこの体質は旧憲法が改正され、旧日本軍が国防軍として再編されても維持された。


「……当時の日本は、いわゆる一等国になることを悲願としていました。国内に異界を抱えているのに第一次世界大戦へ参戦したのも、突き詰めて言えばそれが理由と言っていいでしょう。しかしこれは軍部にとって手痛い落ち度となってしまった。ただ、この悲願が良い方向に働いたこともあります」


 その一例が、虹石と天鉱石の研究である。虹石と天鉱石は異界が征伐された後で発見された物質であり、それまで地球上には存在していなかった物質である。当時の日本はあらゆる研究分野で欧米諸国に後れを取っていたと言っていい。だが当然ながら、虹石と天鉱石の研究はこれまでにまったく行われていない。


 つまり虹石と天鉱石の研究に関して言えば、各国のスタートラインは横並びだったわけだ。今からでも先駆者になれる分野であり、また異界の謎を解明する取っ掛かりにもなるかもしれない。もしもそれが叶うならば、日本は間違いなく世界各国からの尊敬を集めるだろう。


 それで当時の日本は国を挙げてこの新物質の研究を後押しした。そして日本は世界で初めて虹石と天鉱石の資源化に成功するのだ。なお軍部が国内を重視するようになった背景には、このことも関係していると考えられる。つまり国外に資源を求めなくても良くなったのだ。なお現在に至るまで、謎の解明の方に経験則以上の進展はない。


 さて時代は進み、異界征伐は主に民間に委託されるようになった。ただ国防軍が民間に委託するのであって、異界対策の主体が国防軍であることは変わっていない。氾濫スタンピードへの対処は国防軍が行っているし、装備品の提供やこうした各種セミナーも開催している。


 征伐隊の編成や突入までの段取りも国防軍が主導しており、その関与は多方面に及ぶ。そもそも民間による征伐が失敗と判断された場合には国防軍が動くことになるのだ。この分野における国防軍の存在感は間違いなく大きい。


 そして国防軍が行っている重要な異界征伐関連の業務として、情報収集とそのデータベース化がある。これは主に異界征伐後に征伐隊のメンバーから話を聞いて情報を集め、それをデータベース化して将来の征伐に役立てるという事業だ。


 どんな情報を収集するのかというと、まずコアだったかそれともヌシだったか。そしてどんなモンスターが出現したか。特異な変化があったか。どのように征伐を行ったのか、など。ちなみに颯谷も聞かれた。なおそれらの事例は防衛省のホームページでも閲覧できる。


 そしてそうやって集めた事例の幾つかを解説してもらいながら学ぶのが二つ目の座学「これまでに顕現した異界の特徴とその具体的征伐例」である。もちろん異界にまったく同じ事例はない。だが数が集まればある程度の分類や方向性は見えてくる。また先人のひらめきや知恵はいざという時に役立つかもしれない。だからこうして単元が設けられているのだ。


「まず現在までに顕現した異界の総数は482個。一年でだいたい4~5個の異界が現れる計算です。なおこれまでの年間最大顕現数は7回で、最小は2回。そして現在わが国では2つの異界が未征伐となっています」


 講師役の一尉がそう話す。そして彼はさらにこう続けた。


「異界征伐に関する数字の中で、まあどれも重要なんですが、征伐隊の死亡率というものがあります。これは文字通りどれくらいの方が亡くなられたのかを表す数字ですが、たとえば事例の3をご覧ください。損耗率を見てもらうと156%となっています。これは決して誤字やタイプミスではありません。では桐島颯谷君、この数字は何を意味しているでしょうか?」


「えっ!?」


 まさか学校みたいなノリでかけられるとは思わず、颯谷は思わず声を上げた。見れば講師役の一尉が楽しそうにニヤニヤしている。仕方がないので彼はその数字の意味について考えてみた。なおここで言う「損耗」とは、「今後は戦力として数えられない」という意味だ。


 数字を素直に受け取るなら、100人の征伐隊を送り込んで156人が損耗した、ということになる。だが普通、そんなことはあり得ない。しかし数字は間違っていないという。では一体何が起こったのか。


「……一回、征伐に失敗した?」


「正解です。一回目の征伐に失敗して損耗率100%。二回目で征伐に成功し、その際の損耗率が56%。合計して156%という考え方です」


 つまり征伐に二回失敗すれば、損耗率は200%を超えるわけだ。(全損耗者数)/(全参加者)で死亡率を出す考え方もあるが、これならば何回征伐に失敗したのかが一目で分かる。それでこちらが採用されているという話だった。


「また外から得られる情報として重要なのが異界の径、つまり大きさです。異界の分類としては直径1km未満を小規模、15km未満を中規模、15km以上を大規模としています。これを踏まえたうえで、事例の1と2を見てください」


 事例1では異界の直径が18kmだが、事例2だとわずか600mとなっている。分類で言えば、事例1が大規模、事例2は小規模となる。


 ちなみに颯谷が征伐した異界は直径16.7km。大規模異界と分類できるわけだが、彼は20~25kmくらいかと思っていたので、思ったより小さかったというべきか、それとも自分の目測のガバガバ加減に呆れるべきか。まあそれはいい。


「異界の特性の一つとして、内部に超自然的な変化が起こることがあります。そしてこの変化が起こりやすいのが、小規模の異界です。事例2だと海にまたがる異界だったのですが、内部空間が拡張され、鬼ヶ島が出現しました」


 テキストには鬼ヶ島の写真も載せられていた。なんでも海水浴場の駐車場に設営されたベースキャンプで後方支援に当たっていた隊員がスマホで撮影したものだという。なかなかおどろおどろしい雰囲気が伝わってくる。


「逆にそういう変化が起こりにくいのが、径が大規模な異界です。桐島君が征伐した異界はどうでしたか?」


「……確かに、明らかにおかしい地形が増えたりとかはしてませんでした。湧き水のポイントが増えたりとかはしてましたけど」


「はい、そうですね。ですから径が大きい異界の場合は、少なくとも内部の地形については変化が少ないと考えて準備ができます。一方で径が小さい場合は、本当に中で何が起こっているのか分からないですから、覚悟を決めて突入するしかないでしょう」


 講師役の一尉がそういうと、受講者たちから乾いた笑い声が上がった。中の様子が本当に何も分からない状態で突入するのは怖いだろう。颯谷も今ならそれを骨身にしみて想像できる。


「スタンピードに注目してみると、大規模異界の場合、一回当たりのモンスター数が多い代わりに、一回ごとの間隔が長く、また少ない回数で白色つまり突入可能状態になる傾向があります。


 一方で小規模の場合、一回当たりのモンスター数は少ないですが、一回ごとの間隔が短く、白色状態になるまでの回数も多い傾向にあります。要するに、白色状態になるまでに外へ出てくるモンスターの数はだいたい一定ということです。もちろんこれは全体的な傾向の話であって、事例ごとには差がありますが」


 それでも要するに、異界のポテンシャルやキャパシティと呼ぶべきモノはどれもだいたい同じ、ということなのだろうか。颯谷はふとそう思った。だがテキストの事例をパラパラとめくってみるだけでもそれぞれの死亡率には大きな差がある。ちなみに最小は3%で、最大は先ほどの156%。これをどう解するべきか。


(攻略法が間違っていた、とか?)


 サブカルにどっぷり浸かった人間が考察するとこういう回答を出すらしい。ただ「攻略法」と言ってしまうといかにもゲームチックだが、「解決のためのアプローチ」と言い換えればあながち間違ってもいない。とはいえそれですべて説明できるわけではないだろうが。そして彼がそんなことを考えている間にも講義は進んでいる。


「大中小規模、それぞれの異界において、統計上、死亡率の平均に大きな差はありません。しいて言うなら、中規模の死亡率が若干低くなっています。これは事例数が多いためと考えられます」


 それを聞いて颯谷は少し首を傾げた。先ほどの話でいうなら、小規模異界は中がどうなっているのか予想が立てにくく、そのため難易度が上がるように思われたのだが、違うのだろうか。異界としての難しさとモンスターの強さは別の問題になるのかもしれない。


「……これから突入する異界にどんなモンスターが出現するのか。皆さん、関心がおありだと思います。これまでの事例を見ていきますと、スタンピードで外に出てきたモンスターと同種のモンスターが出現すると考えてよいと思われます」


 よってスタンピードでどんなモンスターが現れたのかというのは大変重要な情報と言える。ただし「スタンピードで現れなかったモンスターは出現しない」とは言えない。またヌシはもちろんガーディアンも外には出てこないので、重要だがあくまでも参考と考えておくのが良いだろう。


「ただ、こういう表現が正確なのかは分かりませんが、明らかに場違いなモンスターが出現することがあります。こういうモンスターは場違いな乱入者(イレギュラー)と呼ばれています」


 例えば鬼ばかりの異界になぜか大きな山犬が一体だけ現れたりする場合、この山犬はイレギュラーである可能性が高い。そしてイレギュラーか否かを判断する決定的な要素について、講師役の一尉はこう説明した。


「あるモンスターがイレギュラーの場合、モンスター同士であっても同士討ちをします。これがイレギュラーを見分ける最大の特徴です。そしてイレギュラーは強力な個体であることがほとんどです。経験則的にはガーディアンクラスだろうと言われています。戦うか否かの判断はその時々になると思いますが、いずれにしてもそのことを念頭に置いていただければと思います」


 それを聞いて、颯谷は神妙に頷いた。ガーディアンと言われて彼の脳裏に浮かぶのは、あの巨大な大鬼である。確かにあのレベルのモンスターなら、どれだけ警戒しても十分ということはないだろう。


(イレギュラー、要注意だな)


 彼は心の中でそう呟くのだった。



颯谷「セミナー五日間って結構ハードだよね!?」

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― 新着の感想 ―
この事例は直径わずか1m、被害者0でしたが中からモンスター化したゴキブリが大量発生し、周辺地域に阿鼻叫喚を齎した、ある意味では最悪の異界でした。人が入ることもできず、外から棒で突き刺したのですが、征伐…
楽しく読ませていただいています! ひとつ疑問ですが損耗率の最小は颯谷の征伐した0%では? まだ記載されてない or 0%は考慮にいれてない?
[一言] この歴史だと第2次はこちらからやる理由がなくて平和そう ただ島国ゆえに殲滅してモンスター蔓延る地にしつつ鉱山目当てに突入みたいな場所にしたくて攻められるみたいなのはあり得そう…… 首都とか…
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