仕事兼旅行3
ハンマーヘッドの仕事を終えると、剛と正之が車で颯谷と玄道を旅館まで送ってくれた。その道すがら、二人は颯谷と玄道を穴場的な観光地に案内してくれる。ゴールデンウィークだけあって観光客の姿は多かったが、それでも混雑というほどではない。二人はゆっくりと観光を楽しむことができた。
そして翌日。昨日と同じく、颯谷と玄道はまずタクシーで駿河邸へ向かった。そしてそこから車で野崎の工房へ移動する。彼らが工房に到着すると、昨日とは違ってすでに何台かの車が停まっていた。本日の見学希望者らがすでに集まっているらしい。
「おはようございまーす」
そう挨拶をしながら、颯谷は工房の中に入る。中にいた男たちの視線が彼に集まった。20代の若者から60歳を超えているように思える方まで、年齢層は幅広い。ただし全員が氣功能力者。だからだろうか、視線には圧があった。
とはいえ、威圧されたわけでもないのにいまさら臆する颯谷ではない。軽く頭を下げ、ハンマーを片手に持って気負いなく歩く。そして金床の傍へ近づいた。そこでは野崎と村瀬が作業を始めていて、彼は二人にこう声をかけた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「うむ。よろしく」
「こちらこそ、よろしく」
もう少しで作業に入れるというので、颯谷も自分の準備を始めた。シャツ一枚の動きやすい格好になり、頭にはタオルを巻く。そして妖狐の眼帯を目元に装着した。それを見て剛が見学者たちにこう声をかけた。
「え~、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。皆さまご存じの通り、練氣鍛造法は提唱されてからまだ間もない、若い技術です。この見学会を通じて技術交流等していただければ、静岡県、東海地方、ひいては日本全体の鍛冶師のスキルアップに資するものと考えています。さて、本日の予定ですが……」
剛は今日の予定を話し、最後に注意点を告げる。彼の挨拶が終わると、野崎が立ち上がり「では、始めさせていただきます」と言って一礼した。村瀬がそれに合わせ、颯谷も慌ててそれに続く。見学者らの拍手が収まると、野崎は村瀬から火ばさみを受け取った。
いよいよ作業に入る。それを察して、見学者たちはそれぞれ眼鏡やモノクルなどの仙具を装着し、それぞれ視やすい位置に移動する。彼らの準備が整ったのを見て、野崎は火ばさみを炉の中に入れた。そして炉から真っ赤に焼けた鉄を取り出し、金床の上に置く。
颯谷はハンマーを振り上げた。打ち合わせは昨日のうちに済ませてある。完成した刀の姿を思い浮かべながら、彼はハンマーを振り下ろした。そして氣を流し込む。流石は一級仙具のインゴット。手応えは良好だ。彼は口元に小さく笑みを浮かべた。
この日、颯谷は午前午後合わせて全六振りの刀を打った。見学者は午前と午後で入れ替わっただけだが、仙具は数が足りず順番で使っていた。仙具なしで見学しても面白いことはないと思うのだが、それでも全員が途中で退席することなく真剣に見学を続けた。
質疑応答は午前と午後で一回ずつ。予定の本数を打ち終えてから行われた。「事前にQ&Aを配っておいたので質問はそんなに出ないだろう」と颯谷は思っていたのだが、そのアテは大きく外れた。
剛も言っていたが、練氣鍛造法はまだ若い技術。「一つ分かれば十分からないことが出てくる」という具合で、質疑応答は二回とも時間ギリギリまで続けられた。困ったのは颯谷にも答えられないような質問が多かったことで、幾つかの質問は村瀬に助けてもらった。
「またQ&Aをまとめておいてもらって良いですか?」
「分かった。そうしよう」
颯谷の頼みごとに、剛は大きく頷いてそう答えた。そうしてまとめたQ&Aはまた仁科刀剣に渡すつもりだ。きっと仁科刀剣から以前に見学した人たちへアナウンスしてくれるだろう。そうやって東北の、ひいては日本全体で鍛冶師のレベルが上がればいい。颯谷はそう思った。
(それにしても……)
それにしても、昨日話し合い、そして今日また質疑応答で助けてもらって感じたのだが、村瀬はかなりレベルが高い。鍛冶師としての腕はもちろんだが、練氣鍛造法の腕もかなりのモノだ。知見が深く、短期間で試行錯誤を繰り返したことがはっきり分かる。
(オレはなぁ……)
颯谷は内心で苦笑する。自分のやり方を振り返ってみたとき、氣の量と道具にずいぶん頼っていることが分かってしまう。「技術が拙い」というのとはちょっと違う。ある局面を打開する時、技術をさらに磨くのではなく、まず氣の量とそれを生かす道具に頼りがち、ということだ。それで何とかなってきたのが、今の彼なのだ。
もちろん、征伐も鍛冶も結果が全て。結果が出たのなら、それが正解なのだ。少なくとも彼にとっては。だが村瀬の場合、氣の量や道具には頼れない。だから彼は壁に行き当たる度に技術を磨いてきたに違いないのだ。
(見たい……)
颯谷はそう思った。こと鍛冶の技術に関して彼が他人に興味を持ったのはこれが初めてかもしれない。それでお昼休み、彼は思い切って村瀬にこう頼んでみた。
「村瀬さん。一つお願いがあるんですけど……」
「え、何かな?」
「練氣鍛造法をやってるところ、見せてもらって良いですか?」
「ええ、桐島君に……?」
思いがけない頼み事だったのか、村瀬は困惑した表情を浮かべた。彼は少し考え込んでからこう答える。
「まあ、良いか。じゃあ、今日の予定が全部終わってからやろうか。その代わりと言っては何だけど、桐島君のハンマーを貸してもらえないかな?」
「あ、はい。どうぞ。使ってください」
こうして颯谷は村瀬の了承を取り付けたのである。そして予定の六振りを打ち終え、質疑応答も終わると、颯谷は満を持して村瀬にハンマーを手渡す。彼はそれを苦笑気味になって受け取った。
帰ろうとしていた見学者たちが、また何かが始まるらしいことを察して足を止める。どうやら村瀬がハンマーを振るうらしいということが分かると、彼らはまた戻って来て見学の態勢を取った。
「なんだなんだ、番外編か、村瀬?」
知り合いらしい見学者の一人が、村瀬にそう茶々を入れる。村瀬は小さくを肩をすくめてこう答えた。
「桐島君の希望で、な。まあ、私としてもコイツには興味があったから」
そう言って村瀬は阿修羅武者のハンマーを小さく掲げて見せる。そうしている間に準備ができたらしく、野崎が村瀬に声をかけた。それを受けて村瀬が金床に向き直る。その彼の様子を見て、颯谷は内心で盛大に首を傾げた。
ただ集中を始めた村瀬を見て、颯谷は彼に声をかけるのは止めた。質問は終わってからでいいだろう。それより村瀬の練氣鍛造法を見逃さないよう、颯谷も妖狐の眼帯を装着してその時を待つ。そして村瀬が小さく頷くと、いよいよ野崎が火ばさみを炉に入れた。
今回打つのは天鋼製の短刀を一振り。話が急だったので、すぐに準備できるのがコレだけだったのだ。颯谷は何の不満もないのだが、むしろ村瀬の方が「このハンマーを使えるならもっと大きなヤツを打ちたかった」と悔しがっていた。
まあそれはそれとして。村瀬がハンマーを振り上げる。そして気負いのない動作で振り下ろした。カンッカンッカンッと小気味よい金属音が響く。村瀬の体幹はまったくブレない。彼は片足が義足なのだが、それを微塵も感じさせない安定感だ。
そして肝心の練氣鍛造法だが。こちらは正直に言って颯谷の思っていた以上だった。村瀬の氣の量は颯谷に及ばない。そこを彼は技術でカバーしている。いわゆるロスがほとんどないのだ。彼がハンマーを振り下ろすたびに“ライン”がスッと通る。無駄のないその光景は息をのむほど美しかった。
しかも村瀬はその超絶技巧をモノクルの仙具を使わずにやっているのだ。颯谷の感覚で言うと、それは目隠しをしながらハンマーを振るっているに等しい。ちょっともう信じられない境地である。
「ふう」
短刀を打ちあげ、村瀬が大きく息を吐く。彼はハンマーを杖代わりにして義足側の負担を軽くし、タオルでやや乱暴に額の汗を拭いた。そして見学者のなかの颯谷に視線を向けてこう尋ねる。
「桐島君。こんな感じで良かったかな?」
「はい。その、すごく参考になりました。……それで、その、一つ聞いて良いですか?」
「何かな?」
「どうしてモノクルの仙具を使わなかったんですか?」
「アレはほら、借り物だから。普段は使ってないし、普段通りにやって見せた方が良いかと思って」
至極当然の事のように、村瀬はそう答える。一方の颯谷は絶句した。むしろ頭が痛い。ということは、村瀬は氣を込めるその感覚だけを頼りに練氣鍛造法の技量を磨き、ここまでの腕になったというのか。
さらに言うなら、練氣鍛造法はまだ歴史の浅い技術だ。つまり指導してくれる先達はまだいない。もしかしたら剛から詳細な話を聞いたのかもしれないが、それでも村瀬はほとんど独学で技術を磨いたはず。そしてこれほどのレベルになったのだ。
(ホント、信じらんねぇ……)
声にも出さず、颯谷はそう呟くのが精一杯だった。彼の氣功能力者として各方面と関わってきたが、これほどに慄くのは初めてだ。一方の村瀬は彼が追加の質問をしないのを見てもう良いかと思ったのだろう。視線をハンマーに移してこう言った。
「それにしても、このハンマーは良いなぁ」
「そんなに良いのか?」
「ああ。私も現役のころに一級仙具は幾つか触ったことがあるが、その中でも間違いなくトップクラスだ」
声をかけた見学者に、村瀬はそう答える。そして口の端を小さく歪めながら、さらにこう続けた。
「コレを使ってしまうと、道具も重要だとイヤでも認識させられる。……駿河さん。あのハンマー、確かに貸していただけるんですよね?」
「もちろん。ただ村瀬さんにだけ貸すというわけには……。将来的には予約制になるかと思います」
「それはまあ仕方がないですね……。将来のことを考えるなら、小鎚も欲しいところです」
「それはまた探すことになりそうです。今回のように、流用できるモノがあれば良いのですが……」
剛がそう言うと、見学者たちはそれぞれ真剣な顔をしながら考え込む。きっと何か使えそうなモノがなかったか考えているのだろう。さらに今なら、皇亀のドロップがまだ残っている。それを使ってまたハンマーヘッドを作ることができるかもしれないのだ。
一級仙具相当の小鎚があれば、一人でも練氣鍛造法を用いて刀を打つことができるようになる。颯谷はよく分からないが、きっともっと細かい調整ができたり、個性を出したりできるのだろう。
(静岡、いや東海地方は練氣鍛造法の先進地になるかもなぁ)
颯谷はそんなことを考えた。東北も負けてはいられない。というか、地元で質の良い武器が買えるかどうかは、征伐隊にとって結構死活問題だ。最新のQ&Aを届ける時、仁科刀剣にまたいろいろと話してみよう。彼はそう思った。
さて少しばかり想定外のことがあったが、これで予定はすべて消化した。最後に野崎と村瀬に挨拶をしてから、颯谷と玄道は剛の運転する車に乗り込んだ。少し時間が遅くなったので、どこかに寄ることはせず、剛はまっすぐ二人を旅館へ送った。
その車内で颯谷はスマホをチェックする。すると木蓮からメッセージが入っていた。どうやら彼女も実家に帰って来たらしい。ゴールデンウィークの休日は明日もう一日残っているのだが、「おじいちゃんも交えて、一緒にどこか回りませんか?」と書かれていた。
「おお、いいなぁ」
颯谷がそのことを伝えると、玄道は笑顔を浮かべながらそう答えた。剛も運転席から「楽しんでくると良い」と声をかける。颯谷は一つ頷くと木蓮に返信を送った。
【いいね! 楽しみだ】
さて後日。颯谷は剛から連絡を貰った。彼が作ったハンマーヘッドについてだ。一級仙具のシャフトと組み合わせて完成したハンマーは、十人中十人が「一級相当」と評価する出来栄え。つまり当初の目論見通りになったということだ。
「まあ颯谷のあのハンマーには及ばんがな。それでも十分すぎる出来だ。感謝する」
そう電話口で話す剛の声は弾んでいた。すでに村瀬に貸し出し、オークションで落札したインゴットの加工を依頼しているという。村瀬ならきっと、良い品を作るに違いない。
(まあ、ともかく……)
ともかく、期待された分の仕事は果たした。そう思っていいのだろう。颯谷はやっと最後の肩の荷が下りたような気がした。
~ 第九章 完 ~
村瀬「火ばさみも欲しい。金床も欲しい。いっそもう一回異界に行くか……?」




