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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
ひとりぼっちの異界征伐
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攻略準備2


 何とか間に合った、と言うべきか。伸閃の強化についての話である。


 雪よりも雨が降ることが多くなり、積もっていた雪も徐々に減っていく。新緑の季節にはまだ遠いが、それでも春は確実に近づいているのだ。そして雪が解けるにつれて、特に中鬼どもの動きも良くなっていった。雪に足を取られなくなってきたのだ。


 伸閃の強化策として颯谷が考えたのは、「切り裂く」イメージをより強く鮮明にすること。そしてその方向性はだいたい正しかった。伸閃が技としてより鋭さを増したことを、彼も手ごたえとして感じている。


 ただその一方で、イメージをより強く鮮明にするためには溜めが必要だった。つまり技を放つまでに時間がかかるようになってしまったのだ。ほとんど一呼吸で放てるようになっていた伸閃がまた十秒近い溜めを必要とするようになって、颯谷は思わず渋い顔をしてしまった。


 とはいえ、時間がかかるであろうことは最初から予想していた。そして特訓を続ければその時間を短縮できるであろう、という見込みもある。だから彼が渋い顔をしたその理由は、時間がかかったことそれ自体ではない。


 問題なのは、この鋭い伸閃を再び一呼吸で放てるようになるまでに、一体どれだけの時間がかかるのか、ということである。冬の間、伸閃の特訓が順調だったのは、雪のおかげで怪異モンスターたちの機動力が大幅に低下していたからである。要するに溜めのための時間があったのだ。


 だがもう春が近い。気温も徐々に上がっており、雪ではなく雨が降ることが多くなった。そのたびに積雪も解けていく。モンスター、特に中鬼がかつての機動力を取り戻す日はそう遠くない。


 それはつまり、溜めのための時間をそう簡単には取れなくなることを意味している。中鬼の機動力が元に戻るまでに伸閃の強化を形にしないと、異界の征伐それ自体が大きく後ろ倒しされかねない。


『間に合うかな……。いや、間に合わせないと……』


 決して小さくない危機感を覚えながら、颯谷は特訓に励んだ。雨が降る日が多くなり、天候的には決して特訓に適した時期ではないのだが、そんなことは言っていられない。時折ぶり返す風邪に悩まされながらも、彼は毎日外へ出て特訓を続けた。


 そして中鬼がほぼ雪の影響を受けなくなったころ、伸閃の強化はほぼ形になった。まだ一呼吸とはいかないものの、じっくりと氣を練る必要はなくなった。足を動かしながらでも鋭さを増した伸閃を放てるようになり、颯谷は特訓の成果に手ごたえを感じた。


 それで、実際に伸閃はどれほど強化されたのか。強化に乗り出す前から、中鬼相手なら伸閃は十分に通じていた。調子がいい時には、ガードした腕をそのまま切り飛ばすことができたくらいだ。


 当然ながら、強化した伸閃はその上をいく。なんと胴を両断できるようになった。ここまでくるとガードはもう無意味である。初めて中鬼の胴を両断したときは、放った本人でさえちょっと引いてしまった。


『うわぁ……』


 中身が飛び散る仕様でなくて良かったと思ったりしたわけだが、まあそれはそれとして。中鬼でさえこうなのだから、小鬼などはもう十把一絡げである。飛び掛かってきた小鬼の三体くらいは伸閃の一振りで一刀両断だ。かつての中鬼に怯えていた颯谷はもういない。彼の方が圧倒的な強者になったのだ。


「う~ん……」


 しかしそれでも。彼の表情は依然として険しい。確かに伸閃の強化は形になった。以前とはけた違いの鋭さ、攻撃力だと言っていい。


 だがこれであの大鬼に通じるのか。通じるはずだ、とは思う。だが本当に通じるかどうかは、実際のところ試してみるまでは分からない。そしてあれから彼は一度もあの大鬼とは戦っていない。


 モンスターは無意識のうちに氣を垂れ流している。そしてモンスターの攻撃力や防御力は、おおよそその垂れ流す氣の量に比例していると言っていい。そしてこれまで凝視法で観察してきたその経験則からいうと、中鬼はだいたい小鬼の2~3倍の量の氣を垂れ流している。


 身長に比例しているのか、それとも体重に比例しているのか、それは分からない。だが要するに、身体が大きくなると垂れ流す氣の量も多くなり、それに伴って攻撃力や防御力も上がると考えられるわけだ。


 では、あの大鬼はどうなのか。まだ確認してはいないが、途方もない量の氣を垂れ流していると考えられる。推測するに中鬼の五倍くらいあるのではないか。颯谷はそんなふうに見積もっている。


 中鬼が五体と考えると、今の彼にとってはそれほどの脅威ではない。強化した伸閃を駆使すれば、多少時間はかかるかもしれないがすべて一刀両断できるだろう。だがことはそう単純ではない。


 つまり「大鬼の戦力は中鬼五体分」と考えるのは正しくないわけだ。むしろ「大鬼の攻撃力と防御力は中鬼の五倍」と考える方が正しい。前者と後者は同じに思えるだろうか。だが実際には全く違う。


 中鬼の攻撃なら、颯谷は耐えられる。だがその五倍の威力となると、耐えられるかは分からない。中鬼の防御なら、颯谷は突破できる。だがその五倍の防御力となると、ダメージを与えられるかは分からない。


 倒せる敵が五体集まっても、それは「倒せる可能性のある敵」なのだ。だが倒せない敵の場合、一体だけであってもその敵は「倒せない」のだ。この差は途方もなく大きい。


 これがゲームなら、颯谷も軽く一当たりしてみるだろう。つまり威力偵察だ。まず一戦して、負けたとしてもそれから色々考えれば良い。だが現実はゲームではない。威力偵察をするのも、文字通り命懸けだ。そう思うと、気楽に仕掛けてみることもできない。


「なにか……」


 何かもう一つ、本当に切り札になるようなモノが欲しい。険しい顔をしながら、颯谷はそう思った。伸閃は有用な技だ。シンプルで使いやすく、まさに普段使いの技である。しかしだからこそ、通じない相手には全く通じない。彼はそのことを、あの大鬼戦でイヤというほど思い知らされた。


 どんな相手にも通じるような、そんな切り札が欲しい。彼はそう考えていた。高望みだと分かっている。しかしそれでも。格上にも通じる何かがなければ、この異界は征伐できないのではないか。そう思うのだ。


 とはいえ、口で言うほど簡単ではない。「格上にも通じる切り札」は確かに欲しいが、お金で買えるわけでないし、どこからかダウンロードしてきてインストールするような仕様でもない。自分で考えなければならないのだ。


 そのアイディアがなかなか出てこない。いや、ネタはあるのだがどれもこれも実現不可能なように思える。伸閃の強化や基礎的なレベル上げもしなければならず、そのことばかりを考えているわけにもいかない。具体的には何も形にならないまま時間だけが過ぎた。


 雪解けがかなり進み、地肌が見えるようになってくると、マシロと子犬たちが洞窟の外で活動する時間も増えていくようになった。颯谷が仙果を与えることも少なくなっていったわけだが、では代わりに何を食べているのか彼はちょっと不思議だった。


 その疑問が解決したのはある日のこと。洞窟の中に入り込んでいたネズミを、マシロが捕まえてそのまま食べてしまったのだ。さすがにちょっと「うえっ」と思ってしまったが、マシロはいたって普通な様子。


(きっと今までにもこういうことはあったんだろうなぁ)


 颯谷はやや遠い目をしながらそう思った。もしかしたら、今までネズミに悩まされなかったのは、こうしてマシロが始末してくれていたからなのかもしれない。ともかくマシロたちがこの異界のなかで飢えずに済みそうだと考え、彼は納得することにした。


 そして雪が完全に解けたころ(山頂付近には残っているのかもしれないが)、颯谷はモンスター相手に伸閃の特訓をしなくなった。だんだんもう差が分からなくなってきたのだ。感覚的に「良かった」、「悪かった」の判断はできるのだが、目に見える結果の部分が変わらない。距離さえ見誤らなければ、だいたいみんな一刀両断してしまうのだ。


 これでは特訓の成果がきちんと出ているのか分からない。それで始めたのが、太い立木を相手にした打ち込み。決まった距離から全力で伸閃を放ち、どの程度の斬撃ができているかを確認するのだ。


「くっそ~」


 モンスター相手のように一刀両断とはいかなくて、颯谷は悔しそうにした。だが同時に楽しそうでもある。そしてこの立木相手の打ち込みが、ずっと悩んでいた「格上にも通じる切り札」の開発で、彼に一つのひらめきを与えた。


 どうやったらこの木をバッサリ切り倒せるのかと考えていた時のことだ。樹木の伐採ということで、まず頭に浮かんだのはノコギリとチェーンソー。両者に共通しているのは、刃を動かして削るようにして切ること。そのイメージが彼の頭の中のサブカルチャーの知識と結びつく。


「高周波ブレード……!」


 刃を細かく振動させて切れ味を上げるとかいう、アレだ。アレを再現できないだろうか。颯谷は今、仙樹の長棒を剣のように振り回しているが、この棒自体を振動させるのはたぶん難しい。だがその周りを覆って刃を形成している氣なら、イメージ次第で出来るのではないか。彼は早速、特訓を始めた。


 しかしこれも難しい。その理由の一つは、具体的な高周波ブレードのイメージが定まらなかったことだ。これがマンガやアニメ、ゲームであれば、「高周波ブレード」という単語を出すだけでいい。だが実際に使うためには掘り下げて突き詰めていかなければならない。イメージを明確にしなければ形にならないのは、伸閃の特訓からも明らかだ。


 では一例として「氣を動かして高周波ブレードを再現する」というが、具体的にどう氣を動かすのか。棒に対して垂直方向に動かすのか、それとも並行方向に動かすのか、往復させるように動かすのか、もしくは一方向に動かすのか。そういうことをいちいち試行錯誤しなければならなかった。


 さらに言うなら、誤ったイメージでやろうとすれば、技そのものが成立しなくなる。技を成立させるためには正しいイメージ、さらに言うなら正しい知識が必要なのだ。だが颯谷は「高周波ブレード」という単語は知っていても、その詳しい原理まで知っているわけではない。


 これが異界の外なら、インターネットでも何でも使って似たようなモノがないかを調べ、それを参考にできただろう。だがここにはインターネットどころか紙の本もない。すべて自分で考えてやらなければならなかった。


「難しいぃぃぃ!」


 頭を抱えて、颯谷はややヒステリックに叫んだ。伸閃は良かった。アレはシンプルな技だ。手刀の経験もある。難しく考える必要はなかった。


 だが高周波ブレードは伸閃よりもずっと複雑な技である。それを成立させるにはきちっとしたロジックが必要で、それを手探りで構築するには相応の時間が必要だった。


 さらに高周波ブレードはその特性上、常に氣を動かし続ける必要がある。つまり伸閃などよりさらに高度な氣の制御が要求されるのだ。それもまた颯谷が習得に手間取った大きな要因の一つだった。


 高周波ブレードを形にできないまま無為に時間が過ぎていく、ように感じる。思うような結果が出なくて、颯谷は焦りと苛立ちを抱えていた。正直、こんな面倒な技は諦めてしまいたい。だがそれであの大鬼に勝てるのか。そこに確信が持てない。それが彼を躊躇させる。


 レベル上げは続けている。伸閃もだいぶ強化された。中鬼くらいなら、今はもう3,4体が一緒に現れても蹴散らせる。


 しかしそれでなお、あの大鬼に勝ち目があるのか、確信が持てない。もしかしたら負けた時のインパクトが強すぎて過大評価しているのかもしれない。トラウマじみた恐怖が、彼に安易な突撃を許さなかった。


 それこそ諦めというか、他に選択肢がない中で、半ば仕方なしに、颯谷は高周波ブレードの特訓を続けた。そして特訓を続けることで成果は徐々に表れた。


 日中は外纏法だけで良くなったころ、高周波ブレードはかなり形になった。戦闘中に使うのはまだ無理だが、動かなくて反撃もしてこない立木相手ならほぼ成功するようになったのだ。


 技としての形が定まってしまえば、あとは反復練習で熟練度を上げていけば良い。颯谷は高周波ブレードを使いながら素振りを繰り返した。


 そしていよいよ、高周波ブレードを用いた初めての実戦。相手に選んだのは小鬼。特訓を重ねた高周波ブレードはやすやすと小鬼を一刀両断した。手ごたえはほとんどない。まるでパンか何かを切ったかのようだった。


 戦闘が終わると、颯谷はぐっと拳を握った。ただ喜びよりも安堵の方が強い。散々手こずったが、ともかく高周波ブレードは最低限実戦レベルにはなったのだ。ただもちろん、これであの大鬼と戦おうとはならない。彼は次に中鬼と戦った。そしてその中で、見落としていた高周波ブレードの欠点に気付いてしまった。


 彼は仙樹の長棒の周囲に纏わせた氣を振動させることで、高周波ブレードを再現している。その刃渡りはおおよそ長棒と同じと思っていい。つまり高周波ブレードでモンスターを斬るためには、その間合いまで近づかなければならない。伸閃のように距離を取って攻撃することはできないのだ。


「結構怖いな、これ……」


 伸閃での戦いに慣れすぎた弊害というべきか。腕や木の棒を振り回す中鬼に近づくのは、正直言って怖い。向こうの攻撃もあたる可能性があるからだ。中鬼相手だからまだ上手く立ち回れているが、これがあの大鬼相手だとどうなるか。颯谷はちょっと憂鬱だった。


「伸閃と高周波ブレードを組み合わせられれば……」


 彼の頭に浮かんだそのアイディア。それが可能なら一番いいのは確かだ。しかし言うは易く行うは難し。その難易度は非常に高かった。


 颯谷は眉間にシワを寄せる。この期に及んでまた難題を抱え込んでしまった。これでは異界征伐は一体いつになるのか。だがかかっているのは命。やらないという選択肢はない。颯谷は一心不乱に仙樹の長棒を振った。


颯谷「今度こそ必殺技だぜ!」

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― 新着の感想 ―
高周波ブレード、割とあっさり修得できちゃいましたね。 とても常人に出来ることとは思えないのですが。これに関しては、主人公が天才性を発揮したという理解でいいのでしょうか。
[気になる点] 氣功がイメージによって強化されるなら、よりイメージを固めやすくするために理工学方面の勉強をした方がいいのでは···?実際、氣功能力者たちはどう考えているんでしょうね??
[気になる点] 高周波ブレードってなんだかわかってるのか? マッサージ器と違うんだぞ、そんな簡単にできるわけないだろ
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