仙技・抜刀術2
颯谷はここ最近、仙技・抜刀術の練習に励んでいる。そしてこの頃、彼は先送りにしていた問題といよいよ向き合わねばならなくなっていた。「木蓮のバイト先にお茶をしにいく」というミッションである。
何となく気恥ずかしくて、「まだ不慣れでしょ?」とか「年末年始は忙しいでしょ?」とかいろいろ理由を付けて先延ばしにしてきたのだが、それもそろそろ限界だ。木蓮の圧も若干キツくなってきたので、彼としても腹を括った次第である。
木蓮のバイト先は颯谷も知っている。彼女のマンション近くのお茶屋さんで、実はこれまでに何度かデートでも使っている。木蓮は一人でも頻繁にお茶を飲みに行っているようだが、颯谷が一人で訪ねるのはこれが初めてだった。
「よしっ」
駐車場に停めた車のなかで気合を入れてから、颯谷はお茶屋さんに向かった。一階は販売のみの店舗で、和風喫茶をやっているのは二階。木蓮は主に二階で仕事をしているという。彼は少し緊張した様子で二階に向かった。
二階に上がると、店内の雰囲気はがらりと変わる。大正レトロで整えられた店内は落ち着いた雰囲気だ。客の入りは半分ほどだろうか。調度品と観葉植物がうまく目隠しをしているので、実際はもっと多いかもしれない。そんな店内を見渡すと、給仕をしていた木蓮と目が合う。彼女はパッと顔を輝かせた。
木蓮は和風の制服を身に着けていた。長い髪の毛は後ろでひとまとめにし、頭には臙脂色の三角巾をしている。彼女は「制服が可愛い」と言っていたが、颯谷は内心で首を傾げた。似合っているとは思うが、「可愛い」と言えるかはちょっと疑問だ。とはいえ、それはあまり重要ではない。
「いらっしゃいませ。おひとりですか?」
木蓮が近づいて来て颯谷にそう尋ねる。どうやら仕事モードらしい。颯谷が「うん」と答えると、彼女は「こちらへどうぞ」と言って彼を奥まった席に案内してくれた。彼がソファーに腰を下ろすと、木蓮は小声でこう言った。
「いきなり来るので、びっくりしました」
「ごめん。でも『いついつに行く』って言っておくのもヘンかと思ってさ」
颯谷がそう答えると、木蓮はクスクスと小さく笑った。それから仕事モードに戻り、「ご注文が決まりましたらお呼びください」と言って軽く頭を下げる。下がろうとする彼女を、颯谷はすぐに呼び止めた。注文はもう決めてある。
「ぜんざいと抹茶をください」
「はい。かしこまりました」
注文を取ると、木蓮は軽くお辞儀してから厨房へ向かった。その背中を見送ってから、颯谷は小さく「ふう」と息を吐く。ちょっと緊張した。いや、緊張というか慣れないのだ。客と店員という関係は、なんだか着慣れない浴衣のようだった。
注文した品が来るまでの間、颯谷はスマホをいじって時間を潰す。三日前、島根県東部に顕現した異界は、まだ白色化していないらしい。氾濫で外に出てきた怪異は大中小の鬼。中鬼と小鬼はともかく、大鬼がアクティブに徘徊しているとなると、征伐の難易度は高いかもしれない。
「お待たせしました。ぜんざいとお抹茶です」
木蓮が注文した品をお盆に載せて運んでくる。その姿を見て、颯谷はスマホの画面を消しテーブルの上に置いた。そんな彼に前に木蓮がおぼんを置く。ふわりとあんこの甘い香りが香った。
「あんことお餅、ちょっとサービスです」
悪戯っぽく微笑みながら、木蓮が小声でそう告げる。つられて颯谷も小声で「ありがとう」と答えた。木蓮は「ごゆっくりどうぞ」と言い残して席から離れる。その背中を見送ってから、颯谷は「さて」と呟きテーブルの上に視線を落とした。
まずはぜんざいに手を伸ばす。粒餡は上品な甘さで、柔らかく煮られているが食感はしっかりと残っている。焼かれた餅も香ばしくて美味しい。そうやって口の中を甘くしてから、彼は次に抹茶の器を手に取った。
「……?」
一口飲んで、内心首をかしげる。いつもよりちょっと苦い、気がする。とはいえ気にするほどでもないので、彼はそのまま抹茶とぜんざいを楽しんだ。サービスしてくれたおかげでぜんざいは結構ボリューミー。食べ終えるとかなり満足感があった。
食べ終えて、さらに十分ほどゆっくりしてから、颯谷はおもむろに立ち上がった。レジで会計を済ませ、働く木蓮に小さく「頑張って」とエールを送ってから、彼は階段を降りて一階に向かう。そのまま帰っても良かったのだが、せっかくなので緑茶とほうじ茶を一袋ずつ買っていく。
終わってみれば、何を今までウジウジしていたのかと自分でも不思議なくらい、普通にお茶をしただけだった。お茶屋さんの制服を来た木蓮に給仕をしてもらうのはこそばゆかったが、彼女が楽しそうだったので良しとする。
「また来よう。……お茶を買いに」
あまり頻繁にいくのもどうかと思い、颯谷はちょっと日和った。でもそれくらいが自分にはちょうどいいと、そんな風にも思うのだった。
さて、前述したとおりこの頃、颯谷は仙技・抜刀術の習得に取り組んでいる。この技は分解すると主に二つの要素で成り立っている。瞬間移動じみた速度で間合いを詰める「移動」と、高速で刀を振りぬく「抜き打ち」だ。
この二つの要素について、颯谷はまずそれぞれ単独での鍛錬を繰り返した。そしてそれらの要素が納得できる練度になったところで、次に組み合わせてまた鍛錬を繰り返す。茂信にも見てもらっているが、「順調」との評価を貰っていた。
まだ実戦で使えるレベルではないが、そう遠くない未来にその水準を超えるだろう。その見通しは立った。そうなった時、颯谷が次に考えたのは得物のことだった。つまりどの武器を征伐に使うのか、という話だ。
これまでの征伐において、実のところ颯谷は刃のついた武器をメインウェポンとして使ったことがない。現在もメインウェポンとして考えているのは仙樹刀であり、これも基本的には刃がついていない。
それはなぜか。一言で言えば「颯谷は氣で刃を形成できるから」、というのが最大の理由だ。そのスキルがあるから、武器に求める諸々のスペックのうち「刃」の重要度が下がるのだ。「刃」を優先しなくて良いので、例えば手に入れやすさであったり取り回しの良さであったり、そういう部分を優先してきたのだ。
ただ仙技・抜刀術を使おうと思うとちょっと話は違ってくる。この技を使うのであれば、やはり刀を使用したほうが良いのだ。決して仙樹刀で仙技・抜刀術を使えない、というわけではない。だが使う意味が薄れてしまう。颯谷そう感じている。
どういうことかと言うと、仙技・抜刀術は速すぎるのだ。速すぎて、氣で刃を形成するのが間に合わないのである。だから仙樹刀で仙技・抜刀術を使うと、「斬る」のではなく「叩く」という格好になり、技を使う意味が半減してしまうのだ。
あらかじめ刃を形成しておく、ということもできない。そうすると衣服を切ってしまったり、最悪の場合指を斬り落としたりしてしまうことになりかねない。自分を傷つけてしまいかねない技の使い方や装備の選択は当然NGだ。
よって、仙技・抜刀術を実戦で使うのであれば、その場合には刀の使用が大前提になる。それ自体は別に良い。自分で用意する分には武器の持ち込みに制限などないし、そもそも武器を一つしか持っていかないのは不用心とさえ言える。仙樹刀がメインウェポンだとして、その他に刀をもう一振り持っていけばよい。それだけの話だ。
颯谷が所有している仙具の刀で仙技・抜刀術に使えそうなのは全部で四振り。阿修羅武者がドロップした大太刀と、同じく阿修羅武者がドロップした脇差が二振り、そして仁科刀剣で打った天鋼製の刀である蒼尾だ。
この三種類の刀について、颯谷は千賀道場にて実地試験をやってみた。ちなみに自宅の裏スペースでやらなかったのは雪が積もっていたから。さすがにアレではまともに動けない。刀ではなくスコップが必要だ。いやスコップであの量を雪かきしろと言われたら、征伐に行くのと同じくらい腹を括ることになるが。
まあそれはそれとして。この実地試験はとても興味深い結果になった。少なくとも実戦でいきなり試すことなくやっておいて正解だったと言って良い。三振りの刀はそれぞれ使用感がまったく違ったのだ。
まず大太刀だが、これはそもそも上手く打ち抜きができなかった。颯谷の体格に対して刀が長すぎたのだ。それでも彼に技量があれば使えたのかもしれない。しかし彼にそこまでの技量はまだなかったのである。
「これは、剣術のほうももっと頑張らないとダメかなぁ」
颯谷は苦く口の端を歪めながらそう呟いた。自分の未熟さが露呈してしまったようでちょっとバツが悪い。もっとも茂信も大太刀を見て「ここまでの大太刀はなかなかない」と言っていたので、大太刀のサイズが規格外であることは間違いないようだ。なお茂信はこの大太刀を使い、ごく普通に仙技・抜刀術を成功させていたが。
大太刀の次に試したのは蒼尾。こちらはごく一般的なサイズの刀だ。反りも緩く、クセのない仕上がりになっている。これまで練習に使っていた模造刀に一番近い形だ。しかも天鋼製なので鋼鉄製だった模造刀より軽い。
実際に試してみると、やはり違和感が少ない。軽さが一番のズレに思えたが、数回やったらすぐに慣れた。刀身に氣を通すことも問題なくでき、これならば十分に実戦でも通用しそうだ。
(氣が通せるってことは……)
氣が通せるということは、前から考えていた通り伸閃も使えるということ。ただあの高速の抜き打ちに合わせて使えるかどうか、その技量が颯谷にあるかは別問題だ。試したくて身体がうずいたが、ここは室内。暖かくなったら野外鍛練場で試してみようと思った。
そしてもう一つ。蒼尾を使った場合は、刀身に狐火を纏わせることもできる。ただこれもやはり颯谷にその技量があるかは別問題。そして狐火を織り込んだ技の鍛錬は野外鍛練場であってもやる気はない。これはもっぱら自宅の裏庭でやることになるだろう。もっともそれもまた暖かくなってからの話だが。
最後に試したのは阿修羅武者の脇差。これは、大太刀はもちろん蒼尾と比べても刀身が短い。その分軽いし、重心が手元に近くそれだけモーメントが弱くなるので、かなり扱いやすく感じた。
仙技・抜刀術の試技も問題なく成功。問題があるとすれば、刃渡りが短いことによる間合いの狭さだろうか。ただそれは、伸閃を同時に使えれば問題ない。その部分に関しては、やはり鍛錬が必要だろう。
(暖かくなってから、な)
颯谷は心の中でおどけるようにそう付け足した。そしてもう一つ、この実地試験をやるなかで彼は気付いたことがあった。
主に阿修羅武者の大太刀と脇差についてだが、この二振りの刀は刀身だけでなく鞘にも氣を込めることができたのである。抜刀術の構えを取るときに左手で鞘を持つのだが、この時そのことに気付いたのだ。
考えてみれば当然のことではある。鞘を含めてドロップしたのだから、鞘だって一級仙具なのだ。氣を込めることができて当然である。当然なのだが、颯谷にはこれがちょっとした発見のように思えた。
(何か、応用できないかな……)
そう考えた颯谷は、まず茂信に話を聞いた。彼の話を聞くと、茂信は大きく頷いてからこう答えた。
「鞘も仙具というのはその通りだが、それを利用した仙技というのは、あまり聞かないな」
少なくとも千賀道場にはない、という。その理由についてはこう語る。
「一級仙具は希少だ。当然、その鞘も数は少ない。例えば刀は二級仙具でも鞘は仙具ですらない、というパターンは多い。それが前提だ。すると鞘を利用した仙技というのは、そもそも道具さえ揃えることが難しいことになる」
同時にそういう技があったとして、装備面の制約のために使い手が少ないということでもある。技を開発しても使い手がいなければ廃れていくのは自明だ。
「鞘に氣を込めて鈍器代わりに殴った、なんて話はたまに聞くが、それくらいだな」
茂信は話をそう締めくくった。颯谷も「なるほど」と呟いて納得する。鞘を使った仙技というのは一般的ではないらしい。だが彼の手元にはすでに現物がある。なによりその方向性に可能性を感じるのだ。
「じゃあ、自分で考えるか」
颯谷はそう呟いた。伸閃も高周波ブレードも朧斬りも、彼が自分で考えて実用化した技だ。彼にとって仙技を自分で考えることのハードルは低い。早速、彼は鞘にどんな使い方があるのかを考え始めた。
(鈍器代わりにしたって言ってたよな)
茂信の話を思い出す。そういう使い方ができるということは、例えば表面を氣で覆って刃を形成してやれば、刀の代わりにもなるだろう。本体と合わせて二刀流だ。ちょっと心が躍った。
とはいえ二刀流で実際に戦えるのかと言われると疑問符がつく。二刀流なんてやったことがないからだ。それに二刀流をやりたいなら鞘を使うのではなく実際の刀を使えば良い。ちょうど脇差は二振りあるのだし。
(何か……)
何か別のアイディアはないものか。颯谷は考えるが、しかしすぐには思いつかない。彼はひとまずこの件については棚上げした。それよりもまずは仙技・抜刀術の練度を高めるのが先決と思ったのだ。
(この技も……)
この技も三月の氣功能力技術交流会で披露できるかもしれない。そう考えながら、颯谷は仙技・抜刀術の鍛錬に熱を入れるのだった。
店員さん(男)「あんこが増量なら抹茶も苦くしなきゃバランス取れないよなぁ!?」




