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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
ひとりぼっちの異界征伐
22/192

攻略準備1


 押し殺していた悔しさを吐き出すと、鬱屈としていた気分も多少上向いた。最後に鼻をすすってから、颯谷は頭を切り替えた。悔しがるのは終わりだ。次は冷静かつ客観的に考える時間である。


 あの大鬼は恐らくヌシ。つまりあの大鬼を倒さない限りこの異界から脱出することはできない。仮に主ではなかった場合、つまりあの大鬼がただの怪異モンスターだった場合、どこかにコアがあって守護者ガーディアンがいるか、あるいは本当の主が別にいることになる。


 ガーディアンもヌシも、ただのモンスターよりは強いだろう。つまりあの大鬼を倒せないようでは、やはりこの異界から脱出することはできない。最終目標なのかそれとも過程なのかは別として、あの大鬼との戦いは異界征伐のために避けては通れないということだ。


 勝たなければならない。いや、勝てるようにならなければならない。ではそのためにはどうしたら良いのか。颯谷はまず、昼間の戦いを冷静に思い返すことから始めた。


(一番の問題は……)


 一番の問題は、ほとんどダメージを与えられなかったことだろう。ダメージを与えられないのでは、討伐などできるはずもない。


「伸閃がほとんど通じなかったのは誤算だよなぁ」


 颯谷は力なくそう呟いた。伸閃の刃では、あの大鬼に傷を負わせることができなかった。一応腕でガードしていたので、無視できるほど弱くはないのだろう。だがお世辞にも有効とは言えない。直接切りつけたり突き刺したりした場合は一応通じたが、深い傷にはなっていない。あの程度で勝つというのは、まあ無理な話だろう。


 その他に感じたのは、近づくと怖いということだ。あの大鬼の身長はたぶん10メートル近い。脚の太さは大樹の幹のようで、それがすぐ近くで激しく動くのだから、感覚的には丸太が襲い掛かってくるようなモノ。腕を振り回す勢いはそれ以上だし、颯谷などかすっただけでも弾き飛ばされてしまう。


「デカい相手には懐に潜り込め、っていうのが定番なんだけどなぁ」


 颯谷がぼやく。マンガなんかではそうだった。ただ現実的に、デカすぎる相手は近づいただけで踏みつぶされかねない。それに近づくと狙えるのは足の低い位置だけ。急所は首や心臓なのだから、そこを狙うにはちょっと不都合だ。


 となると、ある程度距離を取って戦いたい。そのための方策としては伸閃しかない。つまり伸閃を鍛えなければならない、ということだ。それはいい。伸閃はもともとあの大鬼と戦うための技だ。だが傷を負わせられなかったことを考えると、超えるべきハードルはまるで走り高跳びのバーように高く思えた。


「はあ……」


 あまりにも果てしないように思えて、颯谷は思わずため息を吐いた。本当にできるんだろうか。そんな考えさえ頭に浮かぶ。できたとして、それはどれほど先になるのか。ネガティブな考えばかり浮かんできて、彼は力なくうなだれた。


「クゥゥゥン……?」


 そんな彼をマシロと子犬たちが心配そうに見上げる。颯谷は小さく笑みを浮かべると、彼女たちの頭を順番に撫でた。そして自分に言い聞かせる。できる、いや、やるんだ、と。そうすると、気分はちょっとだけ前向きになった。


 では現実的な問題として、どうやって伸閃を鍛えるのか。すぐに思いつくのは、今まで通り積極的に伸閃を使いながらレベル上げをすること。何度も使っていけば自然と熟練度は上がるだろうし、氣の総量が増えればその分だけ攻撃力が上がることも期待できる。


(でもなぁ……)


 颯谷は内心で嘆息した。確かに方法論としてはその通りなのだろうが、実際にあの大鬼と戦った後だと、非常に果てしない話に思えてしまう。今まで通りに特訓するとして、それであの大鬼に勝てるようになるのは一体何年後なのか。そんなに時間はかけたくなかった。


 ブレイクスルーが必要だ。颯谷はそう思った。この局面を打開する、なにか新しい一手。それを考えなければならない。彼は「う~ん」と唸りながら考える。そしてふと頭に浮かんだのは、伸閃が今の形になるきっかけとなった出来事だった。


 この技について、颯谷は最初、斬撃を「飛ばしている」のだと思っていた。だが実際には「伸ばしている」というのが実情に近い。そのことに気付き、イメージを修正したことで、伸閃は劇的に使いやすくなった。


 つまりイメージ次第で技は大きく出来栄えが変わってくるのだ。それもある意味では当然かもしれない。「氣功能力において重要なのはイメージだ」と剛も言っていた。ならば伸閃にふさわしい新たなイメージを追加してやれば、その攻撃力を底上げすることができるのではないか。


「新たなイメージ、か……」


 では一体どんなイメージがふさわしいのか。颯谷はまた悩み始めた。彼が伸閃の前身とでもいうべき技を初めて放った時、彼がイメージしたのは氣を拡散させずに圧縮して固めることと、鋭い日本刀のような刃だった。


 このうち前者については、現在はもうほぼ無意識のうちにできるようになっている。というより、後者のイメージができるようになれば、前者についてもおのずとそうなる。あの大鬼に傷を負わせるためにも、重要なのはやはり後者だろう。そちらを改めて強くイメージし直すのだ。


「日本刀、日本刀……」


 颯谷は日本刀の実物を見たことはない。だがテレビなどでは見たことがあるし、多少の知識もある。日本刀は叩き切るのではない、引きながら切り裂くのだ、とどこかで聞いた覚えがある。そしてその「切り裂く」というイメージは、伸閃と良く合っているように思えた。


「…………っ」


 試してみたくなって、身体がウズウズする。だがもう夜で外は真っ暗。明日にしよう、と颯谷は自分を抑えた。彼は「ふう」と息を吐いて気持ちを落ち着ける。やることができたおかげなのか、モチベーションはかなり回復した。


「それにしても……」


 伸閃の強化策が一応まとまると、次に颯谷の頭に浮かんだのはあの大鬼の防御力のことだった。あの大鬼に伸閃はまったく通じなかった。だがあの大鬼は別に甲冑を装備していたわけではない。つまり皮膚で受けていたわけだが、それなのに通じなかったのだ。


 中鬼には、伸閃は十分に通じていた。なんなら骨まで切り飛ばせることがあったほどだ。それなのに大鬼には通じない。それはなぜなのか。


 例えばゾウの皮膚はとても硬くて、注射針が刺さらないという話を聞いたことがある。それと同じで「さすが大鬼。格が違う」と考えることもできるだろう。大きな身体、分厚い皮膚。それゆえに高い防御力、というわけだ。


 そういう側面も確かにあるのだろう。だが果たしてそれだけなのか。相手はモンスター。まともな生物ではなく、むしろ氣功的な力場体とでも考えた方がしっくりくるような、そんな存在である。


「やっぱり何か氣功的な防御をしてんのかなぁ……?」


 凝視法で見るかぎり、モンスターは氣功的なエネルギーを持っている。だからそう考えた方が筋は通る、ような気がする。ではどうやってそれを確かめるのか。凝視法で観察してみようか、と颯谷は考える。だが今の状態であの大鬼にまた近づくのはイヤだ。まずは中鬼と小鬼を観察して比較してみよう、と彼は思った。


 そして、翌日。この日は朝から雨だった。雨が降るのは季節が春に近づいている証拠なのだが、実際に降られると猛烈に迷惑である。なんなら雪の方がまだマシなくらいだ。雨が降っているのを見た颯谷のテンションはダダ下がりだった。


 とはいえ、雨だからと引きこもるわけにもいかない。空腹もそろそろ限界だ。彼は意を決して外へ飛び出した。昨晩考えていたアレコレはひとまず後回し。まずはちょうど三日前に仙果を食い尽くした仙樹へ急ぐ。彼の感覚になるが、雨は雪よりも身体を冷やす。その分だけ、より多くのエネルギーが必要なのだ。


 目的の仙樹にたどり着き、仙果を満足するまで食べると、颯谷は「ふう」と息を吐いた。温身法と外纏法の出力を上げたおかげで、冷たい雨のなかでも寒さは強く感じない。彼は一つ頷いてから、昨晩考えた事柄について実験と検証を始めることにした。


 まずはモンスターを探す。幸い、雨の中でも雪には足跡が残っていて、颯谷は比較的容易にモンスターを見つけ出すことができた。中鬼と小鬼の群れだ。彼がモンスターに近づくと、モンスターたちの方も彼に気付いて反転。喚き声を上げながら彼に詰め寄りはじめた。


(さあて……)


 颯谷は足を止めると目に氣を集め、凝視法で向かってくるモンスターたちを注視する。集中力を高め、使う氣の量も多くしていくと、少しずつ相手の氣の様子がはっきりと見えてくる。


 ただ中鬼も小鬼も敵意を丸出しにしながら徐々に距離が詰まってくる。焦りもあってあれこれ考える余裕はない。彼は考えるのは後回しにして、ともかく見ているものを頭に焼き付けることに集中した。


「……っ」


 中鬼がだいたいあと五歩くらいの距離まで近づくと、颯谷はさすがにこれ以上は無理と判断。凝視法を解除して伸閃を放った。仙樹の長棒を二振りして中鬼を倒すと、幾分気が楽になる。彼は落ち着いて残りの小鬼を片付けた。


 すべてのモンスターを倒すと、颯谷は凝視法で観察した光景を思い出す。中鬼と小鬼は確かに氣功的なモノを纏っているように見えた。今まではそこまでしっかりと見てこなかったのだが、確かに身体の表面に氣の膜というか、層のようなモノがあった。


 ただ颯谷がやっている外纏法とはちょっと違う。なんというか不安定で、揺らいでいるように見えた。別の言い方をすれば、意識的にやっているようには見えなかったのだ。


「つまり氣を無意識のうちに垂れ流している?」


 しかしだとすると大丈夫なのか、と颯谷は思ってしまう。氣功エネルギーとは突き詰めて言えばつまり生命エネルギー。それを垂れ流しているということは、ゲーム的に言えばスリップ状態ということではないか。


(いや、でも案外それが正解なのかも……)


 モンスターはまともな生物ではない。つまり何かしらの欠陥を抱えているということ。氣を無意識のうちに垂れ流しにしているというのは、大きな欠陥と言っていい。だからこそモンスターはモンスターなのかもしれない。


「まあ、それはいいとして、だ」


 そう呟いて、颯谷はややそれてしまった思考を軌道修正する。垂れ流しているのだとしても、その状態で戦うのであれば、それはたぶん外纏法と同じような効果を持つと思っていい。つまり防御力や攻撃力の向上だ。


(要するにモンスターは無意識で外纏法を使えるのか。そりゃ、氣功能力がちゃんとしてないと倒せないわけだ……)


 颯谷は内心でそう嘆息する。思い出すのは小鬼にボコボコにされた最初の戦闘。あの時、木の棒とはいえ後頭部を思いっきり強打してやったのに、小鬼は昏倒することさえなかった。それも無意識の外纏法による防御力のおかげと考えれば納得できる。


 そしてもう一つ。より重要なこととして、この漏れ出す氣の量は小鬼より中鬼の方が多かった。そりゃ、小鬼より中鬼のほうが強いのだから、そうなっていてもおかしくはない。むしろ自然である。だが颯谷としては頭を抱えざるを得ない。


「つまりあの大鬼はもっと多い、ってことだろ?」


 勘弁してくれ、と思いながら颯谷はそう呟いた。だがそうなら、伸閃がほぼほぼ通じなかったことも説明がつく。要するに大鬼は氣功的な鎧を纏っていたのだ。それを破らなければあの大鬼にダメージを与えることはできない。


「…………」


 颯谷は眉間にシワを寄せた。できるだろうか。ちょっと不安になる。あの大鬼がどれくらの氣を垂れ流しているのかはまだ確認していない。だがこれまで気にしていなかったことが判明したことで、目標の困難さがさらに際立ったような気がする。


 いや、と颯谷は気を持ち直す。コレが分からなかった時でも、伸閃はちゃんと中鬼に通じていた。ちゃんと鍛えれば、大鬼にだって通じるはず。つまりやることは変わらない。迷う必要はないのだ。


「よしっ、もう何回か観察してから、伸閃のほうもやろう」


 両手で頬をバシバシと叩いてから、颯谷はそう呟いた。それから次の獲物を探して月歩で駆けだした。


中鬼さん「え~、あの人、こっちガン視してるんですけどぉ」

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― 新着の感想 ―
中鬼さん「え~、あの人、こっちガン視してるん?もしや貞操の危機!?」
[一言] 颯谷のメンタルコントロールの巧みさよ··· 君、本当に中学生??
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