オークション2
「もう少し挨拶回りをしてから行く」という数馬と別れ、颯谷と雅はオークション会場へ入った。体育館のような場所で、広々としてはいるが飾り気はない。イスもパイプイスだった。
入口で名前の確認が行われ、番号札が渡される。入札する時にはこの番号札を上げながら金額を叫ぶのだ。ちなみに颯谷は21番で雅は59番。番号はあいうえお順らしい。
颯谷がオークションに参加するのはこれが初めて。だんだんと実感がわいてきて、彼は緊張しつつもワクワクしてきた。
「雅さんは、オークションは初めてなんですか?」
「ネットオークションは結構使うんだけどな。征伐隊関係のオークションはこれで二度目だな」
「じゃあ、やっぱり結構珍しい感じですかね?」
「そうだな。オークションって結局、所有権が定まらない拾得物を処理するためのシステムだから」
倒すにしても拾うにしても、所有権が誰にあるのか分からない場合は決して多くない。加えて一定以上の数がないとオークションは開かれない。そういう条件が揃うことは滅多にないというのが実際のところだった。
「それにオークションじゃなくて競争入札方式になることも多い」
「オークションは手間がかかるから、ってことですか?」
「それもあるけど、入札のほうが事前調整がしやすいんだよ」
「それって談合……」
「征伐隊の内々でやってる限りは容認されてきたって感じだな。結局は報酬の分配の話だし」
「それだったら入札なんてしないで、話し合いで決めれば良くないですか?」
「お金の話だけで済むならそれでもいいんだけどな。家同士の貸し借りとか、面倒くさい事情がいろいろ絡むんだよ」
ややウンザリした口調で雅はそう答えた。颯谷は曖昧に「はあ」と応じるしかない。同時に彼が思い出していたのは、大分県西部異界のこと。あの時、手に入れた大量の仙具をさばくために競争入札が行われたが、アレは比較的オークションに近い形式だった。事前調整が普通だというのなら、ひょっとしたらあの時は颯谷に配慮してくれていたのかもしれない。
「今回はオークションですけど?」
「数が多すぎるからな。それに全国の武門や流門に声をかけるのに、事前調整も何もないだろ。あと概算の報奨金がちょっとシブかったから、その補填をしたいってのもあるんじゃないかなぁ」
雅がそう言うと、颯谷は「なるほど」と呟いて頷いた。確かにオークションのほうが売上金は大きくなりそうである。
さてそんなことを話しながら、颯谷と雅は席に座った。すでに多数の出席者が席に着いているが、それでもまだ半分ほどか。外で話が弾んでいるのかもしれない。十三と慎吾の姿もなかったが、たぶん二人はまだ裏の方でいろいろやっているのだろう。
「さて、と……」
席に着くと、雅はおもむろに鞄からクリアファイルを取り出した。挟んであるのは数枚のA4用紙。出品されるインゴットのリストだ。それを横から覗き込み、颯谷はこう呟いた。
「雅さんはコレ、持ってきたんですね」
「おう。ってか颯谷は持ってきてないのか?」
「スマホに入れたから、それでいいかなって」
颯谷がそう答えると、雅は納得したように一つ頷いた。このリストは郵送されてきたものではなく、国防軍が開設してくれたオークション関連のwebページにPDF形式でアップされていたものだ。どのインゴットが何番目に出品されるのかが一覧になっている。そしてそのリストを見ながら、雅は苦笑の滲む声でこう呟いた。
「十三さんも悩んだんだろうなぁ」
「どういうことですか?」
「ほれ、最初に出品されるのが鉄のインゴットになってる。たぶんこれである程度の相場感が決まると見込んだんだろ」
そう言われ、颯谷は改めてリストを覗き込んだ。雅の言う通り、第一部の最初に出品されるのは鉄のインゴットになっている。量はだいたい刀一本分ほど。これは間違いなく狙ってこうしているはずだ、と彼は言う。
言うまでもなく、鉄は武器を作るのに適した素材だ。つまり需要が大きく、みんなが欲しがる。オークションではある程度高値がつくことが予想され、その値段がオークション全体を通じて一つの基準になると期待されているのだ。
「なるほど……。雅さん的にはどれくらいになると思います?」
「分からん」
「いや、類似例はいろいろあるでしょ? 一級の刀が折れちゃったりとか」
「そういう例なら確かに結構あるけど、基本売らないんだよ。二級の素材として自分たちで再利用するのがほとんどだから、値段がつかないの」
仮に値段がついたとしても、それはいわゆる身内価格であったり、家同士の貸し借りが付随していたりと、純粋な物の価値としての価格ではないという。オークションとはそもそも前提が異なるわけだ。
まして昨今は練氣鍛造法が開発され、一級の素材があれば一級の武器を仕立てられるようになった。これまでとは大きく状況が変わったわけで、こうなるとますます価格は予想できない、と雅は言う。
「それは十三さんも……」
「承知していると思うぞ。だからこそ鉄を最初に持ってきたんだろ」
颯谷は納得した様子で一つ頷いた。出品する順番さえも適当というわけにはいかないらしい。「面倒くさい話だなぁ」とつくづく思った。
「鉄の他に高値がつくとしたら、どれですかね?」
「そうだな……。天鋼は当然として、チタンとかステンレスとかは結構いい値段になると思うぞ」
「なるほど……」
「あとはクロムモリブデン鋼とか、クロムバナジウム鋼とかは、注目度が高いと思う」
雅は具体例を挙げてそう言った。リストを見ると、例に出したインゴットのところには印がついている。きっと彼も狙っているのだろう。
「詳しいんですね」
「調べたからな」
臆面もなく雅はそう答えた。リストにはあまり馴染みのない金属の名前もあり、そういうモノは一通り調べたのだという。それを聞いて颯谷は感心した。なにしろ彼は調べもしなかったクチなのだ。
「で、お前さんは何を狙っているんだ?」
「そうですねぇ……」
そう呟きながら、颯谷は素早く頭の中で考える。駿河仙具を経由して国防軍からインゴットの落札を依頼されていることは話さない方が良いだろう。数馬も事情は把握しているはずだが、さっき話した時にはそのへんのことはおくびも出さなかった。それで颯谷もごく個人的なことだけ答えた。
「チタンとか天鋼なんかは興味ありますけど。でもあんまり高くなるようなら手を引くと思います」
「おや、金ならあるんだろ? いやまあ、引いてくれた方がこっちはありがたいが」
「だって、同じものはたぶん二度と手に入らないじゃないですか。一点物は観賞用になっちゃうかなぁ、って……」
「あ~、そういう考え方は分からんでもないけどな」
苦笑を浮かべながら、雅は颯谷の言い分に理解を示した。ただその一方で同意はしていない様子の彼に、颯谷はこう尋ねる。
「雅さんは、そのへんどうなんです?」
「使えるモンは使えばいいって思ってる。一点物だからって惜しんで、その結果死んでたら元も子もないし。装備がダメになったら、そん時は代わりに命が助かったってことだ。オレはそう思ってる」
「なる、ほど……」
「まあでも実際問題、惜しむヤツは結構いるよ。一級持っていても二級使ったりとか。一級って財産の側面もあるから。だからそのへんは個人の考え方だと思うぞ」
雅がそう言うと、颯谷は曖昧に「はあ」と答えた。正直、颯谷が気にしているのは「同じものが手に入るのか?」という補給の問題であって、「貴重品だからもったいない」というのは、無いわけではないが順位は低い。ただわざわざ訂正することでもないと思ったので、彼はそれ以上何も言わなかった。すると雅は話題を変えて颯谷にこう尋ねる。
「ところで人伝に聞いたんだけど、お前さん、最近ハンマー振るったんだって?」
「……どこでそんな情報仕入れてくるんです?」
「まあまあ、いいから。で、どうなんだ?」
ニヤニヤしながら、雅はそう尋ねる。仁科刀剣の清嗣や宏由が仕事の内容を吹聴したとは思わない。となると国防軍の方だろうか。特別機密ではないのなら、雑談のなかでポロッと話してしまうというのはあるかもしれない。
まあそれはともかくとして。何と答えたものか、颯谷は少し迷った。こんな情報がすでに出回っているなら、わざわざ隠す意味もないように思える。ただその一方で、バイトとはいえお金を貰った仕事の内容をあれこれ話すのは違う気もする。それで彼はこう答えた。
「まあ、す、素振りくらいはしますけどね」
「素振りって……。まあいいや。聞きたいのはさ、つまり今後もやる気があるのかってことだよ」
「ああ、つまりオークション後、ってことですか」
得心した様子で颯谷がそう答えると、雅は大きく頷いた。オークションで例えば鉄のインゴットを落札したとして、それを飾っておくというわけではないだろう。当然、何かしらの装備を作るはずだ。そしてその場合、練氣鍛造法を使うに違いない。
「でも、別に俺じゃなくたっていいんじゃないんですか?」
颯谷は本音でそう聞き返した。練氣鍛造法には大きく二つの要素がある。一つは“ライン”を作るための氣功技術。もう一つはそれを対象へ伝えるための仙具だ。最低限、この二つが揃っていれば、練氣鍛造法を用いて武器を作ることができる。
そしてこの二つを揃えるのはそれほど難しくない。まず氣功技術だが、例えば剛などは数回見て何度か練習しただけで実用レベルの技量になった。そしてハンマーも、決して安くはないとはいえ、すでに仙樹鋼製の量産品がある。
楢木一門ともなれば、優れた氣功能力者は多数いるだろうし、ハンマーだって手に入るだろう。わざわざ颯谷にやらせる必要はないはず。彼はそう思ったのだが、雅はニヤリと笑ってこう答えた。
「お前さんも言ってたが一点物なんだぜ? なるべく質は上げたいじゃないか」
練氣鍛造法の開発に颯谷が関わっているのは、この業界ですでに知られた話である。二度と手に入らない貴重な素材なら、なるべく経験豊かな者に任せたいというのは自然な考え方だろう。
また道具のこともある。氣功技術が関わる以上、より氣を通しやすい仙具を用いたほうが完成品の品質も上がるというのは納得できる話だ。だが仙樹鋼を用いた二級仙具相当のハンマーならともかく、一級仙具のハンマーは探してもなかなか見つからない。
その二つを兼ね備えているのが、颯谷だ。より良い武器を求めている者からすれば、彼は当然選択肢に上がるだろう。それも結構優先順位高めで。ただ颯谷としては、理解はできるがいまいちピンッと来ない。困惑気味にこう答えた。
「いや、そもそも俺に頼まれても無理ですって」
「でも伝手はあるだろ?」
「まあ、はい……。ってかマジメな話、本当に仕事ならそっち通してもらえます? いきなりオレに放られても困るんですけど」
「本人の意思確認をしておきたかったのさ。じゃ、話がいったらよろしくな」
機嫌よくそう言って、雅は颯谷の背中をバシバシと叩いた。「強引だなぁ」と思いつつも、颯谷も「イヤだ」とは言わない。
実際、刀を一本仕立てる仕事を依頼されても断るしかないが、ただハンマーを振るうだけなら受けてもいいかな、と思う。「バイト料も結構良かったし」と颯谷は内心で呟いた。
さて、そんな話をしているうちに座席も埋まってきた。見渡せば数馬の姿もある。そして司会進行役の士官が壇上に上がりオークションの開始を告げた。
雅「ハンマーで素振りはしないだろ」
颯谷「ははは……」




