オークション1
オークション当日。颯谷はタクシーで会場となる国防軍基地にやって来た。ちなみに前日は近くのホテルに泊まっている。出品数が多く、朝の比較的早い時間から始めないと、一日では終わらないのだ。そのため開始時刻が早くなり、当日入りだと間に合いそうになかったので、前日入りにしたのである。
「ありがとうございます、雅さん。タクシー代、出してもらって……」
「いいってことよ。奢られとけ」
支払いを終えた雅に颯谷が礼を言うと、彼は快活な笑みを浮かべてそう答えた。彼とはホテルの朝食の時にばったりと顔を合わせ、そこで同じホテルに宿泊していることが分かったのだ。当然ながら用事も同じで、「それなら一緒にタクシーで行くか」ということになったのである。
ちなみに十三と慎吾も二人と同じく前入りらしいのだが、彼らは別のホテルに泊まったらしい。また十三は事前準備のため昨日から動いており、今日もかなり早めの会場入りだとか。征伐が終わってもリーダーは大変だな、と颯谷は思った。
『雅さんは、そういうのないんですか?』
『俺は無し。仁さんはちょっとあるらしいけど。まあ、オークションの実務は国防軍が担ってくれるし、征伐隊のほうは責任者がいればいいんだよ』
『なるほど……』
『十三さんは片腕がアレだからちょっと大変かもしれんけど、そのへんは慎吾がフォローするだろ』
タクシーの中、雅はそう話した。慎吾に対して、颯谷はあまりいいイメージを持っていない。だがこうして十三の世話係を買って出るということは、彼を尊敬しているという話は本当なのだろう。そういう話を聞くと彼が好青年に思えてきてなんだか不思議だった。
また国防軍基地に着くまでの間、二人は別の話もした。征伐中、雅が興味を示した岩石のドロップのことだ。あの話をしてからすぐ皇亀の強襲があり、そのまま一気に征伐まで事態は急転した。雅も忙しかったはずで、結局あの話がどうなったのか、颯谷もちょっと気になっていたのだ。
『岩石の、特にゴーレムのドロップに関しては、あんまり集められなかったな。普通の岩石と混じって、なんかもうわけ分かんなくなっちゃってたし』
『いちいち氣を通してみないと分からない、ってことですか?』
『そうそう。「どうせこれからまたゴーレム倒すし」って思ってさっさと切り上げっちまったのが、いま思うとちょっと惜しかったなぁ。でも判別して集めた分は、ちゃんと回収できたぞ』
『それは良かったですね』
『まあな。それに本命は皇亀の方だ』
ニヤリと笑って、雅はそう言った。皇亀はまるで歩く岩山のような巨大モンスターで、その巨体にふさわしく大量のドロップを残した。その大半は土と岩石で、半分は国防軍の取り分とはいえ、その量はまさしく膨大と言って良い。それこそ土塊人形のドロップを頑張って集めたのが馬鹿らしくなるほどだ。
『確保できたんですか?』
『まあな。さすがに全部は無理だったが、岩石だけでトラック三台分確保した』
指を三本立て、雅はにんまりと笑いながらそう答えた。颯谷は「それは良かったですね」と答えたが、同時に「どこに保管するんだろう……?」と内心で首をかしげる。楢木家は有力武門なのだし、きっと山の一つや二つ持っているのだろう。
『ただなぁ……、どういう形で実戦投入したもんか……』
『パチンコの玉にするんじゃないんですか?』
『いやまあ、そう思っていたんだけどな? 「せめて小鬼を仕留められないと意味がない」って意見が出ちゃってさぁ……』
難しい顔をしながら雅はそうぼやいた。異界の中で彼は「覚醒したての能力者が中鬼を牽制できれば十分」と言っていた。だが中鬼なら対物ライフルが効く。国防軍の護衛部隊の帯同が普通になっていく中で、わざわざスリングショットを使ってまで中鬼を牽制する必要があるのか、疑問符がついたというのだ。
代わりに提案されたのが、「小鬼を中距離で倒すために使う」という案だった。小鬼は確かに弱いが、体躯が小さいがために厄介な側面もある。まとわりつかれると引きはがすのに苦労する場合があるし、また小鬼の攻撃というのは高さ的に人間の下半身に集中しがちなのだ。脚を負傷し、機動力をそがれたことが大怪我に繋がってしまうのは珍しくない。
そんなわけで、覚醒したての能力者が小鬼を近づけずに倒せるなら、それには需要があるだろうというのが楢木家で出た意見だという。また小鬼を倒せるなら中鬼の牽制もできる。ではスリングショットで小鬼を倒せるのか。実際にやってみないとはっきりしたことは言えないが、ちょっと難しいのではないかと雅は考えているようだった。
『じゃあ、どうするんですか? トラック三台分の岩石』
『小さい石もあるからスリングショットもやってるけどな。今は投石器が本命だな』
『流星錘といい、なんかどんどん時代を遡っていませんか』
『それだけ遥か古代から、人類は争ってきたってことだな』
そんな壮大な話なのかなぁ、と颯谷は呆れた視線を雅に向けた。楢木家の能力者たちも、これだけ銃器が発達した時代に投石器の練習をさせられるとは思わなかったのではないだろうか。とはいえ、実用化できれば有効そうなのがまた悩ましい。
『っていうか、その投石器は氣を通せるんですか? もしかして昔のドロップ品があったりとか……』
『一門に照会して探してもらったけどな、投石器そのものはなかった。ただ革とか布とか、使えそうなのはいろいろあったから、それで作った』
『へぇ……』
颯谷は感心した様子でそう呟く。「岩石」という仙具をきっかけにして、これまで使い道のなかった仙具がこうして活用されたのだ。これは一種のシナジーと言って良い。歴史という下地を持っているかどうか、それがこういう相乗効果を起こせるかどうかに関わってくるのだ。
まさに楢木家という歴史ある武門の強みが存分に発揮された、と言って良い。そしてそういうポテンシャルを駿河家も持っているのだろう。未だ武門とも呼べない颯谷にはないものだ。司令部の仕事をすぐ傍で見たからなのか、彼にはそういう組織の力がとても大きく感じられたのだった。
さてそんな話をしているうちに、タクシーはオークションが開かれる国防軍の基地に到着した。基地にはすでに多くの能力者が集まっている。その顔ぶれを見て颯谷は内心首を傾げた。征伐隊にいなかった者が多いように見えたのだ。そしてその直感を証明するかのように彼はある人物を見つけた。
「音無さんっ!」
名前を呼ばれた人物が振り返る。そして颯谷の姿を見つけると小さく微笑み、杖をつきながら歩いてくる。駿河仙具の社長、音無数馬だ。颯谷のすぐ近くまで来ると、彼は片手を挙げてこう挨拶した。
「やあ、桐島君。おはよう」
「おはようございます、音無さん」
「颯谷。そちらの方は?」
「ああ、駿河仙具の社長の音無数馬さんです。……えっと、音無さん、こちらは征伐隊で一緒だった楢木雅さん」
颯谷がそう数馬と雅にそれぞれを紹介すると、二人は「どうもよろしく」と言って握手を交わした。そして握手したまま、数馬が雅にこう問いかける。
「楢木家というと、あの?」
「あ~、苗字は同じですが分家ですよ。歴史も浅い。ところで駿河仙具の社長ということですが、駿河家とはどんなご関係で?」
「分家です。会社の設立前から少し関わっていたら、いつの間にかこんなことになっていました」
数馬がそう答えると、親近感を覚えたのか雅は小さく笑みを浮かべた。二人が手を離したところで颯谷は数馬にこう尋ねた。
「音無さんはどうしてここへ?」
「そりゃ、もちろんオークションに出るためだよ」
「……第二部にはまだ時間がありますよ?」
颯谷は怪訝な顔をしながら重ねてそう尋ねた。第二部が始まるのは数時間後の予定。そしてここは国防軍の基地で、時間を潰せるような施設はない。来るのが早すぎないだろうか。そんな颯谷の疑問に数馬はこう答えた。
「もちろん入札はできないけど、第一部も出席はできるんだ」
「入札できないなら、意味ないんじゃ……?」
「いや、意味はあるよ。相場が分かるからね」
数馬がそう答えると、颯谷はようやく腑に落ちた顔をした。確かに過去に類のないオークションだ。どのインゴットにどれくらいの値段がつくのか、やってみるまでは分からない。その情報はいち早く知りたいだろう。
「じゃあ、この人たちはみんな……」
そう呟きながら、颯谷は改めて基地に集まった能力者たちを見渡した。みんな情報収集が目的なのだろう。数馬は一つ頷いて同意した。
「そうだろうね。でも、それだけじゃない」
「まだ何かあるんですか?」
「全国の武門・流門がこうして一堂に会する機会はそうそうない。挨拶回りをするだけでも来る価値はあるだろうな」
そう答えたのは雅だった。数馬も大きく頷いている。そして彼はやや芝居がかった仕草で肩をすくめながらこう続けた。
「まあそんなわけで僕も会長に引っ張られて来たってわけ。だいたいの相場が分かったら、名前と顔を売っておけと言われてるよ」
「タケさんも来てるんですか?」
「ああ、一緒に来たよ。今頃、名刺配って回ってるんじゃないかな」
「立ち話するだけでも、いろいろ得るモノはありそうだしな」
雅がそう言うと、数馬も一つ頷いて同意した。つまりこのオークションは武門や流門の社交の場にもなっているということだ。これまで武門や流門というのは、横のつながりが薄かった。つながりがあったとしても地域ごとに完結しているのが普通で、全国的なつながりというのは皆無だったと言って良い。しかし昨今、その状況も変わって来た。
最もインパクトのあるきっかけはやはり、当時の国防大臣を辞任に追い込んだ赤紙騒動だろう。アレは全国の武門や流門が政府のやり方に危機感を覚えて連帯したものだ。ただあの騒動がなくても、この業界は横のつながりを広げて強める方向へ進んでいっただろうと数馬や雅は思っている。
なぜなら昨今、征伐オペレーションに国防軍がより強く関わるようになってきたからだ。現在はまだ民間の能力者のほうに主導権がある。しかし今後、国防軍はさらに関与を強めていくだろう。つまり医療チームの護衛だけでなく、より直接的な征伐のための戦力を運用するようになる、ということだ。
その方向性自体は、歓迎こそすれ否定するようなものではない。頼りになる戦力が増えるのは良い事だ。だが征伐オペレーションの主力を国防軍が担うようになった時、指揮棒もまた国防軍が振るうようになるだろう。
民間の、これまで征伐を行ってきた者たちからすれば決して面白い話ではない。しかしだからと言って、そう簡単に戦力(能力者)は増やせない。そこで重要になってくるのが横の連携というわけだ。ただそういう業界事情を、数馬も雅も颯谷に話したりはしない。代わりに雅は数馬に視線を向けてこう言った。
「ビジネス拡大のためにも、こういう場はありがたいんじゃありませんか?」
「まあ、そうですね。ですがそれは楢木家も同じでは?」
二人の視線が一瞬逸れる。そんな中で颯谷は首を傾げた。駿河仙具は能力者を主な客層にしている。だからこう言う場がビジネス拡大のためにありがたいというのは分かる話だ。しかし「楢木家も同じ」というのはどういうことなのだろう。
「楢木家の家業は金融業、つまり投資だよ。動かしている金額で言えば、ウチなんて目じゃないはず」
「ああ、つまり営業ってことですか」
数馬の説明を聞いて、颯谷が腑に落ちた顔をする。一方で雅は苦笑しながらこう補足した。
「ウチは長期保有がメインですから。マネーゲームとは距離を置いているので、利益はそこそこですよ」
「なんにせよ、一度ゆっくりお話をしたいものです」
「ええ、是非」
そう言って数馬と雅はもう一度握手を交わした。さっきより力が入っているように見えたのは、きっと颯谷の見間違いではないはずだ。
颯谷「そのうち石器を使い始めるんですよね?」
雅「そこまで遡らねぇよ!?」




