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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀後の日常

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208/224

氣功計測とデータ更新


 諏訪部研で話し合いを行ったその翌週。この日、颯谷は一限目が始まるおよそ一時間前に諏訪部研を訪れた。青森県東部異界の征伐を終え、改めて氣の量を計測するためである。朝早いためか、諏訪部はまだ来ていないらしく、モーニングコーヒーはない。颯谷はちょっとがっかりした。


「おはよう、桐島君。今日はよろしくね」


「おはようございます、久石さん。よろしくお願いします」


 計測のために付き合ってくれるのは久石と宮本と駒木の三人。今回は氣功計測用スクロールを用いて氣の量の計測を行う。それで異界内の環境を再現するべく、鉄室で三名以上が氣を放出して充満させる必要があるのだ。


「それなら被計測者も含めて三名でよいではないか」と思うかもしれない。確かに氣の量の計測だけを行うならそれでも良い。だが諏訪部研では通常、氣の量の計測を行った後、筋力の計測も行っている。そうしなければ実験データとして意味がないからだ。


 筋力の計測では素の状態と内氣功を使った状態で計測が行われる。問題なのは内氣功を使った計測で、氣を消耗した状態だと氣功計測用スクロールに現れる紋様のデータと紐づける上で不完全なデータになってしまうと考えられているのだ。


 言うまでもなく、颯谷の氣の量は膨大である。鉄室内で放出する量など誤差かもしれない。だが信頼できるデータを取るためには、前提となる条件はなるべく揃える必要がある。条件を変えて有意な差が出るなら、それはそれで面白い。だがまずは同じ条件でやるべきだろう。


「それにしても、ずいぶん朝早い時間にやるんですね。そんなに希望者が多いんですか?」


「そうね、多いわ。一向に減らないもの」


 鉄室のある実験室まで移動する最中、颯谷が口に出した疑問に久石が軽く肩をすくめながらそう答える。氣功計測用スクロールを貸し出してから結構経つが、まだまだ需要は満たせていないらしい。


「減らないどころか増えているな。今はずいぶん待ってもらっているらしい」


「データベースを作るうえでサンプルが多い方が良いのはそうなんだけど、人手が足りないのよねぇ」


「駒木も大変な時に入ったな」


「このままだと夏休みがつぶれるかもって聞いたんですけど、マジですか?」


「このままだとマジになる」


「うげぇ……」


「わたし、そろそろ就活なんだけどなぁ」


 駒木と久石が揃って嘆く。そんな二人に小さく笑ってから、宮本はさらにこう続けた。


「この頃は海外からの問い合わせも多い。暇になるのはずいぶん先だろうな」


「あ~、外国の人、増えたもんね」


「ちなみにそれが、桐島君の計測をこんな早朝にやる理由でもある」


「え、どういうことですか?」


 思いがけず自分の名前が出て、颯谷はそう聞き返した。その反応を見て諏訪部研の三人は揃って苦笑を浮かべる。何も分かっていない彼に、久石が代表してこう教えた。


「海外でもソウヤ・キリシマの名前は有名なのよ。特にこの業界ではね」


「え、でも海外からのアプローチなんて一つもありませんよ? 大学でも外国人に話しかけられたことなんてないですし……」


「そりゃ君、SNSやってないだろ? 名前と年齢以外の個人情報は公表されていないし、この大学に通っていることだって公表しているわけじゃない。連絡先は分からないだろうし、氣功能力を全開で使っているならともかく、すれ違っただけじゃなかなか気づけないさ」


「ああ、なるほど……」


「でも一緒に計測したら、さすがにバレるでしょ? それじゃあさすがに困るだろうから、早朝に一人分さっさと済ませてしまいましょ、ってこと」


「いろいろありがとうございます……」


 知らないうちに諸々配慮してもらっていたようで、颯谷は恐縮した。そんな彼に宮本と久石は笑いながらこう答える。


「なに、気にするな。ウチとしてもスクロールが使えなくなると困るからな」


「それに、サンプルが多いに越したことはないのはそうなんだけど、この実験は継続性も重要なのよ。追跡調査っていうのかしら。その点、海外の人たちはあんまり期待できないでしょ? でも桐島君なら地元だし、長く協力してもらえるんじゃないかって下心もあるわ」


「桐島君は生存能力も高そうだしな。ウチの先生の目とコーヒーがブラックなうちは、ぜひ実験に協力してくれ」


「この前クリープ入れてませんでしたっけ、諏訪部先生」


「む、そうだったか……?」


 颯谷の指摘を受けて宮本が眉間にシワを寄せる。それを見て久石と駒木がおかしそうに笑った。さてそんな話をしているうちに、四人は鉄室のある実験室に到着。早速計測が行われた。


「相変わらずスッゲェ量……」


「う~ん、でもパッと見、あんまり増えているようには思えないわねぇ……」


 鉄室の外で撮影した画像データを確認しながら、駒木と久石がそう呟く。駒木の言う通り、颯谷の氣の量は相変わらず群を抜いている。サンプル数が増えた今だからこそ、その突出具合はさらに際立っているように思えた。一方で久石の言う通り、氣功計測用スクロールに浮かぶ紋様が増えたかどうかは一目見て分からない。


「もともと対数的な増え方をするんじゃないかって言われてるんだ。元が多いほど、増加分のスクロールでの判別は難しくなる。ま、あとで映像解析のソフトにかけてみるさ」


 そう言って宮本は画像データをパソコンに移した。学内ネットワーク上にある諏訪部研のフォルダへ入れたので、これで研究室のパソコンからでもデータを呼び出せる。その作業を終えると、宮本は「じゃ、戻るから」といって研究室へ戻った。次は筋力の計測なので三人もいらないのだ。


「宮本さんはこのためだけに早く来てくれたんですか?」


 だったらなんだかちょっと申し訳ないな、と颯谷は罪悪感を覚える。しかしそんな彼に久石は笑いながらこう答えた。


「いいのよ。アイツはアイツで桐島君の最新データが欲しかったみたいだし」


「そうなんですか?」


「前に氣の型とか、波長とか、そういう話をしたでしょ? スクロールの画像データからその辺のことが分からないか、色々やってみるみたいよ」


「そんなことが分かるんですか? アレから?」


「ええ。何て言うのかしら、紋様の系統は同じなんだけど、傾きや大きさに微妙な差があるの」


「差、ですか」


「そう。それで画像データをいろいろ比較していくことになるわけだけど、比べる上で基準があると楽でしょ? その基準に桐島君のデータを使っているってわけ」


「はあ、なるほど……?」


 分かるような、分からないような。颯谷はいまいちピンと来なかった。今度機会があったら宮本にいろいろ見せてもらおうと思う。そしてそんな話をしながら、三人はトレーニングルームに場所を移した。


「メニューは前回と同じね。じゃ、握力から始めましょう」


 久石のその言葉を合図に筋力の計測が始まった。握力を皮切りに、全身の筋力を細かく計測していく。幾つか数字が出てくると、それを見ながら久石はこう呟いた。


「うん、やっぱり増幅率が上がっているわね。それに部位ごとの差が小さくなっているわ」


「本当ですか?」


 脚の筋力の計測をしていた颯谷は、そう言って立ち上がって久石が持つ記録用紙を見せてもらった。記録用紙には前回の記録も書かれていて、ここまでところ今回の記録は全てそれよりも大きな数字になっている。ただ颯谷が注目しているのはそこではない。


 前回の計測で氣功能力を使った際の増幅率が高かった部位は、今回その増幅率が上がったとはいえ、上がり幅は7%弱。一方で増幅率が低かった部位は最大で20%以上も増幅率が上がっている。


 この上がり方はただ単に「氣の量が増えたから」というだけでは説明できない。つまり内氣功の使い方の精度が上がったのだ。鍛錬の成果が出たのである。達成感がこみ上げてきて、颯谷の顔には自然と笑みがこぼれた。ただ久石の捉え方は少し違う。


「う~ん、鍛錬の成果が入ってるってことは、氣の増加による影響は小さい数字で見るべきかしら……」


 実験の目的だけを考えるなら、「鍛練の成果」というのはノイズだ。だから少ない方が良い。とはいえ現役の特権持ちに「鍛錬するな」とは言えない。それで彼女はノイズの少ない数字を拾い上げることに腐心するのだった。


 さて、そのノイズの少ないと思われる数字だが、前述したとおり増幅率のプラス分で7%弱になる。コアを破壊したという話だったが、それにしては少々物足りなく感じる。それで久石はこう呟いた。


「コアを破壊しても、氣の量はそれほど増えないのかしら……?」


「いや、もとの数字がデカすぎるだけじゃないですかね? プラス分の数字自体は結構大きいと思いますよ」


 難しい顔をしていた久石に、駒木がそう答える。例えば10が20になったら増加率は100%だが、100が110になったら増加率は10%だ。どちらもプラス分は10なのに増加率には大きな差が生じる。数字を比べる上でそういうことが起こっているのではないかと、駒木は言ったのだ。そして久石もそれに頷く。


「そうね……。あ~、じゃあ他のデータとも見比べないとダメかぁ」


 時間ないんだけどなぁ、という久石の呟きを颯谷は聞こえなかったことにした。筋力の計測を終えると、三人は一度研究室に戻る。時間的には一限目が始まっていて、学部棟の中は静かだ。エレベーターを降りると、かすかにコーヒーの香りがして三人は顔を見合わせた。


「お疲れさまでした、三人とも。もう少しまってくださいね」


 研究室に入ると、予想通り諏訪部がコーヒーを淹れていた。一足先に戻った宮本はパソコンに向かって何か作業をしている。颯谷が後ろから覗き込んでみると、どうやら氣功計測用スクロールの画像データを解析ソフトで処理しているらしい。


「宮本さん。スクロールの紋様で個人差があるって聞いたんですけど……」


「ん? ああ、例えばコレとコレだな。ほらここが……」


 宮本が二つの画像を並べて表示し、マウスを動かしながら解説する。それを聞きながら颯谷は何度も頷いた。二つの画像は一見すると同じに見えるが、確かに所々微妙に違う。氣功計測用スクロールにはまだまだ解明されていない機能があるらしい。


「桐島君、宮本君。コーヒーがはいりましたよ」


 諏訪部が颯谷と宮本にそう声をかけ、二人は礼を言ってから立ち上がった。そしてコーヒーがはいったマグカップに手を伸ばす。諏訪部が淹れてくれたコーヒーは今日も美味しかった。


「あの、ところで先生……」


「はい。何でしょうか、駒木君」


 コーヒーを飲みながら実験の話をしていると、駒木が躊躇いつつ諏訪部に声をかける。諏訪部が駒木のほうを向くと、彼はこう尋ねた。


「その、夏休みもこの計測実験って続けるんですか?」


「ああ、そのことですか。ええ、夏休みに集中的にやってしまおうと考えています」


「そう、ですか……」


「アルバイトという形で人手を確保して、流れ作業にしてしまうつもりです。帰省などはちゃんとできるようにスケジュールは調整しますから、駒木君も手伝ってくださいね。あ、アルバイト代もちゃんとお支払いしますよ」


「は、はい!」


「先生。予算は大丈夫なんですか?」


「そこはもう、計測希望者から手数料をいただくつもりです」


「なるほど……。良いかもしれませんね。本当にこのままだと、いつまでも終わりそうになかったですから」


「ただ海外からの希望者も多いですから。通訳が必要になるかもしれませんねぇ……」


 やや弱った声で諏訪部はそう言った。その瞬間、宮本も久石も駒木もサッと視線を逸らす。どうやら外国語にはあまり自信がないようだ。外国人の計測はこれまでにもやっているはずなのだが、結構苦労しているのかもしれない。


「桐島君もどうですか?」


「いや、遠慮しておきます。あ、でも英語の通訳ならできそうなヤツに心当たりがありますよ。話してみましょうか?」


 諏訪部が「是非」というので、颯谷はあとで木蓮に話をしてみることにした。そうこうしている内に諏訪部研の他の学生たちが続々と研究室にやって来る。彼らにコーヒーを淹れるため諏訪部が立ち上がったタイミングで、颯谷も自分のデータを受け取って失礼することにした。


 スマホで時間を確認すると、二時限目が始まるまでまだ時間がある。どこで時間を潰そうか考えながら、颯谷はエレベーターに乗った。


久石「コア単独撃破の前後でもっとデータが欲しいわね。桐島君以外で」

宮本「無茶言うな」

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― 新着の感想 ―
類似品を拾ったりできれば効率アップ!
むっ!スクロールの使用料を取るなら勿論、颯谷くんにもキックバックがありますよね?(減らない資産)
この巻物は、酷使され過ぎて破れたりしないんだろうかww 機能的には無事でも素材的には耐久度が低そうだよね。
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