諏訪部研での考察
青森県東部異界征伐の総括ミーティングが終わってから数日。この日、颯谷は木蓮と学食でランチを食べていた。ちなみに颯谷は肉がメインの日替わりAランチで、木蓮は魚がメインの日替わりBランチ。その席で木蓮はこんなことを言い出した。
「実は、自動車学校に行こうと思うんです」
「自動車学校ってことは、免許取るの?」
「はい。大学生活も落ち着いてきましたし、そろそろかなって。それに夏休みに入るとやっぱり混むっていう話だったので」
「ふぅん……。じゃあ、夏休み前に取っちゃう感じ? それだとスケジュール的に結構きつそうだけど……」
自分が免許を取ったときのことを思い出しながら、颯谷はそう尋ねた。木蓮の場合、要領良くさっさと取ってしまいそうな気もするが、大学に通いながら取るわけだし、日程的にはやはりタイトだろう。実際、彼女はこう答えた。
「いえ、これからテストもありますし。今から通い初めて、お盆前くらいに取れたらいいなって思ってます」
「そっか。うん、それくらいのスケジュールが良いかもね。免許取ったら、車も買うの?」
「車は……、まだ未定です。それに免許証はそれだけでも便利ですから」
「ああ、身分証としてね。じゃあしばらくはペーパードライバーってことか」
「でも乗らないと忘れてしまいそうでちょっと怖いんですよねぇ。……颯谷さんの車を運転させてもらっても良いですか?」
「あ~、ゴメン。保険が家族限定だから」
「まあ」
颯谷が苦笑を浮かべて断ると、木蓮はわざとらしく不満を顔に浮かべてそう言った。本気で怒っているわけではない。ただし、遠回しに「事故を起こしそう」と言われたことは根に持っているらしく、ツンとしたすまし顔を作ってからこう続けた。
「わたし、運転は上手だと思うんです。免許を取ったら、隣に乗せてあげますね」
「最初はタケさんが良いんじゃないかなぁ」
「まあ」
さっきよりも少し高い声で、木蓮がそう答える。そして不満げな顔をしながら味噌汁を啜る。そんな彼女に苦笑しつつ、颯谷は話題を変えてこう尋ねた。
「ところでさ、そろそろ夏物を揃えたいと思っているんだけど、一緒に行かない?」
「……クレープが食べたいです」
「いいよ。なんならコーヒー付きで奢っちゃう」
「クレープとコーヒーって合うんでしょうか……? あんまり聞きませんけど」
「合うんじゃない? 甘いし」
「まあ」
そう答えて木蓮はおかしそうにクスクスと笑う。それから二人はランチを食べながらデートのプランをあれこれ練った。映画も見ようかという話になったのだが、時間が中途半端だったり、面白そうな映画がなかったので今回は無しに。その代わりクレープはフードコートではなくて、少し車を走らせたところにある専門店に行くことになった。
「楽しみですね!」
「うん、楽しみ」
笑顔の木蓮に颯谷はそう答える。そしてちょうど良い時間だということで、二人は学食を出てそれぞれの学部棟へ向かった。眠気と戦いつつ午後最初の講義を受けてこの日の講義を終えると、颯谷はその足で諏訪部研へ向かった。
諏訪部研に行くのはコーヒーを飲むため、ではない。いや、それもあるがそれだけではない。青森県東部異界の詳しい話を聞きたいと言われたのだ。「総括報告書で良いのでは?」と颯谷は思ったが、そちらは攻略がメインの視点である。「研究者視点で話を聞きたい」と言われ、颯谷も「そう言うことならば」と思い了解したのだ。
そしてもう一つ、征伐を終えたということで、颯谷はもう一度氣の量の測定がしたいと思っていた。これは今日でなくても良い。今日研究室に行くついでに測定の予定を立てられたら、と思っていた。
「ああ、桐島君。今、コーヒーがはいります。少し待っていてください」
あらかじめ時間を伝えておいたので、諏訪部研に入るとすぐコーヒーの良い香りがした。颯谷はイスに座り、コーヒーが出てくるのを待つ。差し出されたコーヒーを一口飲んで彼はこう思った。「コイツは講義の前に飲むべきだったな」と。
「さて、と。青森県東部異界の事ですが……」
コーヒーを飲みながら諏訪部がイスに座る。研究室に残っていた学生たちもそれぞれテーブルを囲んだ。学生たちはそれぞれタブレットやスマホを持っていて、どうやらそれで資料を見ているらしい。一方で諏訪部は紙資料。しかも裏紙を使っていて、颯谷はちょっとおかしく感じた。
質疑応答というか、話し合いは主に総括報告書をなぞりながら進んだ。話題になったのは一体型怪異のことや、既存製品の仙具化について、レーダーをホワイトアウトさせた“霧”のことなどなど、多岐に及んだ。
「霧は皇亀が発生させていた。そして突然レーダーをホワイトアウトさせた。何かしらの氣功的エネルギーによる作用なんだろうけど、これってつまり氣功的エネルギーを電磁気的な、まあもっと広く科学的なアプローチで検出できるってことになりませんか?」
「どうでしょう……。レーダーがホワイトアウトしたことと皇亀が拠点を襲ったことは無関係ではないでしょう。ただその前まではホワイトアウトしていなかったわけですし、氣功的エネルギーは電磁気的に検出できるよう変質させることができる、と言った方が正確ではないでしょうか」
「だとしたら問題は、人間にそれが可能なのか、ってことですね」
「可能だとして、それを機械的な装置に落とし込めなければ、結局は個人差が問題になるわ。今と一緒よ」
「視点としては、面白いと思いますよ」
もちろんそれらはこの場で解や結論を得られるような話題ではない。やっているのはむしろ学術的な視点からの疑問点の洗い出しで、結果として分からないことが次々に増えていく。颯谷は自分がこの場にいる意味があったのかとそこが疑問だったが、諏訪部に「実際に見聞きした人の意見は貴重ですから」と言われ、曖昧に頷いた。
「それにしても、皇亀はどこから来たんだろうな……?」
タブレットで資料を眺めつつ、呟くようにそう疑問を述べたのは宮本だった。そのつぶやきに久石がこう反応する。
「どこから、ってどういうこと? 突然その場に現れるのがモンスターなんじゃない?」
「例えばゴーレムは、皇亀が素材を取り込んで生成していた。言ってみれば皇亀は工場で、コアは動力源って感じだと思うんだよ」
「ふむ。宮本君、それで?」
「はい、先生。今回ゴーレムは多量のドロップを残しました。それは外から素材を取り込んだから、いや、それだけもともと存在していた素材を使っていたからだと考えられます。一方で皇亀も膨大な量の素材をドロップしました。それはつまり皇亀もまたもとからある素材を使用して作られた存在であることを示唆しています」
諏訪部のほうを見ながら宮本がそう答える。それを聞きながら颯谷は「確かに」と思って頷いた。そして諏訪部に「続けてください」と言われて宮本はさらにこう話した。
「作った、生み出した、まあ表現はともかく、皇亀を出現させたのはコアでしょう。そしてあれだけの大質量です、一気に出現させたのであれば、その痕跡がどこかに残っているはず。ですが資料を見るかぎり、皇亀が食い散らかした痕跡はあっても、皇亀が出現した痕跡は見当たりません。それでどこから来たのだろうか、と疑問に……」
「海なんじゃねぇの?」
宮本の疑問に軽い調子でそう答えのは伊田だった。宮本が彼の方を向きながら「海?」と聞き返す。そしてさらにこう続けた。
「どうして海だと思うんだ?」
「陸上に痕跡がないんだろ? だったら消去法として海しかない」
「海……、いや、でも……」
「先生はどう思いますか?」
「可能性としてはあり得ると思いますよ」
久石に話を振られ、諏訪部はそう答えた。水深などの調査は、征伐中に海軍が行った。とはいえ行った範囲はごく一部だし、それも精密な調査とは言い難い。実際に潜って調べるなりしてみれば、海底に皇亀出現の痕跡が残っている可能性は十分にある。ただし諏訪部はそれと決め打ちしているわけではない。
「可能性は他にもあります。例えば、岩石や土砂、金属などを摂取していくうち、徐々に身体がそういう実在の物質に置き換わっていった、ということも考えられますね」
「なるほど……。それも確かに有り得ますね……」
諏訪部が指摘した可能性に、宮本も大きく頷く。それからどうやったら検証できるかが話し合われ、海底調査やドロップの総量と皇亀の推定体重の比較などが案として出された。そのほかにもさらに色々話し合われ、総括報告書の最後までたどり着いたところで、諏訪部は颯谷にこう尋ねた。
「桐島君は何か気になることがありましたか?」
「気になるというか、さっき宮本さんが皇亀を工場に例えたのがちょっと何て言うか、『どうして工場が必要だったんだろう?』って思って……」
「それは、どういうことでしょう?」
「えっと、突入前ですけど、オレはコンクリートとかが突然ゴーレムに成るもんだと思っていたんです」
「ふむ……、確かにこれまでの例を考えれば、その方が一般的なパターンに近い気がしますね」
「はい。なので、なんで皇亀という工場が必要だったのかな、って……」
「それは……、もしかしたらリソースの問題かもしれません」
「リソース?」と颯谷は聞き返した。そんな彼に一つ頷き、「あくまで仮説ですが」と前置きして諏訪部はこう続ける。
「異界ごとに使えるリソースが決まっているとして、今回はそれを皇亀に偏重させたのではないでしょうか。そのために、いわば普通にモンスターを生み出す余力がなくなり、すでに存在している物質を利用する形になった。そう考えると、なんとなくすっきりするような気がします」
「そりゃまあ、無限のリソースを持っている異界なんてないでしょうから、リソースに上限があるっていうのは頷ける話なんですが……」
「先生の仮説通りだとすると、異界は一定の制約のなかでデザインされている、もしくはやりくりしているってことになりませんか?」
「私たちが思う以上にカツカツなのかもしれないわねぇ、異界も」
諏訪部が述べた仮説に、学生たちがワイワイとそれぞれ自分の意見を述べる。一方で、この時颯谷の頭に浮かんでいたのは餓者髑髏のことだ。
あの一体型の守護者は、見つけ出したときやはりまだ不完全な状態だったのではないか。だから隠れていたわけで、だとすればそれはつまり、異界顕現と同時に完全な状態で出現させるにはリソースが足らなかったことの間接的な証拠ではないだろうか。
(コアが露出しているのは不完全な証拠……?)
皇亀の場合、少なくとも核が外から見えない状態になっていれば、征伐隊はもっと苦労したことだろう。明確な弱点を外から確認できたことは、間違いなく征伐達成の大きな要因だ。
つまりコアと一体化しつつも同化していないという点で、一体型ガーディアンは主としては不完全ということはないか。そして不完全にならざるを得なかったのは、別のことにリソースを割いたからではないのか。
(尖っている部分、強い部分がある代わりに、脆い部分もある、ってことか……?)
すべては仮説で、言葉を飾らずに言うなら妄想の域を出ない。だがそれでも、今後異界というものを考察したり評価したりするうえで、リソースという視点は新しい気付きを与えてくれるのではないか。颯谷はそんなふうに思うのだった。そして彼がそんなことを考えている間にまた話題が移る。
「それと、気になるのはやはりゴーレムのドロップですね。既存の物質が仙具化するとは……。実に興味深い。何とか研究してみたいものですが……」
「いや、先生。俺たちのキャパを考えてください」
「勘弁してください。無理。ぜったい無理です」
「氣の量の計測、何人待ちか先生も把握していますよね?」
「過労死しますって」
学生たちの必死の抗議を受け、諏訪部は小さく肩をすくめた。測定が落ち着いたら改めて、ということもできるがそれだといつになるのか分からない。またすでに研究を始めている者たちもいるだろう。まずは彼らの論文が出るのを楽しみにしましょうか、と諏訪部は内心で呟いた。
話し合いが終わると、颯谷はもう一度氣の量の計測をやりたいことを伝え、その予定を立てた。もちろん氣の量の計測だけではなく、筋力の計測も行う。そうしないと研究用のデータとして意味がないからだ。ただそのためにはある程度まとまった時間が必要で、一限目がない日のかなり早い時間にやることになった。
「じゃ、よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
最後に伊田とそう言葉を交わしてから、颯谷は諏訪部研を後にした。スマホで時間を確認すると、四時限目が終わってから一時間以上が経っている。かなり長く話し込んでしまったらしい。ふと思いついて木蓮にメッセージを送ると、彼女は図書館で勉強中だった。
【一緒に帰る? 送るよ】
【わ、お願いします!】
【了解。じゃ、車のところで】
メッセージのやり取りを終え、颯谷はスマホをポケットにしまう。そして車を駐めてある月極駐車場へ向かうのだった。
諏訪部「異界も研究室もリソースは有限。世知辛いですね」
皇亀さん「それな」




