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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
皇亀後の日常

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皇亀のドロップに関するアレコレ


「ははは、颯谷そうや、うまいことつかわれたな」


 スマホの向こう、たけしから笑い声と共にそう言われ、颯谷は思わず「え?」と聞き返した。


 青森県東部異界征伐後の総括ミーティングと慰労会から帰ってきたその日の夜、颯谷は剛に電話をかけた。岡崎家が行っている仙樹の異界外での栽培実験について、剛に教えるためだ。そして颯谷から一通りの話を聞くと、彼は上のように答えたのである。


「えっと、つかわれたっていうのは……?」


「話を聞く限り、まだ小さな鉢植えが一つってレベルなんだろ? つまり今後資源として使えるようになるとして、それはかなり先の話だ」


「はい、それはまあそうでしょうけど……。でも……」


「まあ聞け。仙樹の安定的な栽培と資源化に成功すれば、それは本当に画期的だ。そこを目指すというのは当然の話だな。だが現状それはまだ計画であって、つまり可能性の話でしかない。興味深くはあるが、事業として見るなら、まだ芽も出ていない状態だ」


 だから仮にそこへ金を出すとしたら、それは出資というより研究資金の提供という形になる。しかも形になるかもわからない研究だ。審査や査定は厳しくなる。


「自分たちの方から頭を下げたら足元を見られる。少なくとも岡崎家はそう思ったんだろう。だからお前さんを介してウチに話が伝わるようにしたのさ。ま、これはあくまで私の勘繰りだがね」


「……オレを挟むことに、何の意味があるんです?」


「話を持ち掛けるのが、コッチからになるだろう? つまり『ぜひ協力させて欲しい』とこっちから頼むことになるわけだ。向こうは希望を通しやすいと思わないか」


 つまり自分は利用されたのか。そう思い、颯谷は表情を険しくした。スマホ越しでもそれが伝わったのか、剛はなだめるようにこう続ける。


「そう感情的になるな。お前さんもウチも、何かを失ったわけじゃないんだから」


「それは、そうですけど」


「それにさっきも言っただろう、コレはあくまで私の勘繰りだ。颯谷が実験に協力してくれたから筋を通したって可能性もある」


 確かに剛の言う通りなのだが、それでも何となく面白くない気がしてしまうのは、自分の心が狭いからなのか。颯谷はそう思い、また顔をしかめた。ただ答え合わせができないのだから、これ以上岡崎家の思惑について考えても意味はない。彼は溜息を吐いて諸々の感情を散らした。そして気を取り直してから剛にこう尋ねる。


「……それでタケさん的にはどうするんです?」


「最終的な判断は仙樹林業に投げることになるな。ただ個人的には早めに話をするべきだと思う」


「それはコッチから話を持っていくってことですよね。それこそ足元を見られませんか?」


「そこらへんは心配しなくても大丈夫だろう。仙樹をまったく確保できていないならともかく、現状でもなんとか調達はできているんだ。形にもなっていない実験に社運を賭けるなんてことにはならないさ」


 それに、と剛は心の中で続ける。駿河家にもカードはある。わずかな時間ではあっても仙果を異界の外へ持ち出すことに成功した、例の壺の仙具だ。


 これが仙樹の栽培や育成にどう使えるのかはまだ分からない。だが何かシナジーを起こしそうな予感はする。ことはまだ実験段階なのだから、その予感だけでも相手はこの仙具を無視できまい。


 ただそういう話を、剛は颯谷にはしなかった。何か成果が出てからでいいだろうと思ったのだ。代わりに彼はさらにこう話を続けた。


「それに仙樹鋼、特に仙樹弾の需要は今後も増え続けていく。岡崎家の実験がうまくいったとして、その需要のすべてを満たせるようにはならん。どう考えても土が足りないからな」


「皇亀のドロップの土がありますけど……」


「だとしてもだ。大々的な樹木園を造るには到底足りん」


 つまりすべてが上手くいったとしても、岡崎家が供給できる仙樹の量は限られる。調達のメインとなるのはやはり異界だ。そうである以上、岡崎家の重要度はどうしても下がる。言い換えれば、必要不可欠というわけではない。


「有れば助かるが、無くてもやっていける。事業化に成功したとして、岡崎家の仙樹はそういう地位付けになるだろう。つまり切ろうと思えば切れる。足元見られてまで組む相手じゃないし、向こうもそれは分かっているだろう」


 剛はそう言い切った。それを聞いて颯谷はちょっと気分が晴れる。そしてこう言った。


「なるほど……。じゃあ、いっそのこと少し焦らすっていうのも手じゃないですか?」


「いや、さっきも言ったが、話は早めにするべきだ。じゃないと横槍が入る。アメリカの軍需産業なんかに出てこられた日には、話がややこしいことになりそうだ。そうなる前に固めてしまったほうがいいだろう」


「アメリカ、ですか……」


 颯谷がそう呟くと、剛は「そうだ」と答える。実際、仙樹弾関連のアレコレに向こうが噛みたがっているという話はちらほら聞く。そんな彼らが仙樹の人工栽培の話を聞けばどうなるか。当然、強い関心を持つだろう。


「向こうは資金力が桁違いだぞ。10億くらいお小遣い感覚で出す」


 剛はそう言った。彼の言っていることは少々大袈裟ではあるが、アメリカの軍需産業体の資金力が桁外れであることは間違いない。そして彼らはお金だけを出すわけではない。お金と一緒に口も出す。つまり主導権を持っていかれることになる。


 もちろん最終的にどうなるかは岡崎家の判断だ。ただ剛も「切ろうと思えば切れる」と言いつつ、この件がアメリカに持っていかれて良いとは思わない。何とか早期に仙樹林業と提携させるべき。颯谷の話を聞いて、剛はそう思っている。


「じゃあ駿河家で、あ、いや、仙樹林業でも皇亀の土を確保しますか? そうすればこっちの裁量でいろいろできるんじゃ……」


「ドロップの半分は国防軍に権利があるんだろ? 仙樹林業が必要だと思えば、そっちで動くだろう。まあ、この話も向こうへしておくさ」


 剛がそう請け負ったので、颯谷は「お願いします」と言って後のことは彼に任せた。それから颯谷は話題を変えてさらにこう続ける。


「それから皇亀のドロップ、それも特に金属インゴットの事なんですけど」


「うん、それがどうかしたのか?」


「結構量があるみたいなんで、一部は征伐隊関係者以外もオークション参加オッケーにするみたいです」


「ほう、そうなのか」


 剛の声が色めき立つ。普通こういうことはない。征伐隊のメンバーがそれを望まないからだ。膨大と言えるだけの量がドロップした今回だけの特例措置と言って良い。明け透けに言えば「分母を増やさないと単価が下がって報奨金が増えない」ということだ。


「ただオークションも分析が終わってからってことなので、今はまだ何も決まってないんですけどねぇ」


「そうだとしてもありがたい話だ。異界由来の素材はなかなか手に入らないからな。実際のアナウンスはどうなるんだ?」


「だから、まだ何も決まってません」


 颯谷がそう答えると、剛は「そうだったな」と応じた。国防大臣を辞任に追い込んだ例の一件で、十三は全国の武門や流門と横のつながりを得ている。実際にオークションを開催する段階になれば、何かしらの知らせがあるだろう。剛はそれを待つことにした。


「でも、実際どうなんですかね?」


「どう、というのは?」


「えっと、武器に使える金属って結構限られているじゃないですか。鉄なら万々歳なんでしょうけど、アルミや銅なんてあんまり聞かないですし。そういう金属の場合、いくら異界由来と言っても、需要があるのかなって思いまして」


「ふむ……。他所の事情は分からないが、ウチに関して言えば、興味はあるな」


「その心は?」


「色々な素材があるということは、それを組み合わせることで複雑な仙具、言ってみれば機械仙具とでも言うべきモノを作れるかもしれない。その可能性は、なかなか心躍らないか?」


「機械仙具……。そりゃ、できるならスゴいと思いますけど……」


「まあ機械と言うほど複雑なモノになるかは分からんがな。だが考えてみろ、仙樹鋼だって10年前は想像さえされていなかったんだ。将来またどこかのタイミングでブレイクスルーが起こることは十分に考えられる。いや、必ずどこかで起こる。だがその時、肝心の素材がなかったら何もできない。むしろ手元にある素材こそがブレイクスルーのトリガーになるかもしれない」


 だが異界由来の素材、特に金属はそう簡単に手に入るモノではない。だからこそ確保できるときに確保しておくのだ、と剛は言う。そうすれば自分の代では使い道がなかったとしても、後々必要になった時に使えるからだ。


「どうせ腐るモノじゃないんだ。買えるなら買っておこうと考えるのは、そんなにおかしなことじゃないだろう?」


「何て言うか、貴族的っていうか、名家的っていうか……。武門ってそういう考え方をするんですね……」


「貴族と言われると違和感があるが……。まああれだな、実際自分たちが先祖の財産を受け継いできているからな。特に最近はその中から再発見が相次いでいるわけだし、そういう環境が身近なら、自然とそういう発想になるんじゃないのか」


 剛がそう言うと、颯谷は「なるほど」と答えた。同時に「自分とは違うな」と内心で思う。自分はそういう考え方はしない。「自分が使うかどうか」で判断する。良いとか悪いとか、そういう問題ではない。剛のいう「環境」の問題で、代を重ねてきた、代を重ねなければならなかった家が、そういうふうに考えるようになるのだろう。


「オレも、買っておいた方が良いですかね?」


「さあな。必ず役に立つかは分からないし、買っておけと勧めることはできんな」


 あくまで自己判断だ、と剛は言う。そう言われると、颯谷としては困ってしまう。結局のところその問題は、自分が征伐を続けるのか、ひいては桐島家を武門にすることを目指すのか、というところに行きつくからだ。


「まあ、オークションまでまだ時間があるんだろ? ゆっくり考えたらどうだ?」


「そうですね、そうします」


 颯谷はそう答えた。それからもう少し細々としたことを話してから、彼は電話を切る。机の上にスマホを置くと、彼はイスに座ったまま天井を見上げた。頭に浮かぶのは「オークションに参加するか否か」という問題。


(ゆっくり考える、とは言ってもなぁ……)


 オークションが開かれるのは、たぶん数か月は先だ。それなりに長い時間と言える。ただ「征伐を続けるのか、ひいては桐島家を武門にすることを目指すのか?」という問題の答えを出すための時間と考えると、途端に短く感じるのだ。


「そんなすぐに答えを出すようなことじゃないだろ、コレ……」


 颯谷は小声でそう呟いた。彼としては当面、特権を持ち続けるつもりだ。つまり征伐は続けることになる。ただ、まだ子供どころか結婚もしていないのに、桐島家をどうのと言われても困るのだ。


「将来、将来、ねぇ……。分からん……」


 コツン、と頭を机の上に載せる。現状、彼の将来設計は漠然としている。大学は卒業するとして、その後院に行くのか、それさえまだ未定だ。


(お金はあるんだし、そんなに深く考えないで、気になるなら買っちゃえばいい、っていう考え方もあるけど……)


 とはいえ使う予定もない物にウン十万円、ともすればウン千万円も使うのはどうなんだ、という気もする。これがあのテーブルナイフのように自分で手に入れた物なら使い道がなくても保管しておくのだが、わざわざお金を払ってまでとなると躊躇する気持ちが先に来る。


(使い道、あるかぁ……?)


 何十年も先の将来ではなく、もっと手前の未来で。具体的には今後四年間で、使う可能性はあるだろうか。四年と言えば、どこかの研究室に入ることになるだろう。順当にいけば諏訪部研か、そうでなくとも氣功能力や異界関連の研究をしている研究室だ。そして颯谷としては今のところ、仙具関連の研究をやってみたいと思っている。


「仙具、仙具か……」


 頭を上げ、今までより真剣な声音で颯谷はそう呟いた。仙具関連の研究でなら、実用的ではないとしても、何か面白いことはできるかもしれない。例えば、仁科刀剣では過去に天鋼をベースに様々な合金を作って実験を行っていた。その時は普通の金属を混ぜていたが、では異界由来の素材を混ぜたらその性質はどうなるだろう。


(面白い、かも……?)


 他にも、また別のアイディアを思いつく可能性もある。だがその時、現物がなければ実験はできない。それはここで買っておく理由になる気がした。まあ、値段に納得できるなら、だが。


「じゃ、参加、してみようかな……」


 もっとも肝心のオークションはいつになるかはまだ分からないのだが。それにしてもゆっくり考えるつもりでいたのに、案外あっさりと結論が出てしまった。「まあ、こんなこともあるさ」と颯谷は思うのだった。


剛「資金繰りを始めねば」

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― 新着の感想 ―
新年おめでとうございます。 子供ができるだけでも遺していく視点になりますよね。 まだ若すぎる。
確かに経験が少なそうな颯谷から言質をとって政治的な有利をとれるかもしれないけど今回のように連携している駿河家から思惑を聞かされて隔意を持たれる方がよっぽど損失な気がする。 颯谷は若い特権持ちで将来の異…
金属のどの性質が何に作用するかわからない訳だしねぇ…合金類も考えれば可能性は無限大だ。気の回路的なモノを人工的に構築するのも出来るかも…。
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