全体ミーティングそして突入
塚原一尉からフランスでの異界征伐の様子について聞いた次の日、青森県東部異界征伐のための全体ミーティングが開かれた。今回、颯谷は司令部に入るということで、千賀道場のメンバーに混じるのではなく、楢木家の関係者のところに混じる。端っこに座ろうと思っていたら、雅が隣に誘ってくれた。
「颯谷君、昨日は寝れた?」
「はい。まあまあ」
「そうか。さすがだな……」
雅が苦笑交じりにそう答える。颯谷はよく分からないという顔をしながら小さく首を傾げた。まだ突入もしていないのに、緊張もなにもないと思うのだが。というか、寝ないと体調が崩れるからそのほうがマズイと思うのだが。
席に着いてから周囲を見渡すと、やはり新潟の時とメンバーはかなり重なっている。その中には十三の甥である今井慎吾の姿もあった。目が合ったので颯谷が軽く頭を下げると、彼は露骨に顔をしかめて顔を逸らした。
「あ……」
「くっくっく……。すまないな、颯谷君。アイツは、アレで実は君のことを強烈に意識しているんだ。あとで注意しておくから、あまり気にしないでやってくれ」
「はあ……」
笑う雅に、颯谷は曖昧な返事をした。その様子が、それこそ慎吾の片思いの様にさえ思えて、雅はさらに苦笑を深くする。一方で「それも仕方がないか」と思っているので、彼は話題を変えて颯谷にこう尋ねた。
「ところで颯谷君。今回の得物はどうした?」
「得物? 武器ですか?」
「ああ。千賀道場は剣術だろう? だがゴーレム相手に剣術は相性が悪いんじゃないかと思ってね」
「あ~、まあ確かにそうですね。オレも今回はゴーレム相手だしと思って、金棒をメインで使おうかと思っています。あとは仙樹刀を一本持ってきてますけど」
ちなみに仙樹刀は例の加工をしていないヤツだ。加工自体はすぐにできるのだが、衆目に晒せば必ず「それ何?」と聞かれるだろう。「今の段階で情報を出すのはちょっと待って」と言われているので、今回持ってきたのは普通の仙樹刀だった。
「どっちも気になるなぁ。……金棒は、仙具なのかい?」
「はい。九州の異界で手に入れた、ヌシのドロップです」
阿修羅武者の姿を思い出しながら、颯谷はそう答えた。実のところ、金棒よりも金鎚のほうが使い慣れている。ただハンマーは今後、練氣鍛造法の関係でまた必要になる場面があるかもしれない。
そう考えたとき、ロストの可能性がある異界征伐にハンマーを持っていくのはリスクが高いように思えたのだ。それで、代わりに失くしたとしてもダメージが少ない金棒を使うことにしたのだった。
ただ一般的に言って主のドロップとなれば一級仙具の中でも最上位の代物。使わなければ意味がないと分かってはいても、それをさも当然に持ち込んでくる事実には、雅もある種の戦慄を抱かざるを得ない。その慄きを隠し切れない口調で、彼はこう答えた。
「そ、そうか。頼ることがあるかもしれないな」
「必要ならいくらでも戦いますけど」
「頼りに、しちゃ拙いんだけどなぁ、今回は。まあ心強いよ。……それから仙樹刀っていうのは、仙甲シリーズの武器タイプってことで良いのかな?」
「ちょっと違いますね。仙甲シリーズはあくまで防具のブランドなので。仙樹刀は……、オレが個人的にお願いしたのが最初なんですけど、将来的に商品化されるかもしれない試作品って感じですね」
「なるほど……。良い感じなら一本欲しいなぁ。後で試させてくれないか」
「いいですよ。……雅さんは十文字槍でしたっけ?」
「うん、まあ普段はそっちなんだけどな。それこそ今回はゴーレムだから。六角棒を持ってるから、今回はそっちがメインだな」
「その六角棒は仙具なんですか?」
「いや、ただの鋼鉄製。だから力任せにぶん殴る感じになると思う」
なるほど、と思いながら颯谷は小さく頷いた。対ゴーレムという視点でもう一度周囲を見渡してみると、確かに千賀道場の門下生は数が少ないように思える。赤紙が来た場合はどうしようもないが、志願するかどうかは怪異と得物の相性も考えて決めるモノなのだろう。
さてそんなふうに時間を潰していると、定刻になり国防軍の担当官が壇上へ上がった。そして全体ミーティングが始まる。まず行われるのは青森県東部異界に関する説明。颯谷も配られた資料に目を落としながらその説明を聞いた。ドロップに関する話が出ると、会場の中がざわつく。颯谷は小声で隣の雅にこう尋ねた。
「……やっぱり、スゴい事ですか?」
「目の色を変えるには十分だな」
大きく頷きながら、雅は小声でそう答えた。武門や流門にとって質の良い仙具を揃えることはとても重要だ。戦力の維持という意味だけでなく、この業界内における発言力にまで関わってくるからだ。
最近では仙甲シリーズや仙樹弾、練氣鍛造法など、人工仙具の品質を上げる画期的なブレイクスルーが続いている。しかしその一方で「異界由来の素材重視」の価値観も根強い。いや、そもそもそれは重要なファクターの一つで間違いないのだ。
その「異界由来の素材」が、今回大量に手に入るかもしれないのだ。そうである以上能力者たちが、否、武門や流門の関係者たちが目の色を変えるのは当たり前というか、仕方のない事だった。
「それに……」
「それに?」
「スプーンが出たって話、あっただろ?」
「はい。ありましたね」
「スプーンが出たなら、眼鏡が出ることもあり得ると思わないか」
雅にそう言われ、颯谷は思わず目を見開いた。ゴーレムから回収されたスプーンは仙具化していた。であればゴーレムがドロップする眼鏡も仙具化している可能性が高い。もちろんただ氣の通りが良いだけの眼鏡が欲しいわけではない。氣をより詳細に見ることができる仙具の眼鏡、特級仙具としての眼鏡が欲しいのだ。
当然ながら、ゴーレムが眼鏡をドロップしたとして、その眼鏡が特級仙具と化しているかは分からない。だが異界の中で眼鏡をドロップさせることができれば、特級仙具化している可能性は高いのではないか。そう考えるのは、必ずしも的外れではないように思えた。
「数が少ないですからねぇ、眼鏡……」
「そうそう。……あとは、ガラスのドロップっていうのも気になるんだよ」
「まさか眼鏡、いやレンズを作ろうっていうんですか?」
「成功したら画期的だと思わないか?」
「思いますけど……」
そう答えて颯谷は言葉を濁した。ゴーレムがドロップしたガラスを使ってレンズを作り、そのレンズが特級仙具化していたら、それは確かに画期的だろう。だが果たしてそう上手くいくものだろうか。颯谷はかなり懐疑的だ。とはいえ雅も「成功したら儲けモノ」くらいの気持ちなのだろう。そこまで真剣味や熱量があるようには感じられなかった。
異界に関する説明が終わると、国防軍の担当官が壇上から降りる。そして代わりに十三が片袖をなびかせながら壇上に上がった。彼はまず今回も医療チームと国防軍の護衛部隊が本隊に同行することを説明。征伐隊を本隊に一本化することと、自身が征伐隊の隊長になることを提案し、全会一致で承認された。
十三が次に持ち出したのは報奨金のこと。医療チームと護衛部隊は報奨金を受け取らないことが確認され、さらに一部をあらかじめ死亡お見舞金などとして取り分けておくことが承認された。そして次はドロップアイテムの取り扱いだ。
「ドロップは基本的に倒した者に所有権があるとする。そしてこれとは別に本隊で一括して取りまとめる枠を設けたい」
十三がそう提案すると、一部を除いて多くの者が首を傾げた。なぜそんなことをするのか、意図がよく分からなかったのだ。疑問符を浮かべる者たちに対して、十三はさらにこう説明を続けた。
「まず前提として、インゴット状の金属の塊がドロップするという話は先ほども説明があったが、ではその金属が何なのかというのは分析してみるまでは分からない。ステンレスのように合金になっている場合もある。
それで一括して扱う分に関しては、報奨金の一部を用いて分析を行い、その結果を公表した上で、征伐隊のメンバーを対象にしたオークションを行うことを提案したい。オークションで出た収益は報奨金として扱い、全体に分配されることになる」
「個人所有の場合はどうなるんだ?」
「個人所有としたモノについては、そのまま自分のモノにしてもらって構わない。ただし分析などは全て個人の裁量で行ってもらう。共同撃破など、所有権が複数に分かれる場合は、当人たちの話し合いで決めてくれ。司令部が仲裁することはしない」
「賛成するが、オークションは購入制限を設けてくれ。資金力のある大手に全部持っていかれちゃたまらない」
「どれほどのドロップが集まるのか分からないのではっきりとしたことは言えないが、結果を見た上で考慮する。それで良いかな?」
十三がそう答えると、反対の声は上がらず、彼の提案は承認された。お金やドロップなど、もめそうな事柄に関する取り決めを確認し終えると、そのタイミングで十三は休憩を入れた。そして休憩が終わると、話はいよいよ征伐の実務的な事柄に移る。
真ん中に大きく円が描かれた地図が広げられる。その円の内側が今回異界に呑まれた範囲だ。ただし内部では変異が起こっている可能性があるので、必ずしもこの地図通りの状態というわけではない。とはいえコレ以外に情報はないし、出席者もそれは承知しているので話はそのまま進んだ。
まず司令部で練られた作戦案が提示される。どこから突入し、どこに拠点を置くのか。それも一つではなく、複数のパターンが提示される。また情報収集の手順や、医療チームや護衛部隊との連携などが確認された。
「医療チームが同行してくれるからな。個人的な“消毒用アルコール”の持ち込みと使用はほどほどにするように」
十三が真面目くさった顔でそう注意すると、出席者の間からは大きな笑い声が起こった。颯谷は隣の雅に小声でこう尋ねる。
「禁止しないんですか?」
「できないだろ?」
まあ確かに、と颯谷は内心で頷いた。個人的な荷物を一つずつ調べでもしない限り、禁止したところで実効力はない。そして十三もそこまでやる気はなさそうだった。というか彼自身ニヤニヤしているので、彼も“消毒用アルコール”を持ち込むつもりなのだろう。
「それと、今回は国防軍が艦艇を出してくれることになった。強襲揚陸艦と護衛艦が一隻ずつだ。場合によっては強襲揚陸艦に司令部を移すこともあり得る。頭に置いておいてくれ」
十三はさらりとそう言ったが、出席者の間からは驚いたようなざわめきが広がった。これは「拠点として使える建物がないかもしれない」という懸念を受けて国防軍の側から提案があったのだという。ただし国防軍の思惑として、瀬戸内異界と同じように、多くの兵士を一括して覚醒させることを目論んでいるのは間違いない。
一通りの説明が終わると、次に班分けが行われる。今回も大雑把に攻略隊、遊撃隊、後方支援隊の三つだ。司令部のメンバーは基本的に攻略隊だが、隻腕の十三と研修扱いの颯谷は後方支援隊に入った。もっともこれは暫定的な班分けであり、後方支援隊だからと言って決戦に加わらないというわけではない。実際の運用は臨機応変、行き当たりばったりなのだ。
そして最後に一番槍の人選が行われる。実は司令部ですでに一人内定しているのだが、十三はその人選を明かす前に全出席者から志願を募った。だが結局手は上がらず、最終的に十三が推薦を行い、その人選が承認された。
さて全体ミーティングの二日後、いよいよ異界が白色化した。征伐隊はそれぞれバスに乗り込み現地に向かう。さらに大量の物資を積み込んだトラックが何台も続いた。持ち込む物資はこれだけではなく、特に強襲揚陸艦にはさらに多くの物資が詰め込まれている。
現場に到着すると、氾濫の際にゴーレムが暴れまわったのだろう。そこはかなり荒らされている印象だった。港で取れた魚介類を扱う直売所などがあったという話だが、今はもう見る影もない。
海側に視線を移すと、国防軍の艦艇が二隻、沖合に見えた。比較的平べったい方が強襲揚陸艦だという。甲板の上にはヘリも載せられていて、かなり本格的な装備のように思えた。ただし、さすがに戦闘機の姿はない。
「おい颯谷。こっち手伝ってくれ」
司令部メンバーの一人にそう声をかけられ、颯谷は慌てて振り返った。突入の準備は着々と進んでいる。彼はそこに加わって仕事をした。そして準備が完了すると、現場にはにわかに緊張感が漂い始めた。
「では一番槍、頼む」
十三がそう言うと、一番槍に選ばれた能力者が緊張した面持ちで白色化した異界に近づく。そして大きく深呼吸してから頭を突っ込んだ。少ししてから、トリガー型のデバイスがカチャカチャと音を立て始める。彼が伝える情報を、別の能力者がこう読み上げた。
「キリ フカイ」
「シカイ フリョウ」
「サラチ」
「デカイ カゲ」
「カメ」
十三が顔を険しくする。どうも異界の中は想定していたいずれの環境とも違うようだ。とはいえそれは良くあること。一番槍が「トツニュウ ヨシ」のメッセージを送ってくると、十三は一つ頷いてから征伐隊に突入を命じた。
十三「15年物のスコッチだ。もちろん消毒用だぞ?」




