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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
ひとりぼっちの異界征伐
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積雪2


「え、これ……、雪……?」


 氣を目に集めて見たとき、なんと雪が蛍の光に似た明かりを放っている。それはつまりこの雪が氣を発している、いや雪に氣が含まれていることを示唆していた。


「え、なんで……?」


 颯谷の頭の中は疑問で埋め尽くされる。氣とは生命体が発するエネルギーではなかったのか? いや、雪には含まれているだけだろうから矛盾はないのか? ではその氣はどこから来たのか?


 そういう疑問は、いくら考えても答えはでない。だから自然と彼の思考は次の段階へ進んだ。つまり「この氣を利用すれば、雪の上でもちゃんと歩けるのではないか?」


 颯谷は外纏法を使ったまま、颯谷は右手で雪に触れる。冷たい雪は手のひらの形にへこんだ。何もおかしなところはない、ごくごく普通の雪のふるまいだ。だが彼の目には、この雪が普通の雪ではないことがありありと映っている。


(反発させられないかな……?)


 思い浮かべたのは、磁石の同じ極同士を近づけたときにおこる、あの感じ。あんな感じで雪に含まれる氣と自分が纏う氣を反発させ、それで雪の上を歩けないだろうか。颯谷はそう考えた。


 右手で雪に触れたまま、彼はイメージを構築していく。最初はなんの手ごたえもなかったが、徐々に手のひらに下から押されるような感覚が出てくる。颯谷は内心で頷きながらイメージの構築を続けた。


 手に感じる反発が十分に強くなったと思ったところで、颯谷はいよいよ本命に移る。これを利用して雪の上を歩くのだ。彼は早速片足を上げ、構築したイメージを氣に送り込みながらゆっくりと雪に近づけていく。足の裏と雪面が近づくと、彼は足の裏に下からの強い反発を感じた。


(よしよしっ……)


 手ごたえを感じつつ、彼はもう一方の足も同じようにしようとする。だがそちらの足を地面から離した次の瞬間、彼はバランスを崩して雪の中へ転がった。反発を受けている状態だと、片足で立つのは結構難しそうだ。


「くっそ~」


 悪態をつきながら、颯谷は立ち上がる。そこから彼の格闘が始まった。最初はまともに立つこともできず、何度も何度も転んだ。まさに七転八倒。下が雪だから大したケガもせずにすんでいるが、これが普通の地面だったらどうなっていたことか。いや、普通の地面ならこんなことをする必要もないのだが。


 一時間くらいひたすら転び続けただろうか。颯谷は不機嫌そうな顔で雪の中から立ち上がると、一度休憩を入れることにした。彼は仙樹から仙果をもいで食べる。そして仙果を食べながら、これまでの失敗について考察を始めた。


「立てないんだよなぁ……」


 要するに、それに尽きる。反発が安定しないのか、すぐにバランスが崩れてしまうのだ。これでは歩くなんて夢のまた夢に思えて、颯谷は気落ち気味にため息を吐いた。だがそこで別の考えが頭に浮かぶ。


 重要なのは雪の上に立つことではない。歩くこと、もっと言うなら動くことだ。そして例えば一輪車や自転車のように、動いていた方が安定する例はたくさんある。ということは案外、動いていたほうが上手くいくのではないか。


(よし、やってみよう……)


 適当なところで仙果を食べるのをやめ、颯谷は検証に戻った。今度は立つのではなく歩くことを目的にする。すると最初から数歩歩くことができた。倒れこんだ雪の中、顔を上げた颯谷は一つ頷く。やはり動いていたほうがバランスは取りやすいようだ。


 なら、と颯谷は次のトライで速度を上げた。歩くのではなく駆ける。すると移動距離は一気に伸びた。だいたい100メートルくらいだろうか。時間にすれば十数秒。それでも画期的な成果と言っていい。


「うおっと……!」


 順調に走っていたように見えた颯谷が、バランスを崩して雪の中に倒れこむ。それでも彼の表情は明るかった。ようやくブレイクスルーの取っ掛かりを掴んだのだ。ただやはり、普通に走るのとは感覚が違う。


 それから颯谷はひたすら試行錯誤を繰り返した。何度も雪の中を転がったが、彼はそのたびに立ち上がる。仙樹の近く、というのも良かった。氣を消耗しても、仙果をすぐに食べられたからだ。


 そして一本の仙樹になっていた仙果を食べつくしたころ、颯谷はほぼ自由に雪の上を駆け回れるようになった。感覚としては、少し跳ねるようにしながら走る感じだ。彼はこの技術に「月歩」と名付けた。月の上を歩く、あの感じに似ているように思えたのだ。もちろん映像資料を見た限りのイメージだが。


 ただこの月歩にも欠点はある。駆け回ることはできるようになったが、雪の上に立つことは相変わらずできない。グラグラ動くバランスボールの上に立たされているような感じなるのだ。だから立ち止まる時には月歩を解く必要がある。


 とはいえそれでも、月歩のおかげで雪が積もっていてもこれまでとほぼ変わらずに動けるようになった。これは大きい。一方で怪異モンスターたちは月歩なんて使えないので、雪の中では移動に四苦八苦している。


 例の大鬼くらい大きければ支障ないのかもしれないが、少なくとも中鬼と小鬼にとって雪は大敵のようだった。「敵の敵は味方」というが、月歩を覚えた颯谷にとってもしかしたら雪はメリットの方が多いかもしれない。


「とりあえず、月歩はこれでいいな」


 雪の上を移動する方法は月歩でひとまず形になった。颯谷はそう判断して、頭を切り替える。雪も雨も降っていない時間は貴重だ。あちこちに備蓄しておいた薪を洞窟へ運ぶなど、やっておきたいことはたくさんある。休憩もそこそこに彼はまた動き始めた。


 冬支度として用意しておいた薪は、すっかり雪に隠れてしまっているものもあった。そういう場合、颯谷は記憶を頼りに掘り返してそれを洞窟へ運ぶ。道中、何度かモンスターに遭遇したが、やはり相手は雪のせいで速度が遅い。奇襲されることはなかったし、むしろ余裕をもって迎え撃つことができた。


「これもう、隠形を使う必要ないかも……」


 颯谷はそう呟く。彼はこれまでずっと、奇襲を防ぐために可能な限り自分の気配を隠していた。だが雪のおかげでモンスターの行動はかなり阻害されている。周囲の気配さえしっかりと探っていれば、近づかれるまえに気付けるだろう。


 隠形を使わないで済めば、その分のリソースを別のことに使える。これはもちろん感覚の話だし、パソコンのように「処理能力に余裕が生まれる」と考えるのはそぐわない。だが多少なりとも負担が減るのは事実だ。


 そしてそのことが多少なりとも関係しているのだろう。颯谷に新たな、別の問題が起こる。


 この日のたぶんお昼過ぎ。薪を洞窟へ運んでいた最中に、颯谷は二体の中鬼を見つけた。中鬼の方もすぐに彼に気付き、雪をかき分けながら猛然と向かってくる。彼は薪を雪の上に置き、仙樹の枝を構えて迎撃の態勢を取った。


(二体か……)


 颯谷はやや顔を険しくした。月歩を使えば雪の上でも比較的自由に動ける。だが熟練度はまだ低いし、これまでとまったく同じようにとはいかない。特に戦闘では。その中で中鬼二体というのは、少し不安が残った。


(最初の一撃だ。それで一体倒す……!)


 そのつもりで颯谷は氣を練った。そして近づいてきた中鬼に対し、鋭い刃状の氣を放つ。その一撃で中鬼を倒すことはできなかったが、瀕死に追い込むことはできた。もうほとんど動けないと思っていいだろう。


 それから彼は月歩で距離を取り、もう一体の中鬼をつり出して一対一の状況を作る。一対一なら手こずることはほとんどない。仙樹の棒を振り回して着実にダメージを蓄積させていく。


 思いがけない問題が起こったのはちょうどその時。折れたのだ。振り回していた仙樹の棒が。


 颯谷は一瞬慌てたが、すぐに頭を切り替える。そして短くなった仙樹の棒を、まるで短剣のように構えた。もともとダメージを蓄積していたこともあり、その中鬼は問題なく倒すことができた。


 瀕死状態にしておいた中鬼にもとどめを刺す。結果だけみれば完勝だが、颯谷はやや険しい顔をしていた。言うまでもなく、仙樹の棒が折れてしまったからだ。彼にとっては使える武器だっただけに、使えなくなった、いや短くなってしまったのは痛手に思えた。


 ただ彼もこれが致命的な損失だとは思っていない。仙樹の枝は異界のなかなら簡単に手に入るからだ。彼はひとまず短くなった仙樹の棒をもって洞窟へ急ぐことにした。戦闘はなるべく回避だ。


 洞窟に戻ってくると、颯谷はまず運び込んだ薪を積み上げた。寄ってきたマシロを撫でつつ、食料も運び込まなければと考える。そのついでに仙樹の枝を確保すればいいだろう。そう考え、彼はどの仙樹へ向かおうかと頭の中で候補を上げていく。


 その時ふと思ったのは、「枝だとまた折れるかもしれない」ということ。枝だとどうしても先端へいくほど細くなる。今回折れてしまったのも、そういう細い部分だ。武器として望ましいのは、ある程度の長さで太さが均一なもの。そんな棒が手に入りそうな仙樹はどこかにあっただろうか。


「そういえば、アレなんかよさそうだな」


 颯谷の頭に浮かんだのは一本の仙樹。颯谷は洞窟を飛び出して、少し遠い位置にあるその仙樹を目指す。月歩のおかげで移動速度はいつもとほぼ変わらない。加えて雪のおかげでモンスターに見つかってもそのまま逃げることは容易だ。彼は一度も戦闘をせずに目的地へ行くことができた。


 目的の仙樹は、颯谷が知っている中ではダントツに細い。洞窟から少し遠いことや、ついている仙果が少ないこともあって、これまではほとんど見向きもしてこなかった。だがその細くて真っ直ぐな幹が、颯谷の希望にピッタリに思えた。


 彼は短くなった仙樹の棒を氣で覆い、その細い仙樹を切り倒す。そして肩にかついで仙果ごと確保した。ただすぐに洞窟へは帰らない。別の仙樹も回り、枝を切り落として仙果を確保する。枝の方が多いから食料の確保としては非効率だが、枝も薪として使うので無駄にはならない。持てるだけ持ってから彼は洞窟へ帰った。帰りも戦闘は回避である。


「ほら、マシロ。メシだぞ~」


「ワウ、ワウ!」


 颯谷が仙果を与えると、マシロは尻尾を激しく振りながらそれを食べる。子犬たちの方は、まだモノを食べられる状態ではないらしい。でも子犬たちがワチャワチャしている様子は見ていてなごむ。


 颯谷の方はというと、出先で食べてきたので今は食べない。彼は腰を下ろすと、切り倒してきた細い仙樹の処理に取り掛かった。


 折れてしまった仙樹の棒をナイフのように使い、すべての枝を落とす。先端部分はどうしても細くなってしまうので、そこも切り落とした。それでも長さは十分にある。本当に簡単な処理しかできないが、それでもなかなか様になった棒を見て、彼は満足げに一つ頷いた。


 こうして新しい仙樹の棒を手に入れたわけだが、短くなってしまった方も捨てるわけではない。短い方も、こうしてナイフ代わりにもできるし、これはこれで使い勝手が結構良かったのだ。ズボンのベルトに挟んでおけば、邪魔にもならないだろう。


「よしっ」


 新たな仙樹の棒を手に、颯谷は立ち上がった。洞窟の外はまだ明るい。彼はまた外へ飛び出した。もう少し薪を運び込んでおきたいし、食料も確保しておきたい。ただそれ以上に新しいこの武器を試してみたかった。


 機会はすぐに訪れた。見つけたのは一体の中鬼。向こうもすぐに颯谷に気付き、雄たけびを上げながら猛然と向かってくる。ただし雪の中なので速度は遅い。颯谷は月歩を解き、新しい仙樹の棒を構えて待ち受ける。


(少し、氣の通りが悪い……?)


 気のせいかもしれないが、そう感じる。もしかしたらまだ馴染んでいないのかもしれない。とはいえ使用に支障をきたすほどではない。颯谷はかまわずに氣を練り続けた。そして中鬼が間合いに入ると、彼は勢いよく仙樹の棒を振りぬいた。


「ガァ!?」


 氣の刃が中鬼の身体を大きく切り裂く。中鬼は傷を抑えながら膝をついた。その様子を颯谷は冷静に観察する。念入りに氣を練ったはずなのだが、一撃では倒せなかった。まあ、今までも一撃で倒せたことはないのだが。ということは、新しいからと言って武器としての性能が良い、というわけではないのだろう。


(考えるのは、あとだ)


 まずは目の前の中鬼にとどめを刺すことを優先する。颯谷はまた氣を練り始めた。それを見て中鬼が彼めがけて飛び掛かる。だがやはり雪に阻害されて動きが鈍い。中鬼の手が届くより早く、颯谷はもう一度仙樹の棒を振りぬく。それがとどめになった。


「う~ん……」


 中鬼を倒した颯谷は、やや険しい顔をしながら新しい仙樹の棒を眺める。正直言ってちょっと期待外れだった。ただこれは新しいというだけで期待値を上げてしまっていた颯谷が悪い。彼はちょっと反省した。


 とはいえこの印象は正しくもあり間違いでもあった。確かに新しいからと言って武器としての性能が格段に良いわけではない。だが新しい仙樹の棒は今までできなかったことができるようになっていた。


 それは「突き」だ。これまでは先端が細くなっていたため突きができなかった。だが新しい仙樹の棒は片方の先端からもう片方の先端までの太さがほぼ均一で、しっかりとした強度を維持している。


 だから突ける。そして貫手を応用すれば、この新しい仙樹の棒は槍のように使うことができた。このおかげで颯谷の戦い方に幅ができる。ただ彼がそのメリットを理解するようになるのは少し先のことだった。



颯谷「やっぱ道具を使ってこそ人間サマだよな!」

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― 新着の感想 ―
[一言] > 子犬たちの方は、まだモノを食べられる状態ではないらしい。 お乳を飲んでいるのでは?
[一言] モノレールの仕組みですかね、月歩。 これ、もしかして異界内部なら水面も歩けたり? 想像が膨らむ面白い設定ですねぇ!
[一言] この雪にそんなに含まれているんだったら溶かして飲めば氣の回復できそうw
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