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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
青き鋼を鍛える

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岩手県南部異界征伐に関して3


「……それにしても、まさかアンモニアが有効だったとは」


 岩手県南部異界のヌシ、狼男との戦いの様子を一通り聞き終えると、門下生の一人が思案気にそう呟いた。「アンモニア」という単語はシュールだが、しかし実際問題アンモニアが四眼狼に、怪異モンスターに有効だったというのは重要な情報だ。


 これまでモンスターの攻略法というのは、「いかにしてダメージを与えるのか」がメインテーマだった。ネットなどで動きを封じることがあっても、それは捕まえてダメージを与えることが目的。つまり直接のダメージに繋がらない戦術はあまり研究されてこなかったわけである。


 だが今回、十三は狼男と超大型の四眼狼へアンモニアを使用。アンモニアが直接討伐へ結びついたわけではないが、しかし彼らを分断することには大きく寄与した。そしてそれが討伐を容易ならしめたことは疑いないだろう。


 今回のアンモニアの使用は大きな教訓を残したと言っていい。まずアンモニアが効いたということは、四眼狼や狼男には嗅覚があったということ。これはモンスターにはこれまで考えられていたよりも、もっとはっきりした五感を持つ場合がある、ということを示唆している。


 もちろんスケルトンなどのように、五感どころか生命体として考えること自体が適当でないモンスターもいる。だが今回のように実在の動物を模したモンスターであれば、五感への攻撃というのは、これまで考えられていた以上に有効かもしれない。


 無論、「実在の動物を模したモンスター」であるからといって、五感への攻撃が絶対に有効とは限らない。とはいえ人間側に選択肢が一つ増えるのだ。これは大きい。今後は五感を狙った攻撃が増えていくかもしれない。


「スタングレネードとか、結構良いんじゃないのか」


「煙幕に唐辛子を混ぜるとか」


「それ風向き次第では人間にもダメージがあるぞ……」


 門下生たちはワイワイと盛り上がった。考察というよりは雑談みたいな内容だったが、茂信は時々頷いている。もしかしたら総括ミーティングでアイディアを披露するのかもしれない。報告書が公開されたら見てみようかな、と颯谷は思った。


「ところで話は変わるが、ドローンでの探索って実際どんな感じなんだ?」


「有効だとは思う。時間当たりの探索できる範囲が段違いだからな。ただやはり限界はあるとも思った」


 岩手県南部異界の征伐では、探索でドローンが大いに活用された。今後の征伐オペレーションでもドローンは多用されるに違いない。茂信はそう考えている。ただその一方で、人間が自分の足と目で確認することの重要性は変わらない、とも考えている。


「特に日本は山間部や森林地帯が多いからな。木々に覆われていると、ドローンだけではどうしても限界がある」


 今回の異界も大部分は木々に覆われていた。よってドローンによる探索だけではどうしても情報を集めきれず、人を送り込まなければならないことが何度もあった。とはいえポイントを絞って部隊を送り込めるわけだから、やはり有効と言ってよい。


「あとは、電波だな」


 茂信はそう指摘する。当然ながらドローンは電波で情報のやり取りをしている。つまり電波の届く範囲でしかドローンは使えない。特に今回は拠点からドローンを操作することが多く、そして拠点の移動には多大な手間がかかった。するとドローンを用いたとしても思うように探索は進まず、それが征伐を長期化させる要因ともなった。


「いろいろ法律関係の問題もあるのかもしれないが、例えば異界の中でだけ使うことを想定したドローンの開発というのも選択肢の一つじゃないかと思っている。今度の総括ミーティングで提案してみるつもりだ」


 茂信がそう言うと、門下生たちは「なるほどなぁ」と言いながら頷いた。たった一つの完璧な方法などありはしない。どんな方法にもメリットとデメリットがある。ならば幾つかの方法を柔軟に組み合わせることで対応可能な範囲を増やすべき。ドローンはその中でも有力な方法の一つになるだろう。


「国防軍はどんな感じだった?」


「国防軍か、ドローン関係では活躍していたな。ただ持ち込んだ銃火器はあまり出番がなかった」


 その理由は四眼狼が素早いモンスターだったからである。そもそも動いている相手に飛び道具を当てるのは難しいのだ。しかも四眼狼は例えば中鬼などと比べて的が小さい。そんなわけで静岡県東部異界と比べると、銃火器の活躍する場面は少なかった。


 とはいえ全く使われなかったわけではない。四眼狼の場合、超大型以外には対物ライフルが効いたのだ。それで拠点の周囲にこれでもかと設置された罠に引っかかって動けなくなった、もしくは動きが鈍くなった四眼狼は対物ライフルで始末される場合があった。


 ただしその場合も、対物ライフルの使用は推奨されない。なにしろ動けなくなったモンスターなどただのカモ。氣の量を増やしたい能力者たち(国防軍を含む)からすれば垂涎のエサだ。普通に物理で倒すことの方が多かったのである。


「あ~、てことはやっぱり、レベリングはあんまりできなかった?」


「そうだな。十三さんは端から切り捨てていたように思う」


 茂信は大きく頷いてそう答えた。要するにレベリングに向いた異界ではなかった、ということだ。だからこそレベリングを最初から度外視し、損耗を抑えて征伐することに注力した十三の判断は正しいといえる。


 だがその一方で。正しいからと言って全員が納得できるわけではない。桐島颯谷の活躍と国防省の提言書以降、レベリングは能力者界隈では最先端の流行なのだ。最近では静岡県東部異界なんて例もある。そもそも氣の量を増やしたくない能力者などいない。


「それにほら、颯谷から借りた例の巻物。アレもあったから」


「ああ、あの巻物。どうでした?」


「興味深くはあった。征伐隊のほとんど全員が試したと思う」


 当然ながら茂信も試した。写真を見せてもらったが、紋様で覆われているのは大体半分ほどか。ちなみに十三の場合は六割弱だったという話で、つまり現在のところ国内トップクラスはそのくらいになるということだ。


 このように自分の氣の保有量が分かるということは、増加分が目に見える成果として分かるということ。静岡県東部異界でもそうだったが、これがレベル上げのモチベーションに繋がるのは言うまでもない。


 だが岩手県南部異界では積極的にモンスターを狩って回ることはできなかった。十三がそれをさせなかったからだ。また四眼狼相手に山林で遭遇戦を繰り返すことの危険性は、わりと早い段階で征伐隊の面々も理解した。だからこそ、手ごろに倒せるモンスターは取り合いになったのである。


「一回、乱闘一歩手前みたいなことになってなぁ。まあ十三さんが一喝して止めたわけだが」


 そう言って茂信はため息を吐いた。それくらい、レベリングができなかったのである。そう言う意味でもフラストレーションのたまる征伐だったと言ってよい。そして裏を返せば、それは戦闘回数自体が少なかったことを意味する。


 ではいつもより負傷者が少なかったかというと、実はそうでもない。むしろ負傷者自体はいつもより多かった。防戦主体だったにも関わらず、四眼狼の素早い動きに翻弄されて噛みつかれる者が続出したのだ。そのおかげで医療チームのテントはいつも盛況だった。


「やっぱり医療チームは良かった?」


「良かったなんてもんじゃないな。生命線そのものだった」


 茂信とは別の門下生がそう答える。征伐隊に参加したメンバーは苦笑しつつもそれぞれ頷いているから、「生命線」という表現は大げさではあっても的外れではないのだろう。その理由は別の門下生がこう説明する。


「怪我が多かったからな。処置が悪ければ化膿するし、破傷風なんてこともあり得る。それがほとんどなかったのは、医療チームのおかげだな」


 そう語る門下生の口調は実感がこもっていた。おそらくはこれまでの異界征伐の体験を振り返ってのことだろう。医療資源が乏しい環境では、小さな傷でも致命傷になりかねないのだ。


 今回の征伐では医師がいて看護師がいて、静岡県東部異界の総括報告書を踏まえて用意された大量の医療物資があった。そのおかげで怪我人には適切な処置がなされ、それが最終的な損耗率と死亡率の低さに繋がっている。


「本田もな、それで命を拾ったような感じだし」


 本田というのは、今回の征伐に加わった門下生で、大怪我のために現役復帰できるか微妙と言われている。大型の四眼狼に腕をズタボロにされたのだ。出血多量で、そのまま失血死してもおかしくなかったと茂信は思っている。


 だが医療チームの適切な処置のおかげで彼は一命を取り留めた。ボロボロにされた腕も失わずに済み、最悪でも引退で済むようになったのだ。医療チームの面目躍如と言っていい。彼らは確かにプロフェッショナルだった。


「じゃあやっぱり医療チームの同行はスタンダードになっていく流れですかね?」


「そうだと思うぞ。少なくとも素人に応急処置のやり方を叩き込むよりはよほど効果的だ」


「そりゃ、専門家ですからね。素人と比べるのは失礼でしょうよ」


 ともかく医療チームの同行に茂信は好意的だった。それは十三も同じなのだろう。リーダーのその評価は総括報告書に反映されるはずで、静岡県東部異界の分も合わせれば、今後医療チームの同行がスタンダードになるのはほぼ確定的と言ってよい。


「ただ、治療はもちろん重要だが、それ以前として怪我をしないことも重要だな。……ぶっちゃけ先生キレてた」


「ああ、患者多過ぎ、って怒鳴ってたなぁ」


「最後の方、処置も結構手荒になってたよな。野戦病院って感じだったぜ」


 その感想を聞いて颯谷は頬を引きつらせる。医療チームのほうも大概修羅場だったらしい。まあ征伐隊自体が半ば特攻隊みたいなモノだ。それに付き合い、なるべく多くを生還させることを求められる医療チームが多忙なのは仕方のない事だろう。


 とはいえ「仕方がない」と言ってそのままにしていると、いずれストライキを起こされるかもしれない。いやその前に過労のためにダウンするだろう。医療チームの負担を減らすことは、彼らのパフォーマンスを維持するうえでも重要だ。


 医療チームの負担を減らす方法は簡単である。怪我をしなければよい。そんな、「世界新記録を出せばオリンピックで金メダルが取れる」みたいなことを言われても、と思うかもしれない。だがオリンピックと比べて征伐隊のレギュレーションは緩々である。つまりドーピングしても咎められないし、道具を使うのはむしろ推奨される。


 要するに、「防具が重要」ということだ。「何を当たり前のことを」と思われるかもしれない。だがこの意識が能力者たちに芽生えたのはつい最近のこと、レベリングの重要性が説かれてからのことだ。つまり単純な戦闘能力と同じくらい、継戦能力もまたレベリングのためには必要であると認識されるようになったのである。


 防具を装備していれば怪我は減る。怪我が減れば、その分だけ医療チームのお世話になる頻度も減る、というわけだ。実際、今回の征伐に参加した千賀道場の門下生たちは、他所と比べて負傷率が低かった。当然、仙甲シリーズの防具を装備していたからである。噛みつかれたとして、それが籠手や脛当てなら実質ノーダメージ、ということだ。


 そういう実績もあって、現在東北の能力者界隈では仙甲シリーズの需要が高止まりしているという。こういう言い方は不謹慎かもしれないが、実戦が良いセールスになったということだ。とはいえ仙甲シリーズはリリースされてからまだ日が浅い。つまり痒くても手の届いていない場所が多々ある。


「仙甲シリーズの防具、かなり良かったぜ」


「それはそれは。なによりです」


「ただやっぱりラインナップが少ないのは気になるなぁ。ロールによって必要な装備って違ってくるし」


「あと、実際に使ってみるとやっぱり粗っていうか、そういうのも見えっちまう」


「そういうわけで改善箇所やら要望やらまとめておいたから、頼んでいいか?」


「はいはい、大歓迎でーす」


 少々おどけながら、颯谷はそう答えた。実戦を踏まえての意見だ。駿河仙具としては喉から手が出るほど欲しいだろう。それを自発的にまとめてくれたのだから、断る理由は何もない。


(ただ、なぁ……)


 ただ心配というか、懸念があるとするならば。それは駿河仙具の対応能力だろうか。かの会社はまだ設立されたばかり。設備も人材もまだまだ十分とは言い難いだろう。それなのにやるべきことはすでに積み重なっている。


(防具に、武器に、弾丸に、例の整流技術に?)


 ざっと数えただけでも、すでに四つ重大案件がある。細分化していったら一体どれほどの数のプロジェクトになるのか。颯谷には想像もできない。社長の音無数馬氏が過労死しないだろうか。颯谷はちょっと心配になった。


 ただ仕方のない面もある。カスタマーとはいつの世も無責任に要望を投げつけてくるモノ。ベンダーでありサプライヤーである以上は、それに応え続けていく必要がある。それができなければカスタマーは離れていくだろう。


 まあ要するに。案件が積み上がっているのは、大きな期待の裏返しでもあるのだ。そうであるならそれに応えるのは、最低限応えるべく努力するのは、会社を設立した者の責任と言っていいはず。


 よって颯谷としては、受け取った改善案やら要望やらは遠慮なく剛に送る所存である。


颯谷「設置しすぎた罠のせいで拠点の移動に余計な時間がかかった説」

茂信「それな」

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― 新着の感想 ―
野戦病院の技術も上がっていきそうですねぇ
ドローンで「LiDAR」使えば地形の調査はバッチリですね。 レーザーや電磁波の反射を撹乱するタイプの敵やフィールドだと苦戦する可能性はありそう。 素早く、防御力の低そうな敵(今回の狼や例えばコウモリ…
医療チームは生命線で今後必要になるんだろうね。 でもこれ医療チームに損耗が出た時やばくね? 言っちゃ悪いけどほぼ素人の主人公が1年頑張ったら能力者トップクラスになれるけど、医療チーム、それも野外移動で…
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