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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
青き鋼を鍛える

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仁科刀剣2


 仙具には等級が定められている。大きく分けて一級、二級、三級。一級は純異界製で、人の手が全く加わっていないモノ。二級は破損した一級仙具などを素材にして作り直したモノで、三級は天鋼を素材にした仙具だ。そして人の手が加わるほどに氣の通りは悪くなっていく傾向にあった。


「仁科刀剣が作ってる仙具っていうのは、つまり二級と三級ってことだよな?」


「はい、そうです」


 食べ終えた弁当を片付け、颯谷は教室まで訪ねてきた後輩にそう尋ねる。その後輩、仁科俊は大きく頷いてそう答えた。ただそうなると、颯谷としてはますます話が見えない。彼は困惑を浮かべながらこう言った。


「仙具についてって言ったけど、二級とか三級の仙具って、ほとんど関わりがないぞ、オレ」


「えっと、でも仙甲シリーズとは、関わってますよね、先輩」


「え、そっち?」


 思わぬ方向に話が飛んで、颯谷は驚いた。仙甲シリーズというのは、株式会社駿河仙具が売り出した、仙樹由来のセルロースナノファイバーを用いた防具ブランドのことである。そして仙甲シリーズはただの防具ではなく、全てが二級相当の仙具だった。


「なんで知ってるの? そんな大々的なセールスはまだやってないと思うんだけど」


「桐島先輩は、もうちょっと自分の注目度ってヤツを意識したほうが良いと思います」


 俊が呆れたような顔でそう答える。一緒に話を聞いていた鉄平がニヤニヤ笑いながら「言われてんぞ」と囃し立ててくるので、颯谷はもう一度向こう脛を蹴り飛ばしておいた。悶絶する彼を無視して、颯谷は俊にさらにこう言う。


「つまりオレが関わっているから、噂が広まったってことか?」


「それだけじゃないと思います。結構衝撃的だったんですよ、この業界では」


 九月一日に株式会社駿河仙具が操業を開始して間もなく、岩手県南部異界が顕現した。颯谷は千賀道場の門下生たちが注文した仙甲シリーズについて、この異界の征伐に間に合うようにお願いし、そして実際に間に合わせてもらった。


 仙甲シリーズを受け取った門下生たちは、しかしすぐさま異界に突入したわけではない。数日の待機期間があり、必然的な展開としてその間にこの新しい装備のことが何かと話題になった。


『どうも新しい仙具が出たらしい』


『どうやらあの桐島颯谷が関わっているらしい』


『結構デザインがカッコいいらしい』


 そんな噂が主に征伐隊のメンバーの間ですぐに広まり、大半の者が実際に見物に訪れた。そして彼らは一様に驚くことになる。


『人工仙具だし、どうせ三級品だろう』


 そう思っていたのに、仙甲シリーズはすべて二級品相当の氣の通りだったのだ。さらに軽くて強度もある。予想をはるかに超えて良い防具だったことに、彼らはとても驚いたのだった。


 驚いた彼らは、すぐにそのことを自らの武門や流門に報告。こうして話は一気に広まった。颯谷のところへ問い合わせが来なかったのは、「それは止めてやってくれ」と千賀道場の師範である茂信が釘を刺しておいてくれたから。加えて駿河仙具のホームページはすでに開設されていたから、わざわざ颯谷に問い合わせる必要がなかったのだ。


 まあそういう事情を颯谷本人は知らないわけだが。ともかくこうして仙甲シリーズは東北地方で広く知られるようになった。いや、能力者界隈はこの話題で持ちきりになったと言ってよい。そしてついに仁科刀剣にもその話が伝わったのである。


「オレは良く分かんないんですけど、じいちゃんと親父はすごい驚いていたし、悔しがってもいました」


「悔しがる? なんでまた」


「なんか、三級仙具の改良をずっとやろうとしていたみたいで、『先を越された』って言ってました」


「いや、そもそも仁科刀剣は武器だろ? 仙甲シリーズは防具だし、そんなに意識するようなもんじゃないと思うけど……」


「でもそのうち武器もやりますよね?」


「……ノーコメントで」


「事実上の肯定だろ、そりゃ」


 鉄平がまた余計なこと言うので、颯谷は彼をギロリと睨んだ。すると鉄平は素早く身を引く。また脛を蹴られてはたまらないと思ったらしい。颯谷はため息を吐くと、視線を俊に戻してこう言った。


「それでお前は、商売敵に文句言いに来たってことか?」


「ああ、いえ、そういうわけじゃなくて! その何て言うか、アドバイスとかもらえないかなぁ、って……」


「アドバイス?」


「はい。ダメ、でしょうか……?」


「ダメっていうか、ずいぶん虫のいい話だなぁ」


 そう言って颯谷が苦笑を浮かべると、俊は恐縮したように身体を縮こまらせた。颯谷からしてみれば、そんなアドバイスがあるならまずは駿河仙具に話すのが筋だし、また自分の利益にも繋がる。それを全く縁もゆかりもない仁科刀剣に教えろというのだから、確かに虫の良い話だ。


「今日ここに来たのは、そのじいさんとか親父さんに言われて来たのか?」


「いえ、それは違います。オレが勝手にやったことで、じいちゃんも親父も全然知りません」


 俊は早口になってそう答えた。そんな彼に颯谷はさらにこう尋ねる。


「じゃあ、なんでお前はこんなことしようと思ったんだ?」


「その、オレは、大学には行くつもりなんですけど、でもやっぱり将来的には家業を継ぎたいんです。オレは征伐隊には入れないけど、そうやって征伐隊に貢献したいんです」


「そっかぁ……」


 そう答えながら、颯谷はちょっと考え込んだ。正直、俊の答えは答えになっていないようにも感じる。だがやる気というか、情熱みたいなモノは感じた。それがこうして即行動に結びつくのは「考えなし」と言ってしまえばその通りなのだが、変な思惑がないと分かるのはかえって気持ちがいい。ただ颯谷としても、すぐに「良いよ」とは答えられない。


「今すぐには答えられない。ちょっと時間をくれ」


「…………」


「まずさ、オレは駿河仙具とズブズブなわけ。だから仙具関係の話をするなら、まずはそっちとするのが筋なの。仁科んトコと何かするにしても、駿河仙具を無視して始めるわけにはいかないの」


「おおう、なんか大人っぽいこと言ってる」


「報・連・相はちゃんとしろって、さんざん言われたからな……」


 茶化す鉄平に、九州でお世話になった岩城浩司のことを思い出しながら、颯谷はやや遠い目をしてそう答えた。それから視線を俊のほうに戻して、彼はさらにこう続ける。


「とりあえず連絡先だけ教えて。どういう形にしても話が決まったら連絡するから」


「はい。分かりました……」


 やや肩を落としながら、俊はスマホを取り出した。連絡先を交換すると、俊は最後に頭を下げてから二年生の教室を後にする。その背中を見送ってから、鉄平は颯谷にこう尋ねた。


「……良かったのか?」


「何が?」


「何って、う~ん、いろいろ?」


「曖昧だなぁ。まあ、オレもちょっと興味あるし」


 颯谷はそう答えた。三級仙具の、というより天鋼製仙具の氣の流れの改善は、彼も挑戦してみたことがある。結果は失敗で、その時はそれが本題というわけではなかったので、それ以来何もしていない。ただもし手を出すなら、もっと根本的なところからやらないとダメなような気はしていたのだ。その意味では、今回の話は渡りに船ではある。


「まあ颯谷が乗り気ならべつにいいと思うけどよ。受験勉強のほうは大丈夫なのか?」


「う……。や、やるよ? そっちも。頑張る」


「駿河さんにチクっとくわ」


「おい馬鹿やめろ」


 鉄平の冗談に颯谷は割と本気でイヤそうな顔をする。とはいえ学業の面で木蓮に頼るのはほぼ確定なのだが。それでもこれ以上厳しくなるのは勘弁してほしいのだった。


 その日の放課後。家に帰ると、颯谷はさっそく剛に電話をかける。颯谷が事情を説明すると、剛はまず満足げにこう言った。


「仙甲シリーズは東北でも順調に知名度を得ているようだな。良かった、良かった」


「オレはちょっと驚いてますけどね」


「こういう言い方は不謹慎なんだろうが、異界が良いカンフル剤になった。実戦があるとないとじゃあ、注目度が段違いだろうからな」


「あ~、それはなんとなく分かります」


 異界への突入目前という状況が、仙甲シリーズへの注目度を引き上げたであろうことは想像に難くない。とはいえこの電話の用件は仙甲シリーズのことではない。


「それで、仁科刀剣の事なんですけど。どうですかね?」


「ああ、後輩にアドバイスをねだられた、という話だったな」


「はい。まだ良いともダメとも言ってないんですけど……」


「良いんじゃないのか。もちろん颯谷に興味があるならの話だが」


「え、良いんですか?」


「そもそもウチは天鋼製の仙具を扱っていないからな。それに……」


「それに?」


「天鋼製の仙具の改良っていうのは、昔からいろんなところがやっている。それでも目立った成果はないんだ。こう言っては何だが、一つ二つ思い付きを試してみたところで、それが成果に結びつくとは思えんなぁ」


 苦笑の混じる口調で、しかしはっきりと、剛はそう言った。ただまったく期待していないというわけでもなさそうで、彼はさらにこう続けた。


「とはいえ颯谷が関わるわけだしな。ブレイクスルーのきっかけくらいは掴めるかもしれん。ふむ。じゃあ、後で文書を送るから、それを相手方に確認してもらって、同意を得てから始める、という形にしてもらえるか?」


「分かりました」


 こうして剛との話はまとまった。そして後日、件の文章がPDFファイルの形で送られてきた。簡単に要約すると「桐島颯谷が知り得た内容が株式会社駿河仙具に伝わることを了解する」という内容だ。それに加えて、成果が出た場合には出資の可能性についても示唆されていた。


 ざっと確認したこのファイルを、颯谷は俊に転送。仁科刀剣は彼の祖父と父親で仕事をしているという話だったので、その二人に文書を見せて了解を得ることを求めた。颯谷が翌日の朝にスマホを確認すると俊から返信が来ていて、この日の昼休みにまた会うことになった。


「桐島先輩。その、すみませんでした」


 昼休み、待ち合わせ場所に向かうと、俊はすでに来ていた。そして開口一番に謝罪を述べ、颯谷に対して深々と頭を下げる。話を聞くと、どうやら事の次第を知った祖父と父親から猛烈に怒られたらしい。ただ「勝手な真似をするな」と言われたわけではないという。


「『仕事で、お金が絡む話になるんだから、そんな子供の自由研究みたいな勢いで話を進めるな』って、そう言われました。本当に無理なお願いしてすみませんでした」


 よほど叱られたのか、俊は神妙な顔をして頭を下げ続ける。一方で颯谷も顔を引きつらせていた。彼自身、駿河仙具のことが気になったとはいえ、わりと自由研究的に考えていたのだ。そのことを後輩に悟られないようにしながら、彼はこう答えた。


「じゃ、じゃあ、この話はナシになったってことか?」


「ああ、いえ。先輩から送られてきた文書をじいちゃんと親父にも見せて、二人とも『これで良いならやりたい』って言ってました」


「お、そっか。じゃあ、やろうか」


「はい。お願いします」


 話が決まり、俊が喜色を浮かべる。ただ颯谷はこの分野に関して全くの素人。話が決まったからと言っていきなりアイディアが出てくるわけではない。それで一度会って話をしようということになった。


「じゃあ先輩。土曜日に待ってます」


「うん、よろしく」


 そう言って二人は別れた。そして土曜日がやって来る。


浩司「颯谷はワシが躾けた」

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― 新着の感想 ―
あの颯谷の攻撃(脛蹴り)に耐え、さらに反撃までデキる男鉄平!
逆に、普通の高校生なんて(体育会系の部活とかに属していない限り)報連相なんて意識しないんじゃなかろうか だから颯谷くんはえらい (褒めて伸ばすスマイル)
あの時はホント好き勝手やってたもんなあ…
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