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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
仙具考察録

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122/192

氣の流れ方についてのあれこれ


 司といろいろ話したその日の夜。夕食を食べ終えた颯谷は、二階の仙具の保管室にいた。手に持っているのは千賀道場から借りてきた、三級仙具である天鋼製の小太刀。その小太刀を鞘から引き抜くと、彼はゆっくりと氣を込めた。


「相変わらずひっどいもんだ」


 三級仙具の氣の通りの悪さに苦笑いしながら、颯谷は目元に妖狐の眼帯を装着する。そして凝視法を使いながら、刀身に流れる氣の様子をじっくりと観察した。


「やっぱりよどみがあるな……。しかも多い」


 仙樹刀と同じように、天鋼製の小太刀でも氣の流れに渦を巻くようなよどみがあった。そしてその数は仙樹刀と比べてかなり多い。ということはやはりこのよどみこそが、氣の流れの悪さの正体なのだろう。


「ってことは……」


 ということは、このよどみをどうにかしてやれば氣の流れは良くなる、はずだ。だが実際に何をどうすれば良いのか、皆目見当もつかない。しばらく「う~ん」と悩んでから、颯谷はおもむろに左手で持った小太刀の刀身に右手の指を添えた。


 右手の指から刀身へ、氣の流れが歪んでいる場所へ新たに氣を流し込む。その際、よどみを矯正するのをイメージする。渦のようなよどみをほぐし、氣の流れを滑らかに。しかし簡単にはいかない。抵抗を感じ、颯谷は表情を険しくした。


 指から流し込む氣の量を増やす。そして無理やり氣の流れを矯正し、渦を真っ直ぐな状態にした。颯谷は内心で「よし」と呟いて刀身に添えていた指を離す。すると次の瞬間、真っ直ぐになったはずの氣の流れは、しかし徐々にもとの渦を巻くようなよどんだ状態へ戻っていく。それを見て颯谷は妖狐の眼帯の下で眉間にシワを寄せた。


「そんなに簡単じゃない、か……」


 そのあと、颯谷は何度か同じことを繰り返した。指で刀身を擦ってみたり、指と指で歪みの部分を挟んでみたり、いろいろ手を変え品を変え試してはみたものの、結果はすべて同じ。つまり一時的な矯正はできるが、すぐ元に戻ってしまうのだ。元に戻らないのは眉間のシワだけで、むしろさらに深くなった。


「何か別のやり方……」


 一度手を止め、颯谷は考えを巡らせる。一時的とはいえ、矯正はできるのだ。ということは決して矯正不能なわけではない。何か別の方法はないだろうか。そんな時、ふと目に入ったのは自分の右手。それを見たとき、彼の脳裏にアイディアが閃いた。


 先ほどよどみを矯正する時、彼は「滑らかになった氣の流れ」をイメージして右手の指から氣を流し込んだ。そして一時的とはいえ、そのイメージには確かに効果があった。ならばそのイメージを常に混ぜておけば良いのではないか。


 つまり滑らかな氣の流れをイメージしながら、この小太刀に氣を流し込むのである。氣で刃を形成するように、「氣の通りが良い状態」そのものを形成してしまうのだ。颯谷はさっそく小太刀を構えた。


「ふう」


 一つ息を吐いてから、颯谷は小太刀に氣を流し込んでいく。イメージするのはよどみや歪みが一つもない理想的な氣の流れ。だが実際のところ、そううまくはいかなかった。天鋼製の刀身には、氣のよどみや歪みが相変わらず映って見える。


 ただ全くの失敗、というわけでもない。よどみや歪みは多少少なくなっている。それは手応えで分かる、つまり氣の通りは少しは良くなっているように思えるし、妖狐の眼帯を介した目視でもそのように視える。ダブルチェックが効いているわけで、ということは本当に少々の効果はあったのだろう。


 とはいえ、期待していたような効果ではないことは明らかだ。流し込む氣の量を増やしたりもしてみたが、手応えに変化はない。颯谷は「ぐぬぬ」と唸ったが、ふと我に返る。三級仙具の氣の通りを良く出来たら、それは本当に画期的だ。しかし彼の場合、どうしてもそれが必要というわけではない。それこそ仙樹刀を使えば良いのだ。


 そもそも、颯谷が天鋼製の小太刀を借りてきたのは、「氣の流れが悪い」状態を妖狐の眼帯を使って確認するため。それはもうやったのだから、今やっているのはいわばオマケだ。ムキになるようなことではないし、多少の成果はあったのだ。それで良いだろう。そう思って彼は刀身を拭いてから小太刀を鞘に納めた。


 次に手に取ったのは仙樹刀。刃の付いていない方である。先ほど試した氣の流れの矯正法が仙樹刀でも効果があるのか、試してみようと思ったのだ。もしかしたら「元の氣の通りが良い方が効果が高い」なんてもこともあり得る。颯谷はまず普通に氣を流し、それから理想的な氣の流れをイメージする方法に切り替える。変化を分かりやすくするためだ。


「おっ」


 颯谷は小さく歓声を上げた。確かに氣の流れは良くなった。その効果は三級仙具の小太刀で試したときより大きいように思える。ということはたぶん、これは定量的な変化ではなく割合で変わるものなのだろう。そういう観点で見てみると、一割くらい良くなっているように思える。まあそれこそただの主観だが。


 とはいえこうしてはっきりと変化を感じられるのは嬉しい誤算である。イメージ一つで一割も変わるなら、これは画期的だ。体感としてはまだ一級仙具には及ばないものの、かなりそこに近くなっている。


 剛も言っていたが、一級仙具は個人に合わせてドロップしてくれるわけではない。だからサイズが合わなかったり、使いにくかったりということは良くある。実際、そういう理由で颯谷も手に入れた一級仙具をメインでは使っていないのだ。


 だが仙樹刀ならサイズは自由に決められる。武器の種類だってある程度自由に決められるだろう。高い自由度があり、さらに氣の通りも一級仙具に少し及ばないだけなら、この人工仙具には大きな需要があるのではないか。颯谷はそう思った。


「いいねぇ。じゃあ次は……」


 気分が乗ってくるとアイディアも湧いてくるものらしく、颯谷は次の検証に取り掛かった。仙樹刀に氣を通すだけでなく、その外側を氣で覆う。この時も理想的な氣の流れのイメージでやったのだが、やはりいつもより氣の通りが良いように感じた。


 そして次に、仙樹刀の外側を覆う氣で刃を形成する。颯谷はその様子を、妖狐の眼帯を使ってつぶさに観察した。なるほど刃だけあって、確かに鋭さが感じられる。だが可視化して分かった最大の特徴は、その鋭さがどう生み出されているか、だ。


 薄い膜のように仙樹刀を覆っていた氣。その氣は言ってみれば風船のような感じだった。だが刃を形成したとき、その氣はまるで切り立った山々の峰のようになったのだ。それが刃の鋭さの正体である。


 考えてみれば当たり前の話ではある。鋭角的な鋭さがなければ刃として成立しないだろうし、そもそも颯谷がイメージした刃もそういうモノだった。だから鋭いこと自体は驚くに当たらない。可視化によって判明し、颯谷が驚いたことは二つ。


 一つ目は、どうやら氣が圧縮されているらしいということ。つまり風船のように緩く纏わせているだけだった氣を、ギュッと圧縮することで刃は形成されているようなのだ。これはたぶん、「叩いて鍛える」というイメージが反映された結果なのだろう。


 今まで、この氣の圧縮は意図的にやっているわけではなかった。だが何事も意識的にやった方が効果が高いのは、先ほどやった氣の流れの矯正法からも明らかである。さっそく颯谷は氣の圧縮を試みた。


「ぬぅっ……!」


 やり始めてすぐに感じたのは内側からの反発。空気を圧縮しようとする場合と同じだ。少々の圧縮なら反発はほとんどないが、それ以上に圧縮しようとすると途端に強い反発が生まれる。颯谷も頑張ったのだが、結局十秒ほどで続かなくなり、元の状態に戻った。


「いやぁ、これはたいへんだ……」


 そう呟く颯谷の口調は、しかし楽しげだった。氣を圧縮したとき、刀身に纏わせていた氣は明らかに密度を増していた。ということは、刃が鋭さを増していることが期待できる。つまり攻撃力アップだ。しかもこれはたぶん、高周波ブレードや伸閃にも応用できる。なんだかすごい秘技を見つけたような気がして、颯谷は興奮した。


 そして彼が驚いたことの二つ目だが、形成された刃には僅かだが確かに氣の流れがあったのだ。刃を形成している氣は静止しているのではなく、少しずつだが動いていたのである。その様子はまるで、切り立った山々の峰の両側を白い霧が静かに流れ落ちていくかのようだった。


 たぶんだがこれは「研いで磨く」というイメージが反映されているのだろう。砥石で刃物を磨くときには、ただくっつけて置けばよいわけではない。動かすことで初めて研がれるのだ。そう考えれば納得できる現象だった。


「っていうことは……」


 納得しただけでなく、颯谷はさらに思考を進める。氣が動いているということは、刃は常に研がれている状態、なのかもしれない。ならこの氣の動きを加速させてやれば、刃はさらに鋭くなるのではないか。颯谷は早速やってみることにした。


「お、これは……」


 氣を動かすのは比較的簡単だった。すでにわずかとはいえ動いているモノだったからかもしれない。さらにやってみて気付いたのだが、こうやって氣を動かしてやると、圧縮の方もやりやすく感じる。


 とはいえやはり万能ではない。氣の圧縮もそうだが、今までと比べてやることが増えているのだから、つまりその分だけ負担が増えていることになる。こうして座りながらしっかりと集中できればそれほど難しくはないが、これを戦闘中にやろうと思うと、少なくとも今はまだ無理だろう。


「でも、できればモノにしたいよなぁ……」


 手間が増えることは承知しながら、それでも颯谷はそう思っている。普通の怪異モンスター相手なら、従来の伸閃で攻撃力は十分足りているだろう。だがヌシ守護者ガーディアンが相手だと、今までの伸閃では通じないことがある。


 脳裏に浮かぶのは大分県西部異界で戦った阿修羅武者。甲冑を装備したこのヌシに、伸閃はほとんど通じなかった。回避されたのではない。防がれてしまい、当たってもダメージにならなかったのだ。さすがに高周波ブレードは通用したが、やっぱり間合いを取れる伸閃主体で戦いたい。であれば強化は必須だろう。


(どうにかして……)


 どうにかして、この強化法の手間を省けないものか。颯谷は「う~ん」と頭を捻った。そもそも氣の流れの、個体差というのはどこから生じるのだろう。


 例えば前述の阿修羅武者がドロップした八つの武器。このうち棍棒と太刀では太刀の方が氣の通りが良い。それほど大きくはないとはいえ、しかしはっきり分かる程度には差がある。


 同じモンスターからドロップしたのだから、武器のランクとしては大差ないはず。それなのに差が生まれるということは、氣の流れというのは形状にも影響を受けるのではないだろうか。


(形状、形状か……)


 棍棒と太刀の話で言えば、おそらく刃が付いている方が氣は通りやすいのだろう。いや、刃というより武器の厚みだろうか。断面が薄い方が氣は通りやすい、のかもしれない。だがあまりにも薄くしすぎれば、今度は武器そのものが脆くなる。


「あ~、ダメだ。目が疲れてきた」


 颯谷はそう呟くと、装着していた妖狐の眼帯を外した。目の奥がズンッと重い。彼は何度か目を閉じたり開けたりして目をほぐす。いや、ほぐれているのかは分からないが、なんとなく血流は良くなっている気がする。


 目が疲れてしまったので検証は一旦終わりだが、やりたいことはまだいろいろある。氣の圧縮による強化法は一級仙具でもやってみたいし、氣を動かすことで成立している技、高周波ブレードの様子も妖狐の眼帯を使って観察してみたい。なにより、強化法はしっかりと身に着けたい。夏休みはどうやら忙しくなりそうだ。


「ソウ、風呂空いたぞ」


「ん、分かった。入る」


 一階から声をかける玄道に、颯谷はそう答える。そして部屋の電気を消してから、一階へ向かった。


颯谷「さぁて、楽しくなってきたぁ!」

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― 新着の感想 ―
こういう検証も見てて面白いんだよな。 同じ感じで使い道のわからない仙具の効果も分かると戦略の幅が広がりそう。
仙樹がよくなっていったように時間をかければ改善できるのだろうなぁ 颯谷ほどになれば異界以外だとがくっと落ちる気もパワーごり押しで使えるアイテムとかでてきそうですね
高校生らしさをあまり感じられない夏休み( ꒪ω꒪) だけどソウヤ君が楽しそうにしてるからOKですね!w
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