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異界は今日も群青色  作者: 新月 乙夜
ひとりぼっちの異界征伐
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中心部を目指して2


 山の中を縫うように通された細い山道。颯谷はその道を上る方向へ歩いている。その道が異界の中心部の近くを通っているからだ。


 時々、道路脇に生えている仙樹から仙果を採って食べる。簡単に採れれば良いが、急斜面を数メートルほど登らなければならない場合もあった。


(ホントに山の中だな……)


 道を歩きながら颯谷は心の中でそう呟く。右を見ても左を見ても、緑の葉を茂らせた木しかない。時々遭遇する怪異モンスターを倒しながら、彼は道路を歩き続けた。


「この調子なら……」


 この調子なら、本当に寒くなる前にこの異界を征伐できるかもしれない。颯谷はそんな手応えを感じている。もちろん今のままではまだ力不足だろう。だがここ数回の戦闘で中鬼にもだんだん慣れてきた。


 中鬼が複数いるパターンや大鬼と戦ったことはまだない。だがそれなりにやれるのではないか。彼はそんなふうに思い始めている。それにもしこの異界のコアがヌシと化していなければ、戦闘は避けたって良いのだ。そう考えると冬と寒さへの恐怖も少し和らぐようだった。


 もう二時間ほども歩いただろうか。颯谷は進行方向に向かって右側が開けてきていることに気付いた。小走りになって様子を確かめに行くと、そこは5メートルほどの崖になっていて、石がゴロゴロと転がる川辺のような場所だった。ただし、水は流れていない。


「っていうか、もしかして川……?」


 颯谷は首をかしげながらそう呟いた。異界によって外と隔絶される以前、ここは水が流れる川だったのではないか。それが異界によって上流から流れてくる水が遮断され、こうして川が涸れてしまったのかもしれない。過去にニュースでそういう例を見聞きしていたこともあり、彼はそんなふうに考えた。


「じゃあ、外は結構大変かも知れないなぁ……」


 遮断された水は別のどこかへ流れることになる。場所が悪ければ洪水を引き起こす事だってあり得るだろう。異界による脅威や被害は、何もモンスターだけではないのだ。


 ただ颯谷の口調はどこか他人事だった。自分の方がもっと大変だ。そんな思いが滲んでいる。自分でそのことに気付き、彼は首を横に振る。不幸自慢をしたいわけじゃない。そう思い、彼は頭を切り替える。


(確か……)


 確か、この辺りだったはずだ。颯谷は山の上からみた景色を思い出しながら、目の前の景色とそれを比べる。灰色に見えたのは、たぶんこの河原だったのだろう。ここを突っ切って行けばその辺りが中心部、のはず。


 よし、と呟いて颯谷はガードレールをまたいだ。邪魔な茂みは手刀で切り拓く。崖を慎重に降って、彼は河原へ降りた。アスファルトで舗装されていた道と比べると、沢山の石で埋め尽くされた河原はやはり足下が不安定だ。だが傾斜がない分、山の中よりはマシ。颯谷はそう感じた。


 河原に降りた颯谷は、そのまま涸れた川のほうへ歩き始める。そして川だった場所へさしかかった時、彼は不意に異常を察知した。氣功的な異常ではない。もっと直接的な、音と振動という異常である。


 涸れた川のさらに向こうには森(いや山?)があり、背の高い木々が茂っている。その森の奥から、ズンッズンッという重くて低い音が響いてくるのだ。少し視線を上げれば、その振動に驚いたのか鳥たちが空へ逃げていく。


 颯谷の背中に冷や汗が流れる。鳥たちと同じように彼も逃げ出したかった。だが異界の中心部はまさに向こうの森のさらに向こう。コアにしろヌシにしろ、探すなら向こうへ行かなければならない。


 だが音も振動も徐々に大きくなっていく。何かが近づいて来ているのだ。颯谷はその場に立ちすくむ。本能は「逃げろ!」と言っているのだが、その一方で「大したことはないはず」と頭の片隅で考える。これが「正常性バイアス」と言われる反応なのかもしれないが、それはそれとして。


 ついに木々の間からソレが姿を現わした。二足歩行の、しかし小山のような巨躯。身体は分厚くまるで巌のよう。口からは鋭い牙が見え、頭には尖った角が生えている。大鬼だ。そして大鬼が颯谷に気付く。


「グゥゥゥウウオオオオオ!!」


 大鬼が吼える。その咆吼は物理的な破壊力を伴った衝撃波として颯谷の身体を打ち据えた。大鬼が彼を睨む。その瞬間、「大したことない」なんて考えは彼の中から吹き飛んだ。


「うわぁぁああああ!?」


 颯谷は逃げ出した。悲鳴を上げ、脱兎の如く全力で。崖を這い上がり、舗装された道をさらに山の奥へと走る。大鬼は彼を追ったが、途中で足を止めて河原の岩を拾った。金持ちが庭に置いておく庭石のようなサイズの岩だ。大鬼はその大岩を両手で高々と持ち上げ、逃げる颯谷の背中目掛けて投げつけた。


「…………っひぃ!?」


 颯谷はがむしゃらに足を動かして速度を上げた。大岩の影が迫ってくる。颯谷は顔を引きつらせながら走った。そして彼のすぐ後ろに大岩が着弾する。まるで地震のように揺れが突き上げてきて、颯谷はつんのめって転んだ。


 倒れ込んだまま、颯谷は後ろを振り返る。そこでは大岩が道を完全に寸断していた。土埃があがり、視界も悪い。ただ颯谷はかえって都合が良いと思った。これなら大鬼からも彼の姿が見えないだろう。彼は起き上がると、道路を使ってさらに山の奥へと逃げ込んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 しばらく走っていると、舗装された道路が途切れる。その先はまた完全な山道になっていた。足下がアスファルトから土になったところで、颯谷は木に背中を預けて荒い呼吸をする。そしてそのまま、ズルズルと根元に座り込んだ。


「何だアレ、何だアレ、何だアレ」


 早口になって、颯谷はそう連呼する。アレは大鬼だ。見れば分かる。あのサイズが中鬼のはずがない。だが幾らなんでもデカすぎだろう。森から出てきたとき、身長が木とほぼ同じ高さだった。


「ってことは、身長10メートルくらい……?」


 自分の呟きに颯谷は絶望を覚える。以前にどこかで聞いた話では、大鬼の身長はだいたい3~5メートル弱ということだった。10メートルは言い過ぎかも知れないが、さっき見た大鬼はそれをはるかに超えるサイズ。あんなのがいるなんて全然考えていなかった。


「ヌシかな……? ヌシだよなぁ……」


 あんなヤツがただの大鬼であるはずがない。守護者ガーディアンという可能性もあるが、ガーディアンは普通コアの傍から離れないというから、あんなふうにウロウロとしているのは違和感がある。


 やはりコアとモンスターが融合した、ヌシであると考えたほうがしっくりくる。そして異界征伐のためにはヌシを討伐しなければならない。アレを倒す? その事実に颯谷はうなだれた。


「ムリだよぉ……」


 あの大鬼に、颯谷はまったく勝てる気がしなかった。というかもう、エンカウントすらしたくない。あの短い邂逅で、彼はしっかりとトラウマを植え付けられていた。


「はぁ……、これからどうするかなぁ……」


 肩を落としたまま、颯谷はそう呟いた。正直に言えば、先のことなど何も考えられないし考えたくない。そういう精神状態ではないのだ。だが言葉に出したことで思考は進む。


 異界の中心部へ向かっていたのはコアを探すためで、この時期にコアを探すことにしたのは寒くなる前に異界を征伐するためだ。だがあの大鬼がヌシだとすると、寒くなる前にアイツを討伐するのはまずムリだろう。


 いや、寒くなる前どころか何年経っても無理なような気がするが、そこは考えない。まず考えるべきは目の前の問題であり、その問題とはつまりこれから訪れるであろう冬をどうするのか、ということだ。


「冬……。冬かぁ……」


 颯谷はまたうなだれた。正直どうやって冬を越えればいいのか、良い考えがまったく浮かばない。凍えて凍死する未来しか見えないのだ。今はまだ暖かい。だが身体の芯まで冷え切ったような気がして、彼は自分の肩を抱いて縮こまった。


「死にたくねぇなぁ……」


 颯谷は涙声でそう呟いた。顔を上げ、鼻を啜る。「死にたくない」。その想いは本当で、異界に閉じ込められたときから変わらない。「死にたくないなぁ」と颯谷はもう一度呟いた。すると「絶対生き残ってやる」と誓ったあの時の反骨心が徐々によみがえってくる。


「生き残る。生きて、ここを出てやる……!」


 声に出し、颯谷は自分にそう言い聞かせる。自分はまだ生きているのだ。それなのに諦めてしまうことなどできない。死にたくないなら足掻くしかない。


(足掻け、足掻け、足掻けっ!)


 涙を拭い、颯谷は立ち上がった。心の中は不安ばかり。けれども諦めないことを、今ここでもう一度誓う。そして覚悟を決めると、なんだか地に足がついたように感じた。


 どうにかメンタルを回復させたところで、颯谷はもう一度考え込む。冬を越すにはどうしたら良いか。だが妙案も確実な方策も出てこない。ならばと彼は今できそうなことを考える。


「やっぱり雨風を防げるところは必要だよな……」


 頭に浮かぶのはあらかじめ考えておいたそれ。雨風を防げたからと言って冬を越せるかは分からない。だが雪原で野宿なんてした日には確実に死ぬだろう。死にたくないなら、生き残る可能性を少しでも上げなくては。


 よし、と呟いてから颯谷はまた歩き始めた。レベル上げは一旦棚上げだ。それよりも冬支度を優先しなくてはならない。正直、何をすれば良いのかはまだ良く分からない。だが動いていればそのうち何か思いつくかも知れない。そう思いながら、颯谷は山の中を進んだ。


 さて、それから朝晩の冷え込みに耐えながら山中を彷徨うこと5日。彼はようやく一つの洞窟を見つけた。入り口は南向き。これなら北風は吹き込まない。また入り口は狭いので、小鬼はともかく中鬼は中に入って来られまい。一方で中に入ってみると、内部は案外広かった。


 なにより、洞窟の地面が濡れていない。つまり雨を防げるのだ。また動物の糞などもない。コウモリが住処にしているような洞窟だと糞が酷い。そうではなくて颯谷は胸を撫で下ろした。


「アレは臭かったなぁ……」


 2日前に見つけた別の洞窟のことを思い出し、颯谷は苦笑を浮かべながら黄昏れた。本当にあそこは臭かった。寒さとは別の理由で死にそうになるレベルだ。真面目な話、あまりに不衛生で病気になるのではないだろうか。


 肩をすくめて臭い思い出に蓋をしつつ、颯谷はこれからやるべき事について考える。雨風、そして雪を防ぐ寝床はここで良いだろう。だがここに籠もっているだけでは、やはり凍死するに違いない。


 ではどうすれば良いのか。寒さ対策として次に思いついたのはたき火。たき火をすれば暖まることができる。洞窟の中なら火を焚いてもそれほど目立たないだろう。怖いのは酸欠や一酸化炭素中毒だが、洞窟の奥の方からは弱い風が吹いている。これなら大丈夫だろう。たぶん。


「たき火……。じゃあ、薪がいるな……」


 颯谷はそう呟いた。冬を越えようというのだから、大量の薪がいるだろう。今のうちから集めておかなければなるまい。幸い、洞窟の中は結構広い。これならたくさんの薪を置いておけるだろう。


 彼は一つ頷くと洞窟の外に出た。この日から彼の薪集めが始まった。集めてくるのは主に枯れ枝。最初は持てるだけ拾って洞窟へ運んでいたのだが、途中から蔓草を使って集めた枯れ枝を縛り、持ち運びの効率を上げた。


 ただ2,3日もすると、洞窟近くの枯れ枝はだいたい取り尽くしてしまった。おかげで仙樹がどの辺りにあるのかはおおよそ把握できたのだが、薪はまだ足りていない、ように思える。颯谷はまたどうしたらいいのか考え込んだ。


「木ならいっぱい生えてるけど……」


 山なのだから、木などそこら中に生えている。木を切り倒すのは無理だが、枝ぐらいなら手刀で切り落とすことは可能だろう。だが生木などそうそう燃えるモノではないと、颯谷は玄道から教えられている。


「……いや、冬まで保管しておけば、乾燥するかな……」


 颯谷はそう呟いた。何も今すぐに使おうというのではないのだ。冬までに使えるようになれば良い。そう思い、彼はまず目に付いた木の枝から取りかかった。


大鬼さん「どうも野生の大鬼です」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 颯谷は反応が一般人のそれだから、読者も応援したくなりますよね。 まぁ、折れかけた心をすぐ修復できるところが、さすが主人公なんですが。笑
[一言] 10mはでかいw どっか登れば遠くからでも見つけられそう
[一言] 薪として使えるまでおよそ1年半、広葉樹なら2年ほどの乾燥期間が必要みたいですねぇ…
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