冷血! クソッタレ債権者、借金一括返済を通告す!
作業は問題なく進んでいった。
ただし視界を作業以外まで広げてみると、ノーアクシデントで仕事が進んでいた、とは言えなかった。私たちは、非常に面倒くさいトラブルに巻き込まれてしまったのである。
そのトラブルは突然生じたものではなかった。この工房に内在していた問題が、ここにきて発芽したのである。
お昼下がりのことである。地域一の大工房の御曹司が、大ハンガーに押しかけてきたのだ。彼は私たちの債権者であった。
そう。生じたトラブルとは、借金返済のイザコザだ。なんて面倒くさいのだろう。御曹司がやってきた、との報せを受けたとき、私はコンプレッサーもかくやな勢いでため息を吐いた。
御曹司は大ハンガーの巨大な引き戸を背にしながら、私たちの作業をじろりと睨みつけていた。彼は腕を組み、眉間に皺を刻み――と、見るからにご機嫌斜めなご様子だ。
その迫力ときたら、出入り口近くで作業している工員の集中力を奪うほどだ。彼らは、御曹司のご機嫌が気がかりなようで、かの若者を何度も盗み見ていた。
まったく、これでは営業妨害もいいところだ。私たちを静かに見守って欲しいものだ。この仕事で黒字を計上すれば借金返済できるのだから、かの御曹司にとっても悪い話ではないのに――。
私は御曹司を内心で何度も罵倒しながら、おっかない顔をした彼の下へと赴いた。
「どうも、どうも。エルドレッドさん。本日はいかなるご用でしょうか?」
私は、へつらいの笑みを拵えてからそう言った。エルドレッド・カートライトは、返事とばかりに鼻息を吐いた。
「君に用はない。アーサー氏はどこか?」
彼はぴしゃりと言い切った。
なるほど。要件はわかった。やはり借金の督促だ。私だって借金のお話をしたいわけではない。喜んでおじいちゃんを差し出すとしよう。
私はおじいちゃんの持ち場を見た。エンジンルーム周りがそれである。
しかし何度見返しても、彼の姿は見当たらなかった。私と目が合った工員が、右手を何度も振った。居ない居ない、のジェスチャーだ。どうやらおじいちゃんは、エルドレッドを見て逃げ出したらしい。
私は小さく舌打ちをした。書類上の債務者はおじいちゃんなのだ。エルドレッドの言うとおり、本来はおじいちゃんが彼と話し合いをしなければならない。
だというのに、だ。あのジジイは敵前逃亡した。胃が痛くなるような役割を、齢十六の私に押しつけた。なんてひどい祖父なのだろう。ラチェットかスパナで、奴の頭を打ん殴ってやる必要があろう。
「……ええっと。その。どうにも他に用があるようで。祖父は席を外しているみたいです、はい」
「またか」
エルドレッドが忌々しげに吐き捨てた。次いで彼は、荒々しい手つきで内ポケットに手を突っ込み、懐中時計と睨めっこをした。彼は時間がないようだ。
「なら仕方がない。君に話すとしよう」
「……借金のお話、でしょうか?」
「ここに訪れる理由が、それ以外にあると?」
「あの……その。立ち話もなんですし、事務所でお話でも……コーヒーをご馳走します」
臨時工たちは私とエルドレッドを見つめていた。彼らは作業の手を止めているようだ。耳が馬鹿になりそうな作業騒音がピタリと止んでいた。
注目を集めている以上、この場での借金トークは避けたかった。だが、エルドレッドときたら、私の気持ちを忖度してくれなかった。
「いや。その必要はない。一分もあれば済む話だからな」
その口調には、有無を言わせぬ迫力があった。私は提案を引っ込めざるを得なくなってしまった。
「どんなお話でしょうか」
私は肩を落としつつ続きを促した。
「返済期日について、だ。君の祖父は期日の延長を望んでいたが……その要望には応えられない。もう何度も期日延長をしているからな。これ以上は待てん」
「はあ。左様ですか。あの、質問してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「私はその期日を知らされていません。いつまでなのでしょうか?」
「二ヶ月後だ」
「二ヶ月後……」
返済日はまだまだ先だった。私はほっとした。これならこの仕事の儲けを返済に充てられる。全額は無理だろうけれど、私たちが返済の意思を示しておけば、少しばかりの期日延長は認められるだろう。
「……なにをほっとしているのだ?」
エルドレッドの声は私を咎めるものであった。
「いいかね? 君のおじいさまに伝えておいてくれよ。期日の再々々々々々々々々……ん? 今何回再と言ったか……まあ、いい。ともかくこれ以上の延長は認められん、とな」
「も、申し訳ありません……」
借金を踏み倒しておきながら、催促の挨拶が来たとなると、自分はどこかに退散してしまうとは。我が祖父ながら情けない。あまりのみっともなさに、私の頭は自然と下がった。
エルドレッドは、私の謝罪なんて求めていないようだ。彼は私を一瞥したのちに、開け放たれたハンガーの扉へと歩を進めた。
「ああ。それと、だ」
なにか言い忘れがあったのか。エルドレッドは足を止めた。そしてくるり。彼は、サーカスやアイスショーもかくやな見事なターンを決めて、私をじろりと睨みつけた。
「これ以上の分割返済も認められない。いいね?」
ああ、なんてことだ。皮算用がもろくも破れてしまった。