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接待! 暴力こそが私流のおもてなし!

 私は気が抜けてしまった。不調の原因が、あまりにもふざけていたのだ。


 原因をひと言で表現するのならば横着だ。横着が原因で機体全体に負荷がかかり、真っ直ぐ飛べなくなってしまったのである。


 彼女の機体はたしかに古い。使われているパーツ、フレーム、そしてカウルの工作精度は、現在ならば売り物として出せないレベルであった。


 ただ、これは仕方がないし、問題ではない。制作当時では、十分に通用する精度であったのだから。


 問題は、使われている星形十二気筒エンジンにあった。なんとこの飛行機のエンジンは、最新型であったのだ。それもただのエンジンではない。エアレースに使われるような、過激なセッティングを施されたエンジンであったのだ。どうにもこの飛行機は、エンジンを換装したようである。


 エンジンが強力なのは結構だが、その強烈なパワーを受ける機体そのものが、いかんせん旧型なのだ。剛性がまったく足りず、結果、機体が痛んでしまったようだ。


 まっすぐ飛ばない原因は、間違いなくこれであろう。その上、施された改装がとてもずさんときた。エンジンマウントがガタガタで、あと数時間も飛ばしていたら、エンジンが空中で外れてしまっていたはずだ。


 ぞんざいな改修を見て、私はむかっ腹が立った。雑な仕事で素晴らしい機体を台なしにするなんて、メカニックの風上にも置けないヤツだ。私は、改修を施した工房を調べ上げて、殴り込みたくなるほどの怒りを抱いた。


 私たちにとって幸運だったのは、機体の損傷が修復可能なレベルであったことだ。各所に補強をしてやれば、あの飛行機は飛行に耐えられるはずだ。


 かくして私たちに、久方ぶりの忙しい日々がやってきた。


 まず私がやらなければならなかったのは、人員確保であった。私たちの工房は、困窮のあまり工員をすべて手放していた。とにもかくにも、人を集めなければお話にならなかった。ターナー工房は破産寸前である、という噂が広がっていたらしく、人集めは難航した。けれども私たちは、なんとか必要人数を揃えられた。


 私が次に着手したのは、資材の調達だ。こちらは人員に比べるとずっと楽だった。私たちの経営状況の凄まじさ故に、ツケ払いを拒否してきた業者も、現物取引ならば、と応じてくれたのだ。資材を売ってくれ、と、土下座の安売りをしてきたあのころが嘘のようである。


 ヒト、カネ、そしてモノ。役者はすべて揃った。


 かくして私たちは、額に汗を浮かべながら働くことになった。私は今日も今日とて、クローイの飛行機を直すべく、メカと向き合っている。


 ふと私は、ぐるりと首を回した。つい先日までホコリと空気のみが詰まっていたハンガーは、クローイの飛行機と工員たちでパンパンとなっていた。それは夢にまで見た、健全な飛行機工房の光景であった。


 しかしこのハンガーの光景は、実のところ画竜点睛を欠いていた。依頼主であるクローイの姿が、ハンガーのどこを探しても見つからないのである。


「ねえ。おじいちゃん」


 私は、作業騒音に負けない大きな声を出して、おじいちゃんを呼んだ。


 歳を重ねてはいるけれど、彼の耳は遠くなっていないようだ。エンジンマウントと睨めっこをしていたおじいちゃんは、風車のような軽い動きで首を回した。


「ん? なんだ?」

「クローイ。どこかで見た?」

「いや。俺は見ていない。今日も、なのか?」

「うん。そう。今日も、なんだ」


 私は肩をすくめながら答えた。クローイは変わった依頼主である、と、言わざるを得なかった。


 飛行機を新造するならともかく、改修するとなると、そのオーナーは工房に足繁く通うものだ。その頻度は、飛行機への愛着の強さに比例する。


 彼らからすれば、飛行機は家族同然の存在なのだ。そして修理、あるいは改修というのは、大きな手術に等しい。家族が手術を受けるのならば、手術室の前で無事を祈るのは当然だ。なるほど、これならば工房に足繁く通うのも頷ける。


 トレーラーをあっさり売却するあたり、クローイの飛行機への執着は強いはずだ。そうである以上、彼女は朝から晩まで現場に居座ってもおかしくはない。


 けれども彼女はやってこないのだ。作業初日はたしかに来ていたが、その日以降、彼女は工房に来ていない。


 こんなケースは初めてである。まったくもって不思議であった。私としては首を傾げるしかない。


「まあ、いいじゃねえか。俺らからすれば上客だ。お前だって嫌だろ? 素人の癖にあーしろ、こーしろって横から言ってくる手合いは」

「そりゃそうだけど……でも、ここまで顔を見せないと、心配じゃない?」

「心配、というと?」

「変な事件に巻き込まれているとか。ほら、あの娘って流れ者でしょ? ロクでもないのに目を付けられてしまった、とか」

「まっさかあ」


 おじいちゃんからすれば、私の心配は荒唐無稽な代物であったらしい。マウントと向き直した彼は、大口を開けてゲラゲラと笑った。


「笑い事じゃないよ」


 私は口を斜めにして答えた。


「彼女の年頃を考えてみなよ。もしクローイが、厄介事に巻き込まれたら一大事だよ」

「意外だな。お前のことだから、むしろ厄介事に巻き込まれた方がラッキー、って言うと思ってた。依頼主が行方不明になったから、あの飛行機は売っちまおう……ってな感じで」

「……おじいちゃんは。私をなんだと思っているのさ」

「守銭奴」

「……ん。んん」


 お金への執着心を咎められるのは、なかなかに痛い。私にできることといったら、喉を軽く鳴らして場を取り繕うことだけであった。


「冗談だよ」


 そう言って、おじいちゃんはまた大笑いした。


「心配しすぎじゃないか? この街の治安は悪くない。お前だって、一人で散歩できるだろ? この街を一人で出歩いても、身の危険を感じないだろう?」

「できませんねえ。最近は外を出歩くだけでも、怖い思いをするようになりましたからねえ」

「はん? そりゃどうして?」

「散歩すると債権者に出会うかも、だから。見つかったら、ふた言目には金返せ、って言われる。マジで怖い」

「……ん。んん」


 遺伝ってやつは怖い。私がそうしたように、おじいちゃんも喉を鳴らして間を取った。彼が言葉を失ったのも無理はない。この工房の借金というのは、おじいちゃんが拵えたものだからだ。


 つまりおじいちゃんこそが、この工房の貧乏神ってやつである。


「……ま、まあ。アレだ。そこまで。うん。悲観するこたあないと思うな、俺は」

「どうして。誘拐して身代金を要求するかもよ? 依頼主を返して欲しければ、もらった前金を全額返済に充てろ、って」

「それをするんだったら、お前を攫った方が効率よくないか?」

「そりゃそうだけど……でも、クローイは流れ者だよ? 攫っても保安官に通報する家族が居ない。なら、彼女を攫って私たちを脅迫するのも、一つの手じゃない?」

「考えすぎだ」

「そうかな?」

「そうとも。そもそも俺らの債権者は同業者だ。この地域最大級の飛行機工房だ。マフィアじゃあるまいし、非合法な手段はとらんだろう」

「でも、私は度々金返せって絡まれるんだけど。脅されるんだけど」

「手を出さなきゃセーフよ」

「……むう」


 これは、私の杞憂なのだろうか? だんだんと考えすぎではないのか、という思いが強くなってきた。おじいちゃんの口車に乗せられている気もするけれども……


「俺を信じろ。俺は、借りる相手を選らんどるからな。俺の債権者は優しい。暴力を振るってこない。だから安心しろ」


 おじいちゃんはエンジンマウントと正対しつつ、ほんのりと胸を張った。いたたまれない姿である。


「優しい債権者って……おじいちゃん。私は情けないよ。おじいちゃんが恩を仇で返しているようで……」

「時には居直るのも必要なんだよ。覚えておけ」

「借金をしない経営が、一番なんじゃないの?」

「違えねえ」


 おじいちゃんは、ゲラゲラと笑いながらそう言った。常々思うのだけれども、おじいちゃんは、経営者としての才覚が欠如している。この調子だと、今の借金を全額返済できたとしても、彼は懲りずに新たな借金を拵えるだろう。


 まったく。本当に困った人間である。私は嘆息せずにはいられなかった。


「ああ、居た、居た。ターラちゃん? ちょっといいかい?」


 私がため息を吐いた頃合い、誰かが私に声をかけた。顔見知りの期間工であった。彼はベテラン工員と呼んで差し支えなく、大きな仕事があるたびに手を貸してくれた。ただ、正規雇用を結んだことはない。幾度かオファーを送ったことがあるけれど、その度に断られてきた。彼は正規の工員となるのが嫌だというのだ。


 彼は寡黙な人間であった。仕事中に無駄口を叩かず、黙々と作業する人間だ。退勤後ならともかく、彼が白昼にお喋りをするのは珍しい。


 彼は、世間話をするために声をかけたのではないだろう。話題は仕事関係であるはず。そして彼は生真面目でもあるから――。


 私はとある可能性に思い至った。


「な、なにかあった? 私たちが見落とした重大な損傷があったとか……?」


 そうならばとんだ凡ミスだ。見落とした損傷が大きければ大きいほど、儲けに響いてくる。黒字が赤字に転ずる可能性もある。


 返せるはずの借金が、返せなくなるのはとても困る。下手をすれば、工房が差し押さえになるかもしれない。


 そうなってしまったらお先真っ暗だ。ターナー家はホームレス家族になってしまうだろう。私の脚から力が抜けていった。気を張っていなければ、私は床にぺたんと座り込んでしまうだろう。


「ああ、いや。仕事の話じゃないんだけど」


 幸い、彼が持ち込んだ話題は、儲けに直結するものではなさそうだ。私は安堵の息を吐いた。


 しかし、珍しいこともあるものだ。無駄口を叩かない彼が、仕事に関係がない話をするとは。一体どんな話なのだろうか。私は強い興味を抱いた。


「珍しい。仕事以外の話をするなんて」

「ん。実は気になることがあって」

「と、言うと?」

「ほら。ここの隣に小さなハンガーがあるだろう? 大きな納屋みたいなやつ」

「うん。あるけれど」


 彼の言うとおり、今、私たちが居る大ハンガーの隣には、旧ハンガーがある。今は物置として活用しているけれど、かつてはそこで飛行機造りをしていたハンガーだ。


「なんか知らないけれど、扉が開いてるんだ。おやっさんか、ターラちゃんが探し物していると思ったんだけど……」


 ベテランさんは、おじいちゃん、次いで私をちらりと見た。旧ハンガーに出入りするのは、たしかに私とおじいちゃんしか居ない。けれども私たちは、こうして大ハンガーで働いている。


「おじいちゃん。旧ハンガーに入った?」

「いいや?」


 おじいちゃんは横目で私を見た。顎もわずかに上げる。お前は入ったのか? を問うジェスチャーだ。私はかぶりを振った。


 では、今、小さなハンガーに居るのは誰か? なるほど、これはちょっとしたミステリーである。彼が気になるのも無理はない。


「……泥棒ですかね?」

「かもしれねえが。しかし哀れな泥棒だなあ。盗れるもんは一つもねえというのに」


 おじいちゃんは豪快に笑い飛ばした。それどころかおじいちゃんは、盗れるモノがなくてかわいそうになあ、と泥棒に同情する始末だ。つくづく非情になれない経営者である。


「たしかに気になるね。うん。じゃあ、私が様子を見に行くよ」

「……ターラちゃん。それは危ないんじゃないか?」

「大丈夫。異常を感じたら中に入らないし、いざとなったら大声を出してみんなを呼ぶよ。そのときは、すぐに駆けつけて?」

「了解。作業しつつも、意識は旧ハンガーに。だな?」

「その通り。難しいオーダーだけど、よろしく」


 ベテランさんは、任せろ、とばかりに力強く頷いた。なんて心強い返事なのだろう。無責任にヘラヘラと笑い続ける、どこぞのジジイとは大違いである。


「おう。ターラ、旧ハンガーに行くのか?」


 エンジンにスパナを突っ込みながら、無責任ジジイが背中越しに問うてきた。


「うん。そのつもりだけれど」

「じゃあよう。もし泥棒に出会ったら、伝えておいてくれ。バーで一杯やろうぜってな」

「なんでよ。どうして私がそんなことを伝えなきゃいけないの」

「それが俺流のおもてなしだからだ。泥棒だって客人の一種だろう? 歓待しなきゃ失礼だろうが」


 ああ、なんて甘い認識なのだろう。私は頭を抱えた。おじいちゃんの見解は、お人好しを通り越している。もはや愚か者の域だ。


 やはり、私がきちんとしなければいけないようだ。


 私は、お化けみたいに大きなラチェットをむんずと掴み上げたのちに、大ハンガーをあとにした。ラチェットの使い道は、泥棒と鉢合わせになったとき、そいつを懲らしめてやるためである。


 最悪の場合、悪者の息の根を止めてしまってもいい、と私は思っていた。私たちは、たくさんの工作機械を有しているのだ。原材料不明のミンチを拵えるなんて朝飯前である。


 もしおじいちゃんが、私の腹づもりを知ったのならば、泥棒がかわいそうだ、と非難するだろう。でもそんなの関係ない。法を犯した者にくれてやるモノといったら、それは正義の鉄槌だけなのだ。


 それが私流のおもてなしであった。

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