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発覚! 敵は身内にあり!

 私は上手に走れなかった。脚が前に出ない。膝も曲がらない。足首がアスファルトを上手に蹴ってくれない。古い映画のようなガタガタな動きになりつつも、それでも私は息を切らして走った。


 ピットウォールにたどり着くまで、どれだけの時間を要しただろう。ウォールの縁に手をかけるまでの間、どれだけ好奇の視線を寄越されたのだろう。いずれにせよいつも以上だったと思うけれど、とにかく私は、苦労してウォールまでたどり着いた。


 私は、荒れた息を整えながら空を見る。この場所が、空の戦場に一番近い。滑走路上空に帰ってきた飛行機たちをうかがうのに、最適な場所だった。


 ノーマルな息づかいに近付くにつれ、私は気がついた。スタンドもざわめきに支配されていた。彼らもまた、クローイに生じたアクシデントを、どう受け止めるべきかを悩んでいるようだ。


「ターラ、ターラ? どうした? いきなり走り出して?」


 おじいちゃんの声。心配して私を追ってきたようだ。クルーたちも彼に追従したみたい。おじいちゃんから遅れていくつかの足音が聞こえてきた。


 私は彼らに一瞥もしなかった。代わりとばかりに、空をじいっと睨む。


 鼓膜がかすかな刺激を捉えた。エンジン音だ。視覚もまた、空に浮かぶ二つの異物を捉える。エルドレッドとクローイがやってきた。


 追いかけっこをする二機は、私たちの頭上を通過。彼女らは、爆音を残しながら第一コーナーへと突っ込んでいった。


 そのとき私は、すべての神経を耳に集中させた。クローイのエンジンの良し悪しを、音で測ろうとした。他の飛行機と比して、私たちの飛行機は気筒数が少ない。音の質が明らかに違う。同定は極めて容易だった。


「……音を聞く限りでは。エンジンはまだ快調に回っている。それに」


 私は、ホームストレートの出口を、頭上を、そして最終コーナーを――、と、順繰りで見た。エンジンから吹き上がる煙の痕跡は、どこにも見当たらなかった。私がよたよたと走っている間に、かの症状は治まったらしい。


「今はスモークを吹いていない。じゃあ、あのスモークは一体?」


 気味が悪かった。症状が治まってしまえば、原因を探れない。私は、それが嫌で嫌で仕方がなかった。


「……なあ。どうして、急に治まったんだろうな。俺は、怖くて怖くて仕方がないよ」

「俺に聞かれても困るし、俺だって怖い。ああ、畜生。マシンの状態が手に取るようにわかるセンサーがあればなあ」


 クルーたちも何故や、どうして、をぽつりぽつりと口にする。彼らもまた、私と同じ思いを抱いているようだ。


「へへへ。人間も機械も。やっぱり自己治癒力が大事だわなあ」


 が気味悪さを覚えていないクルーも居るようだ。おじいちゃんだ。彼は自己治癒力という、場違いなワードを紡いでいた。


 私はとても嫌な予感がした。


「ねえ。おじいちゃん」

「なんだ? ターラ」


 おじいちゃんは誇らしげに胸を張っていた。いい年なのに、彼は褒めてもらいたいようだ。その姿は、パタパタと尻尾を振る子犬を連想させた。


 尻尾を振る子犬ならば、心は癒えるだろう。しかし、おじいちゃんはジジイだ。ちっとも癒やされない。むしろ私は、ネガティブなイメージを得てしまった。


 もしかして、だけれども。こんなことあってほしくはないけれど。おじいちゃんは、余計なことをやらかしたかもしれない。


「おじいちゃん? 単刀直入に聞くよ?」

「おう。なんでも聞いてくれ」

「えっとね。レース直前のメンテで。あの飛行機になんかした?」

「おう。したぞ。スペシャルなひと手間を加えた」

「……なにをしたの?」

「ああ、聞いてくれ!」


 おじいちゃんがにわかに興奮した。彼は握りこぶしを作り、それを振り回しながら力説し始めた。


 おじいちゃんがオーバーなアクションで演説するものだから、クルーたちもびっくりしたようだ。みんな揃って、おじいちゃんを訝しげに見つめていた。


「こないだ読んだ本が言ってたんだ! 人間には、自然治癒力ってのがあるそうなんだ! いつまでも健康でいたいのならば、薬に頼るより、自然治癒力を高めた方がいいらしい!」

「ああ、うん。へー、そうなんだ」


 私は気のない返事をした。


「で? それが最後のひと手間とどう繋がるの?」

「おう! 自然治癒力を高めるためにはな! オーガニックな食いもんを摂取するのがいいそうなんだ!」

「ふんふん? なるほど?」

「だから俺は思いついた! この自然治癒力! きっと機械にも当てはまるに違いない、と! マシンにもオーガニックなやつを与えれば、自然治癒力を手に入れるに違えねえ、と!」

「うん。ううん?」


 雲行きが急に怪しくなった。私の眉間に皺が寄る。おじいちゃんは、要らんことをしたのではないのか。そんな疑念が確信に変わりつつある嫌な手応えを、私はたしかに覚えていた。


 顔をしかめる私に気がつかないのだろうか。おじいちゃんはにんまりと笑んだ。その笑顔は自己陶酔たっぷりな、ちょっと醜いやつであった。


「だから! 俺は! とてもオーガニックな添加物をだな! エンジンオイルに混ぜておいたんだ! こいつぁ効くぜ? だって、見ろ! あのスモークが自然治癒力で治っちまったんだから!」

「……おじいちゃん?」

「なんだ!?」

「オーガニックな添加物って、なあに?」


 私は震える声でそう問うた。やっぱりおじいちゃんは、余計なことをしたみたいだった。


 鼻高々になっているおじいちゃんは、観察力が著しく低下しているみたいだ。私の声の震えに気がついた様子はない。そればかりか彼は、えへん、とますます胸を張った。


「おう! 無添加、天然、自然の鉱物オイルだ!」

「……てんねん、オイル?」

「そうだ! どうだ!? オーガニックだろう!?」


 呆気に取られて、私はなにも言えなくなった。私だけではない。おじいちゃんを訝しげに観察していたクルーたちも、口をあんぐりとさせていた。


 誰も褒めてくれないのが、きっかけなのだろう。おじいちゃんはここにきて、場の空気がヘンになっているのに、ようやく気がついた。彼は、慌てた様子で顔を右に左にと振った。


「え? ええ? えっと? その? みんな、どうした?」

「お……」


 私は声を絞り出した。


「お?」

「お前かー! おじいちゃんかー! アレの原因は!」


 私のヒステリックな声を皮切りに、ピットウォールは、クルーたちによる罵詈雑言でいっぱいになった。むろん、汚い言葉の行く先はおじいちゃんである。

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