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発見! 小さい勝機!

「……信じられねえ」


 おじいちゃんが、呻きながらそう言った。彼の声には、ハリがなかった。おじいちゃんは、クローイがやってのけた偉業を前にして、身体の力が抜けきったようだ。


 みんながみんな、度肝を抜かれている。いつもは厳めしい顔なベテランさんでさえも、口が半開きとなっていた。


 気がつくとガレージの外が、風がない大雪の夜みたいに静まりかえっていた。観客たちは、クローイの神業を目して言葉を失ったようである。


 仰天しきりな彼らの姿を眺めていると、私は胸がすくような思いがした。


 どうだ。これがクローイだ。困難をあっさりと実現してくれる、素敵な魔法使いだ。私は、彼女を讃える美辞麗句を内心で紡ぎ続けた。


 当惑がガレージと飛行場を支配する中、私はスクリーンに熱視線を注ぐ。画面は変わっていた。またしても上空からの映像。蟻の行列を連想させる飛行機の一団が、峡谷を飛んでいた。パイロットたちはいま、中盤セクターに差し掛かっている。


 橋をくぐった先の中盤セクターは、前半と同じく峡谷を飛ぶ。だが、コースの性格はがらりと変わる。直角に近い旋回を度々要求されるのだ。従ってパイロットは、操縦装置をフルに使う必要があった。


 また、画面が変わった。今度の画角は、被写体に対してほぼ水平。岸壁のどこかに、カメラを設置できる岩棚があるのだろう。先頭をひた走るエルドレッドの飛行機が、スクリーンの中心に映し出された。


 彼の機首方向には、岸壁が聳えていた。峡谷が、かぎ爪状に曲がりくねっているのだ。エルドレッドがこのまま飛び続ければ、あの岸壁は彼の墓標に早変わりするだろう。


 そんなのご免、と言わんばかりに、エルドレッドは大きくロール、そののちにループ。つまりは旋回した。


「おお! 危ない! これ、ぶつかる!」


 どこかのガレージから、恐れおののいた声が飛んできた。エルドレッドは、もの凄い勢いで岸壁に引き寄せられていた。


 このままではカートライト工房の飛行機が、岸壁に激突してしまう――。気が弱い人々は、そう思っているのだろう。ガレージの外から、怖れに染まったどよめきが聞こえてきた。観客たちのどよめきであった。


 ちなみに言うと、ターナー工房のピットも、にわかに騒がしくなっていた。


「行け! そのまま、そのまま! そのまま壁に打ち当たって死んじまえー!」

「タービュランスを浴びせた報いだ! そら、がんばれ! がんばれ岸壁! 岩を落とせ!」


 クローイのナイスフライトで肝を潰したクルーたちは、我を取り戻したようだ。彼らは、スポーツマンシップもへったくれもない、とても汚いヤジをスクリーンに飛ばしていた。


 直後、スタンドからのどよめきが、やんややんやの大合唱に変わった。エルドレッドが、岸壁と接触せずにコーナーを突破したのだ。


「ああっ。くそ! クリアしやがった!」


 ガレージ内は、スタンドとは対照的に、とても悔しげな声で一杯となった。もし今のヤジが、カートライト工房のみなさまに聞かれていたら、一悶着に発展するだろう。


 もちろんエルドレッドのクリアに対して、非情な感想を抱かなかった者も居た。私がそうだし、おじいちゃん、そしてベテランさんもそうだった。


「……アーサーさん。ターラちゃん」


 ベテランさんは小さく囁いた。


「今のカートライト工房のマニューバ。どう見ます?」

「結構ギリギリ、って見えたな、実のところ俺はハラハラして見てた。こりゃ壁にぶつかるかもなって。ターラはどうだ?」


 おじいちゃんは、私を顎でしゃくった。私は頷いた。


「ギリギリを攻めているんだろうね。私は、彼の意気込みを感じたよ」

「ええ。俺もです」


 ベテランさんが首肯した。


「あの機体の設計思想も垣間見れた気がします。あの重苦しい曲がり方――。恐らくカートライト工房は、低速コーナーが苦手です」

「そうだよなあ。そう見えるよなあ」


 おじいちゃんが、白髪交じりのヒゲを撫でながら答えた。


「カートライト工房の飛行機は大型。かつ大排気量エンジンを積んでいるから、機体重量も莫大なんだろうね。高速旋回ならともかく、中速以下の旋回は苦手かもしれない」


 私は推測を披露した。トンデモ論ではないようだ。おじいちゃんとベテランさんが、コクコクと頷いていた。


「いわゆる直線番長ってやつか。ストレートでぶっちぎろうっていう」

「うーん。それは違うと思うよ、おじいちゃん。たしかに重苦しい曲がり方をしたけれど……ほら」


 私はスクリーンを指差した。二位以下の飛行機が、次々とかぎ爪状のコーナーをターンしていた。彼らもまた、苦しそうに旋回していた。


「……どいつもこいつも。もたついた旋回をしているな」

「多分だけど。トレンドに則って機体を作ると、あんな感じになるんじゃないかな?」

「ターラちゃん。そうだとすると」


 私の推測に感心したのだろうか。ベテランさんが、呻き声を伴いながら口を挟んだ。


「カートライト工房の飛行機は、他のトレンド機と比べて、頭ひとつもふたつも抜き出てる、ってことになるな」

「うん。私もそう思う。コーナーを抜けたあとの加速力が……ほら」


 私はスクリーンを顎でしゃくった。カメラは、かぎ爪コーナーを抜けた二位集団を追っていた。飛行機たちは、ロールして姿勢を水平に戻し、フルスロットルでエルドレッドを追おうとする。が、エルドレッドと比べると、その出足は明らかにモタついていた。


「こいつあ、厄介だなあ」


 おじいちゃんは腕組みをしたのちに、肩をすとんと落とした。


「他のやつらと旋回速度は一緒。だが、脱出速度はピカイチとなると……奴を追える飛行機は居ねえってことになるじゃねえか」

「さすがは金満工房。といったところですか。完成度が段違いです」


 ベテランさんが唇を斜めにしてそう言った。


「でも。だからこそ。私たちにとっては都合が良い」

「あん?」


 おじいちゃんは眉間に皺を寄せた。


「私たちの飛行機は低中速、かつ旋回力重視。最高速を求めるトレンドとは、かけ離れた設計思想をしている。つまり――おっと」


 私は、喉元まで上がってきた台詞を、一度飲み込んだ。私が不自然なタイミングで押し黙るものだから、二人は訝しげな顔付きで私を見た。


「見て。クローイ」


 私はスクリーンを顎でしゃくった。勇敢なライン取りのおかげで、順位を五つあげた推進式の飛行機が、スクリーンの真ん中に映し出された。


 ガレージ内はもちろん、スタンドからのノイズが大きくなる。観客の中にも、クローイのアグレッシブさに心を打たれた者が居るようだ。


 ノイズのボリュームが上がった。クローイが、かぎ爪コーナーに突入したのだ。彼女の進入スピードは、他の飛行機よりもずっと速い。一見するとオーバースピードだ。強いブレーキをかけなければ、クローイは今度こそ空中の徒花と化すだろう。


 ところがクローイときたら、大きく減速しなかった。エアブレーキを展開したのは、ほんの一瞬だけだった。先行する飛行機たちと比して、減速が明らかに足りていない。


 と、すると、慣性の見えざる手に引っ張られて、岸壁に激突しそうだけれども――。


 しかし、クローイは空中で鋭い弧を描いた。私たちの飛行機は、他機よりも内側のラインで、かつ速度を維持したままかぎ爪コーナーをクリアした。


 ただクリアしただけではない。外に膨らんでいた先行機を、彼女はあっさりとオーバーテイクした。熱狂的な歓声が、ガレージの出入り口から押し寄せてきた。


 オーバーテイクを見届けた私は、見事なしたり顔を拵えた。


「つまりは、こういうこと。これが都合が良いって言った理由」


 私はゆっくりとした所作で、おじいちゃんとベテランさんと向き合った。


「お父さんの飛行機はコーナリングマシン。中盤セクターが得意中の得意。他のチームが、一番苦労するセクターでタイムを稼げるんだ。カートライト工房を出し抜くならば、ここしかない」


 その上クローイには、彼を出し抜くだけの技量がある。だから私はこう断言できる。


 このレースは勝てる、と。

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