襲来! マジ切れ管理人、無断着陸した不届き者を説教す!
クローイの飛行機が旧式であるのを、これほど感謝するとは思わなかった。固定式のランディングギアは、レンガ舗装の凹凸に負けなかった。もし、格納式であったらタッチダウン時に破損していたかもしれない。私が着陸で味わった衝撃は、とにかく強烈であった。
私は、ギアが無事であるのか否かが、とても気になった。私は、コックピットを降りたあと、着陸装置をつぶさに観察した。小屋の柱よろしくに立派な脚は、外から見た限りではどこにも異常が見られなかった。
しかし故障の多くは、外見だけで判断できない。カウルを外しフレームを露わにして、時にはルーペを使ってやっと故障が見つかったりするのだ。
故に私はちっとも安心できなかった。許されるのならば、この場でランディングギアを分解したかった。今、工具を携えていないのが悔やまれる。
「ターラ。大丈夫だって。こんなもんじゃ壊れないよ」
クローイは、マシンを神経質にチェックしている私を見て、鼻で笑った。自分の操縦で飛行機が壊れるはずがない、と信じて疑っていないみたいだった。パイロットという人種は、この手の思考回路を搭載しているケースが非常に多い。
私は、その言い草にカチンときた。足元のレンガを一つ取って、彼女の小さな頭を打ん殴りたかった。
しかし私は怒りをなんとか堪えた。一回、二回、三回と深呼吸をして、ぐつぐつと煮えくりかえっている腸をなだめた。
「でも。一応は。診ておかないと。帰るときに困るかもだし」
「心配性だねえ」
そう言ったのちに、クローイがケラケラと笑った。その笑い声は、やはり私の神経に障るものだった。
この話題を続けてしまえば、私は我慢できなくなって、クローイに怒鳴り声を浴びせるだろう。後席に乗せて貰っている手前、彼女とトラブルを起こすのはマズい。最悪置いてけぼりを食らうかも。私は自衛のためにも、話題を変えることにした。
「それはそうと。どうしてこのスピードウェイに?」
「工房で言ったでしょ? 気晴らしだよ。今のターラは根を詰めすぎて、ヘロヘロになっているように見えたから」
「お心遣い、ありがとう。でもさ」
私は灯台のように首を回し、スピードウェイを観察した。
トラックを囲む巨大なスタンドには、観客が一人も居なかった。無人なのは客席だけではない。インフィールドセクションに造られたピットにも、人影は見当たらなかった。
ハコそのものはとても巨大だ。滑走路となったストレートだけでも、長さは一マイルを越えているだろう。とにかく広大な施設であった。なのに、今、ここには私とクローイしか居ない。おかげでこの場所の静寂が強調されていた。
「……誰も居ないスピードウェイで。どうやって気晴らしをするのかな? レースウィークなら楽しく過ごせるだろうけれど」
彼女は、このだだっ広いトラックでランニングしよう、とでも言いたいのだろうか。それは興味深いアクティビティだけど、生憎と私は由緒正しいもやしっ子だ。
対するクローイはどうだろうか。私は今一度、彼女をしげしげと見つめた。身体の線がとても細くて、彼女も激しい運動に耐えられるとは思えなかった。それを鑑みるに、トラックでのランニングはなさそうだ。
「どうしたの? なんだかほっとしたみたい」
「うーん。たしかにほっとしているかも。勝手に着陸したのに怒られてないから」
「そう。それは残念だね」
「残念? なにが?」
私は首を傾げた。
「もう少し待てば。賑やかになると思うよ」
「賑やかになるって。えっと。あのー……それはもしかして」
「うん。その通り」
クローイは頷いた。彼女の口元をよく見ると、唇の両端がつり上がっていた。
「そう遠くない内に、怒り心頭なお人がここにやってくるだろうから」
それは一体誰なのか。誰がカンカンになって、私たちを怒鳴ろうというのか。
それらを問いかけようとした、ちょうどそのときであった。けたたましい音がした。スタンドが反響板の役割を果たしたのだろう。そのやかましい音は、やまびこみたいにわんわんと反響していた。
音がした方を見ると、ピットガレージのシャッターが一つだけ開け放たれていた。シャッターが独りでに開くはずがない。誰かが開けたのだ。
一体誰が? 私が開け放たれたガレージをじいっと見ていると、その内側から忙しない足音が聞こえてきた。ガレージの足音は、明確な怒気を伴っていた。
ちなみに私は、まだ見ぬその人が、なにに対して立腹しているか。その見当がついていた。
「ねえ。聞いてもいい?」
私がつけた目星が、果たして正解なのか、それとも誤りなのか。私はクローイに問うて、それを確かめることにした。
「なに?」
「私たち、トラックに着陸したじゃない?」
「そうだね」
「その……スピードウェイのオーナーとか、管理人とかに一報、入れた?」
「ターラは変なこと聞くなあ」
クローイはそう言ってケラケラと笑った。その笑顔は、一仕事終えたイタズラっ子そのものであった。嫌な予感が、する。
「今日のフライトは完全な思いつきだよ? 電報を送る暇なんてあるわけないじゃん」
「ってことは」
「お察しの通り」
クローイはにっこりと微笑んだ。彼女は次いで、足音の方角を注視した。
「ちっとも連絡してません。無許可の着陸でございます」
クローイが、ロクでもない台詞を吐いたときだった。怒り心頭な初老の男が、肩をいからせながらガレージから飛び出したのは。
ああ、もうダメだ。これはもうダメだ。どうにも私は、借金で鍛えた平謝りを披露するしかなさそうであった。




