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第6話 水夫は据え膳を食らわず

 むしゃむしゃ、ぱくぱく。ばり。


「……」


 むしゃむしゃむしゃ、ごくん。…ずずっ、ぱくぱくぱく。


「…………」


 むしゃむs


「いや食べ過ぎだろ!?」


 あまりの食べっぷりに思わず立ち上がってツッコんでしまった。


「はっ! これは失礼したでござるよ。あまりにも美味な馳走だったでござるから」


 海賊船から助け出した浅葱色の着物を羽織った少女は、唇についたご飯粒をぺろりと舐め取るとしずしずと手を合わせる。


 海賊を撃退した後、目を覚ますとすぐに空腹を訴えた少女のために、俺たちは船内の食堂で食事を取っている最中だ。


「ふう…満腹でござるよ」


 改めて見ると、精悍ながら線は細くとても整った顔立ちの女の子だ。いいところのお姫様と言われても信じそうだな。言動とは逆に隙を感じさせない立ち居振る舞いだし、なんで海賊に捕まっていたのか気になる。


「そうそう、名乗りがまだでござったな。拙者の姓は如月きさらぎ、名はさき。生まれは日の国で、やくは〈サムライ〉にござる」


 日の国にサムライってことは、この世界でいう日本出身か。異世界のそれとはいえ同郷の人間に会えるのはすごく嬉しい。まあ、サムライという割に日本刀を持っている様子はないけど。海賊に奪われたのか?


「俺は海央守。高校二年生だ……って言ってもわからないか」

「ふむ。よろしくお願い致す、海央殿! して、海央殿の役はなんでござるか?」


 さっきから咲の言う役ってなんのことだろう。もしかして、ジョブクラスのことか? それなら―――。


「人のジョブクラスを聞き出すのはマナー違反だわ。慎みなさいサムライのお嬢さん」

「そ、そうなのか?」


 正直に〈ノーティラス〉のことを話そうとして、やけに鋭い気を放つカナに気圧される。迂闊に言わない方がいいのかな……。気を付けておこう。


「あっはっは。これは失敬! こちらは役を明かすことには慎重なお国柄でござったな!」

「そういう問題じゃないのだけれどね。それよりも、なんでアンタはあの船に囚われていたのかしら?」

「それがよく覚えてござらん。浜辺を歩いていたら、突然さらわれ、あれよあれよという間に船に載せられたゆえなあ」


 攫われたなんて俺と似た境遇だ。あの海賊ども、ぶっ飛ばして正解だったな。


「大変だったんだな、咲」

「な、初対面で名を呼ぶとは……。海央殿、なかなか女人慣れしてござるな?」

「いやこれくらい普通だろ多分」


 もしかすると現代地球とはそこらへんのマナーが異なるのかもしれないけど。苗字で呼ぶのも堅苦しいし、別にいいんじゃないかと思ったりする。


「で? この子はどうするのかしらマモル」

「どうするって言われてもなあ」


 日の国とやらに帰してあげたいところだが、あいにくと自分の所在もよく分かってない現状だしそれも難しい。となると……。


「なあ咲。しばらく俺たちと一緒に行動しないか?」

「それは願ったり叶ったり……しかし、得体のしれない女人を船に乗せるなど縁起が悪かったりしないでござろうか」

「んなことは気にしないよ俺は。既に充分怪しいご一行様だしな」

「不服、なの。怪しいのはこの怪物女だけ、なの」

「ぶん殴るわよ幽霊女!」


 はあ……。いつになったら仲良くしてくれるんだよこの二人。


「あはは! 仲が良いのは羨ましいでござるよ」

「仲良くないわ!」

「仲は最悪、なの」


 と否定しつつ、息だけはぴったりな二人であった。


 その後、咲を空いている船室に案内すると、俺も自室のベッドに倒れ込んで長く重いため息を吐いた。


 とても疲れた。元々団体行動が苦手な上に、争いごともできれば関わりたくないってのにな。そうも言っていられない状況とはいえ、メンタル的にきついものがある。


 そして体力の問題もある。人が増えた事で純粋にエンゲル係数が跳ね上がったから、このままだと遠からず備蓄が尽きるのだ。


「どこかに港町があればなー……」

「マスター。起きて、いる?」


 なんて考えていると、ノックの硬い音がして、トワがひっそりと部屋に入ってきた。えらく険しいというかしんどそうな顔をしている。


「どうしたんだよ、トワ」

「マスター、……。お腹、が……」

「え?」

「もう我慢でき、ないの…!」


 急にそう叫んだトワにがばっと抱きつかれた。思わずそのままベッドに二人揃って倒れ込んでしまう。


 どうしたと声を出そうとした口を、とろけるように熱く湿った唇に塞がれた。


 熱く深いキス。どれだけそうしていたかはわからないが、満足げな顔のトワが離れてから、我に返るまで十数秒を要してしまった。


「お、おまっ。また勝手に……」

「だから、男が小さい事を言ってはいけない、の。それにこれは必要なこと、なの。魔力供給がなければ私はこの体を維持できない、から」


 それは前に聞いたけど、体格はちんまいのに顔は少し大人びた美人であるトワに迫られるのはこちらの理性が危険で危ない。今も着ている服が若干乱れていて色々際どい格好なんだから。


「ま、魔力供給は仕方ないとしてもだ。いきなりキスするのはやめてくれ。心臓に悪いぜ」

「わかった、の。なら、これからは宣言してからする、の」

「そういう問題じゃないが!?」


 俺の抗議をスルーしながら、トワがすっと目を細めてこちらを見つめてくる。子どもの外見から大きくかけ離れた年の功を感じさせる慈愛に満ちた目だ。


 船の精霊と言っていたけど、実際トワの歳はいくつなんだろう。エンジン室にあったあの古いエンジンを見る限り、相当な年齢のような気がする。どことなくばあちゃんを思い出して安心してしまうとさすがに失礼だろうか。


「マスター。無理は禁物、なの」

「急にどうしたんだよ」

「魔力を操れるとして、も。マスターは人間、なの。あの怪物女や私とは違う、の」

「まあそうだけどさ。けど、今はこんな時だし、多少の無理くらいは」

「駄目! …………なの」


 突然語気を荒げたトワに驚きつつ、その真剣な眼差しに息を呑む。ただこちらを気遣っているだけじゃない。もっと彼女自身に、何か思うところがあるような感じだけど、過去になにかあったのか。


「こほん。えー、お取り込み中のところ失礼するでござるよ、ご両人」

「おわぁ!?さ、咲? いつの間に入って来てたんだよ」

「気がつかなかった、の。一体、どうやって……?」


 俺たちの疑問には答えず、窓の外を指差す咲。


とぎはまた夜にでも。この船、そろそろ陸に着くようでござるよ?」

「陸地だって……!」


 それは思ってもいなかった朗報だった。

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