ヒロイン、リーナの幸福な日
こちらの作品は短編ですがシリーズものです。
「悪役令嬢とか関係なく、今度こそ一位になってみせる!」の続編となっております。そちらを読まなくても、意味はわかると思いますが、順番に読んでいただければ、より楽しめるかと思います。
その日、リーナは全ての授業を終えてクラスメイトとの約束のために教室へ向かうところだった。その途中の中庭で、王太子に呼び止められたのは本当に偶然のことである。
「リーナちゃーん! 今、帰り? お疲れ様ー!」
リーナは、突然のことだったにも関わらず綺麗なカーテシーで返す。
「お心遣い感謝いたします、殿下」
「もぅ! そんなにかしこまらなくてもいいって前にも言ったのにぃ」
ぷくっと可愛らしく顔を膨らませている猫っ毛の男こそ、この国の王太子にしてマリオネットの婚約者、リカンドである。
そもそも、リーナとリカンドが最初に出会ったのも、また偶然であった。リーナがハンカチを落としてしまい、探しているところへ偶々通りかかったリカンドが手伝ってくれたのだ。前世でプレイした乙女ゲームと全く同じ出会い方に、リーナは柄にもなく驚いてしまったものだ。
リカンドと関わるつもりがなかったリーナは、面倒なことになったと頭を悩ませたが、それをきっかけに接触してきたマリオネットのことを思うと、今ではその偶然に感謝するほどになっていた。
「殿下は、お優しいですね。ですが、私のような身分のものが殿下に畏まることは至極当然のことでございます」
「‥‥‥僕は、身分とかそんなこと気にしないのにぃ」
「そう思っていただけるだけで、私は嬉しいです」
リーナは、意図的に切なそうな微笑みを作ってみせた。こんな表情を作ることは朝飯前である。
だが、その顔をリーナの本心と受け取ったリカンドは、むうっと唸りながら悔しそうに顔を歪めた。そんな様子のリカンドを見ながらつくづく王太子に向いてない人だなとリーナは失礼なことを思っていた。
リカンドを前世の乙女ゲームで初めて見た時から思っていたが、彼の表情分かり易すぎる。だからといって決して馬鹿というわけでは無い。事実、入学試験では、あのマリオネットを抑えて主席。物覚えが良いため幼少の頃から、神童と持て囃されてきた。
しかし、腹の探り合いを生業とする政において、分かり易すいというのはあまりよろしくないように思えた。両親である国王夫妻に余程可愛がられて育ったのだろう、人のことをすぐに信用するその性格も問題だ。
だからこそ、マリオネットを婚約者にしたのだろうとリーナは思っていた。王太子の足りない部分をマリオネットなら、完璧に補えるから。
「‥‥‥そういえば、マリオネットとあまり仲が良く無いんだって?」
突然変わった話題に、リーナは答え方を少し考える。
「そうですね、客観的に見ればそう見えるかもしれません。マリオネット様からお聞きになられたのですか?」
「聞かなくても、二人が会えば必ず喧嘩してるってことはこの学園で有名だもん。それに、僕の友達は君と仲がいいからねぇー」
友達とは、攻略対象一門のことだろう。
つまり、リーナの取り巻きである。
リーナはそれを理解して、申し訳なさそうな顔をする。もちろん、振りだ。
「殿下のお耳に不快な情報を入れてしまい、申し訳ございません」
「いや、いや、いいんだよ。気にしないで! どうしても合わない人っていうのは、誰にでもいるものだしさ。マリオネットと仲良くしてなんて、言うつもりはないよ。でもね、でも、彼女のこと‥‥‥嫌いになって欲しくないんだ」
「‥‥‥嫌い、ですか?」
「うん! マリオネットは昔から気が強くて誤解されやすいけど、本当は繊細な子なんだ。だから、君に嫌われたら多分悲しむと思う!」
必死に言葉を選んでいる様子のリカンドを見ながら、リーナは改めて思う。
嗚呼、やっぱりタイプじゃないなと。
善良で、人のことをすぐに信用する王太子。
マリオネットが繊細? そんなはずがないことは、普段話していればすぐにわかる。あの女は、人に嫌われようが好かれようが、なんら気にしない。そんなタマじゃない。
だが、きっとリカンドの前ではか弱い女を演じているのだろう。
リーナは己よりもマリオネットをわかっているような態度にどうしてだかとても苛々した。そして、少しだけリカンドに意地悪したくなった。
「殿下は、マリオネット様の悲しむ顔が見たくないのですね」
「うん! マリオネットには、笑っていてほしいんだ」
「そうですか、とても、愛していらっしゃるんですね」
「あ、愛!?」
そこでリカンドは、顔を女学生のように真っ赤に染める。随分と初心な反応だ。
「う、うん、僕、マリオネットのこと、あ、愛してると思う」
おや、とリーナは少しばかり驚く。政略的な結婚だろうとばかり思っていたが、マリオネットはリカンドを上手に手懐けているようだ。
微笑まし気な顔を意図的に作りながらリーナは思う、矢張りタイプではない。だが、リカンドを堕としたその先にマリオネットがいると思うと、堕とす気にもなるというものだ。
リーナは、無垢な顔のリカンドを見ながらより一層やる気が出す。
こんな風に闘志を燃やせるなんて、今日は良い日だ。
リーナはリカンドに悟られない程度に笑みを深めた。
リカンドと分かれたリーナは、当初の予定の通りクラスメイトとの待ち合わせ場所である教室へ向かっていた。この分だと待ち合わせの時間には多少遅れるが仕方ない。リカンドに誘われて断れる生徒などいないのだから。相手もわかってくれるだろう、そう思いながらリーナは歩みを進めた。
実を言うと、リーナは今日の約束を直接交わしたわけではない。自室に手紙が届いたのだ。そんなに親しくもないクラスメイトからの手紙に怪しいとも思ったが、仕掛けられて逃げるのも性に合わない。
売られた喧嘩は全て買う、それがリーナという女だった。
そして、教室へ着いたリーナはそこで蹲っている少女を見つけた。その少女の前には、酷い暴言が書かれたノートが転がっている。
この少女は名をルミニンという。リーナのクラスメイトであり、今日の約束の相手でもあった。
あからさまな罠だと思いながらも、リーナはルミニンに近寄る。
「どうかしたんですか?」
「ご、ごめんなさい」
ルミニンが泣きながら意味深な発言をした時、第三者の声がした。
「な、なんてこと! 貴方、ルミニンに対してなんて酷いことを!」
「はっ?」
「ルミニンのそのノート、貴方の仕業でしょう!」
「‥‥‥」
嗚呼なるほど、そういうことか。
リーナは瞬時に理解した。どうやら、己は予想通り嵌められたようだ。
ルミニンは少し前から、いじめを受けていた。もちろん、リーナはそれに関わってもなければ、そんなことが起きていることも知らなかった。だが、どうしてだかその犯人にリーナが選ばれてしまったようだ。
何度も言うがリーナは、このクラスでいじめがあったと言う事実も知らない。それくらい本当の犯人は、巧妙に隠れながらいじめという行為をしていた。そんなリーナだが、たった今犯人がわかってしまった。
このルミニンという少女の泣き顔、これは演技ではない。この子は本当にいじめられている。自作自演ではないとなると、犯人はひとりしかいない。途中から突然現れて騒ぎ立てているこの少女、マーリーだろうと。
許せないなとリーナは思った。
ここで一つ誤解しないで欲しいが、このリーナという女、いじめという行為を正義感から許せないと思っているわけでは決してない。リーナも普段、男たちを散々虐げている。人のことは言えない。
だが、リーナと男たちには、お互いの同意があった。そして、お互いがその行為を楽しみ合う関係であった。SMという関係は、お互いが望み、そして同意を得てこそ快楽を生むのだ。一方的なそれに何の意味もない。
だから、リーナは前世の頃から一方的に他者を虐げる者が大嫌いだった。そして、その思いと同じくらい、こういう愚か者を調教したいとも思っていた。他者を一方的にいじめて己こそ強者だと勘違いしている勘違い者から同意を得て、虐げるという行為は中々に刺激的なものだ。マリオネットを堕とすまでの暇つぶしくらいにはなる。
ルミニンの泣き腫らした顔を見ながらリーナは思う、嗚呼可哀想、私ならその顔を快楽で泣かせることができるのに。そして、マーリーの勝ち誇った顔を見ながらまた思う、この女に許しを請わせるのもまた楽しそうだと。
そう思っていた時、新たな声が教室へ響く。
「まぁ、一体何の騒ぎですの?」
そこには、扇子で優雅に顔を仰ぐマリオネットの姿があった。マーリーは、待っていたと言わんばかりに意気揚々と話し出した。
「特待生のリーナさんが、ルミニンさんのノートをぐちゃぐちゃにしたんです。平民が貴族にこんなことをするなんて、到底許される行為ではないと思います! マリオネット様もそう思いますよね」
「まぁ、それは大変ですわね‥‥‥本当に仕方のない人」
マーリーはニヤリとあくどい顔を浮かべ、マリオネットは扇子で口元を隠すように広げている。顔のほとんどが隠されていて見えないが、唯一見えているマリオネットの瞳は侮蔑の表情が顕著に現れていた。
リーナは二人を交互に見ながら思う、これは上手くいけば二人同時に堕とすことができるかもしれないと。
嗚呼、矢張り今日はとても良い日だ、リーナは再びそう思った。
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今日の授業を全て終えたマリオネットが、何故教室へ向かっているかと言えば、ある人物に呼び出されたからだ。二日前、自室にある人物からの手紙が届いたのだ。
差出人は、リカンド。
その名は、この国の王太子であり、己の婚約者に他ならなかった。しかし、マリオネットは、その名を見て眉を顰める。こんな風に手紙で呼び出されたことは今まで一度もなかったし、第一リカンドの筆跡とは違うように見えたからだ。リカンドは可愛らしい見た目に反して、もっと大雑把でデカい字を書く。その特徴がこの手紙には無いように思われた。
その後、リカンドにも直接聞いたが、矢張り手紙を出しては無いと言う。
これは大問題だ。誰かが、この国の王太子の名を騙っている。
確実にこの手紙は、罠だろう。もしかしたら、己を暗殺するためのものかもしれないと思ったが、それにしては計画が雑すぎる。何方にしても、行ってみないことには始まらないと、マリオネットは約束の場所である教室へ向かうことにした。ひとりでは危険だと、予め教室付近には学園に所属する護衛騎士に待機してもらっている。
準備は万全だ、そう思いながら歩いていると中庭でリカンドとリーナの二人が会話しているところが見えた。マリオネットは、仲睦まじ気に話している二人に眉を顰めつつ、ふたりの様子を建物の影からそっと見つめた。リーナがリカンドに変なことをしないか確かめるためである。
軈て、二人は特に何もすることなく解散して、マリオネットもその場から離れたが、歩いているうちにどうにも己とリーナの目的地は同じように思えた。マリオネットは、内心首をかしげる。この手紙の差出人は、リーナにも招待状をだしていたのだろうか。
益々怪しいと思いながらリーナが約束の教室へ入ったのを確認すると、マリオネットは隣の教室へ体を滑り込ませた。そして、ベランダを伝って隣の教室をそっと覗いた。この学園は、同じ階なら、すべての教室がベランダでつながっているのだ。
中の様子を伺うと、そこにはルミニンが蹲りリーナもその隣でしゃがみ込んでいる光景見えた。ついでに騒ぎ立てるマーリーの姿を確認し、直ぐに理解した。
なるほど、どうやらリーナはこのマーリーとか言う女に嵌められたようだ。
乙女ゲームで言うところの断罪イベントとでも言おうか。
それを理解した上でマリオネットは、今度こそ待ち合わせ場所の教室へ入った。
「まぁ、一体何の騒ぎですの?」
予定通りのマリオネットの登場に、マーリーはこれ以上ないくらいの得意げな顔をした。
このマーリーという女、入学当初からマリオネットに対して異常なまでの憧れを抱いていた。決して、マリオネットに自分から接触することはなかったが、その強い視線に気がつかないマリオネットではなかった。強い憧れは、強い恨みになり得ることを知っていたマリオネットは、マーリーを警戒して人となりを調べ上げた。その過程で、マーリーがルミニンに嫌がらせをしていることも知ったが、そこに首を突っ込むことはしなかった。自分には関係なかったし、興味もなかったからだ。
しかも、嫌がらせの理由が、好きな男の婚約者だからなんてあまりにも幼稚すぎて、マーリーを警戒していた己を恥じたくらいだった。
そもそも、マーリーが出会う前からルミニンたちは婚約していたのだ、それをどうにかしようとして取る対応が嫌がらせなのだから、頭の悪い人はとことん愚かだなと哀れにすら感じた。
「特待生のリーナさんが、ルミニンさんのノートをぐちゃぐちゃにしたんです。平民が貴族にこんなことをするなんて、到底許される行為ではないと思います! マリオネット様もそう思いますよね」
「まぁ、それは大変ですわね‥‥‥本当に仕方のない人」
マリオネットの発言に、勝ち誇ったような顔をしたマーリーを見て、頭に血が上るのがわかる。
この私に虚偽を申し立てるなんて許せない、それにリーナがこんな小物に陥れられそうになっていることも気に食わない。
己が凶悪な顔をしていることを自覚して、そっと扇子を広げる。
「やっぱり、マリオネット様もそう思いますよね? 全くリーナさんは問題ばかりですね」
「あら、面白い冗談ですわね。私、特待生殿のことなんて一言も話していませんわ」
「えっ? だって、今、仕方のない人だって」
「ご自分が一番理解しているものとばかり思っておりましたが‥‥‥嗚呼ごめんなさい、ご自分で理解できないから、こんなに愚かな行いをするんですわね。ここまで察しが悪いと一層哀れですわ。仕方のない人は、貴方のことですわ、マーリー」
そう言った瞬間、その場に居たマリオネット以外の者たちが目を見開いた。
「ちょ、ちょっと待ってください! マリオネット様! どうして私なんですか? ルミニンさんをいじめたのはリーナさんですよ? 仕方のない人は、リーナさんのはずでしょう?」
「まだその設定を通すつもりですのね。そんな陳腐な嘘に騙されるのなんて、貴方くらいのものですわ。それとも、私はそんな嘘に騙されるくらい馬鹿だと思われているのかしら」
マリオネットの鋭い眼差しに、マーリーはビクッと体を震わせた。
「な、なら! このノートは誰がやったというのですか!」
「ふふっ、それを貴方が聞きますの?」
憤慨したような態度のマーリーを、マリオネットは小馬鹿にしたように見つめる。その視線で、マーリーはマリオネットの言わんとしていることを理解した。顔を真っ赤にして、マリオネットを鋭く睨みつけた。
まぁ、マリオネットにしてみたら赤子が愚図っているようにしか見えないが。
「私がやったと言うのですか?」
「あら、誰もそんなことは言っていませんけど‥‥‥それは、自供ととっていいんですの?」
「違います! この状況を見たら犯人はどう見てもリーナさんでしょう!」
確かに状況だけを見たら、リーナが犯人のように見えるだろう。だが、リーナはこんな意味のないことはしない。
それに、床に転がっているノートとリカンドからと偽られて届けられた手紙、この二つは何方も同じ筆跡に見える。犯人は肝心なところで爪が甘いようだ。
「そうですわね。貴方の言うことも一理ありますわ」
「そ、そうですよね! だって、私は本当のことしか言っていませんもん!」
「ならば、そのノートを筆跡鑑定に出しましょう!」
マリオネットは、天使のような笑顔を浮かべた。それとは反対にマーリーの顔は、みるみる青ざめた。
「それは良い考えだと思います。マリオネット様、私は鑑定に協力いたします」
リーナが、マリオネットの意図することを悟って加勢する。
「なっ! 高が子供のいざこざで、公的機関を使う必要はありません!」
「高が子供のいざこざ、ですの?」
マリオネットは、また笑った。今度は、悪魔のような極悪な表情であった。
「貴方は本当に冗談がお上手ですのね。二日ほど前に、私の元にある手紙が届きましたの。その差出人は殿下であるリカンド様でしたわ。そこには、話したいことがあるから今日この時間にこの教室に来て欲しいとありましたわ。でも、本人に確認したところ手紙なんて出していないと否定されました。殿下が嘘をついているとは思えませんし‥‥‥だとしたら答えはひとつ。この差出人が殿下を騙ってるということですわ」
「そ、その話とこのノートに何の関係があるっていうんですか?」
ふふっと声を漏らしながら、マリオネットは何処からか手紙を取り出して、ノートに目掛けて投げつける。ペチンと安っぽい音が教室に鳴り響いた。
そう、それは王太子からと偽られて送られてきた手紙だ。
「まだ、しらを切るおつもりですのね。そこに落ちているノートと手紙は、筆跡が同じように思えますわ。つまりそのノートに暴言を書いた犯人を探すということは殿下の名を騙った犯人を探すということに他なりませんわ。貴方もこの国に住んでいるのならお分かりになるでしょう? 殿下の名を騙ることは大罪ですわ」
マリオネットが話すたびに、マーリーの顔はどんどん青くなる。そのうちに青を通り越して白くなった。
「事態はもう、子供のいざこざでは済まなくなっている、ということですわ」
パチンと、マリオネットは扇子を閉じた。
「こんなに直ぐにわかる嘘をつくなんて、貴方は本当に愚かですわね。慎重な貴方のやったことだとは思えませんわ。嗚呼、それとも、それを知っても特待生殿を嫌っている私なら、喜んで協力するとでも?」
マーリーは、爪が食い込むほど手を握り締めた。図星だからだ。
少しぐらい強引な手に出ても、リーナを潰したいマリオネットなら目を瞑ってくれると本気で信じていた。
「本当に頭が暖かそうで羨ましい限りですわね‥‥‥殿下の名を騙る不届き者を探すのは、婚約者である私の勤め。そして、その捜査に協力するのは国民の勤めですわ。特待生殿は協力してくれるようですわよ。ルミニンも筆跡鑑定に協力してくれますわよね?」
「えっ! わ、私ですか?」
それに驚いたのはルミニンだった。どうして、被害者の自分も鑑定を受けなければならないのかと。
「念の為、ですわ。ないとは思いますが、自作自演の線も消えていませんの」
「そ、そんな、私は被害者です!」
「それを証明するためにも鑑定を受けろと言っているのですが‥‥‥ご理解できませんか?」
ルミニンは一瞬だけマーリーを見つめた。マーリーは軽く首を横に振っている。少し考える仕草をしたルミニンは、次に顔を上げた時には覚悟を決めた顔をしていた。
「‥‥‥私、協力します!」
「ルミニンさん!」
マーリーの責めるような声が響き渡る。
「お二人とも協力的で素晴らしい。あとは、マーリーだけですわね」
「わ、私は」
「どうしたんですの? 疚しいことがなければ簡単なはずですわよ」
「そ、それは」
「ふふっ、そんなに渋るなんて余程疚しいことがありますのね。これだけで、自供しているようなものですわ」
「どうっ‥‥‥て!」
「なんですの? 聞こえませんわ」
「どうして! 私の好意を受け取ってくれないんですか! リーナさんが犯人でいいじゃないですか! 私の案に乗れば、マリオネット様はこの女を陥れられるんですよ? マリオネット様がこの女を嫌っているから、私が機会を与えてあげたのに、どうして受け取ってくれないんですか!」
憧れの人に好意を受け取って貰えなかったことが、マーリーは余程悔しかったのだろう。普段からは想像できないくらい取り乱して、あろうことか自供まがいのことをしている。そんな彼女をマリオネットは冷めた目で見つめた。
「言いたいことはそれだけですの?」
「それだけって‥‥‥私は貴方のために、貴方が、マリオネット様が、リーナさんのことを嫌っているから、手助けして差し上げようと思ってこんな強引な作戦を取ったんですよ」
「そうですか、それはそれは」
マリオネットはニコリと微笑みながら小首を傾げた。
「余計なことをしてくれましたわね。貴方如きに言われずとも特待生殿はこの私が、相手致しますわ。第一、どうして私が貴方如きのいうことを聞かねばなりませんの? どうして私が貴方如きの思い通りに動かねばなりませんの? どうして私が貴方如きの思い通りの展開にせねばなりませんの?」
確かに、こうやって陥れるのもひとつの策だ。それくらいマリオネットはわかっているし、考えたこともあった。
しかし、だからといってこんな分かりやすいやり方は言語道断だ。やるからには、完璧に誰からも疑われない方法で、陥れるべきだ。
そして何より、マリオネットは人に指図されることが大嫌いだった。
「この際だからはっきり言わせて頂きますわ、迷惑です」
「そんな、私、私は貴方のためを思って」
「それが迷惑と言っているんですわ。私、獲物を横取りされるのが一番嫌いですの。覚えておきなさい‥‥‥まぁ、もうその必要もありませんか」
マリオネットは、ふふっと楽しそうに笑い、扇子を再び上から下に振るようにして広げる。
すると、それを合図にしたかのように隠れていた護衛騎士たちが続々と現れてマーリーを拘束した。
「い、いくらマリオネット様でも無害な生徒を拘束する権限なんてないはずです!」
「あら、理解が遅くて困りますわ。私、先程も言いました。貴方には殿下の名を騙った罪がありますでしょう。これは正当な拘束です‥‥‥連れて行きなさい」
自分のやったことの重さを漸く理解したのだろう、マーリーはぐったりと抵抗する気力もないように護衛騎士たちに連れて行かれた。そんなマーリーの様子を見てリーナはすっかり興醒めしてしまった。暇つぶし程度になるかもと思っていたが、マーリーでは暇つぶしにもならなそうだ。矢張り、屈させるならマリオネットに限ると改めて思っただけに終わった。
マーリーがいなくなった教室は、酷く静かだった。軈てマリオネットは、扇子を閉じて教室を出て行こうとした。すると、今まで自発的に話さなかったルミニンがマリオネットを呼び止めた。
「あの、ありがとうございました。それから、お二人ともご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「男のことが原因なんですって?」
「‥‥‥はい、私の婚約者、人誑しで人気の存在でしたから。こうやって女の子に嫌がらせらせされるのは何度もありました。それに不相応だって、自分が一番わかっていますから」
その発言を聞き届けて、マリオネットは蹲っているルミニンの顎を扇子で支えるようにして顔を上げさせた。
マリオネットお得意の顎クイである。
「つまらない話はもう終わりですの?」
「す、すみません、つまらないですよね、私の話なんて」
「えぇ、でも、ひとつだけ助言を差し上げるなら、不相応なんて考えるだけ無駄ですわ。だって、貴方はその婚約者のこと手放したくないのでしょう?」
「‥‥‥は、はい。私には勿体無い人だと思っても、彼との結婚を望んでしまいます」
「なら、離れて行かないように策を講じるのみですわ。相応かそうでないかなど、結局誰にもわかりませんもの。最終的に、結果が良ければ相応だったということになる、それが私たちが生きる貴族社会、ですわ。それに」
ここで、マリオネットはルミニンの耳に口を近づけて低く艶やかな声で囁いた。
「自分の力で得た男は、より一層価値が上がりますのよ」
ルミニンから離れていくとき、マリオネットは意味深な顔でリーナに微笑みかけた。
そう、マリオネットはルミニンに助言していると見せかけてリーナに宣戦布告したのである。
王太子をリカンドを守り抜いて見せると。
リーナもそれを正確に理解して、笑みを深めた。本当に気が強い、墜とし甲斐のある御令嬢だと。
結局その日、マリオネットは機嫌良さそうに笑うリーナと放心状態のルミニンを教室へ残して颯爽と帰った。
今日起きたことをリカンドとマーリーの家族にも伝えねばならない。
やることは山ほどあるのだ。
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あの事件から数日が経った。
何処からか広がった噂で、学園内は持ちきりだった。
噂というのは、マリオネットとリーナが結託して嫌がらせを受けていたルミニンを助けた。
そして、その首謀者であるマーリーは退学が決まったというものだった。リカンドの名前を騙ったというところだけが省かれているのは、マリオネットが情報操作をしたからに他ならない。
今回のマーリーの処遇は、噂の通りだ。大きな問題にしたくなかった学園側は嫌がらせの首謀者とだけしてマーリーの退学を早々に決めた。それをリカンドに納得させるために、マリオネットも尽力したのだ。これによってマリオネットは、学園とマーリーの生家である伯爵家に恩を売ることが出来てとても満足していた。
そんな機嫌の良いマリオネットの元に忍び寄るひとりの影‥‥‥ルミニンである。
ルミニンは、取り巻きを引き連れて優雅に歩いているマリオネットの前へ出ると、綺麗なカーテシーをする。
「貴方! マリオネット様の道を塞ぐなんて、無礼ですよ!」
マリオネットの取り巻きのひとりが声を荒げる。
「も、申し訳ございません。でも、どうしてもお話ししたくて」
喧嘩に発展しそうな二人を止めたのは他でもないマリオネットだった。左手を少し上げただけでその場は収まった。
「何か用ですの?」
「マリオネット様、先日は助けていただき、本当にありがとうございました」
「気にすることありませんわ。クラスメイトを助けるのは当然のことですもの」
マリオネットにはリカンドを騙った犯人を突き止めようと思っただけで、全く助けた気は無かったが、ここで態々否定することもないだろうとそのままにしておくことを選んだ。
「あの、私、マリオネット様に言われて色々考えていたんですけど‥‥‥その不相応だって思うことはもうやめることにしました。私、自分の望みを叶えるために、烏滸がましいですけど、マリオネット様のように強い女性になれるように努力します」
ルミニンのその目は、もう涙に濡れていなかった。今は、別の意味でキラキラと光っている。マリオネットは、それを見てふっと息を吐いた、役立ちそうな子だ。
「本当に烏滸がましいですわね。貴方が私のようになりたいだなんて、百年早いですわ。でも、私そういう野心は大好きですわよ。覚えておきなさい」
そう言ってマリオネットは、首をクイッと後ろに軽く振った。それを見たルミニンは顔を輝かせると、一礼してマリオネットの取り巻きの一人に加わった。
今度は誰も何も言わなかった。
後列のミールクと仲良さそうに話すルミニンを見ながらマリオネットは思う。
あの子は、育てればなかなか使える駒になりそうだ。
この日密かに新たな噂が広まった。
マリオネットがリーナと結託してルミニンを助けたことは本当だったということと、二人は場が整えば協力することもあるということ。
その日は珍しく、マリオネットとリーナが衝突することもなく平和な空気が学園を満たしていた。
リーナもマリオネットも別にルミニンを助けようとは微塵も思ってなくて、只管に自分らを利用しようとしていたマーリーに腹立ったから協力しただけです。
二人が他人を善意から助けようとすることなんて、多分永遠に無いと思います。




