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魔王の見た夢

作者: 藤原有理

 俺の存在自体が悪であり、悪である事を認めたのはいつからだろうか。俺は長い長い悠久の時を存在し続けてきた。俺は自身の価値観が正しいものであり、普通に、ごくごく普通に生活を営んできたと信じて今まで生きてきた。しかし、俺の良かれと思っていた事や、普通であると思ってきた事が世界からは一切認められず、よからぬ事であると思われていた事を知ってしまって以来、俺は困惑した。

 俺には自分自身がどうあるべきか、どうしたらよいのか、どうしたら良い存在に生まれ変われるのか自問自答した。できる事は全て努力して改善しようと試みた。何度も、何度も、俺はチャンスを得て流転の旅を繰り返した。己自身の定義を変える為に。

 しかし、どんなに努力を積んでも、血反吐を吐く想いで努力し続けても、全ては無駄に終わった。その長い長い輪廻の過程の中で、どうやら俺という存在そのものが悪という概念そのものであるらしい事を知り、どうにもならない事を知り、俺は自分自身の存在そのものをこの世から消し去りたいと強く願うようになった。

 俺にとって、見える風景、色とりどりの世界、感じる空気や土の香り、温度、湿度、すべてが絶望と悪意に満ち溢れて見えていた。必死の想いで足掻きに足掻いた日々。それでも俺を認めてくれる存在はなく、常にどこかで疎まれ、憎まれ、俺自身の存在意義をどこにも見いだせなかった世界だ。

 俺の居場所はどこにもない。寧ろ、俺が存在する事により秩序が乱れ、人々に不幸な想いをさせているのであろう。分かっていながらも、どんなに努力をしても変えられない俺自身が、憎いのを通り越して、もう消えたくて仕方がなかった。自身に湧き上がる悪意の渦を制御するのが、そしてそれらが具現化して世界に悪影響を及ぼすのを阻止するのがもはや精一杯だった。

 そして俺は確信したのだった。


「俺は消えなくてはならない存在である。」


と。俺が存在する事でこの世の理を乱し、世界を不幸にさせてしまっているのであれば、自分という概念を消し去ればよいのだ。自分という存在そのものを、概念ごと無に帰す事を切望していた。俺そのものが「悪」という概念なのだから。


 ある日の事、俺はある情報を手に入れた。世界のどこかに「青の大樹」というものが存在するらしい。その樹は無限に近い時間をかけて、たった一つだけ宝珠を実らせるという。この宝珠を手にした者は、一度だけ世界の理や概念を変える事ができるというのだ。

 俺は、旅に出た。世界のどこにあるとも分からない「青の大樹」を求めて、その樹が実らせる至宝を求めて旅に出た。

 歩いて歩いて、悠久の時の流れの中を俺はひたすら歩き続けた。どれだけ歩いたのだろうか。気づいたら俺は世界の最果てに来ていた事に気づく。

俺は世界を俯瞰していた。果ての果てから見た世界は、巨大な巨大な大樹を形作っているように見えた。

 これが、俺が今俯瞰している巨大な大樹のようなものが世界の概念そのものなのだ。世界の始まりともいえる時空は、己の理に従って巨大な樹のような構造物に視覚化されていたのだ。それを、今俺は足元の下に広がる光景として見下ろしている。枝のように見える時空のうねりの先の一つ一つに実のような球体がなっている。それらの一つ一つを覗き込むと深く深く空洞が広がっていて、無限に吸い込まれそうな感覚に陥る。どうやらこれらは幾つかの宇宙が木苺の実のように集まったものであることが分かった。俺はその、数えきれない程実っている木苺のような時空の塊のうちの一つのうちの、粒の一つから出てきたらしい事が分かった。こうしてみると、俺の存在がちっぽけにすら思えてきた。世界の理を具現化したこの大樹…それを「理の大樹」と呼ぶことにしよう…、この樹の根本には漆黒のぶよぶよした時空の塊が抱え込まれているのが見えた。この時空の塊の中はスープ状になっているようだ。そしてその中から絶えず泡粒が発生しては潰れて消え、を繰り返していた。この、発生しては消える泡粒が、様々な宇宙だったのである。

 俺は再び、理の大樹を見下ろした。この大樹のどこかに「青の大樹」とやらが存在しているのだ。俺は丹念に浮遊しつつ、青の大樹らしき者を探していった。

 不意に、かすかに一点だけキラリと青く光った場所を見つけた。俺はゆっくりと降下し、理の大樹の表面に向かって行った。降下するに従い、小さな光の点は徐々に大きくなり、輝きを増し、外観がはっきりと見えてきた。目下にまだ小さく見える、青く澄んだクリスタルで出来たかのようなミニチュアの樹のように見えたそれは、直感で「青の大樹」であると悟った。

 俺は、青の大樹の根元に降り立った。本当に巨大で美しい樹だった。見ているだけで心が洗われるかのような、青白い眩い光を樹全体から放っていた。そして、巨木の幹の中央には巨大な洞があり、そこに………あったのだ。俺が探し求めていた至宝、世界の概念を変える宝珠が。

 これで俺という概念を世界から消し去って、世界に秩序を齎すことが出来る。俺の苦悩に満ちた存在ごと、俺の思念、精神、魂そのもの、俺を構築している、俺と関連づいてしまった悪しき概念ごと世界から消し去ることが出来るのだ。俺は宝珠に向かって手を伸ばした。

その時だった。


「待て、お前がそれを使うべきではない。」


 不意に背後から声がして、俺は振り向いた。俺の視線の先には漆黒のローブで全身を覆った何者かが立っていた。男とも女ともつかないその者は俺に名乗った上で、宝珠を譲り渡すように促してきた。

「私の名は***という。再度言わせてもらうが、お前が“それ”をつかうべきではない。何故なら、私こそがそれを使うのに相応しい存在だからだ。」

「何故だ。俺は存在してはいけない“悪”という概念そのものなのだぞ。俺は、それを使って世界を変える為にここまで旅を続けてきたのだ。俺という概念を世界そのものから消し去って、世界を平和にする事こそが、俺が気づかずに苦しめ続けてきた者達に対してのせめてもの償いとなるのだ。世界の為にも俺の為にも、俺がそれを使うべきなのだ。」

「否。」

 その者は、首を静かに横に振った。そして自身の存在について厳かに語り始めた。彼の者は、自身を「原始の悪」と称した。

「太古の時代、世界がただ、純粋に愛が具現化した存在として誕生した頃だ。様々な概念が発生した。正しいという概念、正義という概念など、現在世界において良いものとされている概念は、悪という、これらと対をなす概念があって初めて成り立つものなのだ。私は、原始の悪の概念のうちの一つとして発生した。長い年月が流れるうちに、私という概念に名前が与えられた。そうして私は世界のシステムの中に具現化され、存在することが出来るようになった。しかし、私こそが悪の根源のうちの一つなのだ。よって私が消えよう。私という悪の大元となる概念のうちの一つが世界から完全に消えれば、より世界は過ごしやすくなろう。そしてお前の苦悩のうちの一部も、足掻いても変える事の出来なかったお前の中の悪の概念の一部を永遠に消し去ることが出来よう。但し、悪の概念全てを消し去ることは出来ないとだけ言っておこう。何故なら先ほど話した通り、全ての概念は双対するものがあって初めて存在しうるものだからだ。」

 語り終えるとその者は、静かに俺に宝珠を譲ることを再度促した。俺は相手の瞳を見つめた。相手も俺の瞳をじっと見つめ返してきた。熱意の籠った、真摯な眼差しだった。俺の過去全ての苦悩を受け止めた上で、なおも俺の全身を焦がすような、俺の全てを射抜くような強い眼差しだった。どうして抗う事ができよう。俺は、彼の者に宝珠を手渡した。

彼の者は、しっかりと宝珠を握りしめると、大きく縦に頷いた。俺の全てを、全身全霊の想いを受け止めたかのように、しっかりと、無言で、ただ大きく縦に頷いた。

彼の者は、宝珠を握りしめた拳を高く掲げて何やら念じ始めた。そして最後に俺に向き直ると言った。

「最後に、私の名を呼んでくれないか。」

俺は深く無言で頷くと、彼の者の名を呼んだ。ただ、静かに、静かに、一字一句を噛みしめるように、彼の者の名を声に出して呼んだ。


「***」


…………ありがとう………。


 俺の脳裏に直接、澄んだ清らかな声が響き渡った。刹那、目の前が眩い青白い光に覆われて何も見えなくなった。俺の意識が遠のいていく。五感という五感が薄れていく。一瞬だけ、どこか懐かしい面影が脳裏を掠めて遠のいていった。その顔は穏やかで、慈悲深く、幸せに満ち溢れた顔だった。


 気付くと俺は草原に倒れるようにしてうつ伏せになっていたのが分かった。泣いていたのだろうか、頬が涙で濡れていた。見慣れた風景、いつものこの場所だ。しかし何故だろう、何か大事な事を忘れている気がしてならない。思い出そうとするが、何故か思い出せないのだ。ただ、哀しさだけがこみ上げてきた。どうして哀しいのだろう。分からない。分からないが、ただ涙だけが頬を伝って流れ落ちた。


ある知人が見た謎の夢が不思議すぎて、めちゃめちゃ感慨深かったもので…。夢のネタをベースに色々と弄らせて頂きました。式弄ってる方が得意なんで心理描写とか実はすっごく苦手なんですが、足掻けるだけ足掻いてみました…!

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