7話 硬く、速く、鋭く
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「ふぅ────」
深く息を吐く。身体の中の熱を放出するように深くだ。
初手の3匹を殺してから15分。どうやら俺が思っていたよりも百足の数は多かったらしく、未だに目の前でワラワラとクソデカ百足が地面を突き破って出てきている。手を出した以上皆殺しにする以外に手は無いのだがだいぶ面倒くさくなってきた。
「身体洗いたい」
10体越えたところから数えてないが百足の返り血塗れの状況は好ましくない。病気とかは回復魔法でどうにでもなるが不快感はどうしようもなく募っていく。
と、思考に没頭していたのを隙と見てか百足の1匹が突っ込んできた。片手間に顎をカチ上げた後、数秒して頭部が爆ぜたのを確認する。
「この状況でまだ逃げないのヤバすぎだろ………」
目の前で自分の仲間が殺されまくっていても百足共の目に怯えは無い。あるのは純粋な殺意だけだ。
「まぁ、全滅するまで付き合ってやるよ」
「やっと終わった…………」
あれからまさかの2時間である。多くね?俺の見立てガバガバ過ぎない?
とはいえ、精神的にはかなり疲れたが、肉体的にはほぼ万全に近い。魔力の方もまだ3割は残っている。これは、俺が継戦能力を重視しているからだ。実力の離れた相手にも一矢報いることができるのが俺の【追撃】の強み。その強みを最大限活かすためにはとにかく死なずに生き延び続けることが必須、という訳だ。
「日が傾いてやがる………」
ここから討伐証明用の牙を集めると思うと気が滅入る。ここで一息着くのは気が進まない。百足の死体と血の匂いに包まれてとか最悪だ。さっさと集めて帰ろうと椅子にしていた百足の死体から立ち上がろうとした時だ。
ボコッと地面が盛り上がった。
「だぁあ!!クドォイ!!!」
キレ気味に立ち上がり、魔力による強化と補助魔法による強化を再度己の身に施す。なんだこら!真打登場とでも言いてぇのかボケェ!!
しかしヒートアップしていた思考は現れた百足の姿を見ることで冷えた。
明らかに通常個体よりデカく、そしてその全身が鋭い刃のようなもので覆わている。脚も刃の様に鋭いときている。
「ファッキン特殊個体…………」
クソみたいな相性を押し付けてくるのやめろや…………!!
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時は少し遡り、アランが最後の通常個体百足とやり合っていた時の話。
ギルドは少しばかり騒がしくなっていた。理由は、ある冒険者チームが数週間の遠征から帰ってきたからだ。
「お久しぶりです、レオ様」
「あぁ、私がいない間になにかあったか?」
「特筆すべき事はなにも」
「そうか。今日はもう拠点に戻るつもりだ。アイテムの査定結果は明日頼む」
「かしこまりました。クエストに関してもいくつか選定しておきます」
「助かる」
受付嬢、その中でもベテランとされる女性と相対するのは、身長が2mはある全身鎧を身にまとった戦士だった。使い込まれ、至る所に傷跡こそあれど良く手入れされた鎧はその戦士の強さの証と言えるだろう。
レオと名乗るその戦士と仲間達は、Aランクの冒険者チームだ。冒険者はかなりの母数を有する職業だが、Aランクの割合は非常に低い。年によるが、全体の1割いれば多い方とだけいえばその少なさが分かるだろう。そしてその分、彼等彼女等への待遇は非常に良いものになる。その街のギルドで抱え込むための策だ。
「リーダー、お腹減ったァ」
「そうだな。帰って夕飯にしよう」
「イエー!」
レオの言葉に、真っ黒な装束に真っ黒な仮面をつけた少女が喜びの声を上げる。本来なら4人でチームを組んでいるレオ達だが、この場には二人しかいなかった。
そんな中、黒い装束の少女が1人の受付嬢が不安気な表情でギルドを見回していることに気が付いた。
「どしたの?」
「へ!?あ、ノ、ノワール様………」
「顔色悪いよ?」
「…………実は」
そこからポツポツと語られたのは、新入りの冒険者が薬草採集から未だに帰ってきていないということだった。その話に興味を示したのか、レオがどこに向かったのかを尋ねた。
「確か………西の森だった筈です」
「西の森ですって!?」
叫んだのは、先程までレオと話していた受付嬢だった。彼女は青い顔をした後、頭を抱える。
「どうした」
「………つい先日、西の森周辺に、竜喰百足の群れが確認されました」
「何………?」
「規模は?」
「小規模なものです。ですので明日、レオ様達に討伐依頼を出そうとしていました………完全に、私の伝達ミスです………」
それだけ聞いて、レオは踵を返した。無数の疑問の視線がその背に突き刺さる中、ノワールが楽しげな雰囲気で「行くの?」と言葉を零した。
「正直、死体が残ってりゃ良い方だと思うけど?」
「明日になれば、死んだかどうかすら分からなくなるだろう。それでは親族は弔うにも弔いきれん」
「そっか。りょーかい!2人にも伝えとくね!」
「頼む」
フッとノワールがその場から消える。それを一瞥することも無いまま、レオは西の森に向けて走り出した。
────────────
「ふっ!!!」
殺意を込めた拳をその身体に叩き込む。が、避けられた。こいつスピードもかなりあるらしい。感覚的に2年前の奴と同等か少し遅い程度。全部盛りかよ死ね。とはいえ、当たってもろくなダメージ与えられなかっただろう。魔力による強化と補助魔法による強化込みの拳ですらヒビ一つ入らなかったのだ。追撃ならともかく、補助魔法を切った今の拳ではまともにダメージを与えられない。
百足の突貫。横っ跳びして回避する。ここでいつもなら反撃の一撃叩き込むが、一瞬躊躇ってしまい反撃のチャンスを逃した。百足はそのままUターンして再び俺の方に突っ込んでくる。これは回避できないっ!
「クソッタレァァア!!!」
身を捩り直撃を回避。どうやっても避けられない刃の脚を両腕を交差して防ぐ。
ギギギギィィイイイン!!!と硬いもの同士がぶつかった時特有の怪音が鳴る。肉が削れる痛みに叫び出しそうなのをどうにか食いしばる。そんなことに呼吸を使っている暇は無い。
そして、これが身体強化の補助魔法を切った理由。硬化の魔法を骨に施したのだ。本来なら盾やら鎧に使う魔法だ。普通ならそれでも骨ごとぶった斬られかねないが、今は効果範囲を両腕の肘から先に限定する事で効果を底増ししている。筋肉にでも使えば良いと思うかもしれないがこの魔法、対象の硬さを元にして乗算で硬度が増していく仕様な為、元々そこまで硬くない筋肉に掛けても焼け石に水なのだ。身体強化との併用も可能ではあるが、魔力消費が馬鹿にならない。残り3割、先程からの魔力使用込みで正味2割。更には回復魔法まで使わざるを得ない。この状況でそれを行うのは、速攻性のある決定打が無い以上、些か危険過ぎる。
俺の戦闘スタイルは、基本回避のカウンター型だ。どうしても避けきれない攻撃にはカウンターを叩き込み、攻撃そのものを逸らすというもの。物理技しか持ってないポ○モン相手に防御ガン盛りした上でゴツメ被せたかの如き鬼畜っぷりを遺憾無く発揮してくるクソ百足ver.2には死ぬ程相性が悪い。なんなら受けるダメージに関して言えばゴツメ如きでは済まされないときている。
なら、ある程度回避を捨てた半捨て身戦法を取る他無い。
「死ッねェ!!!」
ガガガガガッ!!!と異音が響く。それを無視してその胴体に拳を叩き込んだ。激痛は努めて無視する。設定時間は10秒。普段の生活では一瞬だが、戦闘中の10秒は結構な時間だ。だがそれを見越した上で鍛えてきたのが俺だ。
(これで決めるなんて考えるな!徹底的に布石を打つ!!)
その場から逃げるように駆け出す。それを追って地面から飛び出してきた百足を左手で弾き軌道をズラす。そこから長い胴体で俺を取り囲んできたところを跳躍。空中に身を投げた俺に口を開けて突っ込んできた百足の上顎を殴り、その勢いを利用して百足の背後まで移動した。
時間だ。
「『番人の追撃』!!!」
百足の胴体に衝撃が発生する。見れば、発生地点に大きなヒビが入っていた。ようやくまともにダメージが入った。勢いで体勢を崩した百足に俺の持てる限りの全力で肉薄。ズタズタになり、もはや感覚が無くなってきた両腕を構えた。
設定を3秒に変え、一瞬の内に腹部に拳を三撃放つ。百足が俺の方を向いた。乱雑な体当たりの体勢に入った所で頭部への一撃が発生。追撃の時間を5秒に再設定。そこで腹部への一撃目が発生。それにタイミングを合わせて再び拳を叩き込む。続く二撃目、三撃目にも同様タイミングを合わせて拳を放った。
これは俺の【追撃】の仕様。発生した追撃に拳を完璧に合わせると、その次の追撃には追撃の威力を加算した上で威力が計算される。
「『番犬の追撃』!!!」
天恵が起動する。発生した極大の威力が百足の胴体を抉り飛ばし、その身体を真っ二つにしながら吹き飛ばす。地面を転がる百足を見ながらも、油断しない。まだ生きている可能性、まだ百足が残っている可能性、そのどちらも捨てきれない。
そして予想は的中する。先程とは比べ物にならない程遅くはあるが、10分の1程の長さになった百足がそれでも俺の方に迫ってきた。
「止まらねぇ団長の前髪みてぇな脚大量に持ってるからてめぇも止まらねぇってかコラァ!!?はよ死ねやァ!!」
拳を構え直す。油断はしない。窮鼠猫を噛むということわざすらあるのだ。腰を落とし、集中する。息を整え、右拳を引き絞る。
あと数秒で激突する、そんな瞬間だった。
左方から飛んできた、刃渡り150cmはありそうな馬鹿デカい剣が百足の頭部に突き刺さり、そのまま吹き飛ばした。そしてその剣よりも速い身長2mはあるフルプレートメイルの戦士が突き刺さった剣をより深く刺し込み、そのまま切り上げて百足の頭部を完全に破壊。次の瞬間、右腕がぶれたと思えば百足が粉々になるまで切り裂かれていた。
「は?」
もう呆けた声を出すしかなかった。