2話
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遂にこの日が来た。最寄りの街から商人が来る日である。ようやく俺の買いたいものが買えるのだ。そして買いたいものに関してはシスター達に知られるのは困るのでこうして村から出て待っているのだ。
「アラ────ン!!!」
「すぅ──────」
頭を抱える。この幼馴染は何故こうも俺を見付けるのが異様に上手いのか。そして相も変わらず非常にやかましい。バレたらどうするバレたら。
「頼むから静かにしてくれ」
「なんで?」
「俺が今日買うのがプレゼントだからだ」
ヤバい、目をキラキラさせ始めた。
「何を買うの!?」
「アロマキャンドルだ。特殊なやつをな」
そう媚薬香である。
いい加減、家の中で自分の父親が10代みたいなラブロマンスを繰り広げる光景はうんざりなのだ。これを二人に渡し、その香りを楽しんでもらい、そして楽しんでもらい(意味深)、おれは愉しむという図式だ。完璧である。
「なんか馬鹿なこと考えてない…………?」
「お前だけには言われとうない」
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「本当にこっちの方角で合っているのだろうな!!?」
「間違いありません!!」
鎧を着た十数人が馬に乗って駆ける。彼ら彼女らの顔には焦りが浮かび、その先頭にいる女性は特に焦燥していた。
「何故だ!?何故あの魔物に追い付けない!!?」
「まさか姿を確認することすら難しいとは…………ッ!!」
彼等はある魔物を追っていた。凶悪な魔物だ。本来ならば馬に乗れば数キロ離れていてもすぐに追いつけてしまう程鈍足。しかし特異な個体となれば話は変わる。通常とは異なる個体は速く、硬く、強い。
商人が襲われ、辛うじて生き延びた者により伝えられた怪物の存在。その怪物の走り去ったその先には、ある村がある。
「団長!落ち着いて下さい!!馬を速く走らせ過ぎです!!」
「クソッ!クソォ!!」
その村に、団長と呼ばれた女性の妹がいた。
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おかしい。いつもなら既に商人が来てもおかしくない時間だ。
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてない」
「聞いてよ!」
「断る」
俺の服を引っ付かみブンブンと振るエレーナに若干イラッとする。やめろ。色々考えているんだ。
商人の男は知り合いだ。俺がもっと幼い頃は、村に来た時はよく面倒を見てくれていた。実質兄貴分である。親の躾のおかげか時間に厳しい男だ。多少遅れた事もあったが、それも誤差数分。十数分遅れているというのには違和感がある。
(嫌な予k「ねー!ねーえー!!」はぁ…………)
「なんだ。というか離せ。服が伸びる」
「話を聞いてくれるなら離すよ」
「…………はぁ、分かった分かった」
ニコニコ笑顔で顔面を発光させる(比喩)エレーナにうんざりしながら視線を外す。すると、そこにおかしなものを見た。
道の床が盛り上がり、凄まじい勢いで此方に迫って来ていた。俺はそれを見たことが無い。だが土の中を進むある魔物は有名だ。国の騎士団の最優先討伐目標。
「10second!!!」
叫びつつ地面を3度殴り付ける。そして直ぐにエレーナ。手を引いて村の方へ走り出した。あれは駄目だ。ヤバい、ヤバすぎる。
「ね、ねぇ!アラン!どうしたの!?」
「黙っては」
そこまで言って、俺達を凄まじい威力の衝撃が襲った。
「あっ…………がっ…………!」
激痛に目を覚ます。全身が擦り切れ、身体のあちこちから血が出ている。一体どれだけの骨が折れただろうか。生きているのが奇跡のようだ。
「エ、レーナ…………」
視界の先にいた幼馴染に這いながら寄る。よかった、生きてる。どうにか回復魔法を起動した。俺は仮にも神父の息子だ。継ぐことを考えれば回復魔法は使えなければ話にならない。とはいえガキの拙い魔法。効果はそう高くない。
そこで、轟音と共に近くの地面から化け物が現れた。
(竜喰百足…………)
その名の通り、ワイバーンすら喰い殺す百足の化け物だ。大方騎士団の殺し漏らしがここまで来たといったところだろう。商人が来ないのも頷ける。
怪物が口を開いた。鋭い牙が並ぶ口に本能的な恐怖を覚える。今すぐ逃げ出したい。数秒かもしれないが、エレーナを囮にすれば生きる時間は伸びるかもしれない。
(でも、駄目だ)
それだけは駄目だ。
歳不相応。昔からあまりにも年齢に合わない成熟した価値観があった。あまりにも気味の悪い子供だった。理解できない怪物を見る目が当たり前の世界から、親父に拾われ、そこであったのがエレーナだ。初めて俺を友人だと言ってくれたのだ。
「死ん、でも、守る」
咆哮。音が消えたような錯覚を覚えながら、駆け出した。
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天恵。
それは魔法とは全く別の力だ。魔法は魔力を使う為に魔力切れという明確な限界が存在する中、天恵に限界は無い。どれだけ使おうが疲労すらしない特殊能力が天恵だ。しかし特定の条件下でしか使えなかったりと制限があるものがほとんどだ。俺の【追撃】はかなり強力な部類だろう。なんせ殴るだけでいいのだ。
対して、魔法。
大別して回復、補助、攻撃の三つに別れるこれは、天恵に対して汎用性がかなり高い。適正や相性もあるが、鍛錬を積めば誰でも使えるのが魔法だ。俺は攻撃魔法は使えないが、
「身体強化」
天恵のある俺には極論必要ない。俺の天恵を使えば、それが正常に動作するなら、俺はコイツを二撃で間違いなく殺せる。
「っ!」
百足が凄まじい速度で突貫してくる。咄嗟にエレーナを担いでその場を飛び退いた。百足はそのまま地面に潜っていく。エレーナを担いだまま、村から離れるように走る。全身を激痛に苛まれながら、根性と意地だけで走り抜けていく。数秒して背後の土が盛り上がり始めた。
「クソッ!!」
直線で走ればすぐに追いつかれて足元から一発で喰い殺される。速度を落とさないよう右に左にとめちゃくちゃな進路で駆ける。カーブする度に全身から軋むような音と激痛と共に無理だという声が届いてくる。
(黙ってろ!)
それすら無視してひたすらに走り続ける。そうして、やがて痺れを切らした百足が地面から再び顔を出した。その瞬間、進路を180度変えて百足に向かって走り出す。
(怯えるな!怖がるな!走れ!走れ!走れ!!)
口を開き、再び高速での突貫をしようとする百足。死の間際、加速された思考が本来ならば視認不可能な百足の初動を見せた。体勢を下げ、スライディングで百足の下に潜り込む。直後、俺の背後で爆音が響いた。同時に無数の礫が身体にくい込んでくる。血が噴き出すが、それすら無視してエレーナを右腕で抱え直し、左の拳を百足の腹に叩き込んだ。凄まじい硬さの外骨格に、12のガキがいくら魔法で強化したとはいえ傷を付けられるわけが無い。
むしろ、その結果は凄惨を極める。
「あ、ガァァァァァア!!?!?!?」
硬い外骨格に強化された腕力、ヒビの入った、強化されていない骨。完全に折れた腕の骨が皮膚を突き破る。そのあまりの痛みに、意識が飛びかけた。
口の中を噛む。新たな痛みで意識を繋ぎ止め、再び走り出す。
【追撃】は、その発生タイミングを己の意思で変えられる。最短0.1秒、最長は不明。そして、インパクトの発生が遅くなればなるほどに、その威力は凄まじい上昇を見せる。1秒で、およそ2倍。1分に設定すれば、10代のガキの細腕で十数メートルの巨岩を粉々にすることすら可能だった。
なら、1時間なら?
答えは俺自身も知らない。試したのは1分までだ。単純な倍々計算じゃない。その威力は最早想像も付かない。なんにしろ、この百足の死は確定した。
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街からアラン達の村へ向かっていた女騎士達は村まで100メートル程の地点で進路を変えた。彼女達が視線の先に捉えた破壊痕の先に向かうためだ。
「一体何が起こってる…………ッ!!」
「見えました!竜喰百足です!!」
暴れ狂う百足を視認し、騎士達全員が馬を加速させた。
「早急に仕留めるぞ」
「「「「はいっ!!」」」」
団長の女は鞍の上に立ち、腰から引き抜いた刃の鋒を百足へ向ける。
「刃を砲身に、弾丸は業火」
鋒に炎が集まる。それは球体の形を取った。その炎は収縮し、放つ光は加速度的に増している。
「形は槍。捻れ、回り、万象を貫く火炎の鉾を成す」
球体が弾丸の如き形状へ変化する。回転を始め、周囲の大気が渦巻いていく。
「劫炎の弾丸」
弾丸が放たれる。直進する弾丸、そこに秘められた力は絶大だ。しかしそれも当たらなければ意味は無い。百足は身を捩り弾丸を避けた。だが女騎士にとってそれは想定内。今のはあくまで牽制であり、百足の意識を自分に向けさせるためのものだった。
ズタボロの少年から、自身へ意識を逸らすための。
「総員!全力であの少年の治療に掛かれ!!」
「「「「了解!!!」」」」
馬上から飛び降り、明確な殺意を向けてくる百足に相対する。対照的に、女騎士の内は凪いでいた。殺意、嫌悪、憤怒、悲哀、そういった感情が無い訳ではない、無い訳がない。
ただ、彼女はそれら全てを理性の支配下に置いているだけだった。
「始めようか」
百足の突貫。ズタボロの少年、アランが決死で避けたそれを女騎士は踊る様な軽やかなステップ一つで避けきる。尾による殴打。刃を間に挟み、その軌道をズラす。地中からの奇襲。再びステップ。そしてある一点に刃を置いた。
「Gyaoooooo!!!?!?!?」
百足のやかましい叫びと共に、その無数の脚が十数本切り落とされる。正確に知る者はここにいないが、アランが百足の腹に一撃を喰らわしてから56分間、百足はただの一つも傷を負っていない。傷を与えられなかったのだ。しかしそれを彼女はいとも容易く成し遂げた。
「悪いが、現状私に致命的な一撃は無い」
この百足は通常の個体と異なり、異様な速度を持っている。その上通常個体と同様の硬度と顎の咬合力を備えた怪物だ。致命傷となり得る一撃を与えるのは現時点で彼女には不可能だった。だがそれは彼女の勝利を妨げる理由にはならない。
しかし同時に、この戦いの勝者は彼女ではない。約1時間前に放たれた決死の一撃。アランという少年が神から与えられた銀の弾丸。
突貫を弾き、脚を切り落し、そうして詰将棋の如く戦う女騎士によって1分、また1分と時が過ぎていく。そして、リミットまで残り数秒となった時、少年が僅かながらに意識を取り戻した。
「詰み……だ…………」
音が、消滅した。
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「なん……だ……これは…………ッ!?」
ようやく音を取り戻し、余波の風圧が収まった頃合、咄嗟に発動した補助魔法によって生み出された盾がパキンッと砕け散る音と共に女騎士は絞り出すように声を出した。
繰り広げられた惨状は凄まじいものだった。
数十メートルはあったというのに、尾から数メートルしか残っていない百足の残骸。
抉れ消し飛び、空気との摩擦によってか赤熱する溶岩が見える大地。
百数メートル先に存在する、真っ二つに分かたれた森。
巻き起こされた余波の風圧故か、ポツポツと降り始めた雨。
誰かに天変地異と言われれば信じてしまいそうな光景に、騎士達は絶句した。
「少年は」
「無事です。少女も」
「少女だと?」
女騎士が答えた騎士の方に視線を向ければ、彼の腕には2人の子供が抱えられていた。黒い髪を血で赤く染めたボロボロの少年。予断は許されないだろうが適切に処置すれば数日すれば目を覚ますだろうか。そしてもう一人、見る限り目立った傷の無い金髪の少女。その少女、エレーナの姿を認めると同時に、彼女は思わず「有り得ない」と口に出した。
「つまり、その少年は、その少女を守りながら戦っていたというのか…………?」
少年、アランは騎士達が来ることを知らなかった。知る筈が無い。要するに、彼は死すらも覚悟していたということだ。己の命を代償にしてでも一人の少女を守らんとする、狂気と言っても差し支え無い程の異常な信念。
「村へ行く。必ず救うぞ」
静かに告げる。そこには少年の信念への敬意が込められていた。