第11話 酒癖担当?
休憩が終わった後も、特に大きな問題もなく一日目のアルバイトを終えた。
結局俺はずっと店先での仕事だったが、暑いという事はあっても目が回る忙しさと言う程ではなかった。
俺とは違い、彼女達は大変だっただろう。
多めに休憩時間を与えられてはいたようだが、ずっと人と接する接客というのは疲れるものだ。
五郎丸さんの目を盗んでナンパする人もいたらしいし、精神的な疲労もあるのではないだろうか。
それなのに彼女達は愚痴など一切言わずに笑顔を振りまいていた。同じ時給じゃ流石に悪いなと思ってしまう。
だから俺は少しでも休んでもらおうと、夕飯として用意されたバーベキューで、彼女達に飲み物や食べ物をせかせかと運んでいた。
「九郎~お肉~」
「あたしはジュース」
「私も」
「お野菜お願いします」
「へいへい」
まぁこのくらいなら何ともない。それにこうしているだけで俺も十分に楽しんでいる。
この非日常感とでも言うのだろうか? 夏休みだとはいえ、こんな暗い時間に波音を聞きながらのバーベキュー。
楽しいのは彼女達のお陰だろう。普段は中々見る事の出来ない薄着の四人は、学校とは違う雰囲気を纏いながら、楽しそうにお喋りに夢中のようだ。
「ねぇ夏菜。あなた今日、随分と楽しそうに休憩から戻って来たわよね」
「そうだよ、手なんか繋いじゃってさ」
「手なら春香ちゃんも繋いでたじゃないですか」
「秋穂さんはもっとすごい事したでしょ」
「あはは~まぁね~。マイワイフとか言われちゃった」
「「「はぁ!?」」」
「もちろん冗談でだけどねぇ~」
なんか時折大きな声が聞こえてくるけど……まぁ楽しんでいるならいいか。俺は肉に集中しなければならない。
「そういう春香も海の中で乳繰り合ってたじゃん」
「ちちっ!? そ、そんな事してないよ!」
「いやらしいです、春香ちゃん」
「だからっ! 秋穂さんも触らせようとしてたでしょ!?」
「「……秋穂さん、も?」」
「あ……い、いや……そういうつもりじゃ……」
彼女達の声はほとんど聞こえないが、表情は良く見える。
夏菜とアキはどうしてかジト目で春香を睨んでる。そういう春香は顔を真っ赤にしてアワアワしていた。
そんな中、一人だけ沈んだような表情をしているのが印象的だったトーリが、席を離れてコテージに向かって行くのが見えた。手洗いだろうか。
(……げ、焦げちまった。父さんと五郎丸さんに渡すか)
父達用に焦げた肉と野菜を取り分ける。父さんも五郎丸さんも、あの酔っ払い加減じゃ気が付かないだろうし。
俺は彼女達に焦がした肉を渡すわけにはいかないと、再び視線を肉に戻した。
――――
「……みんな、色々と楽しんだようね。私はどうしようかしら……?」
「どぉした冬凛!! 楽しんでるかぁ!?」
「……五郎丸さん、お酒臭いですよ」
「いや~悪い悪い! それよりどうしたよ? 浮かない顔をして」
「……いえ、別に」
「ははぁん、九郎だろ?」
「まぁ……そうですね」
「よしっ! 冬凛推しのオッサンが秘技を伝授してやる! オッサンもこれで八千代に落とされたんだ!」
「はぁ……ええ!? 八千代さんから動いたんですか!?」
「そんなに驚く事か? 奥手な八千代がよぉ、頑張ってくれたのよ」
「意外……なんで五郎丸さん? 八千代さんなら選びたい放題なのに」
「お前、さり気なく酷い事を言ってるぞ? 大体お前だって選びたい放題……まぁいいか。それより秘技とは、ようはギャップよ!」
「ギャップと言われても……」
「いつものアレをやればいいんだよ! 甘える方向で」
「そ、そんな!? 無理です! 恥ずかしいし、そもそもアレは狙ってる訳じゃ……」
「そこはこれの力よ! 理由付けにはなるだろ?」
「で、でも……」
「恋はバトルよ! 臆せば呑まれて、下がれば弾かれる! だから頑張れッ!」
――――
――
―
張り切って肉を焼きすぎたようで、作成が消化を上回ってしまったために小休止。
俺もみんなの所に行き、自分が焼いた肉を消化し始めた。
「あはははっ! 真中くんも大変だね」
「なんか国語は名前を書き忘れて赤点になったらしいよ!」
「数学は解答欄をズレて書いたのを、五分前に気づいたそうです」
目の前に座る三人は楽しそうに央平の話をしているようだ。クラスメイトの失敗を、面白おかしく他クラスの春香に話す夏菜とアキ。
央平も公太も来れば、もっと楽しかったのだろうな。来年はみんなで来れるといいけど。
そういえばトーリの姿が見えないが、まだ戻っていないようだ。
食べすぎ飲み過ぎか? 意外っちゃ意外なんだが、この四人の中で一番よく食べるのがトーリだったりする。
あんだけ食ってあのスタイルだ、何か運動でもしているのだろうか――――
「――――くろー! ちょっと詰めて~!」
「はっ!? え……トーリ!?」
一人用の椅子に、無理やり座り込んできたのはトーリだった。
せ、狭いぞ!? 密着も密着、薄着だしトーリの温もりやら柔らかさがダイレクトでヤバイんですけど!?
「ト、トーリ!? 君の椅子はあっちですよ!?」
「えぇ~いいじゃん別に~。だめなの?」
「だめじゃ……ないけど」
あの凛々しく釣り上がっていた目が、へにゃっと下がっている。
頬は見た事がないほどに赤く染まり、凄くいい匂いに思考を支配された。
一体どうしたんだと思っていると、とんでもない事をトーリは言い出した。
「ねぇくろー……ぎゅーしてぇ」
「「「は……?」」」
「はぁぁぁぁぁぁ!?!?」
口をポカンと開けて驚く三人と、口を大きく開けて驚く俺。
この子、今なんて言った? ぎゅー? 牛? 牛肉が食べたいのか?
「ど、どうぞ……牛肉です」
「牛じゃなくぎゅーってしてっ!」
鼻頭まで真っ赤にしたトーリは、俺の胸に頭を擦りつけ始めた。
なんでこの子はテンパってないのに急に幼児退行してるんだ? さっきまでの凛々しいトーリはどこに置いてきた? トイレか?
いつもの子供っぽく怒ったり、拗ねたりする感じとは違う。これじゃ……子供っぽいじゃなくて本当に子供じゃないか。
なんて考えが頭を駆け巡っていた時、後ろから五郎丸の大声が聞こえてきた。
「あぁ!?!? ぉお俺の酒がねぇぞぉ!? 誰が……お、お前か冬凛! 俺の酒をのの飲みやがったなぁ!?」
どこか演技臭い、ワザとらしく騒ぐ五郎丸。うるさいと八千代さんに叱られ、肩を落として大人グループのテーブルに戻って行った。
……酒? まさかトーリ、酔っぱらってんのか!?
「トーリ!? 酒を飲んだのか!?」
「ん~? とーり分かんなぁい」
ヘラヘラニヤニヤするトーリ。どうやら頬が赤いのは酒を飲んでしまったせいのようだ。
酒を飲むとこうなるのか? ギャップというレベルを超えているぞ!? ちょっと心配になるレベルなんだけど。
「ねぇ、ぎゅーは?」
「ぎゅ……ぎゅーは、ちょっと……難易度が」
「じゃあ……ちゅーは?」
「「「チュウ!?!?」」」
「そ、それは更に難易度が!?」
俺だって興味はアリアリだが! こんな酔っぱらっている上にみんなの目がある中では無理だ!
どうしよう。酔っぱらった子供の相手なんて、どうすればいいのか分からないぞ!?
「じゃあだっこ」
「だっこ!? してるようなもんじゃん!?」
「ぎゅーかちゅーかだっこっ!!」
【ぎゅー】
【ちゅー】
【だっこ】
全部難易度が高いが……抱っこならまだ、辛うじて?
そうだ、膝に座らせればいいんだ。それだって抱っこになるだろ。
「じゃ、じゃあ……ここにおいで、トーリ」
「うんっ」
俺の膝の上に座りだしたトーリ。髪からめっちゃいい匂いするんだけど……大丈夫かな俺。
それにしても急に大人しくなったな。酒が回ったのか? こりゃトーリに酒は厳禁だな。そもそも法律的に厳禁だけど。
「……やっちゃった……」
「うん? トーリ、なんか言った?」
「う、ううん! なんでもないっ!」
ほんと、子供を相手にしているみたいで色々と疲れる。
体は大人なんだ。無邪気に色気を振り撒かれたらたまらん。嫌でも意識してしまう。
ギャップはギャップなんだろうけど、大人っぽいトーリが子供っぽくなるギャップは破壊力が高すぎる。
その後、酔いが醒めたのか立ち上がると、隅の方で顔を真っ赤にして肉をバクバク食べ始めた。
その隙に他の三人が、俺の膝で椅子取りゲームを始めた時はどうしようかと思ったが。
――――
「やるわねぇ、トーリちゃん」
「俺もあそこまでやるとは……」
「彼女、お酒なんて飲んでないでしょ?」
「飲んでねぇよ。演技だ演技」
「チークまで塗って……酔った振りねぇ」
「お前だって似たような事をやっただろ」
「言っておくけど、私は本当に酔っぱらってただけよ」
「……嘘だろ?」
「嘘じゃないわよ。その時の事、覚えてないもの」
「俺に気があると思ってたんだが……」
「なかったわよ、あの時は」
「二十年目にして、なんて暴露しやがる!」
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→【けっかはっぴょー】




