見習い騎士は有段者
「おはよぅ~・・・」
タケルは眠い目を擦りながら一階の食堂に降りてきた。
スープとバターの良い匂いがする。
今日も一日が始まる。
朝、顔を洗って朝食を摂ったらクルーゾー家が営む食堂”エマーブル”の開店準備だ。
タケルは水汲みと薪割り担当で井戸とキッチンを数往復したあと裏庭で薪割りを1時間程こなす。
その間イネスとミラはモーニングサービスの準備だ。
この世界には魔法なるものが存在するが、薪に火を点けるとか水を凍らせる程度でマンガやアニメみたいになんでもアリではない。皆日々家事に追われて生活しているのだ。
薪割りが終わると”エマーブル”は開店し、タケルとミラは一緒に畑に出かける。畑仕事を終えて昼食を摂った後、王宮に出向き、アデール姫と共に1時間オーモン卿の講義を受け、乗馬訓練をしつつ湖でルイーズと4人の近衛隊員と精霊魔力の特訓だ。その後16時ぐらいから2時間剣の修練となる。
タケルがこの世界に来て約一か月。毎日予定がぎっしりで忙しいがとても充実している。
もちろんいつかは元の世界に戻りたいが、今はここで頑張って生き抜くと決めた。
「タケル!はやくいくわよ!」
「はいはい・・・」
今日もミラに急かされて畑に向かう。最近思うのだが、ミラはかなりせっかちな性格だ。
畑に向かう途中ミラが同じぐらいの年齢の四人の少女を見ていた。
少女達は皆同じ衣装を着ていて、なにやら楽しそうに話をしながらのんびりと歩いていた。
首元にリボンをした袖口にヒラヒラのフリルのついたシャツと紺色の丈の長いスカートはローザンヌ王都学校の制服だ。
「ミラ、学校に行きたい?」
「別に、学校なんて行かなくてもお母さんが読み書きも魔法も教えてくれるから困らないわっ」
ミラはタケルのちょっとした問いにわかりやすく反応する。
平静を装おうと一生懸命なのが見て取れる。
(・・・行きたいって顔してるよな・・・。)
聞いた事を後悔した。
そしてタケルがこの世界に来てクルーゾー家に居候してから今までミラに友達らしい友達がいないのも気になっていた。
イネスの話ではこの世界では13歳から15歳まで3年間学校に通い、その後騎士を目指す者は1年間騎士学校に通うのだそうだ。そして16歳で成人となる。
しかし高額な入学金や授業料が必要で学校に通う事が出来るのは全体の1/3程しかおらず、その殆どが貴族で平民の子供は家事に追われて一生を過ごすのが普通だという。
白と紺の王都学校の制服は子供達の憧れなのだそうだ。
「さ、早く畑にいくわよっ」
ミラはああ見えてめったに不平不満を口にしない。わがままを言わない、所謂”良い子”だ。
タケルはミラをなんとか学校に行かせてやりたいと思うのだった。
「どうした?浮かない顔だな」
「・・・ルイーズさん、王都学校に通うのってどれぐらいの費用がかかります?」
タケルは午後の精霊魔力訓練の休憩中にルイーズに聞いてみた。
「なんだ、タケルは学校に通いたいのか?」
「い、いえ俺ではないんですけど・・・」
「うーん、いくらぐらいだったかな?・・・確か入学金が10万バリスで、学費が年20万バリスだったかな?」
「に、20万バリス!?」
20万バリスはクルーゾー家のほぼ年収だ。
(入学金10万で学費年20万バリスだと、3年通うと70万バリス!!)
「ひ、ひぇ・・・・」
(はぁ・・・エマーブルの収益と同じぐらい稼ぐのはほぼ無理ゲーだ・・)
「タケル、休憩は終わりだ。次は魔力支配領域内でお互いの魔力を開放してみよう」
「至近距離では精霊魔力は使えないという事では?」
「ああ、そう言われてはいる。だが、これまで我が王国に聖騎士は私一人しかいなかった。唯一の聖騎士であったジョルジュ王は戦死され、”そうであろう”という不確かな情報でしかないのだ」
(ああ、そうだった・・聖騎士一人だけではお互いの魔力がどう干渉し合うのか確かめようがない)
「それがタケルの出現で分からないことが多い聖騎士についてようやく検証できる機会を得られた。タケルには悪いが、王国の為に今後暫く付き合って貰うぞ」
「いえ、俺はこの世界で、国で頑張るって決めたので出来る限りお手伝いします!」
「あのチビ来ないな」
「ビビっちまって来れねぇんじゃないの」
「ちょっとやりすぎたんじゃない?」
「ふんっ、あんな弱っちいのが近衛隊なんて無理だって俺達が直接教えてやっただけだ」
見習い騎士達の輪の中心で右頬にバッテン傷のあるジャンが吐き捨てた。
物事を自分たちの都合の良いように解釈して正当化する。虐める側の理論だ。
反撃されて逆にボコられたら自分は騎士団には向いていないと諦めるのかという事は考えもしない。
それは相手が確実に格下だと思っているからだ。そもそも弱い者を守るという使命が騎士団にはあるという事が頭から欠落している。
「すみません!遅くなりましたっ!」
ウワサをしているとなんとやらである。修練場入口で一礼し見習い騎士達が集まっている一角に黒髪の小柄な少年が走って来た。
「ちっ・・・・」
ジャンが舌打ちすると、見習い騎士達の輪が解けてそれぞれ”自稽古”を始めた。
「パスカル教官、すみません少し遅刻していしまいました」
タケルは第三騎士団剣術指南のパスカルに一礼した。
「まあ良い、お前はなにか他に色々とやってるみたいだしな。早く素振りをして・・・って、おい、その傷はどうしたんだ??クマかなにかとやり合ったのか??」
第三騎士団剣術指南のパスカルがタケルの異様な姿を二度見して言った。
見習い騎士達も一様に唖然として見つめる。
「ああ、これはその、なんでもないので・・・怪我もないので大丈夫です」
「???」
パスカルが驚くのも無理はない。修練場に来る前のルイーズとの精霊魔力訓練でタケルの衣服はズタズタに引き裂かれていた。
タケルが精霊魔力を発現させた聖騎士だということは政略上の理由から現在近衛隊以外にはまだ知らされていない。
聖騎士が魔力支配領域内で無理やり精霊魔力を開放したらどうなるかという検証実験の結果、半径20メートル程のエリア内にお互いの魔力が飛び散り、突き刺さった。
これまでは聖騎士同士が接近するとお互いの魔力が干渉し合い、精霊魔力を発揮できないと言われていた。
個の能力、例えばタケルであれば竜巻を発生させる能力が制限されてしまうが、実際はそれだけではなく電極を繋ぎ違えてスパークした様な現象が起こり、周囲に多大な影響を及ぼした。聖騎士のタケルとルイーズは身に着けている物以外体には殆どの影響は無かったが普通の人間がレジオンにいたらズタズタに肉を引き裂かれていただろう。
ローゼンヌ王国にタケルという二人目の聖騎士が出現したことで判明した新事実であった。
「そ、そうか・・・体を解したら修練用の装具≪プレートメイル≫を装着して自稽古に混ざれ。ジュディット、装着を手伝ってやれ」
「了解しました」
腑に落ちない事は色々あるがどうせ聞いても答えないだろう。パスカルはそれ以上の追及はしないことにした。
パスカルに指名されたポニーテールの少女が感情の無い返事をしてタケルの防具の装着を手伝う。
「あ。有難う」
「礼など要らないわ。それにしてもあなた防具の着け方も知らないなんて、ホントの初心者なのね」
「す、すみません・・・」
タケルは剣道歴14年、17歳で参段だ。剣道の防具ならどうという事は無いのだが、半分鉄で出来ている装具≪プレートメイル≫を間近で見るのも触るのも初めてだ。何を言われても仕方がない。ちょっと言い返したい気持ちもあるがここはガマンだ。
防具を装着した感じはぴったりとした着ぐるみのようだと思った。
全身剣道の小手の様な質感で、その上に薄い鉄板が張り付けてあり動きにくくはないが、屈むような動作はかなり窮屈だ。
”面”は鉄板に小さな穴が沢山あけられている作りで視界はかなり悪く、鉄板で覆われているせいか剣道の面より重い。
肩で支えるようにできていて、首はあまり自由には動かない。
鉄の塊みたいな、博物館等にあるような所謂”ヨロイ”ではないので幾分マシだ。
「タケル、準備は出来たか?」
「はい、大丈夫です!」
パスカルの問いに答えた。ルイーズとの精霊魔力訓練のすぐあとなので体はほぐれている。
「おい、誰かタケルの相手をしてやれ」
見学1日、素振り1日だけで今日は早くも防具を着けて自稽古というにわか仕込みだが、タケルに与えられた日数は限られていて仕方がないところだ。
「俺が相手してやる」
見習い騎士達を乱暴に押しのけて前に出てきたジャンを見上げる。
ジャンはタケルより7~8センチ程背が高いが、それでもこの世界ではやや低い方だ。
「お願いします」
ジャンはタケルの礼を無視して木剣を構えた。
木剣は一握り分ほど離して握る。拳と拳の距離は剣道より居合に近い。
構えは右肩に剣を乗せるように構える。八相の構えに近いが、剣を肩に乗せて右足と左足の幅を大きくとるので剣道のそれとは別物だ。
ジャンの構えを観察すると右手は鍔元(上)、左手は柄頭(下)で右足を大きく前に出している。
一瞬上段構えの様な感じかとも思ったが、剣道の上段は左足が前の左諸手上段が多く、タケルも稽古では後者に構える為、違和感がある。
(どうしよう?左足が前のほうが良いのかな?いや、このまま打つなら中段から振りかぶった状態だと思えば・・)
丸一日他の見習い騎士達を観察する時間があったのだが、実際剣を構えてみるとどれが正解でスムーズな動きが出来るのかつかめない。
「(ちっ!構え方も良く分かっていないのか!ドシロウトめ!)」
決めあぐねてもじもじしているとジャンが打ち込んで来た。
肩構えからジャンプするように面だ。
これでは腰の入った攻撃にならない。おそらくフェイントだろう。
タケルは防御の為体を僅かに引き、剣を左上方に上げる。中段構えからなら僅かに切っ先を左上に動かすだけで躱せるのだが、肩構えからでは剣全体を左に移動させなくてはならない。
(や、やりにくい・・)
ジャンの面は間合いを詰める為のフェイントで、振った剣を中段で固定し突いてきた。
至極分かりやすいフェイントだが、足の位置や構え自体を決めきれていないタケルは対応が遅れる。
「(がっ!!)」
胸を突かれ、そのまま後方に押し倒された。
突いて、突いた剣を引いて”決める”という動作ではなく。”突きっぱなし”で倒れるまで押されたのだ。
「いてて・・」
鉄板で補強が施された装具により突かれた箇所には痛みは無いが真後ろに倒されればそれなりに痛い。
タケルが立ち上がるや否や間合いを詰め、ジャンが再び打って来た。
”止め”や”待て”等は無いらしい。
右からの水平切りだ。
タケルは面の左側に剣を立てて受ける。
「!!」
受けた剣がタケルの左こめかみ付近に当たった。
腰の捻りが加わっている独特な打ち方で威力に押される。
ジャンは剣を引き戻し頭上で旋回させて今度は左から水平切りを放つ。
「く!」
タケルは面の右側に剣を移動させてこれも受けた。
「(受けるのは上手いみたいだがなっ!)」
ジャンは打ち込んだ勢いそのまま剣を握った両拳をタケルの顔面に当てに行く。
「(うわっ!)」
体当たりというより、両拳を頭に押し付けて無理やり倒しに来た感じだ。
タケルは頭を後方に捩じられ体をくの字に曲げてまたも後方に倒れ、一回二回と転がった。
床は土で、砂ぼこりが舞う。
「(・・・)」
タケルは警戒し、剣を前方に構えながら素早く立ち上がった。
”何でもあり”とは言え明らかな悪意を感じる。
痛めつける事が先に立っていて剣の修練というものが感じられない。
タケルが向けた視線の先にいる少年は面の奥でニヤリと笑った。
「次は俺だ!」
ジャンとハイタッチをして入れ替わった少年は面を着けているので表情は分からないがジャンより更に大きく、その体格はとても16歳には見えない。
「俺はエリック・ギャバン。よろしくな近衛隊君」
「タケル・クサナギです。よろしくお願いします」
剣を含んだ物言いにタケルは感情を殺して答えた。
(・・・デカい・・・)
中学高校で180近い剣士などあまり見かけたことがない。
剣道は身長差や体重差で区別はしないが、5センチ程の差がでも面打ちが厳しくなる。
リーチの差も出てくるので同じように構えても届かなくなる。
待っているだけでは練習にならないので今度は先に前に出た。
(苦手な横の動きを試そう)
素早く間合いを詰め、右足を踏み込み肩構えから木剣を真横に振る。慣れない動きで肩から先の関節がスムーズに動かない。
「ノロいなぁおい」
キレもスピードも無く、カーン!という乾いた音と共に簡単に上から叩き落とされてしまった。
エリックは左下方にタケルの剣を叩き落とすとそのながれのまま右足を踏み込み左から右へ水平に剣を振ってタケルのこめかみ付近に腰の回転を入れた強烈な一撃を加えた。
「(がっっ!)」
キーンと耳が鳴き衝撃で頭が揺すられる。
そのまま剣を押し込まれ左によろめいた。
「(くっ!)」
タケルは左足を踏ん張り、かろうじて堪えたが今度は左方向から帰って来た剣で左頬付近を打たれ、倒れて転がった。
「おいエリック、壊しちゃうなよっ」
ワザとタケルに聞こえる音量で笑いながら声をかけるジャン。
全員に言えることだがタケルとは根本的に骨格、体格が違う。同じ剣術で同じような力押しでは全く勝機が無い。
(くそ!・・・まず、なんとか構えに対する違和感を払拭してニガテな動きを克服しないと・・・)
その後タケルはいろいろな相手と打ち合ったがことごとく打たれ転がされ修練を終えた。
「はぁはぁ・・。あ・・有難うございました」
タケルは肩で呼吸をし、正座をして面を取り、両手をついて礼をした。
汗だくだった。結局最後まで自分の納得のいく打ち込みは出来なかった。
「ちっ!面白くないヤツだ!」
ジャンがちらりとタケルを見て言った。
「おーい!一杯やって帰ろうぜ!」
こっちの世界では16歳で成人とされ、酒は16歳未満の子供でも飲むのだそうだ。規制はない。
「そうだな!なんだかイライラするぜ」
殴りつけても倒し続けても立ち上がり向かってくるタケルが気に入らないようで皆一様に苛立っていた。
「レオンも行くか?」
「いや、僕はいい。やめておく」
「相変わらず付き合いの悪い野郎だ」
「(それにしても子供っぽいというかガラが悪いと言うか・・・)」
そもそも”礼”というものがないのだから仕方がないというところだろうか?
タケルはこの世界で世話になった人たちに恩を返し、王国やアデール姫の為に頑張ると決めた。この程度は些細な事でしかない。
「私はこれで引き上げるが、お前はどうする?」
正座のまま目を瞑り黙想するタケルにパスカルが声をかけた。
「俺も帰ります。有難うございました。また明日よろしくお願いします」
タケルは手をついて礼をした。
「う、うむ」
皆タケルに対してはかなり激しく当たっていたのを剣術指南のパスカルは分かっていたがこれぐらいで音を上げるようでは近衛隊など勤まらない。不介入を決めて一切口出しはしない。
「よう!例の近衛隊の坊主はどんな感じだ?」
パスカルが帰り支度をしに第三騎士団事務室に来ると団長のハイラムがいた。
「うむ・・・・・・・・・」
「くっく、なんだそりゃ?」
何かしら考え込んだまま返事をしないパスカルを見てハイラムが肩を揺すって小さく笑った。
「見習いの小僧共にずっとボコられてたんだが・・・」
「?だが??」
「・・・わからん・・・」
「ははは、なんだそりゃ?」
ハイラムは今度は声を上げて笑った。
「見習い達にかなりしごかれてた、というより虐めに近い酷いやられようだった」
「お前はそれをずっと見ていたのか?」
「・・・あれだけやられたら普通は帰ってしまうか、助けを求める仕草をしたりするもんなんだが、そういった事は一切なくてな、なんだろうなあれは。観察しているというか何かを試しているというか・・・」
「お前やロラン隊長はタケルを買いかぶりすぎているんじゃないのか??」
「そうかな・・・そうかもな」
「ま、明日は俺もちょっと見に行ってみるかな」
翌日も更にその翌日もタケルは見習い騎士達にいいように打たれ倒され続けた。
「お前!これ以上は迷惑だ!邪魔なんだよっ!もうお腹いっぱいだ、どっかに行ってくれっ!」
タケルを打ち倒したジャンが声を荒げて怒鳴った。
「ジャン!皆ここに剣の修練に来ているのだ。言葉を慎め!お前が決めるべき事ではない!」
これにはさすがにパスカルが止めに入った。
「く、・・・す、すみません・・」
ジャンは敵意むき出しの表情は変えなかったがパスカルに一喝されて引き下がった。
「ふむ・・・これはちょっとロラン隊長に報告しといたほうがいいかもなぁ・・確かになにか探っている様な雰囲気はあるが実力に差がありすぎて練習になっていない。」
一緒に状況を見ていたハイラムがパスカルに囁いた。
「ふふ、ハデにやられてるな」
そこへガッシリとした体躯の壮年の男が二人の隣にやってきた。
「おお、これはアルベール殿」
王国№2の近衛隊副長の登場に見習い騎士達が動きを止めた。
アルベールが気にせず修練を続けるように促すと見習い騎士達は皆緊張気味に打ち始めた。
「ちょっと入口から見ていたのだが、かなりハデにやられているみたいで気になって来てしまった。はっはっは」
強い意志を表すような極太眉毛と顎下までもみ上げのある男は豪快に笑った。
「いや、アルベール殿、ちょっと笑い事ではない感じなんだが・・・」
ハイラムはちょっと困り顔だ。
「アルベール殿、見ての通りの状況なのだ。ロラン隊長の指示ではあるが、ここはもう少しじっくりと時間をかけて基礎から徹底させるべきではないでしょうか?」
剣術指南のパスカルが視察に来た近衛隊副長に提案した。
アルベールが見つめる先で砂ぼこりが舞う。
タケルはエリックの連続攻撃でまたしても叩き伏せられた。
「ふむ・・・少年!」
立ち上がろうとするタケルにアルベールが声をかけた。
「あ、アルベールさん!こんにちは!」
やられっぱなしのタケルはアルベールの存在に今気づいた。
惨憺たる状況にも関わらずタケルは元気そうだ。これがパスカルやハイラムを悩ます原因でもある。
「豪快に転がっているな!はっはっは」
アルベールの大声に見習い騎士達は動きを止めて声の主に注する。
皆、なんでアイツはあんなに元気なのだ?いかに近衛隊配属が決定事項とはいえどうして副長とそんなに親し気なのだ?と不満をため込んだ顔をしている。
「いやぁ・・・はは、なかなか上達しなくて・・・すみません・・」
面の上からポリポリと頭を掻くタケル。
「少年、何故自分の剣術を使わない?」
「え?・・・それはロランさんに言われて・・」
「ロランはお前になんと言ったのだ?」
「えっと・・騎士団Cクラスで剣術を学んで来るようにと・・・」
「ふむ・・・ロランはお前に剣術を学んで来いと言ったが、自分の技を封印しろとは言っていないぞ」
「え?!・・・あれ??」
「ここに居る者は見習いとは言え、騎士学校を優秀な成績で卒業する見込みのエリート達だ。その中にいきなり飛び込んで数日で同じレベルに到達できるわけがないだろう。ロランが言ったのはお前の剣術に足りない部分をここで学んで生かせという事だ」
「あ・・・・・・・・」
「自分の剣術で戦え!少年!」
「は、はい!」
・・・一体なんの話をしているのだ?ハイラム、パスカル、見習い騎士達は皆不思議そうにアルベールとタケルを交互に見る。
「はっはっは。相変わらず不器用なやつだ。パスカル、誰でも良い、タケルの相手をするように言ってくれ」
ここまでボロボロにやられているタケルに一体何を期待しているのだろうか?ハイラムとパスカルは怪訝な表情でアルベールを見つめた。
「俺がやります!」
もうお腹いっぱいだ、迷惑だと散々言っていたジャンが名乗りを上げた。
「お?ああ・・・ではジャン、タケルの相手をしてやれ」
パスカルが指示した。
「はい!」
王国№2の目の前でタケルを打ちのめして人選の間違いを知らしめ、自分をアピールする一石二鳥の絶好の機会だと考えた。
「(シロウトの相手は今日で終わりだ。コイツの代わりに俺が近衛隊に!)」
タケルとジャンが対峙した。
「(自分の剣術・・・)」
「あ!すみません、ちょっとまってください!」
「ちっ!なんだ?!」
タケルは小走りでジュディットの元に向かう。
「え?なに?」
「あの、ジュディさんの予備の木剣をちょっと借りられないかな?」
「??べ、別にいいけど・・・」
ジュディは修練場の隅に置いてある自分の荷物の中から予備の木剣を取ってきた。
どうして人の剣を使うのか?何故自分の剣なのか?疑問に思いつつタケルに自分の木剣を手渡した。
「ありがとう!」
「・・・いえ・・・」
改めてタケルはジャンと対峙した。
剣などどれを使おうと同じだ。負けた時の言い訳にするつもりか?
「姑息なヤツめ!」
ジャンはタケルを睨んだ。
タケルは剣を左脇に下げ、一礼し抜刀、蹲踞し立ち上がった。
「何かの儀式かな?」
タケルの一連の所作を見てハイラムが呟く。
木剣は個々に長さが微妙に異なり規制は特に無い。それはそうだ戦場で相手の得物が長いからと言って文句を言っても意味がない。自分に合った剣を持つ。当然だ。
タケルが使っている木剣は修練場に備え付けの借り物だが、見習い騎士達を観察していた中でジュディの使っている木剣が刀身が一番細く短く竹刀に近い。木剣は戦場で使われる長剣に寄せて柄の部分に金属を仕込んで重量を増してある。女性が使う剣は通常の物よりも軽めに作られているのではないかと考えていた。
「やっぱりそうだ」
構えたタケルは小さく呟いた。
形状等扱いづらさは否めないが、自分の使っていた剣よりはまだしっくりくる。
中段に構えたタケルはジャンを真っすぐに見据える。
「なんだ?・・・」
”肩構え”のジャンは見慣れないタケルの構えに戸惑う。
自分の喉元に真っすぐ突きつけられた剣が邪魔で前に出ることを躊躇う。
剣道は自分の中心を守り、相手の中心を取るところから始まる。
多くは相中段で剣先を僅かに押し合い、たたき合い、躱しながら自身の中心に相手を入れず相手の中心に入る事で打突機会が生まれる。
無理に打ちにいけば当然自分から串刺しにされに行くようなものだ。
故に正しい構えは最大の防御となる。
「初めて見る構えだが美しいな・・」
パスカルが呟いた。
タケルは数百年続く道場主の家系に生を受け、物心ついた時から竹刀を握っていた。
優秀な指導者の元、家でも学校でも剣を振り、中学では全国2位、高校生にして剣道歴は13~14年だ。
鍛えられた構えは力強くどっしりとしている。目線はレーザーの様にジャンの目を射抜き僅かな気配も逃さない強い意志を飛ばす。
「な、なんだ・・なんだコイツは・・」
これまでとは別人のようになったタケルの姿にジャンは狼狽えた。
何が起きている?起きようとしている?まるでベテラン騎士の風格じゃないか。
第三騎士団長のハイラムも目を見張った。
こんなに注目されて気圧されてたままでいるわけにはいかない。
ジャンは僅かに前に出た。
いや、出ようとしたのをタケルは見逃さなかった。
「メェェェェェェェェンッッッ!!!!!」
猛烈な速度で瞬時に間合いを詰め面を放った。
パーン!という乾いた音でジャンの頭が振れた。
「!!」
打突時一本を”決める”為、次の攻撃に繋げる為の”絞り”をせず、押し込む。
無論”面”を着けており、木剣での打突なので切り込むことは無いが感覚を掴むためだ。
そして打突後は体当たりを選択する。試合の様に相手の後方に抜けてしまっては威力が半減してしまうからだ。
タケルは面を打ち、押し込んだ後両脇を締め、剣を握った両拳を鳩尾の前で固定し踏み込んだ右足に全体重を乗せて体を当てる。
「ぐはっ!!!」
強烈な体当たりにジャンは2メートルも後方に吹き飛び砂煙を上げて転がった。
「な?!!!」
「!!!」
「!!!」
「おい!今の見たか?!」
ハイラムは驚愕の表情でパスカルに問う。
「み、見たが、いや、見えなかったというべきか・・・信じられん!何がどうなった?!」
「おい!誰かジャンを助けてやれ!」
慌てて見習い騎士が二人ジャンに駆け寄る。
見ると倒れたときに頭をうちつけたのだろうか、ジャンはまだ起き上がることができずにいた。
「ジャンは少し休ませておけ。他にだれか」
「俺が!」
ひと際大柄な少年が前に出てきた。エリックだ。
タケルは一礼し蹲踞から中段に構えた。
ジャンとの一戦を見ていたエリックに無駄口は無い。
なにがどうなったのかさっぱり分からない。気づいたらジャンがハデに飛んでいた。
タケルは今一度エリックをじっくりと見る。
構えはジャンのそれよりスタンスが広い。かなりリーチもありそうだ。
「(剣が物凄く邪魔だ)」
タケルの構えを見た感想はジャンと同じだ。真っすぐに差し出された剣をまずなんとかしないと打ち込めない。
「(となるとやることは・・!)」
エリックはいきなり間合いを詰め、タケルの剣を叩き落としに行く。
対するタケルはエリックの前進に遅れることなくほぼ同時に前に出る。
「なに?!」
驚いたのはエリックの方だ。
虚をついて自分が先に踏み出したはずだったが応じたタケルもほぼ同じに迫って来たのだ。
エリックの剣は止められない。最初の企画通り右の肩構えからタケルの剣を打ち落しに行く。
タケルは踏み出すと同時に切っ先を僅かに左方に寄せ、エリックを空振りさせた。
正確にはエリックが空振りとなる前に左側からやや担ぎ気味に面を打ちに行った。
「メェェェェェェェェェンッッッ!!!!!」
空振りしてやや左を向いたエリックに勢いそのまま体をぶつける。
横から猛烈な体当たりを食らったエリックは体制を崩し、万歳をして倒れた。
「うわっ!!!」
面が取れて転がり、エリックは後方に両手をついた状態で目を丸くしてタケルを見た。
「!!」
「お、おい、エリックも吹っ飛ばしたぞ・・」
ざわつく見習い騎士達。
体当たりは剣道で認められている立派な技だ。
しかし相手が倒れるとすぐさま”待て”がかかり、開始位置に戻される。倒れた相手に対して”待て”
の前に運よく一撃入れられても滅多な事では一本とみなされない為に正しい体当たりが出来る剣士は非常に少ない。
タケルは修練で倒され続けた結果、お互いが装具≪プレートメイル≫等を装着した真剣勝負において体当たりで相手を”倒す”事はかなり有効だと感じた。
元々リンゴを潰せる程握力のあるタケルは力には自信がある。自分の土俵で勝負できれば簡単には力負けしない。
「なんでだ・・・」
唖然とするジュディエットの隣でレオンが呟いた。
「??」
「体当たりもそうだが、何故ああも簡単に頭を打たれる?」
「た、確かに・・・そうね・・」
倒された状況が良くわからず唖然としていたエリックがハっと我に返り立ち上がった。
「く、くそっ!ま、まだだっ!」
近衛隊副長の目の前でこのままでは終われない。
再びタケルと対峙した。
エリックは今度は剣を僅かに振り、フェイントを入れながらジリジリと前に出る。
タケルはゆったりと剣を構え、エリックが前に出ると下がり、下がると前に出る。
エリックは自分が動く方動く方にタケルが先回りするような動作を見せるためにどうして良いか分からなくなっていた。
「(なんなんだこいつは!)」
気味が悪い。
迂闊に飛び込んでいけない。しかしこのままでは埒が明かない。追い込まれているのは自分の方だ。
担いで構えている剣を素早く下げ、中段に構えた。タケルの構えに近い。
「(突いてくる!)」
この位置からの攻撃は突きしかないとタケルは読んだ。でなければ振りかぶった状態の肩構えからわざわざ剣を下げる意味がない。
中心を守っているタケルの剣を強引に抑えながら真っすぐついてきた。
タケルは同じタイミングで右手を離しエリックの突きを上回る猛烈な速度で突きを放った。
「キィィィィィィィィッッッ!!!!」
諸手突き対片手突きだ。
「うがっ!!」
エリックの剣がタケルに到達する前に尋常ではない速度のタケルの突きがエリックの胸に入った。
片手突きは威力は落ちるが反動を使えるために速度が乗り、半身の態勢になるので距離を稼げる。
右手を引き、左手を出す”パンチ”に近い。
電光石火の片手突きは体重移動途中のエリックの動きを一瞬止めた。
致命的なダメージは与えられない片手突きだが効果は絶大だ。
「メェェェェェェェェェンッッッッ!!!!!!」
タケルはすかさず右手を鍔元に戻し動きの止まったエリックの面を打つ。
そして面からの体当たり。
今度は一瞬動きを止められて重心が後足になっていたところに体当たりされたエリックはジャン同様大きく後方に跳ね飛ばされた。
「!!!」
「マ、マジかよ!!!」
「え、エリックがまた!」
ザワつく見習い騎士達。
これでタケルの3戦3勝、3回とも倒し切り、しかも全戦秒殺だ。
見習い騎士達の中で一番体格が良く力もありエース各だったエリックの連敗に皆言葉を失った。
「おいおいウソだろ・・・なんで急に変わった?!」
満足げなアルベールとは対照的にタケルの変わりように驚くハイラムとパスカル。
「・・・アルベール殿、タケルは一体何者なのだ?」
アルベールは少し間をあけてから「まあまだ全ては話せないのだが」と前置きして話し始めた。
「一か月ほど前に起きた”宮廷事件”の事は知っているな?」
「ああ、潜入したゴズワールの兵にアデール姫が拉致されそうになった事件なら俺もパスカルもだいたいの事は聞いている」
ハイラムが答えた。
「そしてあの一件は近衛隊が中庭を封鎖した中で行われた戦闘であったので近衛隊以外に目撃者はなく、その後も何故か厳しい緘口令が敷かれて未だに詳細は我々にも知らされてはいない」
パスカルが補足した。
「うむ、実はあの時潜入したオルティエ騎士団の指揮官を倒したのはタケルだ」
「!なんと!?」
「本当なのですか?!」
実際にはタケルの精霊魔力の暴発で決着となったのだがタケルが倒したことには変わりはない。
そして精霊魔力に関しての話は今はまだ出来ない。
「う~ん・・アルベール殿、であるなら最初からそう我々には話しておいてくれてもよかったのでは?」
無精髭のハイラムがやんわりと不満を口にした。
「はっはっは、すまんな、しかしロランも私もあの場の一戦を見ただけでタケルに関してはまだ半信半疑だったのでな、色々と理由を付けてここに送り込んだということなのだ」
「おっしゃることは理解しましたが、そのおかげで見習い達はすっかり自信を無くしてしまった様です」
見れば見習い騎士達は全員呆然と立ち尽くしたままだ。
「いやすまん、ここまでとは思わなかったのだ。まぁそこはなんとかケアして上手くやってくれ」
アルベールは困った顔をして頬を掻いた。
「おいおい、凄いヤツがいるな!なんなんだそいつは?!」
もうタケルの前に立つ勇気のあるものは居なくなり、さてどうしたものかと思案していると声が上がった。
「テオさん!」
「テオさんだ!」
見習い騎士達がすぐに反応した。
「彼は?」
アルベールは面を小脇に抱えてゆっくりと歩いてくる青年騎士を見てパスカルに尋ねた。
「テオ・オークレイルです。来季Bクラスの昇格が決まっているCクラスのエースです。」
「おお、あのオークレイル家の」
テオは見習い騎士のエリックと身長はあまり変わらないが肩幅が広く一回り大きく見える。
オークレイル家はローザンヌ王国王都の西側に広大な領地を持つ王国で一、二を争う大貴族だ。
「あ、アルベール副長!」
テオは近衛隊副長に気づいて素早く敬礼をした。
「修練場に入ってきたらなんか見たことのないちっこいのが自分よりデカいやつをバタバタ倒しててびっくりしたんですが近衛隊の隠し玉かなんかなんですか?!」
「ああ、まあそんなとこだ」
「おもしろいですね俺に相手させて貰えないでしょうか?」
「いいんじゃないか?」
アルベールが即答した。
「おお!有難うございます!」
「え!?し、しかしアルベール殿、彼は見習い達とはレベルが違います。よろしいのですか??」
楽しそうに礼を言うテオとは逆にハイラムとパスカルは困惑の表情を浮かべた。
「なにも決闘をさせるわけではない。それに最早見習いではタケルの相手にならないだろう。」
「は、はぁ・・・」
「タケル!次はこの男が相手だ。良いな?!」
「は、はい!よろしくお願いします!」
テオはやや角ばった顎と自然に跳ねた様な髪型が特徴的な風貌で如何にもスポーツマンという雰囲気があり強そうだ。
「俺はテオ・オークレイルだ」
「タケル・クサナギです!」
「クサナギ・・聞いたことがない名だな。まあいいや、準備が良ければ構えろ。俺はいつでも良い。」
テオは立ったまま面を被って言った。
「はい!」
「おい。テオがあの新人とやるみたいだぞ」
「テオなら余裕じゃないのか?」
最早修練場の全員が二人に注目している。
タケルは一礼し、蹲踞から立ち上がって構えた。
タケルは改めてテオを見た。
「(おおきい・・・)」
さっきのエリックと身長は同じぐらいだが幅があり、一回り大きく見える。
全身黒の装具をしている為、筋肉の付き方はよく分からないが、首、手足、胴、全てが太く、鍛えられているのがわかる。
まともに打ち合って勝てそうな気がしない。打たせずに打つ前提で戦わなければとタケルは思った。
「(これは打ちづらいな)」
テオはタケルの構えを見て、攻撃に主を置いた自分たちの構えとは違う、防御を考慮に入れた構えだとすぐに気づいた。
テオは担いだ剣を小刻みに上下させながら力強く一足分前に出てみた。
タケルは合わせるように一足分引く。
テオが半歩引くと示し合わせた様にタケルは半歩前に出る。
「・・・・」
テオが静かに一息ついて僅かに軸足に体重が乗ったときタケルが大きく前に出た。
「!」
テオは慌てて大きく一歩下がる。テオの方が歩幅が広いので間合いが大きく広がったがタケルはそれ以上追わない。
「む・・」
自分で開けた間合いを縮める為タケルに近づいていくと瞬間タケルが鋭く間合いを詰めた。
「!!」
テオは半ば驚いて鋭く剣を振った。
まさかこのタイミングで打って来ると思わなかったタケルは攻撃も防御も捨てて更に鋭く前に突っ込んだ。
剣を振ったテオの両手がタケルの左肩に乗った状態になり一瞬体がぶつかる。
タケルはテオの胴を強く押し、その反動を利用して大きく後方に引いた。
「!!(こ、こいつは驚いた・・・)」
タケルはテオの間合いとタイミングに全く合わせない。常に先へ先へと動く。
絶対に自分のフィールドで戦うという強い意志を感じた。
「タケル!お前トシはいくつだ?!」
お互い構えたまま不意にテオが大声で尋ねた。
「!?え・・・じ、17です・・」
一瞬口籠ったがタケルは素直に答えた。
「マジかっ!おまえすげえなっ!なんであんなに簡単にぽんぽん打たれてるんだって思ってたが、今分かった!こりゃあ、そいつらじゃあ無理だ」
タケルに一方的に打たれ、沈んでいた”そいつら”ジャンやエリックは更に肩を落とした。
打ち合う中で勝機を掴む王国剣術とは違い、剣を交わすことなく攻撃を仕掛け防御する戦い方にテオは驚きを隠せなかった。
一方初撃で”一本”決められなかったタケルは見習い騎士達の様にはいかないと、気を引き締めた。
「見せてお貰おうか!近衛隊の秘密兵器の実力とやらを!」
テオがどこかで聞いた様なセリフを吐き再び力強く構えた。
見習い騎士達との修練とは違い、ちょっと楽しくなってきたタケルは試そうと思っていたことを実行してみることにした。
修練場にいる全員が注目する中、タケルは左足を前に出し、やや左半身で両手を頭上に上げ、”左上段の構え”を取った。
「お?」
「む?!」
「え?!」
テオとタケルの一戦を見守る全員が小さく呻いた。
またしても誰も知らない構えだが、堂々とした美しい姿はにわかには真似が出来ないという事は誰の目にも明らかだ。
王国剣術の肩構えは八相の構えに近く、面、手、胴をさらけ出す構えだが、剣道の上段は頭は守られているという大きな違いがある。
王国剣術は常に相手の面を意識し、攻めて攻撃を組み立てる。面を隠した姿勢の上段に対してはどう攻撃をするのだろうか?
タケルはテオに純粋な疑問を無言でぶつけてみる。
一気に攻撃型に変貌したタケルをテオはまじまじと見つめた。
なんとなくの構えではない。これまでの構えと同様使い込まれた、修練を重ねたどっしりとした威圧感のある構えだ。
「(カッコいいじゃないか、おい・・)」
タケルの不思議な剣術をもっと体験したいという好奇心がテオに沸々と沸いてきた。
「(さて。どう攻めるのが正解か・・隠れている頭は狙えない。頭上の腕に打ちに行って受けられたら腹に行くか?)・・・」
「おおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」
気持ちの乗って来たタケルが修練場に来て初めて気合を入れた。
王国剣術は声を上げたりはしないのでタケルもずっと押し黙ったまま稽古していたが、やはり気合を入れないと調子があがってこない。
「う!?」
「ひ・・・」
修練場の全員が一瞬びくっと体を震わせた。
「ふふ、やっと調子がでてきたな」
アルベールだけがニヤリとを笑った。
「!!う・・・」
気持ちを押されている!
またしても剣を交わす前の攻撃にテオ感心してしまった。
「(もっと見せてみろ!)」
テオは大きく右足を踏み出し、力強く剣を振った。
目標はどこでもない、タケルの目前で大男が大きく前に出て力強く剣を振り、恐怖を煽るフェイントだ。
タケルは僅かに退き、テオの次の”突き”を予測して待ち受ける。
フェイントに合わせて面を打ちに行っても良かったが、”突きを打てなくなる様に潰す”事を選択した。
ズバリ!やや誇張気味に打ってみろ!とばかりに胸をさらした所にテオが突いてきた。
テオは身長180~185センチぐらい、タケルは168センチ。テオが中段位置から普通に突けばタケルの胸か喉に来る。
胸だ!喉のやや下。迫って来るテオの突きのタイミングに合わせて左肘を内に絞った。
「!!」
テオの剣はタケルの左肘で払われ、流れる。
肘でテオの剣を払った動きと連動して左足を踏み込み、体を捩じって左半身で左片手面を放った。
「メェェェェェェェェェン!!!」
バン!という鈍い音がしてタケルの剣がテオの面を捕らえた。
「!!」
「(!浅かった)」
”ものうち”(切っ先3寸程)部分で打突できず、やや根っこでの打突になった。
「おおおおおおおおお!!!!」
面を打ちきった姿勢のまま体側に沿って左手首だけぶん回して退きながら再び片手面を放つ。
振りかぶらずに手首で旋回させて二撃目を放つ、パワーを生かしたタケルの得意技だが、得物は軽い竹刀ではなく重量のある木剣で、手首、肘がギシギシと悲鳴を上げる。
ややスピードが落ちるものの見事に面を捕らえた。
「メェェェェェェェェェン!!!!!!」
パアアアアアアン!!!!
「な!?」
「!!!」
「えええっ!?」
「?!!!」
驚愕の一撃に場内が凍り付く。
唖然としたテオの動きが一瞬止まる。
二撃目を放った反動でタケルの剣はまだ頭上にあり、離していた右手を添えてさらに打突姿勢に入り、右足で踏み込み三撃目の面を放つ。
「メェェェェェェェェェェェェェェンっ!!!!」
パァァァァァァン!!!
乾いた音が修練場に響いた。
「なあああ??!!」
一瞬で3発も貰ったテオは混乱し、体が動かない。
3本目を打った後間を置かず鍔迫り合いの密着した状態から相手を押し、退きながら逆胴を放つ。
「どおおおおおおおおお!!!」
バアアアン!!!
3本目の面と4本目の逆胴はしっかり押し込んで決めた。
距離をとったタケルは中段の構えで残心を示す。
「ま、マジかよ・・・」
まさかの一方的な展開にハイラムとパスカルも言葉が出ない。
アルベールだけが両腕を組み満足げな笑みを浮かべた。
「(どうなってる?!どうしたらいい?)」
踏み込むタイミングすら全く掴めない。やっと放った突きは見たことも無い技であしらわれてしまった。
「(クソっ!打ち合いに持ち込めばなんとか・・・!)」
やられっぱなしでは終われない。
何かを掴もうとテオは情報を整理出来ないまま構えなおしタケルに迫る。
タケルは再び上段に構えテオを迎え撃つ。
唯一攻撃しやすいと思われる突きを完璧に返して見せた。テオはもう迂闊に突いては来ない。
上段のタケルに対して面をさらした肩構えのままで直に胴に飛び込んでくる可能性は低い。
「(自分なら頭上の小手を狙う、打つところから技を組み立てる)」
テオが踏み込みタケルに迫る。
目線、肘の僅かな動きは小手狙いだ。
タケルは一歩退き自分の間合いの外れた為テオは踏みとどまった。
その瞬間、タケルは右脹脛に渾身の力を籠め、大きく左足を踏み込み体を捩じって遠間から鋭い片手面を放った。
「メェェェェェェェェェン!!」
パァァァァァァァンッッッ!!!
まさかの距離からの攻撃にテオは棒立ちのまま面を喰らった。
「う!く!」
テオは打突後体が当たる距離まで来たタケルを押し倒そうと剣を握った両拳をタケルの面に向かって突き出す。
タケルは右足を大きく右方向に踏み出し、クルっと体を入れ替えテオを押す反動で大きく後方に跳んで躱した。
目標を失ったテオは前方によろめく。
距離を取ったタケルは中段に構えて残心を示した。
テオは離れたタケルに向き直り、右手に持った剣をダラリと下げ、面を取った。
「俺の完敗だ!勝てる感じがしない」
「!!!!」
・・・・あ、あのテオがっ?!
場内にいる全員が言葉を失い呆然と立ち尽くした。
「タケル!凄いなお前!その剣術俺に教えてくれ!」
「・・・え??!」
「は?!・・」
テオの思わぬ発言に見習い騎士達もタケルも驚いた。
タケルはとりあえず蹲踞し、剣を収め一礼して修練場の壁際に下がった。
正座して面を取るタケルにテオが近づいてきた。
「有難うございました」
タケルは両手をついてテオに礼をした。
「あ、?ああ、いや、こっちこそありがとう」
テオは面を取って正座するタケルを改めて見た。
黒髪の小柄な少年だ。17歳と言っていたがもうひとつふたつ若く、見習い騎士達よりも子供に見える。
「誰がどう見ても勝ったのはお前だ。何故そんなに自分を低く見せる?」
「え??・・・勝ち負けは関係ないです。稽古をつけていただいた相手に敬意を示すのは当たり前なので・・・」
「そ、そうか・・」
「むう・・・・」
タケルの返答に近くにいたテオ、アルベール、ハイラム、パスカルが小さく呻いた。
文化の違いだろうか。こういった感覚は全くない様だ。
「なあ、お前の、いや、タケルの剣術を俺に教えてくれ!」
「え?!で、でも俺はロランさんに言われてここに王国剣術を習いに来ているので・・・」
「ん?いいじゃないか、王国剣術は俺がいくらでも教えてやるから、タケルはその剣術を俺に教えてくれよ!」
テオは何か新しい遊びを発見したかのように満面の笑顔だ。
「は、はぁ・・・」
タケルは困った顔でアルベールを見た。
アルベールはなにか考えている様な顔をしていてなにも言ってはくれない。
「タケル!この後ヒマか?!一緒に一杯やりにいこうぜ!」
テオは困り顔のタケルを無視してニコニコしながらパンパンと肩を叩いた。
「な?な?いいじゃないか、タケルには聞きたいことが山ほどあるんだ!。ハイラム隊長、パスカル教官、今日の修練はそろそろ終わりですよねっ!?」
「あ、ああ、まあ・・」
突然物凄い圧力で話を振られてパスカルはなんとなく返事をしてしまった。
「よーし!じゃ、外の井戸で汗を流して飲みに行こうぜっ!」
テオは有無を言わさず物凄い腕力でタケルの肩をつまみ上げるとズルズルと引きずって行った。
「ああ、あのっ!ちょっ!」
タケルは慌てて面と木剣をなんとか拾ったがそのまま引っ張られて修練場を出ていくことになってしまった。
「そんな・・・まさか・・」
「う、嘘だ・・テオさんが・・・」
ジャンもエリックもテオの敗戦に絶句する。
「タケル・・・何者だ?ジュディ、クサナギ家って知っていたか??」
「知らないわ・・・。聞いたことも無いわ・・・」
「あのテオが・・・」
「信じられん・・なんという技なのだ??・・・」
テオはBクラス昇格が決まっているCクラスの現エースだ。将来は近衛隊入隊が間違いないと言われている期待の若獅子である。
そのテオが一方的に打ち込まれ、完敗を認めてしまった。
見習い騎士達だけではなく、Cクラス全員が衝撃を受けていた。
「アルベール殿、こうなることを分かっていたのですな?何故言ってくれなかったのですか?人が悪いというものですぞ」
ハイラムが苦言を呈した。
「ふふ、ロランも私もタケルは相当に強いと言っていたではないか」
「!・・・」
ハイラムもパスカルも近衛隊執務室でのロランの言葉を思い出しハッとした。
「タケルは普段はのんびりしていて素直で礼儀正しい。腕っぷしが強そうには到底思えない。背が低いということもあって実年齢より子供に見える。いくら強いと言ったところで実際に見てみないと信じなかっただろう?」
「そ、それは・・・・そうですな・・・・」
「ロラン曰く、タケルは”のんびり屋で素直で礼儀正しいが超絶不器用。気弱な性格だと思っていると決めるところはきっちり決める芯の強い男”だそうだ」
「はぁ・・・なんだかますます良くわかりませんが・・・」
「要するに良くも悪くも極端なのだ。放っておくとあっという間に泥沼に嵌ってしまうが、道を示してやれば超の付く強さを発揮する」
「な、なるほど・・・しかし、このようになってしまっては今後タケルの修練はどうしたら良いのか考えものです・・見習い達では相手をできませんぞ」
「私もさっきそれを考えていたのだが、タケルには王国剣術の基礎を教えてやってくれたら良い。相手の必要な打ち合いの方ははテオがなんとかしてくれるんじゃないかな?」
「???テオ・・がですか?」
「うむ。まあ面白い組み合わせだとおもうがな。はっはっは!」
アルベールは楽し気に豪快に笑った。
アルベール、ハイラム、パスカルの3人はそれぞれに何事か考え、タケルとテオが出て行った修練場の入口を暫くの間見つめていた。