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メリッサの苦悩~弐~

「あ・・・」

 メリッサが二階に上がると偶然自室から出て来たジュリアと鉢合わせた。

 一瞬表情を変えたジュリアは慌てた様子で直ぐに回れ右をし、ドアノブに手を掛けた。

「ジュリア、待って下さい!少し話をしましょう」

 メリッサが素早くジュリアの手を掴む。

「婚約を白紙にされた私を嗤いに来たのですか?!わ、私はお姉さまとお話する事などございませんわ。手を放してください」

「あなたの婚約を潰してしまったのは私です。ごめんなさい。それについては謝りますのでどうか私の話を聞いて下さい。お父様とも今お話をしてきたところです」

「・・・」

 ジュリアは一度眉尻を吊り上げてメリッサを斜に睨んだが数秒の間の後力を抜きメリッサを自室に招き入れた。

「それでどの様なお話でしょう?」

 ジュリアが椅子に腰かけメリッサも丸いテーブルを挟んで向かい側に座った。

「勝負事とはいえあなたとイザーク様との婚約が白紙になった直接の原因は私にあります。ごめんなさい」

「・・・」

「でも、もしもこのままあなたとイザーク様が結婚することになっていたら私は反対したと思います」

「?!何を言い出すかと思えば!責任を逃れたいだけの言い訳など聞く耳はありませんわ!」

「・・・ジュリア、貴方はイザーク様をどの様な方だと思っていますか?」

「ど、どのようなって・・・イザーク様は責任感が強くて人以上に向上心のある方です」

 なるほど、Bチームからの誘いを断り自らがリーダーとなる事を選んだイザークは確かに責任感があると言える。そして名声を得るために騎士団に入団を目指したという事は向上心があるのだろう。実際に剣を交えたメリッサは彼との意識の違いに衝撃を受け戦いの中で迷ってしまった。チームの皆のサポートやフローラの声援が無ければ打ち負かされていたかもしれない。

「否定はしません。けれども彼は”貴方はジュリアの事を幸せにしようという気持ちはあるのですか?”という私の問いに対して剣を振りながらこう言いました『容姿が良い者を連れていたら受けが良いからでそれ以外は無い』と」

「・・・」

「貴方がイザーク様と結婚しても幸せになれるとは私には思えないのです」

「・・・それは・・・承知の上です」

 メリッサの胸元に視線をつけたまま表情を変えずに聞いていたジュリアが落ち着いた口調で言った。

「?!」

 メリッサは一瞬言葉に詰まった。

「・・・彼は容姿の良い貴方を連れて歩いて子供は能力のある娘に産ませれば良いとまで言ったのですよ?!」

「それでも!」

 ジュリアはメリッサの言葉にややかぶせる様に声を張った。

「お姉さまだってお父様がどれほどの苦労を背負って来られたか分かっているでしょう?この先フローラだって文官大学院に入学するはずですしお父様がお年を召されてお仕事から離れた後の生活だってお金がかかります。地位や財力のある殿方の家に入ればお金の苦労は無くなります。上級貴族の人脈を得られればアルネゼデール家にとっても利が多いです。イザーク様が私を花としか見ていないというのなら私はあの方の事を財として割り切ります」

「ジュリア・・・」

「けれども一緒に暮らしていたらそのうち愛情もついてくるはずですわ」

 メリッサは絶句した。

 これまで何故か地位や権力に媚びへつらっていただけだと思っていた妹は父と一緒に必死になって家の行く末を考えていたのだ。

「・・・ご、ごめんなさいジュリア・・・私は・・・私はダメな姉ですね・・・」

 妹の心を初めて知った姉は返す言葉も無く項垂れた。

 フランクもジュリアも家の事を必死に考えていたのだ。それに比べて自分は部屋に引き籠ってただただいやいやをしていただけではないか。ジュリアが自分に冷たく突き放したような態度をするのも自分が不甲斐なかったせいだ。

 メリッサは唇を噛んで猛省した。

「私は貴方に大きな荷を背負わせてしまっていたのですね・・・。これまで貴方が受けていた重圧を考えると迂闊な事は言えませんし今更と思うかもしれませんが今日からその荷は私が持ちます。だから・・・許して貰えないでしょうか?・・・」

「・・・お姉さまが家督を継ぐという事でしょうか?」

「そうです」

 王国騎士の収入が桁違いなのはジュリアも知っている。メリッサが当主になれば子爵へと昇るし超が付くエリート集団である王国騎士は爵位が同じでも地位は上級となる。

「お姉さまが家督を継ぐ事は承知しました。けれどもそれ以外は・・・考えておきます・・・」

 ジュリアの言う”それ以外”とはこれまでメリッサの代わりに背負ってきた重圧とイザークとの婚約を潰した事に対する謝罪を受け入れるかどうかだ。

 昇爵はアルネゼデール家や親族にとって良い事づくめなのでメリッサが当主となる事は反対は出来ない。しかし関係を修復したいという気持ちはジュリアにもあるがこれまでずっと家の事に無関心だったメリッサが急に家を纏められるとは思えなかった。ジュリアは全てをメリッサに任せる気持ちにはなれないので”それ以外は考えておく”という返事が精いっぱいだったのだ。

 それにこれまで必死になって家の事を考えて来たのに地位も富も一度に得たメリッサにすこし嫉妬のような気持ちもあった。

「ジュリア、最後にひとつだけ良いかしら?」

「何でしょうお姉さま」

「それで・・・今後ティエリー家からもう一度ご縁を結ぶお話しがあったら受け入れるのですか?」

「もう一度お話があったら・・・正直どうするべきか分かりません。でもあちらから、イザーク様から婚約のお話がもう一度来ることは無いかと思います」

「何故そう思うのですか?」

「お姉さまはこのまま騎士団に入団されるのですよね?」

「ええ。ちょうど一週間後に入団式となります」

「では、縁談は恐らく無いでしょう・・・」

「どういうことですか?自分を負かして騎士団入団を決めた私の顔は見たくはないと・・・いう事でしょうか?」

「それもありますが王国騎士は地方騎士の遥か上に居る上級騎士です。これはお父様が仰っていた事で私は詳しくは存じませんが戦地に赴けばイザーク様はお姉様の指示で動くことになるのではありませんか?」

「!」

 メリッサははっとした。自分が家督を継げばアルネゼデール家は子爵へと昇爵するが伯爵家であるティエリー家よりも位は下だ。しかしひとたび”招集”されれば地方騎士は王国騎士の配下として動く事となる。

 これは人にもよるだろうが人一倍プライドの高いイザークがこの歪な関係を甘んじて受け入れるとは到底思えない。

 ――自分はなんて思慮が浅いのだ・・。


 コンコンコン・・。

 重苦しい空気の中二人が俯いているとドアがノックされた。

「誰かしら?お入りください」

「失礼いたしますお姉さま」

 ジュリアが返事をすると淡黄の可愛らしいドレスを着たフローラが入って来た。

「あ・・・ごめんなさい」

 何処にも姿のないメリッサを家中探していたのだが一番居そうにない所で見つけて一瞬戸惑ったのだ。

「構いませんわ。お姉様とのお話は終わった所です。どうしたのですかフローラ」

「あの、メリッサお姉様にお客様です」

「私にお客様?」

 祝勝会に関係する事は父シモンが全て断ったのでもうそういった来客は無いはずだし、ずっと引き籠っていたメリッサには騎士学校の仲間以外に友人もいない。彼らは祝勝会や入団準備で忙しくこのタイミングでメリッサに会いに来ることは考えにくい。

「どなたかしら?」

「ランバート様と仰っていました。今客間でお母様とお話をされています」

「ランバート・・・様・・・?」

 誰だったか?何処かで聞き覚えがあったが思い出せない。

「と、とにかく参りましょう。ジュリア、お話してくれて有難う」

「いえ・・・私もこうしてお姉様ときちんとお話が出来て良かったですわ」

 これまでより少し柔らかい表情に変わったジュリアはメリッサを見送った。


「・・・ランバート・・・ランバート様・・・」

 フローラと一緒に階段を下りながら必死で考えるが出てこない。

「メリッサです。失礼します」

「おお。卒業式典からさほど日はたっておらぬが女子は家に帰ると皆見違えるな」

「き、教官?!」

 客間に入ったメリッサは目を見開いて驚いた。母の向かいに座っていたのは騎士学校教官ガスパー・ランバートであった。



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