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メリッサの苦悩

 部屋の壁一面分もある本棚の前に立ち碧色の表装の本を開いている長身の少女はメリッサ・アルネゼデールだ。

 彼女の性格だろう、本は紙一枚すら差し込めないほどにぎっしりと隙間なく埋められていてこういうデザインの壁なのかと思える程だ。

 メリッサは手に取ったばかりの真新しい本をニページ程めくった所で元あった場所に戻してしまった。そして別の本の背に指を掛けようとして引っ込めた。

 ―—どうにも集中出来ません・・・。

 読書を諦めて南側の両開きの窓を開けるとひんやりとした風が入って来た。

 この時期らしい少し薄暗い空が広がっている。そろそろ雪がちらつき始める頃合いだ。

「早いうちにちゃんと話をしないといけないですね・・・」

 メリッサはまだ父妹と話を出来ないでいた。

 シュバリエ家での祝勝会後、父シモンに勘当を言い渡されたメリッサの思い悩む姿を見かねたシュバリエ夫妻が「いつまでいても一向に構わない」と部屋を用意してくれたのだが何をしていても落ち着くことが出来なかった為二日間だけ甘えて帰宅した。

 騎士団入団で昇爵が決定しているメリッサを無下に追い出す事も出来ないシモンと散々メリッサを下に見ていたが婚約者を直接対決で倒された妹ジュリアは自室に籠ってしまっていて二人ともメリッサを避ける様に生活していた。メリッサもなかなか二人と話をする気持ちになれず、ずるずると一週間が経ってしまっていた。

 このままメリッサが家を出て王国騎士として生活を始めれば男爵である父シモンは何故御前試合で優勝し子爵となった娘を追い出したのか?という事になる。

 家に留まればアルネゼデール家は男爵から子爵に昇爵するがそれには国王から昇爵を許されたメリッサが家督を継がなくてはならない。

 まだまだ隠居するには早くプライドの高いシモンにはどちらも受け入れがたい事だと思う。時間が解決してくれる事ではなく、むしろ時間が経てば経つほど状況は悪化するだろう。

 一方妹ジュリアはティエリー伯爵家からの申し入れでイザークとの婚約が白紙となっていた。イザークの王国騎士団入団が消滅し将来の先行きが見えなくなったのだから当然と言えば当然だ。実力が伴っていなかった為に王国騎士団に入団出来なかっただけだと言えばそれまでなのだが理由はどうであれ姉が実妹の婚約者の将来を潰した事には変わりはない。こちらも簡単に解決できる事ではない。

 ――いったいどうしたら・・・。

「こんな時ユーゴならどうするのかな?彼は強い人だからレティを連れて直ぐに家を出てしまうかもしれませんね。ドロテもきっとごきげんようの一言で終わり。ルシアンは・・・」

 メリッサはシモンに勘当を言い渡されて泣いて宿舎に帰った時の「俺のところに来い!」と言ってくれたルシアンの顔を思い浮かべ、胸に手を置いた。

 シュバリエの屋敷での祝勝会でそのことについてルシアンは皆に散々からかわれていて終始困った顔をしていたがメリッサはとても嬉しかった。ずっとコンプレックスだった身長の事もルシアンは全然気にしていないみたいだし一緒に来いとまで言ってくれた。メリッサはあれ以来ルシアンの事を気にせずにはいられなくなってしまって今ではもう一度言ってくれるのを待っている。

 ドロテが「なんとなくなんて私が許さないわよ!ちゃんとメリッサにプロポーズしなさい!」とルシアンの首根っこを掴んで言ってくれていたのだけれど家が遠い事もあって祝勝会後は会えていない。差しさわりのない内容の手紙を一通だしてみたがその返事もまだ来ていなかった。

 ――このまま家を出たら・・・もう一度言ってくれるでしょうか?・・・あの時私の事を気の毒に思って寝泊りするぐらいの事はなんとかしてやるという意味での言葉だったのでしょうか?・・・。

 パンッ!

 メリッサは自分の頬を両手で張った。

「人任せはいけませんね・・・まず自分でなんとかしなくては。兎に角お父様とお話を」

 窓を閉めて部屋を出た。

 一階へ降りて廊下の突き当りにある父の書斎の扉の前でひとつ深呼吸をし、扉をノックした。

「お父様、メリッサです。少しお話をしたいのです」

 数秒間があり入りなさいという声が聞こえた。

「失礼いたします」

 扉を開けるとシモンは執務机の後ろにある窓の方を向いて立っていた。メリッサには背を向けた格好だ。

「・・・」

「お父様は今後どのようにしたいとお考えでしょう?私では決められません」

 視線を下に落として重い口を開いたメリッサにゆっくりと振り向いたシモンの顔もまた苦悩に満ちていた。

 メリッサが家を出て行けば子爵となるのはメリッサ一人だけだ。家に残ればアルネゼデール家を昇爵させる事が出来るがそれにはシモンから家督を引き継ぐ必要がある。

 それはシモンも十分に理解しているが一度出て行けと言ってしまった手前、舌の根も乾かぬうちにやはり残ってくれ等とは言えない。それに自分の意に反する生き方をして来た娘が自力で父を追い越してしまったのだ。そのメリッサに反論や意見など言えるはずもない。

「お前の好きにするが良い・・・」

 シモンはようやく一言絞り出した。


 アルネゼデール男爵家の次男として生まれたシモンは文官大学院に入学したものの卒業後は王宮に使えるという目標は叶わず多くの下級貴族と同じく苦しい青年期を過ごした。

 騎士団に入れなかった領主貴族の息子の侍従として働き始め、その後若い王国騎士に仕えながら人脈を広げて行きマリオンと結婚、やっとのことで伯爵家の侍従長となり家族を支えている。

 王国騎士団に入団して爵位を得たルシアンは例外中の例外で平民とは比べるべくもないが収入の少ない下級貴族の生活はとても裕福とは言えず領主や王宮に使える他の貴族と同じ世界で生きるのはとても厳しいのだ。

 そんなシモンは高身長にコンプレックスを持っていて極度の人見知りの為に自室に引きこもるメリッサに自分と同じ思いはさせまいとあの手この手で社交の場に行かせたが茶会で誰とも会話も無く帰宅する娘にいつしか怒りに似た感情が芽生え関係が壊れて行った。

 そして最後の手段として将来を嘱望される上級貴族の息子や体力に自信のある者だけが集まる騎士学校に入学させた。ここならば長身で悩むメリッサに声を掛けてくれる者がきっといるはずだと考えたからだ。しかしメリッサはシモンの予想を遥かに超える成果を上げた。婚約者を探すなどという小さな目標を吹き飛ばし御前試合優勝、王国騎士団への入団、子爵への昇爵を勝ち取ったのだ。

 これまで血筋の中に王国騎士団に入団した者は皆無でメリッサは家系初の王国騎士となった。

 この大快挙に親族中大騒ぎとなり祝勝会等の問い合わせが殺到したがシモンは全て断ってしまった。

 次女ジュリアの婚約を潰しておいて祝の会など出来るはずがないしあっさりと自分を越えてしまった娘に親族全員の前で家督を譲るということはこれまで家族を支えてきたプライドが許さなかったからだ。

 しかし冷静に考えればメリッサを追い出す事は論外で家督を譲る他の選択肢はない。

 メリッサが会話を求めて来た今日はシモンには摸擬戦から十日経ち頭が冷めて来た丁度良いタイミングだった。

「今の私があるのはお父様のお陰です。騎士団に入団出来たのもお父様が騎士学校に入れて下さったからで半分はお父様のお力だと思っています。ですのでこの先もお父様のご意見を頂きたいのです」

「・・・私も色々と考えた。これまで自分の進んできた道は、お前達にしてきた事は正しかったのかどうか。自分に出来る事を必死にやって生きて来た事に後悔は無いが子の道を親が全て作ってしまうのは子が親以上になれない様にしているだけではないかと考える様になった。一本の道を初めから終わりまで作ってやるのではなく色々な方角へ進める様に最初だけ足元をきっちりと作ってやれば子は思わぬ方向へ驚くほど遠くまで行けるものなのだと」

「お父様・・・」

「お前は自分で道を切り開きもう私の知見を遥かに超えた所に到達している。自分の考える様に歩いて行くが良い。恐らくそれがこの先お前にとってもアルネゼデール家にとっても正しいのだ」

「でも・・・」

「ジュリアの事か?イザーク様とジュリアは縁が無かったのだお前が思い悩むことは無い。お前にもジュリア自身にも何か落ち度があったわけでは無いのだから家の傷にはならん。あれにはまた良い話を持って来よう」

「有難うございますお父様。もう少し考えてみます・・・」

「・・・私は何もしていないのだから礼には及ばぬ・・・」

「失礼します」

 メリッサは閉めた扉に背を預けふぅと大きく息を吐いた。

 シモンはメリッサに対しこれまでのように頭ごなしに押さえつけることは無くなっていて対等に話が出来た。この先は親子の関係を修復し上手くやっていけるかもしれないと思った。



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