ドロテの災難
「こんなところにいたのか、探したぞドロテ!」
「探さないで。お願い」
「そんな家出令嬢みたいなことを言うなよ」
「あんたに毎日の様に付きまとわれたら家出もしたくなるわね!」
「おお!今日も元気で何よりだ!お前のそういう所が俺は大好きだ」
「私はあんたのそういう所が大嫌いよっ!ここは私にとって大切な場所なの!”こんなところ”なんて言われたくないわ!」
「この墓地がか?そ、それはすまん。発言は撤回しよう。しかし何故墓地が大切な場所なのだ?」
「あんたには関係ないわ」
「むぅ、お?そうか!見覚えがあると思っていたがアミラ様の墓だったな!ではアミラ様にもお前との結婚をお願いすることにしよう」
「おばあ様に話しかけたら斬るわよ」
「その気の強さ、益々良い!」
「・・・・・・」
全くかみ合わない不毛な会話を繰り広げているのはドロテ・ロシュフォールとアルバン・グロッソだ。
故人に語り掛けたら殺すというドロテもドロテだがその言葉を嬉しそうに受けるアルバンも相当なものだ。
御前試合の激闘以後どういうワケかドロテに好意を持ったアルバンがロシュフォール家主催の祝勝会から連日猛アタックをしかけていた。アルバン・グロッソはドロテがボコボコにした相手で際立って対立はしていないがロシュフォールに並ぶ最大派閥だ。摸擬戦で罵り合っただけで会話らしい会話もしておらず親同士も懇意にしているとは言えないアルバンが何故自分に一生懸命なのかさっぱり分からなかった。
「毎日毎日毎日迷惑なのよ!」
家の事や王宮での権力云々はドロテには興味も無かったが嫌いなものは仕方がない。
ドロテは祝勝会の”主役”なのだが連日の接待に嫌気がさし、隙を見ては小高い丘にある亡きアミラの眠るロシュフォール家管理の墓地に逃げてきていた。
見渡す景色も良く静かでとても落ち着く場所なのだがしつこいアルバンに見つかってしまったのだ。
「あんたまたボコられたいの?!」
「おお!お前の技を見せてくれるのか?有難い!御前試合からお前の技が気になって気になって仕方がないのだ!二度目ともなれば負けてやる事は出来ないが大事な婚約者に怪我をさせないようにはするぞ!」
こんな調子である。
「あー!もうっ!」
天を仰いだドロテは両手を腰に当てた。
「稽古をしたいのなら入団後相手してあげるから私に付きまとわないで!」
「むむ?ただ稽古したいというわけではない。お前を妻として迎え入れたいと心から思っているのだ!それに結婚すればいつでも手合わせ出来るのでお互い良いことづくめであろう?」
嫌いな相手の一生懸命な態度程面倒で厄介なものはない。
ドロテはこれ以上つきまとって欲しくない、当然結婚等諦めて欲しいという”お断り”の意味で稽古相手の話をしたのに自分が稽古をしたいからお前もしたいのだろう、結婚すれば心行くまで修練できるという男を相いれられるわけがない。勿論剣術は好きで大好きだった祖母に天で喜んでもらう為に望んで入った騎士団だし王国を守るという使命も理解している。しかし家庭まで剣術漬けの人生等まっぴらだ。
―—それに・・・。
「・・・それに私は威圧的な大男が大嫌いなのよっ!」
ドロテは2メートル超えのアルバンを見上げて怒鳴った。
「!。な、何を言う?お前の兄上、ユリウス様も体格が良く威圧感のある立派な騎士ではないか」
はぁとドロテは額に手をやった。
騎士団長に任命される兄を妹が尊敬しないはずはないと決めつける性格も論外である。
「この際ハッキリ言うわ!私はあんたに全く興味が無いの!分かった?!」
どん!
「?!」
啖呵を切って踵を返したドロテの顔が何かに当たった。
見上げるとアルバンの顔があった。
「???!」
振り向いてもアルバンが居る。
「へ・・?!」
「あ、兄上、何故ここに?!」
「あにうえ?」
ドロテはもう一度見上げてみた。身長は同じぐらいだがよくよく見ればアルバンよりややほっそりしていて少し目つきが鋭い。
「大声が聞こえた方を見たらお前の姿が見えたのでな。ドロテ嬢かな?私はアルバンの兄アレクという。弟が世話になっているようだな」
「お、お初にお目にかかります。ドロテと申します」
ドロテは世話などしたくないという言葉を飲み込んで挨拶をした。アレク・グロッソ。ロシュフォール家と支持者を二分する最大派閥グロッソ家の次期当主だ。面識は無かったが名前だけはユリウスから何度か聞いたことがあった。
「大声で駆け付けたのは私だけではないみたいだがな」
アレクが身を躱すと一人の侍女が会釈した。
「ドロテお嬢様、準備が整いましたのでお伝えしに参りました」
「わ、わかったわ」
ドロテは下を向いて小声で答えた。
所かまわず感情に任せて大声を上げるものではないと両親だけでなく、周囲からよく注意されていて「性格なんだからしかたがないじゃない」と言いつつも最近は気を付けなければと思っていたところだ。少しばつが悪かった。
「それから旦那様が自室に来るようにと。お客様とお待ちです」
「お客様?!・・・どなたかしら?」
この十日間でもう大概の貴族と話はしているので今頃自分に客とは見当がつかなかった。
「お聞きになった通りで御座いますので失礼させていただきますね。アレク様、アルバン様ごきげんよう」
ドロテは挨拶しながら二人から素早く距離を取った。
父フランクと顔を合わすのは気が重いが生理的に受け付けない二人に囲まれているよりマシだ。
「おい待てって!準備ってなんの準備なんだ?!」
「巨体に似合わずアルバンも素早い動きで追いすがった」
「し、しつこいわねっ!騎士団に連れて行く使用人の選定よっ!分かったら邪魔しないで!」
「そ、そうか、では話は次の機会にしよう」
―—次の機会なんてあってたまるもんですか!。
伝令で来た次女の袖を引っ張りドロテは早足でこの場を離れて行った。
「ロシュフォールの長女ドロテと言ったか。お前、ああいう女が好みか?」
「兄上も試合を見ていただろう?俺はあんなに強い女を今まで見たことが無い」
「あの試合はお前の油断で負けたのだ。あの女の実力がお前を勝っていたわけではない」
「兄上、俺が言っているのは気の強さだ。きっと強い子を産む」
「そうかも知れぬが体があれでは体が小さすぎる。せめてアミラ様程あれば良いと思うがロシュフォールの娘はやめておけ父上が許すとは思えん。お前も理解しているだろう?」
常に強さを求め王国騎士団に続々と人材を送り込むグロッソ家とは対照的にやや文官寄りのロシュフォール家は王国を二分する最大派閥だ。
これまでは現場第一主義のグロッソ家と王宮を影で支えるロシュフォール家といった具合で最大派閥同士でありながら大した争いもなく住みわけが出来ていたのだが、ロシュフォール当主の息子三人が騎士団のピラミッドの頂点である第一小隊配置となり、今季長兄ユリウスが騎士団長に、次男エリアスが副騎士団長、三男ニルスが第一小隊長に就任が決まり自分たちの職場の要職全てを侵食される形となったグロッソ派は揉めに揉めているのだ。
飛びぬけた実力のユリウスが議会満場一致で次期騎士団長に指名されたのはグロッソ派にしても致し方のない事だったが副騎士団長候補一番手であったアレク・グロッソがロシュフォール次男エリアスと票の取り合いに敗れ第一小隊長のユリウスが後継にニルスを選んだ為に現場の要職の全てをロシュフォールが占めるという思わぬ人事となってしまったのだ。
実力的に申し分のないアレクがエリアスに敗れた原因は議会が彼の指揮能力を疑問視したからだ。
剣術ではアレクが優位であった為グロッソ派は副長指名は当然と考え楽観視していたがいざ議会が開かれると総合力のエリアス票がアレクのそれを上回ってしまった。そして統率力を疑問視されて落選した為に第一小隊長に指名をされなかった事についても意義を唱える者が少なかったのだった。
この結果にグロッソ家当主ガブリエルが激怒したことは言うまでもない。
「・・・それで兄上、今日は何故こちらに?」
「私が時期副騎士団長となる事が正式に決まった」
「え・・・?!」
まさかのアレクの言葉にアルバンは目を見開いた。エリアス副騎士団長が議会で承認されたにも関わらず、しかも編成式直前だ。
「陛下の意向という事で緊急に開かれた議会でも反対意見は無かったそうだ」
「え、ええと・・・ロシュフォール側はなんと?・・・エリアス様は・・・ち、父上は・・・」
驚きすぎたアルバンは質問が断片的にしか出てこない。
「フランク様は先日開かれた議会での人事の変更を受け入れた。今日はその事についてここで会合が行われ、さきほど終えたところだ。分かっていると思うが編成式が終わるまで他言無用だ。良いな」
―—ロシュフォール家が曲がりなりにも降格人事を受け入れるなんて、それにそんな大事な会合が王宮ではなくロシュフォールの屋敷で行われるとはどういうことなのだろう?。
アルバンの顔はアレクの方を向いていたが必死で何かを考えている目をしている。
「お、王の意向とは大変な栄誉ですね。お兄上おめでとうございます。兄上が副長に就任したことで父上もすこしは機嫌を直してくれるでしょうね」
アルバンは戸惑いつつも兄を祝福した。
「うむ。お前が色々と不思議に思うのも無理はない。私自身王宮に呼ばれてこの話を聞いた時耳を疑ったからな。実は人事に関して間に入って仲裁をした方がおられるのだ。私の副長就任はその方の強い希望を陛下が汲まれたらしい」
アルバンはもう一回り目を丸くした。話の流れから”仲裁者”は現騎士団長のフェリクスではないという事はわかるがそうなると他にジェラール王に進言し、フランク・ロシュフォールを説得できるほど影響力のある人物が思い浮かばない。
「その方とは何方でしょう?」
「ガスパー様だ」
「!が、ガスパー・・・教官が?!どうして?!」
ユリウスの師にして元副騎士団長だ。王国への貢献度も高かった事は誰もが知る事実で数々の武勲を耳にする生きる伝説だがアルバンが八つの頃に騎士団から離れていて年齢も年齢だ。一瞬なるほどと思ったが腕組みして静かに指導する教官のイメージしかない。
「ガスパー様が騎士団復帰にあたってニルスを引き抜いた事で人事を見直さざるを得なくなったというのが真相で私が望まれたわけではないのだ。あまり手放しでは喜べぬ」
それでもアレクが副長に指名された事に変わりはないし派閥のバランスも保たれる。
それに上手くすればロシュフォールとの距離も縮まりドロテとの結婚も認めてもらえるかもしれないとアルバンは思った。
「何故教官が今になって騎士団に復帰されるのか、何故ニルス様を引き抜かれたかは俺には分かりませんが微力ながら精一杯兄上のお手伝いをさせていただきます!」
「お?おう・・・それは助かる」
アルバンは満面の笑みで兄を手助けする事を誓った。




