謁見~参~
馬車から降りると荘厳で巨大なエントランスの前だった。
何もかもが大きくて装飾が細かい。
もう一台の馬車から降りて来たセルジュ達も驚いた顔でユーゴの傍に駆け寄って来た。貴族と言えど使える立場になければ宮廷にはめったな事では入れないのだ。
王宮内にも多くの騎士がいて先導して通路を歩くユリウスに対し皆敬礼してからすれ違っていった。防衛大学を卒業した”元”自衛官のユーゴにはあまり違和感は無いがセルジュ達はおっかなびっくりな様子でいちいちぺこぺこと会釈しながら歩いている。
馬車がそのまま通れる程幅広で長い通路の先に階段があり、ここにも騎士が二人立っていた。
先頭をあるくユリウスは三階の大扉の前で立ち止まって振り返るとエリアスとニルスになにやら話をした後二人の騎士を連れて通路を歩いて行ってしまった。
「ここが謁見の間です。私の後に続いて下さい。膝を折ったら皆同じように。よろしいですね?」
ユーゴ達四人は緊張気味に黙って頷いた。
ギィ・・・。
門番ならぬ扉番が大扉を開けると学校の体育館程もある大きな部屋だった。
ユーゴ達の足元から臙脂色の豪華なジュータンが奥まで続いていて並行して天井を支える直径ニメートル程もある大理石調の円柱がずらっと並んでいる。
ジュータンの最奥は階段状になっていてユーゴの背丈よりも高い位置に玉座があったがジェラール王の姿はない。
広間の左右には多くの騎士が整列していて何人か騎士らしくない貴族の姿もあった。不自然な程距離をとっているのが気にはなったがさほど敵意は感じない。
ユーゴ達を先導するエリアスとニルスは広間の中央付近で歩みを止め、”休め”の姿勢を取った。
ユーゴ達四人を囲んでいる第一と第三小隊の二十名も同じく休めの姿勢だ。
15分か20分か待っていてもジェラール王は姿を見せずユーゴ達を見つめる貴族達がひそひそ話をし始めた。
「私たちは咎をうけるのだろうか?・・・」
心配になって来たセルジュがユーゴに囁いた。レティシアもユーゴの袖を少し掴んで不安そうな顔をしている。
「多分大丈夫です父上。俺達は何もやましい事はしていませんし、恐らくユリウス様が陛下にお話をして下さっているのだと」
「う、うむ。そうだな・・・」
小声でそんな会話をしていると”舞台袖”からユリウスが出て来て玉座の横に立つとジェラール王が姿を現した。
エリアス以下騎士達が一斉に膝を折り、それを見たユーゴ達も習い控えた。
ジョルジュ王が玉座に着くと側近らしき貴族等に続いて現騎士団長フェリクス・ラースローと騎士学校剣術教官のガスパー・ランバートも出て来てジェラール王の左側に着いた。
―—何故教官が?
ラファエルがこの場にいないのは当然と言えば当然でユリウスとフェリクスは解る。だが王国内で影響力があるとはいえ騎士団所属ではない学校の教官に甘んじているガスパーが同列にいるのは不自然だ。
「皆顔をあげよ」
「ユーゴ、名を名乗るのだ」
ジョルジュ王の言葉の直後、エリアスがユーゴに囁いた。
「召喚により参上致しました。ユーゴ・ミナカタ・シュバリエです」
一瞬どう言えばよいのか迷ったが、挨拶とは言っても招かれたわけではなく出頭命令により連れてこられたのだ。「お招きいただき光栄に存じます」では場違いな気がした。
「ユーゴ、先日の事の顛末を説明せよ」
ジェラール王のすぐ右側に立っている神経質そうな細身の男の声が広間に響いた。
昨日の騒ぎについてはおおよそジェラール王の耳には入っているはずだが”証人喚問”とはこういうものである。
「陛下、シュバリエ家当主セルジュと申します。発言をお許しください」
「父上?」
セルジュの言葉を受けて細身の男がジェラールの顔を見た。
ジェラール王は前を向いたまま「許す」と答えた。
「有難うございます。昨日の騒ぎについては私からお話したく存じます」
セルジュはユーゴの前に出て再び控えた。
昨夜の襲撃事件だけを説明するのであれば受けて立ったのはユーゴなので説明は出来るが、事の発端からとなるとセルジュの父ジュールの代の話からする必要がある。当時幼かったレティシアや縁組して一年ちょっとのユーゴでは難しいと思ったのだ。
「セルジュ・シュバリエ、話を聞こう」
セルジュは身振り手振りを交えながらシュバリエ家とクルーゼ家について語り始めた。
周囲の兵や中央に跪くイザベル、レティシア、第一、第三小隊の騎士達も表情を変えずセルジュの話を黙って聞いているがユーゴだけは驚きを持ってセルジュの横顔を見ていた。
病弱で今も時折せき込み、イザベルに背中をさすって貰いながら話すセルジュは普段から「自分は何もできない役立たずだ」と口癖の様に言う。実際皆で王都に買い物に来た時も少し歩いただけで息切れし、大気が乾燥する季節は砂埃を吸い込むと咳が止まらなくなるので屋外には出られない。あまり体を動かさず楽しめる釣りが唯一の楽しみだという。
当主が満足に働くことが出来ない為に家族は先代ジュールの貯えで生活しているという現状だ。
しかし今、ユーゴはセルジュの新たな一面を見た。驚くほど話が上手いのだ。
時々せき込み止まるが身振り手振りを交え、自身の見て来たシュバリエ家とクルーゼ家の関係を誰にでも解る様に饒舌に語っていた。
気づくと玉座に深く座り、肩ひじをつき指に顎を乗せていたジェラール王の姿勢がやや前に出てきていた。
自身なさげな姿はどこにもなく王を前に堂々と語っている。
思えば体のせいで苦労してきたためか人当たりは良く、誰にでも同じ態度のセルジュは丁寧な言葉遣いが苦手でともすれば無礼者と叱り飛ばされてもおかしくない平民のルシアンとも初対面からにこやかに会話をしていた。
ユーゴに対してもそうだった。素性の分からない彼を養子とし、騎士学校に入学するレティシアの身を案じて息子の自分に深々と頭を下げたのだ。
そんなセルジュは領地を取り戻し、民を得たなら素晴らしい領主になるのではないかとユーゴは思った。
セルジュは話し終えると突如重力があることを思い出したかのように脱力した。
「其方の言い分は理解した」
「お待ちください陛下、私がラファエルから聞いた話とは乖離が大きい故その者の話を鵜吞みにするのは如何かと存じます」
神経質そうな側近が言葉を挟んだ。
「まあ、それはそうだろう対立する者同士の言い分が一致するはずはないからな。しかしそれはどうでも良い事だ」
「?!」
王がどちらかの言い分を汲み取って何かしらの裁定を下す物だと思っていた側近はどうでも良いと切り捨てられて目を丸くしてジェラールを見た。
「分からぬか?バチスト。過去の事柄など何故こう事案が発生したかという目安に過ぎぬ。双方の合意のもと領地を賭けた摸擬戦に於いて次期当主同士が戦いシュバリエが勝利したのだ。そして私が立ち会ったにもかかわらずそれを否としたクルーゼがシュバリエを襲撃したが見事返り討ちにあったというのが昨夜の騒動であろう?元の領地はシュバリエに戻る事になんの問題もない。屋敷が崩壊して怪我を負ったのはクルーゼの自業自得であろう」
「は・・・はは」
過去シュバリエ家もクルーゼ家の理不尽な要求に対し一騎打ちを受けて敗れ、領地を失ったのだ。例え先日の摸擬戦での領地を賭けた対決がクルーゼ家にとって納得の行くものではなかったとしても決定を覆す理由にはならない。
バチストと呼ばれた側近はジェラールの正論に何も返すことが出来ず引き下がった。
「陛下のお言葉の通りである。過去シュバリエ家からクルーゼ家に渡った領地は再びシュバリエ家に戻る事を承認する。シュバリエ家当主は速やかに資料を提出せよ」
フェリクスの宣言にセルジュは震える声で「有難うございます」と答え涙ぐんだ。
「そして爵位はさしあたり子爵とする」
「陛下・・・!」
”子爵”に真っ先に反応したのはレティシアだった。領地を取られる前、ジュールの代ではシュバリエは伯爵家だったのだ。
領地が戻るのであれば大好きだった祖父の地位も戻してもらいたい。レティシアはそう思った。
しかしレティシアに両側から発言を制する腕が伸びた。セルジュの左腕とユーゴの右腕だ。
爵位が上がれば縦横の繋がりが増え、王国内における影響力が上がって縁者の婚姻や就職の幅が広がる為一族の繁栄へと繋がる。しかし領地を有する貴族には王国に対し納税義務が発生するので一気に伯爵まで陞爵してしまうとそれに見合った税を納められない。そしていざ戦となれば兵を出さなければならなくなるのだ。陞爵は取り巻く環境と自領の状況、収支とのバランスが大事だ。それにまだ実際に領地が返還されたわけではなく、そこに生活する民が領主の交代を受け入れると決まったわけではない。”さしあたり”と言葉がついたのはそれらを察したジェラールの配慮だ。
その理由はレティシアには分からなかったが目くばせしあうセルジュとユーゴを見て下がった。
「シュバリエとクルーゼの領地に関しては以上だが其方らを召喚したの理由はもうひとつある。私、というより我が王国にとってこちらの方がはるかに重要な事案だ」
ジェラールは目線をセルジュからユーゴに向けた。
「ユーゴ・ミナカタ・シュバリエ、クルーゼ家を迎え撃った際、精霊魔力を使ったとの報告がある」
「精霊魔力?!!」
それまで広間の両脇で成り行きを黙って見ていた兵士や貴族達がにわかにざわつき始めた。




