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謁見~弐~

 ユーゴと向かい合って乗っているユリウスとエリアスが難しい表情をして目を瞑っていた。隣に座っているニルスは困った顔をしている。

「君は冗談でこんな話等するひとではないという事はこれまでの言動でわかりますし、御前試合での見事な試合運びや実力を見ればなるほどとは思います。しかし・・・」

「異国じゃなくて異世界から来たって言われても、ああ!そうだったんだ!とはならないよね・・・」

 エリアスとニルスもどうしたものかと考え込んでしまった。

 友人同士の他愛のない話であれば作り話であろうと真実だろうとどちらでも構わないが、これから向かう先は王宮、謁見の間だ。果たしてジェラール王や大勢の側近の前でありのまま話して良いのかという事だ。

「こんな素性の分からぬ者の世迷い事をしんじるのかー!って言いだすやつきっといると思うな」

 エリアスが「それな!」と言いたげな視線をニルスに送った。

「・・・」

「貴様の出自に関しては一旦私が預かろう」

 それまでずっとユーゴや弟達の話を黙って聞いていたユリウスが口を開いた。

「如何されるおつもりでしょうか兄上」

「ユーゴ・シュバリエ、貴様は山脈以北の国から東の海岸に流れ着いた漂着者という事にしておくのだ」

「北の国・・・漂着者・・・ですか?」

「そうですねぇ。ベタな設定ですがそれが一番良いかもしれません」

「?」

「ユーゴ、北には標高が高くて長い山脈がアシハール平原を遮るように東西に延びている事は知ってるよね?」

「はい、存じております」

 御前試合が行われた場所からでも青く美しい山脈がよく見えた。

「あの山脈、ヨミル山脈は万年雪で覆われていて獣人でもめったな事で山越えを挑まない程険しいんだ。陸地を完全に分断していて東は海で絶壁、唯一西の端が開けていて陸路で通れるのだけれどゴズワールの王都が塞いでいるんだ」

「そうなのですか。しかし海なら船で・・・」

「ポイントはそこね。西は穏やかな海域で商船の往来も多いらしいんだけど、東は北から南へ流れる強い海流の影響で行き来できなくて稀に人が漂着することがあるんだ」

「そしてこの極端な地形の影響でヨミル山脈以北の国々の情報はゴズワール以外の国には殆ど入ってこないのです」

「そういうことか・・・」

 ユーゴはこちらの世界に転移してきてから山脈以北の情報が全くと言って良い程無いのを不思議に思っていた。

 北側諸国との交易は地政学的な優位を利用してゴズワール王国が牛耳っているのだ。

「承知しました。ですが質問をされても何も答えられないのですが・・・」

「貴様は漂着時を含めて断片的な記憶しか無いのだ。良いな?」

 ――体よく記憶喪失という事にするのか・・・しかし・・・。

「兄上、しかしそれで陛下や側近たちを納得させられるでしょうか?」

 ユーゴが考えていた疑問を読んだかのようにエリアスが投げかけた。

「陛下は聖騎士をとにかく欲しておられる。伯母上が亡くなった今前大戦でレダ様が戦死していた事実が公になればブリュセイユは瞬く間に隣国に蹂躙されるだろう。そうなる前になんとしても新たな聖騎士をと常日頃から頭を悩まされておられる故ユーゴに敵意が無ければ比較的容易に受け入れて下さると私は考えている。あまり時間は無いが陛下には謁見前に私が説明をしておく。謁見の間で陛下がユーゴを容認すれば他の者は否とは言えまい」

 ブリュセイユ王国は西北にゴズワール王国、東北にゴズワール領ニネ公国、南にブリュセイユ王国と周囲を他国に囲まれており、アシハール平原に於いて各国の戦略上もっとも重要かつ危険な場所に位置している。国策が軍事に振れているのもこの様な状況だからで聖騎士の確保は最優先事項なのだ。

「ローゼンヌの姫君に対してまだ十歳の殿下との縁談を持ちかける程ですからねぇ・・・」

「レダ様はお亡くなりに?それにローゼンヌの姫との縁談?」

 驚いたユーゴが言葉をなぞった。初めて聞く情報が山盛りだ。

 騎士学校では聖騎士レダ・ブーランジュは健在としているし、何処の国ともそうだがローゼンヌ王国と懇意にしているという話は聞いたことが無い。それに齢十の王太子に縁談など情勢的にも年齢的にもタイミングが悪い。

「何故レダ様の死を偽っているのかはわかるよな?」

 不思議そうにするユーゴを見たニルスが言い、ユーゴは黙って頷いた。

「ローゼンヌのアデール姫に縁談を持ちかけた理由は二つあって、一つは敵国を減らす事。他国に囲まれるブリュセイユは一方だけでも味方に引き入れられれば国防の負担が物凄く減るから」

 それはユーゴにも解る。ゴズワールはいわずもがな、ニネ公国はゴズワールの属国となっているので必然的にローゼンヌ一択となる。

「もう一つは前大戦で戦死したローゼンヌのジョルジュ王は聖騎士だったからさ」

「あ!」

 精霊魔力の発現は血縁による可能性が高い事は先日聞いたところだし、ユーゴ自身も一番注目している部分だ。

「本当に聖騎士とは数が少ないものなのですね・・・」

 ユーゴはぽつりと呟いた。ユリウスがなんとかなると言う訳も分かる。

「とても希少で貴重な戦力なのです」

 王太子はまだ十歳なので縁談が纏まっても子が生まれるのは早くても成人となる六年後以降、その子供が運よく精霊魔力を発揮するにしてもそれから更に十年以上後だ。その存在が如何に重要なのかよく

 分かる話だ。

「隣国との関係改善は必要だとしても聖騎士を確保したいということであればレダ様のブーランジュ家やロシュフォール家の血縁に期待する方が良いのではないですか?」

「勿論聖騎士である伯母上の血を引いている我々ロシュフォールの者は優遇を得ていますが知っての通り今のところ精霊魔力を発現させた者はいない。そして残念ながらブーランジュ家は大戦時襲撃を受けてレダ様の嫡子は全員命を落としているのだ」

「!・・・そうだったのですか・・・。ゴズワールは聖騎士の家族と知った上で襲ったのでしょうか?」

 ここはユーゴにとっては重要なポイントだ。もしそうした情報を得た上での襲撃ならば有事の際シュバリエ家も襲われる可能性が高い。

「そうかも知れぬし、違うかも知れぬ。それは分かっていないが戦となれば王都から遠く、敵から近い領地、辺境領は真っ先に攻撃を受けるのでな。ブーランジュ家は辺境に領地を持っていたのだ」

シュバリエ家は王都にほど近い。ユーゴは少し安心した。

「実際ガスパー様も・・・」

「教官の・・・家が?」

ガスパーの名を口にしたニルスをユリウスが視線で制した。その話はするなという目だ。

ニルスは「いけね・・・」と首を竦めた。

「しかし兄上、縁談についてローゼンヌからはもう幾月も連絡が来ていないらしいですね?」

エリアスが話題を変えた。

「うむ。ローゼンヌにも何か問題が発生しているのか、或いはゴズワール側についたか」

「後者だとすると非常にまずい状況になりますね」

 話が思わぬ方向へ進んで重苦しい空気になった。

「あ、ユーゴ、聖騎士レダとローゼンヌとの縁談話は配置される小隊から説明があるはずですが重要機密に当たるので口は噤んでいて下さいね。知っているのは王宮上層と騎士団だけです」

「了解しました」

 一部の関係者しか知らない事実だと言うが、ブリュセイユ王国騎士と王宮に使える貴族の数を足せば裕に千人は超える。大戦から八年以上も聖騎士不在を隠し通せるものなのだろうかとユーゴは疑問を持ったが、よくよく考えれば”北の将軍様”も死亡説や重病説が出たり、影武者が数人いる等という怪情報が飛び交ったりしながら何年も経っている。国交が無いという事はこういうものなのかと思ったりもした。


 ユーゴ達を乗せた騎士団の馬車はてっぺんに兵士がいる物見櫓の元を通って収穫が終わり見晴らしの良い農地から民家が立ち並ぶ地域に入った。行き交う人々も増えてきて平民の服装も農夫の身に着けているそれよりもやや小奇麗な物に変わって来た。

 更に進むと住宅や商店が軒を連ね始め沢山の野菜や工芸品を積んだ馬車が見られるようになり、商や買い物をする人々で道が塞がれる程混雑してきた。

 この辺りにはユーゴも買い出しの為にシルビィやマティオと何度か来たことがあるのだが多くの人々に行く手を阻まれて馬車での移動では余計に時間がかかってしまうので徒歩でしか奥までは行ったったことが無い。ユーゴは馬車が人を刎ねてしまうのではないかと心配になったが人々は騎士団の馬車を目にすると緊急車両が通行する時のような指導がなされているかの如く荷馬車も大人も子供も大慌てで道を開けた。


 雑多に賑わう地域を抜けるといきなり眼前が開けてコンクリートブロックに近いサイズのレンガで舗装された川に出た。この川は付近を流れる川から水を引き込んだ防衛の為に人為的に作られた川だとマティオから聞いた。

 川には馬車が二台やっとすれ違えるぐらいの幅の橋がいくつかあり、どの橋にもこちら側と向こう側の両方に詰所の様な建物が立っていて二人の兵士が橋を塞ぐように立哨している。馬車は一番近くにある橋の手前で停車した。

 二人の兵が馬車に近づいてきたがユリウスの顔を確認すると慌てて道を開けて敬礼した。顔パスの様だ。

 馬車が走り始める前に詰所から白い鳥が一羽飛び立った。伝鳥というそうで所謂伝書鳩だ。


 橋を越えた先は貴族街でユーゴは初めて来る地域だ。

 歩く人も少なく川を越えるまでの賑わいは無いが町並みはとても美しい。建物はどれも広い敷地に悠然と建っていて道路は全てブロックで舗装されている。灯篭の様な沿道にある造形物も貴族の邸宅も細かな部分まで飾り彫りされていて、これが機械ではなく一つ一つ手彫りだと思うとそれだけでユーゴは軽く眩暈を覚えた。最早平民街とは別世界だ。

 物珍しさで子供の様にきょろきょろしているユーゴを見たエリアスが「君はどんな時も佇まいが恐ろしく冷静なので兄上の様な者かと思っていたのですがちょっと違うみたいですね」と小さく笑った。

「ええ?」

「?なんだ」

「い、いえ・・・」

 ユーゴは思わずエリアスではなくユリウスを見てしまった。

 ユーゴは観光客の様な”おのぼりさん”的姿を見せてしまった事の恥ずかしさより自分がユリウスと同じタイプだと思われていたという驚きの方が上回ったからだ。


 馬車は四半時程貴族街を走り巨大な門を潜り抜けた。ここが宮廷らしい。大門の左右には二十程の騎士が敬礼している。

 ニルスが言うには大門は開閉がとても大変なので有事でない限り開いたままとなっていて普段は小型の木製バリケードを並べてあるという事だ。

 ユーゴが振り向くと高く長い壁が門の左右に延々と伸びていた。壁の先は霞んで見えない。

 王宮とは煌びやかな貴族が行き交っていると想像していたがどうやら思い違いをしていたらしい。

 ぞろっとしたハデな衣装を着ている貴族は勿論いるが、見かけるのはほとんどが騎士で駆け足をしている隊列もあって、雰囲気は駐屯地に近い。

 解っていた事とは言え異世界にまで来てもまた同じような職に就くのかとユーゴは軽くため息をついた。

 使用人としてあのままシュバリエ家で働いていたら気楽に暮らしていたかもしれない。しかしあの場で必死で訴えるセルジュを前にして断る事は出来なかったとも思う。

「こういうのを運命って言うのかな・・・」

「どうしたんだい?ユーゴ」

 宮廷に入った途端ため息をついたユーゴにニルスが怪訝そうに聞いた。

「いえ、何でもありません」

「着いたぞ。降りろ」

 馬車から降りると荘厳で巨大なエントランスの前だった。

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