謁見
バサッ。
只ならぬ気配に寝具を勢いよく跳ね除けてユーゴは跳び起きた。
サイドテーブルに畳んで置いてあった迷彩服を広げて素早く着込む。ハンガーを使わないのは取り外すのに数秒余計に時間がかかるからだ。弾帯を装着し、ベッドの真下に揃えて置いてある戦闘長靴≪せんとうちょうか≫に両足をねじ込む。二本の靴紐を片手で掴むと素早く左右に振って長靴の掛け金に引っ掛けあっという間に結んだ。
跳び起きてから45秒でベッド横に立てかけてあった89式を手に取り、扉に向けて射撃姿勢を取った。
いつもの平穏な朝だが階下から「なんだお前・・・」というセルジュの声が一瞬だけ聞こえた。
殺された雰囲気はないが拘束されたようだ。ということはやはり標的は自分だ。殺すことが目的なら大勢で一気に踏み込んだらそれで片付く。
普段なら朝食の準備をする音、スープの匂い、シルビィの弾む様な可愛い声が聞こえるのだが息をひそめ集中しても不自然な程何も聞こえない。
秋から冬に移ろいつつある季節の夜明け前で肌寒い朝。感覚的に6時ぐらいだ。
緊張感を保ち照門を睨みつけたままゆるゆると時間が過ぎて行く。
「う・・・」
頭痛がする。昨晩少し能力を使いすぎたのだ。
昨晩ユーゴがクルーゼ家から帰ってくると皆驚きながらも冷静に迎えてくれた。幸いというべきか、ラファエルは炎で焼き殺すより自分の目の前で斬り殺す方を選んだため寝室が寄っている屋敷の東側半分は状態の良いまま残っていた。
深夜だったのと精霊魔力を使用した疲労感が出始めていたため「明日色々話すよ」といってすぐに自室のベッドに横になった。レティシアは顔色の悪いユーゴにベッドに横になるまで付き添ってくれていたがその後は覚えていない。直ぐに深い眠りについた。
今朝シュバリエの屋敷に侵入してきたのは恐らく王国騎士だろう。物音を一切立てずあっという間に家族全員拘束したとすれば地方領主に飼われている練度の低い兵ではない。
馬車で半時離れていないシュバリエ家とクルーゼ家がそろぞれ半壊全壊。死者は出していないはずだが負傷者は多数、そのうえ深夜寒空に放り出された者も大勢いる。王宮に報告がいかないわけがないし、”聖騎士”という言葉があれば迅速に動くに違いない。
――昨晩自分がクルーゼ家を後にしたのは多分深夜2時頃だ。クルーゼの屋敷から王宮に伝令が到着までまでの距離を考えれば1時。王宮からシュバリエの屋敷まで凡そ1時半。王国騎士が緊急招集されて出動までの時間を考えれば現着はこの時間だろう。
予想はしていたが過度な疲労で事が起こる前に起床できなかった事をユーゴは悔やんだ。
このまま階下に突撃して途中会敵したら是も非もなく撃たなければならなくなる。ユーゴは自室で迎え撃つ方を選択した。聖騎士の能力を解放すれば拘束されているであろう家族に危険が及ぶと考えたからだ。扉がある事で会話をする間を取れるかもしれない。
ギシ・・・。
扉の向こう側の床板が僅かに軋む音がした。
「ゆ、ユーゴ、私だ、扉を開けてくれんか?」
セルジュの声だ。そこまでひっ迫した声色ではないが油断は禁物だ。
「父上、カギはかかっていませんのでゆっくりと開けてください」
ユーゴは扉の下部に狙いをつけて右手に魔力を少しだけ流した。
「分かった。開けるぞ」
”敵”も状況をよく理解しているらしい。わざわざ”開ける”と宣言させたのはセルジュが正面にいるから攻撃するなという意思表示だ。「武装を解除して出てこい」では自分たちは敵だと言っている事になる。会話をする気があるから向こうから来るのだ。
キィ・・・。
丁番の擦れる音がして扉がゆっくりと開いた。
緊張気味のセルジュの顔が見えた。両手は後ろに回っている。後ろ手に縛られているか掴まれていると思われた。
「ユーゴ・シュバリエ、貴様と話がしたい。武具を下ろせ」
セルジュの背後から聞き覚えのある声がした。
「父を、家族を解放するのが先だ」
当然の返事をする。
セルジュだけではなく家族全員が傍に居ると考えられる。
「それは出来ないということを聡い貴様なら解っているはずだ」
騎士も確定している言葉を返した。聖騎士がこの状況で精霊魔力を解放すれば全員を一瞬で屠る事が出来るのでセルジュを傍に置くしか手が無いのだ。普通の騎士が何百人居ようともまともに聖騎士の相手をすることは不可能なのだ。ユーゴ一人がここから脱出するだけなら造作もないがその選択をしないという事も騎士は良く分かっている。
「我々は貴様と敵対するつもりはない」
――どうする?・・・。
ユーゴは89式を構えたまま思案する。
騎士の言葉に嘘は無いと思う。敵対するつもりなら武装を解除しなければ人質を殺すと言えば良いのだ。
――しかし・・・。
しかしもう一つ信用足りうる何かが欲しい所だ。
「ユーゴ、ユリウス殿は騙し討ち等しない。現に私も皆も協力を要請されただけで縛られたりはしていない。昨晩の件は説明したし家の者は誰一人王国に剣を向ける者等おらぬという話をして理解をして頂いた」
そう言うとセルジュは両掌を前に出して広げて見せた。
セルジュの目は大丈夫だと言っている。
「了解した」
ユーゴが銃を下ろすと至る所に細かな細工を施されたミドルメイルの男がセルジュの前に出た。ユリウス・ロシュフォールだ。
「久しぶりだなユーゴ・シュバリエ」
騎士学校のグラウンドで対峙して以来だ。
「はい、騎士学校では失礼をいたしました」
ユーゴは10度の敬礼をした。敵ではないとなれば数日後に上官となる相手だ。
騎士学校で習った挙手の敬礼は自衛隊のそれとほぼ同じで剣を捧げる敬礼も”捧げ銃”に近い。しかし無帽の場合の敬礼もこちらの世界でも敬礼に当たるのかは分からないがユリウスが答礼したのでニュアンスは伝わったみたいだ。因みにこちらの世界では帽子があっても無くても挙手の敬礼だ。
「騎士学校での件については私が詫びよう。色々と事情があったのでな」
「私をお試しになったのですね?」
「気づいていたのか」
ユリウスはほう、と右の眉を僅かに上げた。
「ガスパー様でしょうか?」
ガスパーから要請があったのかというユーゴの問いに今度は分かり易く驚いた顔をした。
「何故そう思う?」
「御前試合で使用するプレートメイルを借り受けに行った時から修練中ガスパー様の視線を感じる様になりました。騎士団長はガスパー様に師事されていると聞き及んでおります」
「さて・・・貴様の察しが良すぎるのか、師匠が迂闊なのか・・・」
ユリウスは左手を顎に当ててため息をついた。
「今日は私の聴取に参られたのでしょうか?」
「昨日の騒ぎについては事の発端も終わりもだいたい把握しているよ。災難だったね」
ユーゴの問いに答えたのはユリウスの後ろからひょっこり顔を出したニルスだ。
「我々は君を迎えに来たのです。決して連行するわけではないので誤解のないように」
更にエリアスが部屋に入って来た。
「第一小隊・・・」
泣く子も黙るロシュフォール三兄弟揃い踏みに今度はユーゴが驚いた。
「お!ご名答。ドロテと同じチームだったのだから知ってて当然か」
長男ユリウスが小隊長、次男エリアスが副長を務める言わずと知れた王国最強の小隊で今編成式でユリウスが騎士団長にエリアスが副騎士団長、ニルスが第一小隊長にそれぞれ繰り上がる事が決まっている。
「今日出動したのは第一、第三と第五十五だ。真夜中にたたき起こされて出て来たら第一と第三に緊急招集がかかったと知って何事?って驚いたけど、その理由が王命で聖騎士を連れてこいだったから更にびっくりだよ」
ニルスがすこしおどけた口調で言った。第十小隊以上に命令が下るのは余程の重大案件だけだという。
「深夜にも関わらず王宮の上層では凄い騒ぎになっていましたよ」
「そのうえその聖騎士がユーゴとはね。冗談キツいよ」
ニルスは勘弁してくれとばかりに両掌を上に向けた。
「お兄様!」
「ユーゴ」
レティシアとイザベルも部屋に入って来た。
「俺は陛下に呼ばれたみたいだ。ちょっと言って来るよ」
ユーゴは二人の肩を抱いた。
「そういうわけには行かないのだユーゴ・シュバリエ。使用人以外全員連れて行く」
皆目を見開いて驚いたがユーゴは直ぐに理解した。
王宮ではまだユーゴが敵か味方か確定していないので家族は”保険”として必要なのだ。
「それから君のそのいでたちはまずい。異国人て聞いたけどそこからまず説明しなくちゃいけなくなるから話がややこしくなるからね」
「この変わった武具も置いていくように」
エリアスが89式を持ち上げて不思議そうに眺めていた。敵か味方か分からない聖騎士に武具を持たせて謁見の間に入れることは出来ないという事だろう。
「貴様の出自については私が馬車の中で聞いてから陛下の耳に入れるかどうか判断しよう」
第55小隊が半壊した屋敷の警護に就き、着替えの済んだユーゴ達は騎士団の用意した馬車に乗り込んで王宮へと向かった。




