シュバリエ家強襲
ゆるゆるとした秋の夜風に草木が囁き虫の声が合の手を入れる。
漆黒の空にうすい雲が流れ弓状の月が見え隠れしている。
シュバリエの屋敷のろうそくや植物油ランプの灯りが消えた時そんな自然の画や音を遮って多くの人影が蠢いた。
「ラファエル様、全員配置につきました」
「手筈通りか?」
「はい、正面玄関以外の出入り口三か所は全て塞ぎました。火は寝室のない西側に準備して御座います」
闇雲に火をつけてしまっては生死を確認するまでに時間がかかる。長引けば野次馬も集まり朝になれば騎士団もやってくるだろう。その前に確実に死を確認しなければならない。
それに忌々しい者達が自分の目の前で命乞いをしながら死んで行く姿を堪能したい。その為にわざと玄関から遠い場所に火をつけ、一か所だけ解放した出入り口から出てきたところを取り囲んで一斉に斬り殺す企てだ。
「よろしい」
ラファエルは満足そうに頷いた。
「父上、本当に実行されるのですか?!」
「くどい!お前が不甲斐ないからこういう事をせざるを得なくなったのだと何度言えば理解するのだ!そこで黙って見ておれ。私が因縁を断ち切ってみせてやる」
折れてしまった歯は元に戻らず差し歯を待っている状況だが使用人による昼夜を通したヒールのお陰でユベールの顔はすっかりきれいに修復されたが父の言葉にその顔は沈んだ。
「始めろ」
ラファエルが指示を出すと一人の騎士が屋敷の方へ走っていった。
暫くすると屋敷の西の端に火の手が上がった。
油が撒かれていたのだろう、火は瞬く間に壁面に沿って細長く走り屋根まで達した。
窓が弾け飛び内部に炎が入ったところで二階部分の一番東にある部屋に小さな灯りがともった。
それに続いて四つの部屋に灯りがともって何事か叫ぶ女の声が上がった。
二ッと嗤ったラファエルが右手をかざして合図を送ると三十人程の騎士達が正面玄関を中心に半円状に囲うように配置についた。
「さあ!早く出てこい!」
ラファエルと騎士達が正面玄関を注視し身構えていると、突如”透明な何か”が屋根を突き破り天に消えた。
「?今のはなんだ?」
「ラ、ラファエル様!あれを!」
兵士の一人が屋根を指さし叫んだ。
「どうしたのだ?!」
見ると立ち上った炎を切り裂くように屋敷の内部から”何か”が屋根を突き破って次々に天へと消えて行く。
屋根の一部が切り取られ、唖然と見上げる兵士の頭上に落下して数名が下敷きとなった。
「うわ!」
他の兵士達が慌てて後退すると屋敷の西側1/3程が透明な何かに切断されてガラガラと音を立てて崩れ落ち、火がついているのは低い場所だけになった。破壊消火だ。
「な、何が起こったのだ?!」
想定外の出来事にラファエルと兵士たちが狼狽えていると暗闇の中正面玄関から土煙を纏いながら男が一人ゆっくりと歩いて出てきた。
兵士たちが一斉に松明を掲げ誰何した。
「だ、誰だ!?何者だ!?」
シュバリエ家を襲ったのだからその家の者だろう。しかし中から出てきた男は全身草木色の衣という異様な姿で手には見た事のない複雑な形状をした金属の塊を持っていたからだ。
男は言葉を発した。
「何かやってくるだろうとはおもっていたんだが・・・さすが異世界。なんでもアリなんだな」
ユーゴ・シュバリエだ。
彼は迷彩服に戦闘長靴といういでたちで弾帯には89式銃剣、水筒があり弾倉は無い。手には弾倉未装着の89式5.56ミリ小銃を下げていた。
「き、貴様ユーゴ・シュバリエか?妙な姿をしおって!元は異国の者だそうだな。そのおかしな衣を死に装束にしてやろう!」
ユーゴの異様ないでたちに気を取られ、何か大きな力で屋敷が崩れた事など頭から抜け落ちてしまっているラファエルは迷うことなく兵たちに合図を送った。
兵達が剣を抜くと同時にユーゴは右膝を折り左膝に左肘を乗せる。銃床に頬付けし膝打ちの射撃姿勢を取った。
敵兵の数約30、散開しているが一番手前にいる兵まで距離はおよそ30メートル。射撃訓練の1/10程の射程でそうそう外す距離ではない。夜間照準器は無いが屋敷に燻り続ける炎でこちらからは良く見える。更に松明を持っている兵もいて狙いやすい。
敵兵は右手に剣を持って歩くよりはやや速い速度で向かってきている。無表情だが目だけは血を求める獣の様にギラギラとしていた。
「・・・あいつらは凄いな・・・」
照門を覗きながらユーゴは呟いた。”あいつら”とはレティシア、ドロテ、ルシアン、メリッサの事だ。
彼らは木刀での試合とはいえ本気で敵を倒しに行っていた。真剣であれば殺していたに違いない。
人を殺すという行為自体が凄いというわけではない。戦時下という社会情勢がそういう人間を育てるのか、斬り合いでの人の生き死にが身近にある世界故に善悪の捉え方がシンプルだからなのかは分からないが、がああいった状況下で迷わず全力を出しきった彼らの事を本当に凄いと思った。
――自衛隊という枠組みの中で”的当て”しか経験のない自分が果たして、全力を出す≪敵を撃つ≫事ができるのか?本当に撃って良いのか?
昼間でも上着が欲しくなってきた季節で朝晩は特に冷えるがユーゴは気温の事など全く感じないくらいに葛藤していた。
「お兄様!」
「ユーゴ!」
引き鉄に指をかけた状態で迷いの出たユーゴの背後からレティシアとセルジュの声が聞こえた。
――迷うなユーゴ!お前の後ろには守らなけらばならない家族が居るだろう。レティがセルジュがイザベルが切り殺される地獄絵を見たいのか?!
照門を覗きながら背後に家族を感じ、静かに自分に活を入れた。
やらなければやられるのだ。
ユーゴは撃つと決めた。動きを止める為にまずは足を狙う。
――殺さずに済む事ならそれに越したことは無いが危機的状況に追い込まれれば迷わず急所を撃つ!
人差し指に意識を集中した。
切り替え装置に手を触れておらず、弾倉も装着されていない89式の銃口からドッ!という空気を引っ叩く様な乾いた音と共に”透明な何か”が高速で発射された。消炎も反動も無い。
「あーっ!」
腹を撃たれた兵が悲鳴を上げて倒れた。
照準がやや上にずれているが”零出し”≪微調整≫している暇はない。”みいだし”≪狙い≫で調整する。
ドッ!ドッ!ドッ!
「わああああ!」
立て続けに三人倒した。
ドッ!ドッ!ドッ!
素早く腰を浮かせ方向を微調整しながら向かって来る兵に対して発砲し半数を撃ち倒した。
「お、おい!どうなっている?!」
た残存兵が”異常事態”にようやく気付き足を止め狼狽え始めた。
ユーゴは立ち上がり小銃を左腕で巻き込むように構え、左から右へ掃射した。
ドドドドドドドドドドッ!
通常20発30発で撃ち終わってしまうが生体エネルギーの魔弾に制限はない。
「うあああ・・あ、足が・・!」
「た、助けてくれー!」
ユーゴに斬りかかる事が出来た者は一人もおらず、僅かな時間で全ての兵が地を這った。
「な?!なんだ!どうしたというのだ!?」
地に倒れ、呻き、叫び声を上げる兵の間をユーゴは悠然と歩いてラファエルとユベールに迫った。
「き、貴様はまさか!?せ、聖騎士?!」
「だったらどうする?」
ユーゴは自分が聖騎士か否かは分からないがこれまで得た情報を総合的に考えればそうなのだろうと思っていた。
ラファエルはひぃと、小さな悲鳴を上げてばたばたと見苦しく逃げ出した。
一般的に小銃での立射訓練は無いがこの距離なら数発撃てば当たる。ユーゴは立ったまま狙いをつけてラファエルの足を撃ち抜いた。
「ぎゃぁっ!」
ラファエルは「うそだぁ!何故だぁ!」と断片的な言葉を叫びながら右足を抱えて転げまわった。
構えていた銃を下ろすと驚愕の表情で傍らに立ち竦むユベールに顔を向けた。
一歩二歩無意識に後ずさるユベール。
「お前が主謀したのか?」
「お、俺じゃない!俺は父を止めたのだ!陛下に逆らう事になると!し、しかし父上は・・・」
「なるほど。お前は父よりまともなようだな。一緒に来い」
「ど、何処へ行くのだ?」
ユーゴは怯えるユベールにラファエルを担がせた。
背後に気配を感じたユーゴが振り向くとセルジュ、イザベル、レティシア、マティオ、シルビィが寄り添ってこちらを見ていた。皆無事だが遠目にも驚いた顔をしているのが分かる。
ユーゴは自分の能力について誰にも話したことは無い。
「父上!ちょっと用を済ませて来ます。まだ火が燻っているから消化は頼みます」
襲われた事もそうだがユーゴの能力を間近で見た事で驚きすぎて言葉が出ないのかセルジュはぶんぶんと何度も大きく首を縦に振った。
痛みと恐怖で顔色を無くしたラファエルとユベールを彼らが乗って来た馬車に押し込んだ。
御者にクルーゼの屋敷に向かうように命じると顔を引き攣らせた御者は震える手で手綱を握り大急ぎで馬車を走らせた。




