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最強の老兵~弐~

 ――自分は少し良い気になってしまっていた・・・。

 ルシアンは本物の王国騎士の強さを目の当たりにして領主の屋敷で暴れた事を反省した。こういう状況になることは分かっていたが御前試合で優勝までしたことでなんとかなるものだと漠然と考えてしまっていた。根拠のない自信があったのだ。ガスパーが居合せなかったらどうなっていたのか分からない。


「なかなか見事であったぞルシアン・モレル」

 隙を衝いて三人は倒したが万全の状態となった敵に対する術を考え付かず末の妹を質に取られて窮地に陥ったのに何が見事だったのか?そして何故騎士学校実技教官がここへ?

 自分の考えの至らなさと力の無さからくる口惜しさ、タイミングの良すぎるガスパーの出現、絶体絶命の危機を助けてもらった感謝と安堵が頭の中でぐるぐると絡み合い、ルシアンは複雑な表情をガスパーに向けた。

「最初から見ておったのだがお前は学校でのワシの教えを完璧に実践しておった。不器用でもっと雑な剣士かと思っていたがどうやらワシの目に狂いはなかったようでとても満足しておる。しかし何をそんなに難しい顔をしておる?」

「あ、あの・・・有難う・・・御座います」

「ワシがここに来たのが不思議か?」

 学校の教官であったので毎日指導を受けてはいたが特に懇意にしてもらっていたわけではなく剣術以外にガスパーと会話をした記憶は全く無い。そのガスパーが卒業した今自分の家に来るなど全く想定外で不思議以外に無い。

「まぁ、立ち話もアレだ。中で茶でも飲もう」

「は?ここは・・・」ここは俺ん家だと言いかけた言葉を飲み込んだ。

 大立ち回りを演じた直後にも関わらず何事もなかったかのように勝手にさっさとあばら家へ入っていくガスパーを慌てて追いかけた。驚いたアリシアと兄弟達も急ぎ足で後を追った。


「・・・」

「・・・」

 普段は家族の皆が食事や内職に使っている所々窪みや穴のある大きな机にルシアンとガスパーが向かい合って座った。

武装した男達をあっという間に素手で倒し領主を一喝して追い払った上級貴族騎士を前にして長女セシルと次男アシルはルシアンの後ろでガチガチに緊張して立っている。普段は騒がしい双子も壁際にあるどちらか一人が動いただげでごとっと傾く水平の出ていない長椅子におとなしく座った。


「あの、頂き物なのですが・・・どうぞ・・・」と母アリシアがセルジュから貰った上等のお茶をガスパーとルシアンの前に置いた。

 茶器は粗末だが茶からは上品な香の霧が揺らめいた。

「これは良い香りですな。有難うお嬢さん」

「”母さん”だ」

 食い気味に発せられたルシアンの言葉にガスパーは「へ?」と目を丸くして指をさす。

「・・・お嬢「母さんだ」・・・「指をさすな」さ・・ん・・・」

 二度目のガスパーに眉間にシワを寄せて言葉をねじ込むルシアン。

 殆どの貴族が嫌悪感を抱く平民の家になんの躊躇もなく入って来た事もそうだがもともと上品な言葉遣いが苦手なルシアンの無礼なツッコミを普通に流すガスパーを見て何かを感じたセシルとアシルがやや怪訝な顔になり、双子の弟達はなにやらひそひそ話をし始めた。

 口を開けたガスパーは驚愕の表情を崩さないまま一度チラッとルシアンを見てから再びアリシアに顔を向けた。

 髪は無造作に後ろでくくっているが肌の張り艶等どう見ても二十代前半で六人も子が居るようにはとても見えない。

「美しい・・・」

 思わず零れたガスパーの言葉にアリシアは少女のように顔を赤らめた。

「き、今日はなんの用なんだですか!?」

 助けてもらった事に感謝こそすれステファンの二の舞は御免だ。ルシアンは少し声を荒げてガスパーをこちらに向き直らせた。

「お?おお、そうであったな」

 花でも眺めていたかのような顔から我に返ったガスパーは腰に下げていたバッグから大きな革袋を取り出した。

机に置かれた瞬間革袋はゴトっと重量のある音を響かせた。

「これは?」とルシアンが袋の口を締めてあった紐を解くと見たこともない数の金貨がじゃらじゃらと溢れた。

「わ!す、凄ぇ・・・」

思わず年少の兄弟達も身を乗り出した。

ルシアンは驚いて金貨の山とガスパーの顔を交互に二度見した。

「騎士団入団の支度金だ」

「こんなに?!」

「兄さん、これなら畑買えるよ!」

「家の修繕も!」

セシルとアシルが目を丸くしてわぁと声を上げた。

「畑も家も良いと思うがお主は王国騎士となるにあたって剣や装具を準備しなければならん。馬も必要なら世話する者、使用人の給金も払わねばならなくなる。騎士とはカネがかかるものなのでよく考えて使え」

セシルとアシルははっと身を引き、ルシアンはドロテが装具や馬はとても高価だと言っていたのを思い出し、神妙な顔になった。使用人が数人必要だという話も昨日聞いたところだ。

「わざわざ教官様がこれを届けてくださるなんて、あ、有難うございます」

アリシアが礼を言った。

「コ、コホン・・・。いやいや例には及ばぬ。これはついでの事でワシの目的は他にあるのだ」

ガスパーはアリシアを見てまた一瞬顔を綻ばせたが直ぐにルシアンに向き直った。

「目的?」

「うむ。実はな、ワシはお主をスカウトしにきたのだ」

「ス、スカウト?・・・」

「そうだ」

「・・・」

「・・・」

「金持ちの女が首に巻いてるヤツか」

「それはスカーフだ」

「・・・!」

「・・・?」

「風が吹くとちょっとドキドキするヤツ」

「それはスカートだな」

「!!」

「??」


 ――で、出来る!・・・。


 ルシアンの目つきが鋭くなった。

 ガスパーはやや顎を上げ「もう終わりか?」とルシアンを見下ろし、ニヤっと笑った。

 怯えた顔の末っ子チアラは母の後ろに隠れた。

 長椅子に座っている双子のシリルとソラルは目を輝かせ、ルシアンの背後に立つセシルとアシルは徐々に半目となっていった。


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