最強の老兵
「きゃあ!なんですか貴方達は?!」
昼食に使う薪を取りに出ていたセシルの悲鳴が上がった。
――ちくしょう!もう来たのか!
領主の屋敷を逃げる様に走って出たのは僅か一時程前の事だ。
仕返しに来るのは分かっていた。しかし逃げるといっても家族全員を連れて何処へ行けば良いのか分からない。ユーゴやドロテに助けを求めようにも連絡手段がない。領主の屋敷から戻ってからずっと頭を抱えて思いつめた顔をしたルシアンを見て母やセシルが心配そうに声を掛けていたが押し黙ったままだった。やってしまった事は仕方がないがこの後どうしたら良いのか全く考えがつかなくて皆の声等全く耳に入らなかった。
どうすれば?どうすれば?と焦っている間に来てしまった。
「ルシアンという小僧はどこだ!」
ボロのライトメイルを着た若い男が戸を蹴破り、セシルの腕をねじ上げながら入って来た。
「俺がルシアンだ!セシルを放せ!」
素早く立ち上がった。両腕には藁紐で板が巻きつけてあるが武器は無い。
「貴様が・・うがっ!」
言いかけた男に強烈な体当たりを浴びせて外へと吹き飛ばした。
ガキ一人捕まえて殺す等造作もない事に何故十人も集めたのかと男たちが嗤いながらじゃれ合っていたところに仲間がすっ飛んできて一人を巻き添えに転がった。
男たちが一瞬で真顔になり入り口に顔を向けたところにルシアンが出てきた。
「き、貴様がルシアン・モレルか?!ステファン様の屋敷に押し入った罪で拘束する!」
男たちが柄に手を伸ばした瞬間ルシアンは突撃した。
―― 一人で複数を相手にするときは必ず先に動く。一か所に固まっていれば尚良し。
騎士学校での教えだ。数人で固まっていたら思うように剣が抜けず、振る事も難しいからだ。
これは御前試合の初戦でユーゴがやって見せてくれた。
手前の男達を抜き一番奥にいる丸い腹の男に狙いを定めた。他の男たちが後ろを向く動作の分時間を稼げるからだ。
丸い腹に一撃入れて前かがみになったところに左拳を顔面目掛けて振り抜いた。
「が・・・!」
後方に倒れていく男の腕を掴んでねじ上げ、剣を奪い蹴り飛ばした。
――得物が無い時は敵から奪う事が最優先。
振り向きざま奪った剣を水平に振った。
胴を斬られた男が金切り声を上げて地面を転げまわった。
目を向いた細身の男が剣を抜く前に体を巻き戻したルシアンの剣がこめかみを斬った。
「あああああ!」
細身の男は頭を押さえながらのたうち回った。
「な!、なんなんだこいつは!」
あっという間に四人も倒され、男たちは驚愕し、顔を引き攣らせた。
習った事が全て生きた。騎士学校とは凄い所だったのだとルシアン自身驚いた。しかし同時に相手が弱すぎるのではとも感じた。騎士学校のライバルたちは皆この男達等比較にならないほど強かった。
――だけど・・・ここからだな・・・。
四人を倒したが他の男たちは散って剣を構え、万全の状態となっていた。
「あと六人・・・どうする?・・・」
「いやぁ!」
ルチアの声だ。
はっと見ると、ひとりの男がルチアを抱えて逆手に持った短剣を首筋に突き付けていた。
「ルシアンにいちゃ・・・」
「こいつはお前の妹かぁ?動けば刻むぞ!」
最初に体当たりを食らわせた男だ。
「く!卑怯な!」
「チアラを放せー!」
「やかましいわ!」
負けん気の強いシリルとソラルが果敢に飛び掛かっていったがシリルは近くにいた別の男に首根っこを掴まれて放り投げられ、ソラルはチアラを抱えた男に容赦のない蹴りを入れられ蹲った。
「ソラル!シリル!」
セシルがシリルに駆け寄り、顔色を無くしたアリシアがソラルに覆い被さった。
「こ、このやろう!」
剣を構えたルシアンが一歩前に出た。
「動くなと言ったろうが!」
チアラに向けられた短剣がぴくりと動いた。
――く、くそっ!・・・ど、どうしたら!・・・父さん!!
最悪がルシアンの頭を過る。
「う、うん?・・・なんだ?」
チアラに突き付けた短剣が男の意志に反してどんどん離れて行く。
チアラを人質に取った男の背後から何者かが片手で柄頭を掴み引っ張り上げていたのだ。
「うわ!なんだお前は!は、放せ!」
男の悲鳴に場にいた全員の視線が集まるが立木が陽を遮っていて良く見えない。
「?」
強烈な怪な力でチアラから引き離された剣は男の首に向きを変え皮膚に到達した。
「や、やめろーー!」
堪らず抱えていたチアラを放り出し慌てて短剣を両手で掴むが抵抗をものともせず短剣はずぶずぶと男の首に食い込んで行った。
「ぎゃああああ!」
男は血飛沫を上げ、転げまわった。
「な、なんだお前は?!」
男たちに動揺が広がり警戒対象がルシアンから乱入者に変わった。
「騎士学校卒業したてのガキ一人に10人か。そのうえ人質を取るなど如何に地方騎士の練度が低いとはいえ嘆かわしいにも程がある」
木陰から姿を現した乱入者はルシアンを見てニヤリと笑い、その頭は陽の光を受けてキラリと光った。
――き、教官!
身長は高くないががっちりとした体躯にオイルか何かを塗り込んでいるのではと思う程にやたらと色艶の良い頭。間違いなく騎士学校教官ガスパー・ランバートだ。
「邪魔しやがって!この爺も斬れ!」
一番小奇麗なライトメイルを着こんだ指示役らしき男の命令でガスパー目掛けて一斉に斬りかかった。
「わしは」
左側から袈裟に来た剣を左手甲で止め顎に掌底を叩き込む。
「うぁっ!」
初撃の男はガスパーの左掌と立木に挟まれ糸の切れた人形のように垂直に沈んだ。
「まだ45だ」
真正面からの垂直斬りは右手甲で右方向に払い飛ばし返す手で首を掴んで放り投げる。
「あああ!」
ガスパーより身長のある男が3メートルも飛ばされ水瓶を粉砕して動かなくなった。
三人目の男の正面からの突きを僅かな動きでギリギリで躱し突っ込んできた頭を右手で掴んで直下に押しつぶした。
ドシャッという肉や骨が潰れる嫌な音がして悲鳴を上げる暇もなく意識を失った。
「無礼者共め。誰が爺だ」
ガスパーは真に命を奪いに来た三人の男達を素手で瞬殺し、まるで庭いじりでも終えたかのようにぱんぱんと両手を叩いて立ち上がった。
「つ、つぇぇ・・・・・・・」
三人の男を倒したのは同じだが敵の体制が整う前に意表を突いたルシアンと相手が万全の態勢で全て受けきった上で倒したガスパーのそれに比べたら”難易度”は比べるまでもない。しかも相手に文句を言いながらというオマケ付きだ。
何故こんなところにガスパーが?と思ったがルシアンの口から零れたのは違う言葉だった。ケタ違いの強さに脳が目で見た方を優先してしまったのだ。
元王国騎士団副団長で”鋼鉄の重騎士”の異名まで持ち敵味方から恐れられていたという事はドロテから聞いて知っていたが騎士学校では時々大きな声を出していたぐらいで特に生徒に厳しく指導していたわけではなくどちらかというと手を後ろで組んで稽古を静かに見守っていた印象が強い。
「ど、ど、ど。、どうすんだおい!」
「し、知らねぇ、俺は知らねぇぞ!お前なんとかしろ!・・・」
残った男達が怯えた表情で始末を押し付け合っている。
「ええい!どけ!どかぬか!」
何事かといつの間にか集まって遠巻きに見ていた村人たちが悲鳴を上げながら道を開けると三頭の馬に先導された馬車が走りこんできて急停車した。
「貴様らー!小僧一人捕らえられんのか!」
馬車の扉が開き目を吊り上げた赤ら顔の初老の男が使用人に支えられながら降りてきた。
「も、申し訳御座いませんステファン様、もう少しというところで邪魔が入ってしまいまして・・・!」
「たわけっ!何のために十人もやったのだ!一人や二人なんとかせぬかっ!」
激高したステファンはぜいぜいと肩で呼吸をしながら神経に触る金切り声を上げながらルシアンを睨みつけた後太い眉以外に家の見当たらないガッチリとした体躯の男に目をやった。
「貴様か?!邪魔立てすると容赦せぬぞっ!」
下馬した三人の騎士が剣を抜いた。
「見るからに悪人顔のが出てきたな。首謀者は其方か」
「ぶ、無礼な!なんだ・・・」なんだ貴様偉そうに!と言おうとしたステファンがおや?という顔をして止まった。何度か目を瞬いて眉間にしわを寄せて目の前に腕組みして立つ男の足先から頭の先までゆっくりと視線を動かした。
「!ま、まさか?!いや、そんな・・・こんな・・・えええ?!」
小奇麗な服装だがかなりの軽装で色目も地味、煌びやかな上級貴族のそれではないがその顔立ちや頭のテカリ具合には見覚えがあった。
「ガ、ガスパー様?!」
「ほう、ワシを知っておったか。このような下賤な者達を使役する其方は何者だ?」
「ステファン様、何ですかこの爺は?」
「ば、馬鹿者っ!ひ、控えよ!」
悲鳴に近い裏返った声で取り巻きを嗜めるとステファンは素早く片膝を着いた。
前大戦でも先陣を張り、聖騎士相手にも一歩も退かず大怪我を負ったが倒した敵の数は百とも二百ともいわれている”鋼鉄の重騎士”を領主貴族が知らないはずはない。
前大戦での大怪我が原因で一線から退き、公から姿を消した為ほぼ伝説となりつつあるガスパーという名前を聞いて若い従者達も驚きおずおずと屈んだ。
「わ、私はこのあたり一帯を治めておりますステファン・メリルと申します」
「ふむ。それでこれはいったいなんの騒ぎだ?」
「は!今朝そこな平民が我が屋敷に押し入って狼藉を働いたので御座います!」
よくぞ聞いてくれたとばかりステファンは立ち上がってルシアンを指さし、ガスパーはルシアンの方に顔を向けた。
「押し入ったわけじゃねぇ!」
ルシアンが声を張り上げて反論する。
「懇願されたので金を貸してやったのにも関わらず恩を仇で返されたので御座います!」
腫れあがった顔をあげて更なるアピールも忘れない。
「そ、それは・・・そいつが利息とか・・母さんを!・・・」
ルシアンの声はしりすぼみになってしまった。
最初からきちんとした契約が成立していたと主張されてしまえば利息が発生するのは当然だとなるし、こんなところでこいつが母さんを凌辱したなどと声を上げられるわけがない。
「なるほど。話は理解した」
ガスパーの言葉にステファンは満面の笑みで顔を上げ、凶悪な視線をルシアンに送った。
「躾のなっていない賊のような者達を使役する領主のすることだ。大方殴られても仕方がないような事を其方がしたのだろう」
は?!と図星を衝かれたステファンの表情は一変し目を剥いた。
「そ、そのような・・・事は決して・・・!」
「平民が領主に楯突くことなどあり得ん。余程の事があったのであろう?」
「そ、それは・・・し、しかし私めは実際このような暴力を受けたので御座います!どうかその者に罰を!」
「そうか分かった。しかしその前に無関係なワシに刃を向けた者達と指示した者への罰を与えねばならんな」
「わ、私はガスパー様を襲えなどという指示はしておりません!」
「ではその者達が勝手にやったと?」
控えていた男たちが驚いた顔を一斉に見合わせた。
「そんな!歯向かう者は全員殺せと仰ったではありませんか!」
ライトメイルを着た一人の騎士が反論すると皆一斉にそうだと声を上げた。
「ええい!だ、黙れ黙れ!」
ステファンは従者達に対し目を吊り上げ声を荒げた。
「ワシからひとつ提案があるのだが」とガスパーが言うとステファンははっと我に返りすぐにまた跪いた。
「やれやれ、忙しい奴だ。ワシに対しての非礼は容赦しよう。その代わりルシアンとその家族からは手を引け。良いな?」
「し、しかしそれでは!・・・」
そんな事では主として領主として面子が立たない。
「今日ワシはルシアンとその家族に大切な用があってここに来たのだがそれも邪魔しようと?」
「そ、そのような事は断じて・・・!」
「ならば散らばっている者らを回収して去れ!」
それまで穏やかに話をしていたガスパーが一喝すると小さく悲鳴を上げたステファンは直ぐに従者に命令し、倒れている者達を大急ぎで馬車や馬に乗せてあっという間に走り去っていった。




