暗雲~弐~
「斥候の報告はまだ来ぬのか?!」
ステファンの他にもう一人連日怒りを爆発させている領主貴族がいた。
「は・・・シュバリエ家の祝勝会はまだ続いているようで・・・」
「ええい!クソッ!」
ドンッ!
ラファエルが書斎の机に拳を落とした。
御前試合の祝勝会は概ね三日に渡って行われるのが通例だ。初日はチームの家族だけで祝杯をあげ、二日目は各家で親族を招き三日目以降はなんとか縁を持ちたい貴族、勧誘したい騎士団の小隊長らの為に当てる事になっているのだが五日たってもシュバリエ家に張り付かせている斥候からの祝勝会終了を確認したという報告がまだない。
無論全体二位で騎士団入団を決めたAチームも祝勝会を開いたが名もない下級貴族の娘に完膚なきまでに叩きのめされ重傷を負ったユベールは不参加だった。二位とは言え恥を晒すわけにはいかない。二日目以降も来客は少なく、上位の小隊からの勧誘もさっぱりだった。あの最終戦を見れば隣接するシュバリエ家とクルーゼ家のどちらに足を運ぶか等明白に答えは出る。挨拶だけ済ませると如何にも”通り道なので寄らせて頂きました”とばかり早々に暇を口にする者までいた。それどころかユベールが率いた他のメンバーの方が引き合いが多くあったようでメンツを潰された形だ。
この三、四日の間、ラファエルは屋敷の前の道を素通りする馬車、屋敷を出て一目散にシュバリエ家へ向かう馬車を見ては花瓶を投げ、机をひっくり返し、罵詈雑言を叫んでいた。
「忌々しい奴らめ!あの時全員やっておけば良かったわ!」
シュバリエ家とクルーゼ家は馬車で半時もかからない距離にあってほぼ同じ面積の領地を持っていて抱える地方騎士(私兵)や領民もほぼ同数という中級貴族だった。しかし代々仲が良いとは言い難く、特に父の代で険悪な関係となった。セルジュの父ジュールとラファエルの父アレクサンドはライバル同士で騎士学校も上位の成績で卒業し、騎士団に同期入団したのだが入団後は常にジュールがアレクサンドの上に行き遂に現役を退くまでアレクサンドがジュールより上の小隊に昇格することは一度も無いままだった。
この程度なら嫉妬だけで終わったのだが問題はその後だ。ジュールが父から当主の座を譲り受けた時から互いの領地の収穫に大きな差が出る様になった。それはジュールが土の精霊日生まれだったからだ。
土の精霊の加護を受けた者が治める領地は土が肥え収穫量が上がる。ジュールは強い魔力もちだったため税収も増え、クルーゼ家との差がどんどん開いていった。
更にまずかったのはこの二つの家がごく近距離に隣接していたことだった。収穫が増えたことによりシュバリエ領の民の生活が自分達より良くなっていくのを見たクルーゼ領の民がどんどんシュバリエ領に流れて行ったのだ。それに釣られるかのように地方騎士(私兵)も流れた。
兵、領民、税収を増やしたシュバリエ家は伯爵から侯爵へ陞爵し、逆にそれらを取られた形となったクルーゼ家は国に収める税を減らし、数年後には子爵へと降爵を賜った。
父から譲り受けた民と代々継がれた爵位を守れなかったアレクサンドは酒に溺れ体を壊し、自分の不甲斐なさとジュールへの恨み言を口にしながら49という若さでこの世を去った。ラファエル28歳、ユベール10歳の時だった。
「ち、父上、シュバリエ家を監視させてな、何をされるお、おつもりです?」
「知れたことだ。血を絶やす」
いまだ目以外は包帯を巻いたままで上手く口を動かせない息子ユベールに答えた。
「!。そ、そのような事が公になれば返って状況が悪化します!そ、それに陛下の耳にはいれば・・・」
「黙っておれ!こうせねばならなくなったのはお前の責任なのだ!」
ラファエルに一喝されユベールはぐっと顎を引き押し黙った。
アレクサンドの死後家の将来を危惧したラファエルは一計を案じ既に一戦を退いて久しかったジュールとの一騎打ちで勝利し王国の規約に反して負けを認めたジュールの命を奪った。
生かしておけば土の精霊の加護を受けているジュールがいつまた勢力を挽回してくるか分からなかったからだ。
最初からジュールを生かして返す気が無かったので立会人もたてなかった為その場でセルジュ達に打ちかかり根絶やしにする事も出来たのだが一人息子のセルジュは病弱、その子供は女子だので放っておけばいずれ消滅するだろうと高をくくっていたのだ。
それがジュールの孫娘が養子縁組した得体の知れない男と一緒に騎士学校へ入学し、御前試合でユベール率いるAチームを打ち負かして優勝してしまった。そして更に具合が悪い事にセルジュが土の精霊日生まれだという事が分かった。このままでは領地領民を取り戻したシュバリエ家が復興し自分は祖父の二の舞を踏んでしまう。
「大誤算だ・・・。やはり私が自分でやりきらねばならんという事だ!」
ラファエルはユベールを睨みつけた。
コンコン・・。
その時ドアをノックする音が響き、ラファエルに使える文官の筆頭が入って来た。
「ラファエル様、斥候よりシュバリエ家の祝勝会が終わったと報告が入りました」
「待って居ったぞ!兵はどうなっておる?」
「はい、忠誠の高い騎士三十六名を離れに待機させております」
高齢でほぼ真っ白な頭の筆頭文官が恭しく頭を下げた。
「さ、三十六名?」
僅か四人の貴族に対して数が多い。
「多いと思うか?お前はそういう所が甘いのだ。使用人や下働き、一人も逃がしてはならん。全てを焼き払って賊に襲われた事にするのだ。兵には事後金品を持ち去っても構わんと伝えおけ」
あまりに冷酷なラファエルの言葉にユベールは身を震わせた。
平民一人逃げたぐらいで王国や貴族が動いたりはしないだろうが念には念を入れておかなければまた後悔することになるかもしれないとラファエルは考えた。
「明日夜12の時に決行する。斥候にはそのまま監視を続ける様に伝えろ」
――苦労を重ねて国王陛下の側近という地位まで手に入れたのだ。こんな事で全てを失ってなるものか!
漆黒の窓に映ったその顔は狂気に満ちていた。




