春よ恋
ドロテがメイドを伴って玄関ホールに出ると三人の騎士を従えたロシュフォール家の長兄ユリウスが立っていた。
「お待たせ致しました。お兄様」
「うむ。ドロテ、優勝と優秀者選出おめでとう」
「有難うございます」
幼少の頃よりガスパー・ランバートに師事し家を空ける事の多かったユリウスとドロテはお兄妹ではあるがお互いにあまり近しい感覚をもっておらず挨拶もどこかよそよそしい。
「お兄様、私を呼び出したりなどせずに広間へいらっしゃればよろしいのに」
「立場上私が行けば皆少なからず身構えなければならなくなるだろう。ロシュフォール家での祝勝会には参加するが今日は差し入れだけで許せ」
言ってユリウスは傍らに置いた大きな酒樽をぽんぽんと叩いた。
意外にも下級貴族やルシアン達平民を気遣ったユリウスの態度にドロテは少し驚いた顔をした。
「酒を持ってきたついでにひとつ助言をしておこう」
「なんでしょう?」
「其方達は下級貴族や平民中心のチームのようだが入団に際しての準備は進んでいるのか?」
「昨日の今日ですし皆これからかと思いますけれど・・・?」
「やはりな。連れて行く使用人の手配はどうしている?」
「あ!・・・」
王国騎士として王都に居を移しての生活となる為各個の使用人は必須だ。上級貴族のドロテは自分が何もしなくても周囲が環境を整えてくれるものだし急な事でも取り合えず屋敷の者を連れて行けば良いだけなのでユーゴ達の事まで考えが及ばなかった。
「有難うございますお兄様。皆に伝えます」
このままのほほんと事が進むと皆かなり困る事になる。自分の部下となる以上放っておくわけにもいかなかったからかユリウス自身の優しさかは分からないが有り難い助言に心から感謝した。
「うむ。ところで其方の後ろにずっと張り付いている者はなんだ?新規に雇い入れた使用人か?」
「え?私を呼びに来たメイドでは・・・」
振り返ったドロテは一瞬体をびくっと震わせた。
すぐ後ろに顔を強張らせたルシアンの弟アシルがビシっと手足を伸ばして気を付けの姿勢で直立していたからだ。
「あ、あんたなにしてるのよっ!近い!」
ユリウスや従者の前だったがルシアンに似た顔立ちのアシルを見ていつもの調子で突っ込んでしまい思わず口を押えた。
「ぼ、ぼ、ぼ、僕、わ、私はドロテ様をおておてお手伝いしようと・・・」
ドロテに言われて大きく一歩飛び退いたアシルがしどろもどろに答えた。ユリウスの圧倒的な威圧感に口が上手く動かせない。
「そうか、良い心がけだ。ちょうどよい、この酒樽を運んでもらおう」
「あいつ、何してんだ?」
ルシアンが半目で呟いた。
ドロテが広間に戻って来たのだがその後ろに他の使用人達と一緒に大きな酒樽を抱えたアシルがいた。
アシルは燻製肉を切り分けている料理人の脇へ酒樽を置いた後いくつかのグループに分かれて酒を飲みながら談笑している貴族達にユリウスからの差し入れだと説明して回るドロテの後ろをついて回っていた。
ドロテが右動けばその後をアシルが右に、左に行けばアシルも左に、時々振り返るドロテにぶつかりそうで危ない。
「・・・」
そうこうしているうちに一仕事終えたドロテがユーゴ達の囲む円卓に歩いてきた。勿論その後ろにアシルだ。
「みんな集まってるみたいで丁度良いわ。ちょっと話があるの。良いかしら?」
「良いけれど、ちょっと待ってくれ」
「?」
ルシアンはおもむろに席を立って不思議そうにするドロテを通り過ぎるとアシルの首根っこを掴んで引っ張った。
ガッチリとした体格で力の強いルシアンとは違い細身で軽量のアシルは半ば吊り上げられるようにルシアンの前を向かされた。
「に、兄さん?!何?!」
「お前、なんだってドロテのケツを追いかけてるんだ?」
「ど、ど、ど!・・・」
ルシアンの言う”ドロテのケツ”等とはとても口に出せないアシルは赤い顔をして下を向いた。
「ルシアン、アシルは別に何か悪い事をしてるわけではないわ」
当のドロテとユーゴ以外のなんとなく察している女性達が皆笑みを浮かべながら小さく頷いた。
「そ、そりゃあそうかもしれないけれど・・・」
「そ、そうです!ぼ、僕はユリウス様に言われて酒樽を運んだだけです!」
「それはそうだろうけど、なんでドロテに張り付いてるんだ?」
ドロテも怪訝そうにアシルを見ている。
「ぼ、僕は・・・ドロテ様をお手伝いしようと・・・その・・・」
アシルはまたもじもじしながら俯いた。
「使用人やメイドはいっぱいいるんだしお前はチームの家族なんだから座ってれば良いんだぞ?」
「兄さんだけずるい・・・」
「へ??」
ルシアンにはアシルが何を言い出したのか分からなかった。
「兄さんばっかりドロテ様と仲良くしててずるいよ!僕だって・・・!」
ここでユーゴとルシアンはようやくそういうことかと理解した。ドロテはちょっと驚いた顔をしている。
だがしかしだ。
「ちょっと色々待て!お、おま・・・何か大きな勘違いをしているぞ。俺は別にそこまでドロテと仲良くなんかしていないぞ?!さっきも見てただろう、俺はいつも殴られているだけなんだぞ?」
「僕だって叩かれたりしたい!」
アシルが真っ赤な顔で叫んだ。見かけより思い切りが良い。
皆目を丸くし、ルシアンは半目、ドロテは冷や汗をかきながら目だけを天井へ向けた。
メリッサだけが体を揺すって笑いを堪えていた。
ルシアンは避けようと思えば避けられるのに敢えてドロテの激しいツッコミを受けている節があり、ドロテはドロテで本気で怒ってやり返す様な事は決してしないルシアンを安心して叩いている感じがする。メリッサはそういうルシアンが好きだ。そして見ようによっては末っ子のドロテが長男のルシアンに甘えているように思える。
騎士団の中核を構成する上級貴族という特殊な環境で厳しく育てられたドロテはこれまで抑え込んでいた感情を受け止めてくれる存在のルシアンに好意を寄せていてもおかしくはない。対して生活苦の家族を必死に引っ張ろうと頑張って来た長男ルシアンに兄弟達は尊敬という良い意味で半歩引いている感じが見受けられるのでドロテ程言いたいことを言う者はいなかったはずだ。そういう”妹”を可愛く思っても不思議ではないとメリッサは思う。
ドロテのツッコミを甘んじて受け入れているルシアンとドロテのツッコミを受けたいと願うアシル。メリッサにはこの二人の感性はとても良く似た兄弟と思えた。すこし違うところはアシルの方がルシアンよりも思い切りが良いというところだ。ちょっぴり見習ってほしいと思った。
「そ、そういった話は後にしましょう。とても大事な話があるのでみんなちょっと落ち着いて聞いてちょうだい」
大事な話があると言われては仕方がない。ルシアンはまだ何か言いたそうだが渋々椅子に座った。
”全力の告白”を後回しにされてしまったアシルは少し腑抜けた顔になったがまだ拒絶されたわけではないとドロテの真後ろという特等席は譲らなかった。
「おお皆集まっておるな!」
そこへ二~三日となるかもしれない祝勝会のスケジュール管理や招待状、使者への返事で執務室に籠っていたセルジュが加わった。
本来であれば執事や使用人の筆頭に分担させられる仕事なのだがシュバリエ家には平民で料理人のマティオ夫妻とそのメイドの娘シルビィの三人しかおらず文官的な仕事は任せられないのでセルジュが全てやるしかない。
しかしセルジュは笑顔だった。彼は生まれつき病弱で自力で金を稼ぐ事が困難で領地領民も失ったため税収もないので祖父の貯えを切り崩しながら生きるしか術が無かったがにわかに領主としての仕事を得て幸せをかみしめていた。そして失った領地領民も時機に戻ってくると思うと自然に笑みがこぼれた。執務室に籠るぐらいは些細な事でしかない。
「お疲れ様です。お仕事はおわりました?」
セルジュの心情を痛いほど理解しているイザベルが笑顔で労いの声をかけた。
「いや、まだ終わってはおらんが皆の顔を見たくて途中で出てきてしまった。続きはまた夜にでもしよう」
そう言ってセルジュはユリウスが差し入れた果実酒を美味そうに飲んだ。
「それでドロテ、話とは?」
「みんな今後の事をどう考えていて?」
「随分とざっくりな聞き方だけれどまずは入団式?かな?」
「その後は騎士団に入るのですからまず王都にある宿舎かどこかへ居を移すと思います」
ルシアンに続いてメリッサが答えた。
「そうね、で、みんな下働きや使用人を雇う手配は出来ている?」
ユーゴとルシアンは「え?」という顔に、他は「あ!」という顔に変わった。
騎士団入団後は皆ばらばらに配属となり、小隊単位で行動するブリュセイユ王国では私生活も小隊ごとに宿舎を割り当てられる為料理人はその小隊の隊長が手配する決まりになっているので問題は無いが、団との連絡のやり取りや、他の貴族との折衝、茶会等イベントのスケジュール管理から個人装備の手入れ、移動に欠かせない馬の飼育管理、雑用とやらなければならない事はいくらでもあってとても一人でこなせるものではない。騎士ひとりにつき最低でも文官、メイド、下働きが一人づつは必要だ。
「金は騎士団から沢山貰えるみたいだけどどうやって雇ったら良いのか分からないぞ・・・。使用人やメイドって平民でも良いのか?」
「下働きは平民を雇うのが普通で、文官とメイドは何人も雇うのでなければ貴族でないとだめよ」
「多分ユーゴとレティは募集をかければ希望者がここに集まってくるでしょうから問題ないにしても現状家の援助を得られるかどうかわからないメリッサと平民出身のルシアンは問題があるわね」
メリッサは困った顔をし、ルシアンは頭を抱えた。
「ならばここで全員の使用人を募集したら良い。今書いている招待状や祝の返事にちょっと書き足すだけでけっこうな問い合わせがくるのではないかな?」
「まぁ!それは良い考えですわね」
セルジュの提案にイザベルがぽんと手を叩いた。
「そうね!じゃあ使用人雇用の件はセルジュ様お願いするという事でよろしいかしら?」
「お任せ下さい」
皆ほっと、安どの表情になった。
「でも俺みたいな平民出身に使えてくれる貴族なんているかな・・・」
「それはそうだが大勢来た中にはきっと手を挙げてくれる者もおるだろう」
「そうだと良いけど・・・」
「じゃあ、当面は私が兄さんのお世話をします」
考え込むルシアンに後ろからそう言ったのは妹のセシルだった。
「貴族様とお話しすることはできませんけれど身の回りのお世話ならできますから」
「それは助かるぞ!」
ようやくルシアンも上を向いた。
「なんとかなりそうで良かったわ。私も専属メイドを一人新規に雇おうかしら」
ドロテが笑顔で言うとこれまで静かに背後に立っていたアシルが「はいっ!」と勢いよく手を挙げて叫んだ。
びくっとしたドロテが立ち上がり真顔をアシルに近づけた。
「あんたが私の着替えを手伝ってくれるのかしら?」
「!!き、き、きがーーーーーーっ!?」
果実よりも顔を真っ赤に染めたアシルは全速力で後ずさり、背中から壁に激突した。
「お。おいおい、だ、大丈夫か?」
壁際で身を縮めて座り込むアシルにルシアンが駆け寄った。
「お前、アレのどこが良いんだ?」
屈んだルシアンがアシルにだけ聞こえるように囁いた。
「・・・あ、あんなにキレイで可愛い人なんて他にいないじゃないですか」
ゆっくり振り返ると腰に手を当てた仁王立ちのドロテがはぁと大きなため息をついていた。
アシルが言うようにドロテは整った顔立ちで普通にしていれば美人だが年齢よりもやや幼く見え色気のあるタイプではない。それに攻撃的で加減というものを知らず冗談でも流血するほど激しく突っ込む。座学の時はよだれを袖で拭いて平気な顔をしているぐらい雑な性格だ。相手は大貴族のご令嬢なので”そういうこと”にはならないだろうし弟の好みに異を唱えたりするのは野暮だとも思うが「ああいうのを嫁にすると大変だぞ」小さく呟いた。
「使用人の件は取り合えずそういう事で良いですわね。じゃあ次はユーゴとレティのお話をしましょう」
円卓を囲む女性達は「まぁ!」と皆一様にキラキラした目をユーゴに向けたがユーゴには何のことだかさっぱりわからない。
きょとんとしているユーゴに「あらユーゴったらとぼけちゃってぇ、式のお話よ」とイザベルは満面の笑顔を向けた。
「しき?(指揮?四季?死期?)」
隣に座っているレティシアは何故か嬉しそうに俯いたままでセルジュはグラスに残っていた果実酒を一気に飲み干すと「ふん・・・」とそっぽを向いた。
――自分の知らないところで何かが進行している・・・。
ユーゴは顔を強張らせた。
「・・・イザベル様、多分ですけれど、ユーゴは分かっていません・・・」
メリッサの言葉に今度は全員が「へ?」という顔になった。
「なんだと?!ユーゴ!どういうつもりであのようなっ!」
これまで見た事のない形相でセルジュが立ち上がる。
「あなた落ち着いてください、ユーゴは知らないのでしょう」
イザベルに袖を引かれたセルジュはユーゴを睨みつけたまま渋々座った。
「ユーゴの生まれ育った世界ではどうなのか分かりませんが人前での接吻は即結婚を意味します。本来は両親の承諾を必要とするのですよ。ユーゴはどう考えているのでしょう?」
御前試合決勝後のセルジュの「親の許可を得るものだ」とイザベルの「私は大賛成」という言葉を思い出し、「そういう意味だったのか!」と今ようやく理解した。早い話”婚約”を飛ばしてしまったのだ。
結婚が政略的に行われる貴族社会では両親の承諾は必要不可欠だと言うのは理解しているがキスがそこまで重要な儀式になっているとは考えていなかった。レティシアの自分への気持ちは分かっていたし、ユーゴ自身もその気がないわけではなかったからあの時自分を信じて覚醒し全力で戦い抜いたレティシアの頑張りといじらしさに感情を押さえられず唇を重ねてしまったのだ。ユーゴの生まれ育った世界で同じような事をすれば散々冷やかされるかもしれないし”お付き合い”という事になるかもしれないが、じゃあ結婚とはならない。レティシアは器量良しで容姿も良い。なにより自分を慕っていてくれる。結婚を前提として付き合うことはやぶさかではないが結婚となると話は別だしこちらの世界で、まして貴族社会で上手く生きていけるかという不安もある。
「お話は理解しました。あの時の俺の気持ちに偽りはありません」
レティシアは終始俯いたままだがユーゴの言葉にぱあっと嬉しそうな顔に変わったのは分かった。
「ですが、その、少し時間を、猶予をいただけないでしょうか?これから入団式や転居等忙しい日が続くと思われるので・・・」
「確かにそうですわね。ではこの話は日を改めていたしましょう、ね?セルジュ様」
セルジュも「イザベルがそういうのなら」と譲ってくれ、なんとか収まったがその後は終始ユーゴとレティシアの話題で溢れ、祝勝会が祝会となった。




