廃れた信仰
「レティ、傷の具合はどう?」
「左目の腫れはひかなくてまだ包帯を巻いてるけどお薬とお兄様のヒールのお陰で痛みは随分和らぎました」
「そう!良かったわね~」と”良かった”を大げさに言いながら笑顔のレティシアに流し目を送った。
一瞬にして頬を染めたレティシアが下を向きながらユーゴの後ろに隠れた。
「なあなあ、ヒールってどうしたら出来る様になるんだ?木の日生まれはヒールが出来る様になるって聞いたことあるけど使えないやつが多いのはなんでだ?逆に木の日生まれじゃなくてもヒール出来るやつもいるよな?もし修練で使えるようになるならすっごい便利だから俺も覚えたいぞ」
ドロテが眉間にシワを寄せてルシアンの顔を凝視した。
「な、なんだよ?なんか変な事言ったか俺?・・・」
「あんた知らないの?」
「な、何をだ・・・?」
困ったルシアンは助けを求めてユーゴに視線を送る。
「す、すまない。俺は全く知らないんだ・・・」
「へ?ユーゴ、ドロテが怪我した時からずっとヒールしてたよな?」
「それが、何故出来るようになったの今でもかわからないんだ。はは・・・」
ユーゴは困った顔をした。
「ドロテ、ルシアンは小学院に行っていませんしユーゴはその、特殊なので仕方がないと思います」
メリッサの説明にドロテは「ああ、それもそうねぇ」と表情を戻した。
「これは小学院で習うことなんだけど、ルシアン、”精霊の日”は知ってるわよね?」
「そ、それぐらいは知ってるぞ。一週間だろ?」
「じゃあ、言ってみて」
ルシアンはバカにするなと口をへの字に曲げた。
「いいから早く!知りたいんでしょ?」
「ちぇ・・・まず月の精霊日だろ?。火の日、水の日、風の日、木の日、金の日、土の日、地の日、天の日、日の日で一週間だ」
「そう。で、木の精霊日生まれだとヒールを扱える可能性があるのよ」
ユーゴは「なるほど」と言いかけたが「いや待て」と言いなおした。
いくつか疑問が湧いたのだ。
「ドロテすまないが月から説明してくれないか?」
ユーゴのリアクションに気を良くしたドロテが「うふん。良いわよ」とひとつ咳払いをして説明を始めた。
「人はみんな生まれた日の精霊様の加護を得られるようになるの。月の精霊日生まれは機敏な者が多くて夜目が利くから戦の時に重宝されるわ。火の精霊日生まれは水や金属に熱を伝えられて木材があれば火を起こせる。水の精霊日生まれは空気中から水を集められ、凍らせる事が出来る。火と水を操れると生活に便利ね。風の精霊日生まれは風向きを読む能力が高くて気候を予見出来るから漁師や船乗りに向いている。木の精霊日生まれはさっき言ったけど生命力を司る精霊様の加護を得られるからヒールが出来る。なので騎士団でも薬師のスキルとしても欲しい精霊魔力よね」
「金はカネだよな?!金の日に生まれたら金持ちになるって聞いたぞ」
ルシアンが口を挟んだ。
「あんたってホントにスカポンタンね!そんな訳ないじゃない、誰にそんないい加減な事を聞いたのよ」
「へ?ち、違うのか?だって・・・」
ルシアンはユーゴに真顔で「し!」と言われ、むぐっと両手で口を押えた。
「金は鉱石の精霊様。加護を得られれば金属加工夫や鍛冶師への道が開けるわ。土の精霊日生まれに耕されると良く肥えた畑に、領主になれば領地全体の土が肥える。地の精霊日に生を受けると丈夫な体を授かる。天とは叡智の精霊様で文官にとても多くて商売にも能力を発揮するわ」
特殊な能力というよりは個性として人民に浸透しているのだとユーゴは理解した。
「でもドロテ、俺は木の精霊日生まれじゃないぞ?」
曜日の数も概念も違う異世界で生まれたユーゴにこちらの世界の法則が適用されるかは怪しいがとにかく木の精霊日生まれではない。
「じゃあ両親のどちらかが木の精霊日生まれなのよ。最大でみっつ。自分と自分の両親の生まれた精霊様の加護を得られる人がいるわ」
自分の両親が何曜日に生まれたかまでは知らない。ユーゴはうーんと顎に手をやった。
「あー、そういう事かぁ!俺も父さんも母さんも木の日うまれじゃない。ううう・・・残念・・・」
はぁ、とルシアンは肩を落とした。
「でもそれを知ってたのにアルバン戦の後メリッサとレティが俺と一緒にヒールを試してたのはどうしてかな?」
「お兄様、それは精霊魔力の発現年齢と魔力量にけっこうな個人差があるからなんです」
「個人差?」
「はい。お母様の生まれは木の日なのですが私はヒールが出来ません。でも20歳を超えてから精霊魔力が発現発現することもあるので万に一つでもとあの時試してみたのです」
「私も同じです。お父様が木の日生まれですのでひょっとしたらと思って・・・」
「そういうことなのか」
精霊魔力はだいたい早い者で5~6歳ぐらい、遅い者は20歳ぐらいで発現するという。そして魔力量にも個人差があり、例えば火の精霊魔法の場合木材等を素手で発火させられるほど魔力の強い者もいれば杖や魔石を使っても発火させるまで数分かかる者もいて幅が広く、自分の生まれの精霊の加護さえも全く得られない者も少なからずいるそうだ。
「あれ?ドロテ、日曜日・・。いや、日の精霊日?は何もないのか?」
ユーゴが聞こうとしたとき、「ご歓談中申し訳ございません」と使用人に耳打ちされたドロテが
「ちょっと席を外すわ。ええと、後はレティとメリッサに聞いてちょうだいね」と言って広間を出て行ってしまった。
「何かあったのか?」
「遅れてきた待客かもな」
「招待客の対応ということならお父様かお母様に話を通すのではないでしょうか?」
「普通はそうだろうけど父上は執務室から出てこられないし、母上は他のお客様の応対で手一杯な感じだからな。そうなると俺かレティなんだが・・・」
二人はこういう事に不慣れで対応の仕方が良く分からない。
「今日はシュバリエ家での会ですが実質取り仕切っているのはロシュフォール家ですし使用人もそうですがドロテがお二人に気を使ってくれているのかもしれませんね」
普通の茶会なら出過ぎた行為で顰蹙を買うものだがシュバリエ家の現状を考えればとても有難い。
「ドロテは大貴族のご令嬢ですからね」
「さっきの挨拶回りもそうだけどこういう時はほんとに頼りになるな」
「ホントにそれだ」
作法の分からないルシアンはドロテの後ろについて同じ所作をする事で難を逃れていたのだ。
イザベルの助けがあったユーゴも深く頷いた。
「ところでレティ、さっきの話の続きなんだが」
「まぁ、何か楽しい話題でしょうか?私たちも混ぜて下さいませんか?」
イザベルと、マリオン、フローラが四人の輪に加わって「座ってゆっくりお話ししましょう」というマリオンの提案で少し大きめの円卓にメイドが椅子を運んでくれて囲んで座った。
「お母さま、お客様のお相手をしなくてよろしいのでしょうか?」
「皆さんは、特に殿方はもうずっと御前試合の話をされていて新しい方が輪に入るたびに違う考えや情報を共有しあって三周は同じ話をしているのよ。私はとてもついていけません。あと三周ぐらいはしそうなので私がいなくても大丈夫でしょう。激戦を戦った当人たちが御前試合の話は全然していないのに面白いですね。うふふ」
イザベルの言いように皆確かにと、口を押えて笑った。
「お兄様、大神の日についてでしたね」
と隣に座ってヒールをするユーゴにレティシアが話しかけた。
「そうだ。ん?大神の日?精霊日じゃあないのか?」
「はい、週の最後は精霊の日ではなくて、ここのつの精霊を束ねる”日の大神”、太陽神アマデウスの日なのです」
「え?この国には太陽神を崇拝する宗教があるのか?」
驚くユーゴにマリオンとフローラが怪訝な顔をしたがイザベルの「実はユーゴは遥か北の国の出身で・・・」という咄嗟の苦しい作り話になんとか納得してくれたようだった。
「ブリュセイユだけではなく、ゴズワール、ニネ、ローゼンヌ、アシハール平原の国全てが太陽神を崇拝していた時代があったのですが今ではゴズワールは別の神を信仰していてブリュセイユとローゼンヌでは人の生活に密接に関係している精霊様に祈りを捧げています」
「”崇拝していた時代があった”ということは廃れたということか」
「はい、古い祠や神殿は各地に残っていていまでも太陽神の日に祈りを捧げる者がいるにはいますが稀でお祭りしなくなって200年程になると小学院で習いました」
あれか!とユーゴは僅かに目を見開いた。自分がこの世界に転移してきた場所は古びた見慣れない祠だったからだ。
「大神の日に生まれた者は精霊様と同じように何か加護は得られないのか?」
各地で祭られていて暦にも名を遺した神が何故廃れてしまったのか、現在の説明の中にニネ公国の名前が出てこなかったのは何故なのか知りたいところだがこういった話は往往にして長いので別の機会に聞くことにした。ユーゴは今は自分に直接関係のある精霊と神についての情報を得ることを最優先した。
「ひのもとにうまれしもの、そのちをひきしものおおいなるかごをあたえられん」
「?!」
言葉を発したのはルシアンだった。
「小さい頃母さんに聞いたんだけど誰でも知ってる言葉だ」
ユーゴにはぴんと来るものがあった。
「それってひょっとして・・・」
「そう、昔から言い伝えられていて聖騎士に関係する言葉だと言われています」
「聖騎士は大神の日の生まれなのか?!」
「そうらしいけど全然アテにならないぞ。死んだ俺の父さんも俺の家の隣に住んでるガブや幼馴染のアレクも大神の日の生まれだけど普通だ」
「前大戦で戦死した聖騎士レダ様とドロテのおばあ様も大神の日の生まれですからこの日に生まれた者が聖騎士となる可能性は高いと言われてはいます。けれども聖騎士としての能力を発現させるのは数万人に一人、数十万人に一人ですのでわざわざこの日に合わせて子を産む者はいません」
ユーゴの聞きたかった事も一緒にイザベルが説明してくれた。
「ルシアンが言った言葉の中に”そのちをひきしもの”とあったけどこの場合も両親のどちらかが大神の日の生まれだとその子供が聖騎士になる可能性もあるということかな?」
「そう考えられていますけれど、聖騎士自体の数が本当に少ないので結論付けられてはいません」
メリッサが答えた。
「今の話の流れだと両親も子供も大神の日に生まれちゃったらなんの加護も貰えないからすっごい損な感じがするぞ」
「そうなりますわね。いつだったかしら?実際そのようなお話を聞いたことがございます」
「お母様確かロシュディー様だったと思います。セロー商会の」
フローラは10歳だが母似の美人で聡明そうだ。
「あ、そうでしたね」
偶然なら良いがもし狙って大神の日生れを増やす様な事をする者が現れたらどうなるのか?ユーゴの表情が少し険しくなった。
「ところで私は木の日の生まれですが皆さんはどの日の生まれでしょう?」
ユーゴの表情を見たイザベルが話題を変えた。
「私は月の日です」
レティシアが答えた。
「そうか!それであんなに動きが俊敏なんだな!」
「そういうルシアンは地の日かしら?」
「な、なんでわかったんだ?!」
メリッサが「ぷ」と笑った。見たら分かる代表選手だ。この場にツッコミ担当のドロテがいないのが残念でならない。
メリッサが火の日、マリオンが水の日、フローラは土の日の生まれだそうだ。
「土の日ってどんな加護だったっけ?作物が良く育つんだっけ?貴族だとあんまり使い道がない感じだなぁ」
「ルシアン、そういう言い方は失礼よ」
レティシアが窘めた。
「あ、悪ぃ・・・」
「ルシアン様、確かに私は畑を耕したりはしませんが私が植えたお花はとても綺麗に育つのでお母様はいつも喜んでくれます。この日に産んでいただけて私は嬉しいです」
マリオンとフローラはお互いの顔を見てにっこり微笑んだ。
ルシアンの言葉にも嫌な顔などせずとても感じの良い母子だ。
「そ、そうかそんな良い事があるんだ」
良く出来た子供というものを目の当たりにしてルシアンはちょっと申し訳なさそうな顔をした。
「お兄様の生まれは・・・」とレティシアが聞きかけた時、ドロテが広間に戻って来た。
「な、なにをやってるんだ?あいつ・・・」
ドロテの後ろから他の使用人と一緒に大きな酒樽を抱えて入って来たアシルを見てルシアンは目を丸くした。




