祝杯
「皆さん祝勝会はシュバリエ家で行う事になりましたので明日荷を纏めたら直接来てくださいね」
イザベルの言葉に「ロシュフォール様のお屋敷ではなくて?」とレティシアが不思議そうな顔をした。
こういうことは通常上位の貴族邸で行うものだからだ。
「チームの大将はレティシア嬢で合宿等シュバリエ家には世話をかけたので礼という事で父上がそうするようにとおっしゃったのだ」
エリアスによるとシュバリエ家には料理人とメイドが一人ずつしかいないのでセルジュが畏れ多いと辞退を口にしたら必要なものは全てロシュフォールが手配するとフランクが言ったそうだ。
「顔にはだしておられないがチームの優勝とドロテの優秀者選出で父上は上機嫌で帰って行かれた」
「ふん・・・あんなに騎士学校入学を反対していたクセに調子良いわね」
ドロテは腰に手を当ててぷぅっと頬を膨らませた。
「まぁ、そう怒るな。実際アルバンとの一戦では傷を負ってボロボロだっただろう?父上はドロテのそういう姿を見たくなかったのだ」
「そうなのかな・・?」
無様に負けて家の威信を損なわれては困ると考えていただけだろうと思ったが、「まぁそういう事にしておくわ」と横を向いたまま答えた。
「しゅくしょうかいって何をするんだ?」
「皆でお酒を飲んだり美味しい物を頂いたりですよ」
シリルの質問にメリッサの母マリオンが優しく答えると幼少組が目を輝かせた。
「セルジュのおじちゃんのとこにいる間ずーっと御馳走ばっかりだったけどあれよりもおいしい物をたべられるのか?!」
シュバリエ家の食事が下の様な発言をしたソラルに皆一瞬ぎくりとしたがセルジュは「この無礼者め!」と笑って答えた。相手が相手なら即首が飛ぶような発言だがセルジュは子供に対して本当に寛容だ。
「ではこれで私たちは帰るぞ。皆と話をしたくて待っている方々もおられるのでな」
「では我々もこれにて」とエリアスとニルスが言い、「ごきげんよう明日ゆっくりお話ししましょう」とマリオンとフローラも挨拶をして背を向けた。
皆が辺りを見回すと騎士団の制服を着た男たちが遠巻きにこちらを伺っていた。多分小隊への勧誘だ。
「それからユーゴ、レティの傷の手当をちゃんとして最後まできっちり付き添うのだぞ」
ちょっときつめの言葉でユーゴにくぎを刺し、セルジュは歩いて行った。
「は、はい、父上・・・」
ひょっとして”あの事”で怒っているのかもしれないなとユーゴは頬をぽりぽりと掻いた。
「心配しなくて大丈夫ですよユーゴ。あのひとは怒ってなどいませんから。むしろ安心しているのですが父親としてはこう言っておかないといけないのでしょう。私は勿論大賛成ですわ」
イザベルはユーゴの耳元で囁き、うふふと笑ってセルジュの後を追っていった。
――安心している?大賛成?・・・はて・・・?
ユーゴは首を傾げて見送った。
激戦から一夜明けた。傷も癒えておらず少しはのんびりしたいところだが祝勝会となれば仕方がない。皆普段よりも少しだけ早起きして身支度を始めていた。
とは言っても身の回りの世話をする使用人や下働きの男、移動の為の馬車は全てフランクが手配をしてくれたおかげでユーゴ達は殆ど何もせずテキパキと動く使用人達を関心しながら見ているだけで昼前には全てが終わった。荷物はフランクが手配してくれた荷馬車でそれぞれの家へ直接送られ、ユーゴ達は騎士学校の門前で敬礼してから一台の馬車で祝勝会の行われるシュバリエ家へと向かった。
「うわ!凄い数だな・・・」思わず声を上げた。
正面玄関までは馬車が行き来できるようにスペースが取られてはいるが広い敷地が馬車で埋め尽くされていたからだ。
自分は爵位を貰えるらしいが果たして上手く生きてゆく事ができるだろうか?家族は、兄弟はどうなるんのか?騎士団入団になったら王都で生活することになるらしい。兄弟達を連れて行くことになるのかとにわかに不安になってしまった。
ルシアンが考え事をしながら馬車の扉を開けてゆっくり足を踏み出した時後ろから何者かに突き飛ばされた。
「のわっ!」
片足ケンケンを5回ぐらいしたところで踏みとどまった。
「早くおりなさいよ。後がつかえてるんだから!」
「あ、あぶないじゃないかドロテ!危うく転がるところだったぞ!」
「転がりやすい体形だものねぇ」
「問題はそっちじゃあねぇ!」
二人のやりとりを見て「ぷ・・・」と笑いながらメリッサが下車し、ユーゴとレティシアが続いた。
「おかえりなさいませ!ユーゴ様、レティシア様!皆様!」
シュバリエ家ただ一人の使用人兼メイド兼下働きのシルビィが満面の笑顔で迎えた。
「只今戻りました。出迎えご苦労様シルビィ」
レティシアが笑顔で答えた後、シルビィの後ろに見慣れない使用人やメイドがずらっと並んで跪いた。ロシュフォール家の者たちだ。
「あはは・・」とシルビィがちょっとやりずらそうな顔に変わる。
通常上級貴族が雇うメイドや使用人は下級貴族の次男次女が従事する。これは貴族の傍で仕事をする為に作法等を熟知している必要があるからだ。また、金銭的な事情で文官大学に入れなかった者、文官大学を卒業しても城や騎士団付きの文官になれなかった者達の受け皿ともなっている。平民を雇い使用人の仕事や下働きの仕事を兼務させるシュバリエ家の様な下級貴族とは異なる部分だ。
玄関から館の中を覗くと見た事のないほどの数の使用人たちが忙しそうにに行き来している。シュバリエ家でただ一人のメイドのシルビィは環境が一変して昨日から大変だったのだろうと容易に想像できた。
「荷物は殆どロシュフォールの家に送ったから運ぶものは何もないわ」
と言いながらドロテが館に入ってき、皆も続いた。
「ここはユーゴとレティの家だろ?あいつってホントにお嬢様なんだな・・・」
先頭を切って胸を張り颯爽と勝手知ったるシュバリエの館に入っていくドロテを見てルシアンが呟いた。
「ルシアン、ドロテは仲間ではありますがこの国で最も権力をもつ上級貴族のお嬢様です。ここはもう騎士学校ではないので公の場ではアイツ等という呼び方はしない方が賢明です。彼女自身は気にも留めていないと思いますが周りはそういう判断はしません」
使用人の一人が鋭い視線を向けた事に気づいたメリッサが耳元で囁いた。
「わ、わかったりしました・・・」
”分かった”と”承知した”がごちゃまぜとなってしまったみたいだ。メリッサはうふふと優しく微笑んだ。
「すまない、俺はレティの包帯を取り換えてから後で行く」といってユーゴとレティシアは玄関ホールにある階段を上がっていった。
ドロテ、メリッサ、ルシアンの三人が一階にある屋敷で一番大きな広間に入るとようやく主役達の到着だと皆が一斉に顔を向けた。
シュバリエ家前当主ジュールの死後使われる事がなくガランとしていた大広間には家中の調度品が運び込まれ豪華に仕上げられていた。細かな刺繍が施されたクロスで飾られた円卓が何台もあり、招待された貴族達がいくつかのグループに分かれて談笑していた。立食形式のようだが椅子も用意されていてモレル家の子供たちは大人しく座って骨付きの鶏肉をはふはふと美味しそうに口いっぱいに頬張っていた。
ユーゴとレティシアがいない事に直ぐに気づいたイザベルが不安そうにドアを見つめていたがシルビィから事情を聞いて「あらあらぁ」と笑顔になった。
上機嫌のフランクが三人に果実酒の注がれたグラスが行き渡ったのを確認すると「激戦を勝ち抜いた勇者達に!」と音頭をとり、皆がグラスを掲げた。
既に19歳のメリッサは慣れているのか笑顔で半分ほど飲んだがドロテは一口だけ含むと直ぐにグラスをテーブルに置いた。澄ましたカオをしているが酒が苦手なのかもしれない。ルシアンは透明なグラスを物珍しそうにくるくる回したあと一口飲んだが「うぇ・・ニガ・・・シブ」といってやめてしまい、年少組が美味しそうに飲んでいる果物を潰したジュースを手に取った。
三人はドロテの先導でフランクから序列順に挨拶をして回った。
招待されていたのはロシュフォール家当主フランク、妻オルガ、生まれて間もない長男を抱いた次男エリアス夫妻、三男ニルス、親類が数名、メリッサの母マリオン・アルネゼデール、三女フローラ、ルシアンの母アリシアと弟妹達、そしてシュバリエ家だ。
ロシュフォール家長兄ユリウスの姿は無かった。時期王国騎士団団長で国王ジェラールの護衛でもある彼は多忙の為辞退という事だ。アルネゼデール家当主シモン、次女ジュリアやその親族の姿がないのはこれまでの経緯からすれば仕方のない事だろう。領地を奪われてから縁者がごっそりと離れて行ったシュバリエ家も家族だけだ。それに平民のモレル家は流石に親族までは招待は出来ない。
最下位判定からの全勝優勝というブリュセイユ王国史上初の快挙で御前試合を大いに盛り上げたチームの祝勝会にしては招待者は少なく使用人やメイドの方が多いぐらいだ。
挨拶回りを終えた三人が一息ついているとようやく自分の番だとばかり「ルシアンにぃちゃ!」と末のルチアがルシアンに抱き着いた。
後ろには母アリシアが穏やかな表情で立っていた。
ルシアンは話したいことは山ほどあったがあれからずっと、式典の時も母とは言葉を交わしていない。
何をどう話し始めたら良いのか分からなかったが数秒の沈黙の後「母さん、ごめん。俺・・」
と絞り出した。
アリシアは「立派に育ってくれてありがとうルシアン・・・。話は帰ってからゆっくりしましょう」と目に涙を浮かべながら答えた。
「ルチア良い子にしてたか?」
ルシアンの問いかけに「うん!」と顔を上げたルチアの口元は赤茶色のソースで染められていた。
「うげ・・・!」
「ルチア、食べ終わってからにしましょうね」
「うん!わかったりしました!」
アリシアがルチアを連れて行ったがルチアの返事にメリッサが肩を揺らして笑っていた。
「兄さんお疲れさまでした」
ルチアと入れ替わりでセシルとアシルが来た。
「二人ともその格好はどうしたんだ?」
よく見ると母も兄弟達もぞろっとした賑やかな衣装を着ていたのだ。
「あ、これはフランク様から頂いたのです」
「へぇ!あのおっちゃ・・・いや、ふ、フランク様、随分と太っ腹・・・いや、よ、良くしてくれて・・・」
「自分も参加する会だから見栄えを良くしようと思っただけよ。気にしなくて良いわ」
ドロテがはぁと息をついた。
「そ、そうか。それよりもやんちゃ坊主二人はどうしたんだ?」
いつもならはしゃぎまわって手が付けられない双子の弟たちが今日は居るのか居ないのか分からない。
「ああ、ふふ」
とセシルが含みのある笑いをした。
そこへメリッサの妹フローラが挨拶にやってきた。
「皆さん初めましてアルネゼデール家の三女、フローラと申します。本日は素晴らしい祝勝会にお招き頂き有難う御座います」
貴族のお嬢様らしくしっかりとした挨拶をするフローラの後ろに珍しく緊張気味で表情を消した双子が立っていた。
これこれと目くばせするセシルの合図にドロテがなるほどと頷いたがルシアンにはさっぱり分からなかった。
「アシル、お前には分かるか?」と聞こうとしたがそのアシルも何故か様子がおかしい。ドロテの前で目を見開いて固まっていたのだ。
――・・みんな貴族の中に入っておかしくなっちまったのか?
「どうしたのよ?。難しい顔して」
「い、いやあ、何でもない。それよりなんか表に止まっている馬車の数に比べて人の数が少ないみたいだけど気のせいかな?」
弟たちの様子がおかしいとは思うが他の皆は理由を分かっているようでなんとなく聞きづらい。また自分だけ分かっていないのかと詰られたくもないので代わりにこの部屋に入った時から感じた違和感をドロテにぶつけてみた。
「それは使用人と食材とか物資が多いからで別にあんたの気のせいじゃないわ」
「どうしてだ?」
「今日祝勝会に集まって来ているのはほんとの家族だけだからよ」
「ん?」
「もう!鈍いわね!。今日一日この屋敷を解放して祝勝会に来たい人を全員入れたら収集がつかなくなるでしょ?ましてここは優勝チームの祝勝会だから家同士のつながりを持ちたいと考える貴族や勧誘したい騎士団の小隊長まで入れると物凄い数になるはずよ。だから今日一日は親族限定にして明日以降はここの当主つまりセルジュ様が予定を組んで招待するの。分かった?」
「そうなのですか。酒や食材が何日分も必要になるから馬車や使用人の数が多いのですね」
メリッサも知らなかったようでしきりに頷いていた。
「な、なるほど・・・で、そのセルジュのおっ・・セルジュ様は?いないみたいだけど」
「あのひとは昨晩から優勝や最優秀を祝う書簡を持った使者が大勢来ているのでずっと書斎に籠って返事や招待状を書き続けているわ」
不在の当主の代わりに挨拶をして回っていたイザベルがドロテ達の輪の中に入って言った。
「た、大変だな・・・」
ルシアンは自分がもしセルジュの立場になったらと考えると恐ろしくなりぶるっと身震いをした。貴族として生きてゆく事になるのだ。将来的にあり得なくはない。
「それにしてもユーゴとレティは遅いわね」
「ユーゴは昨日の夜から寝ないでレティにヒールしてたからなぁ、疲れて寝ちゃってたりして」
「ふ、二人で?!いやぁん!」
ドロテがテーブルに置かれていた燭台でルシアンを殴った。
ルシアンの額からつ~っと赤い物がひとすじ流れた。
「~~ってぇぇぇ!!ふ、二人でなんて言ってねぇ!だいたい何故殴る!?」
「あらいやだ私としたことが。おほほ」
「おほほ。じゃねぇ!ど、どういう性格してんだお前は!」
「ルシアン、あまり大きな声をだしてはいけません。それから”お前”もだめです。何人かこちらを見ています」
メリッサの言うように近くにいた使用人がじっとこちらを見ていた。
ルシアンは燭台で殴るのは良いのかよ?とかメリッサはドロテの味方か?とぶつぶつ言いながら額を拭った。
一連の惨劇を目の当たりにしたセシルが「兄さんとドロテ様はいつもこういう感じなんですか?」と目を丸くして驚いていたがそれよりもルシアンが気になったのはアシルの方だ。何故か殴られたルシアンを見る目が険しい。いつも真面目でにこやかなアシルのあんな目は見たことがない。
ルシアンとドロテがいつものなれ合いをしているとユーゴとレティシアが大広間に入って来た。
二人はイザベルのエスコートで挨拶をして回った後ルシアン達の輪に加わった。




