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祖父に捧げる勝利

「レティ!チャンスだ!拳を握れー!」

「は!?」

「え?!」

 髪を掴まれユベールの左拳が目いっぱい引き絞られた状況でチャンス?!

 皆ユーゴを二度見する。

 ユベールの右拳で意識の飛びかけたレティシアだったがユーゴの激で我を取り戻した。

 ――そうだ、チャンスだ!拳の打ち合いならこちらが上!

 レティシアの両の目に炎が宿る。

 髪を掴んでいるユベールの右手小指を掴んだ。

 バキッ!

「うがああああ!」

 激痛に一瞬動きが止まり声を上た。

「き、貴様~~っ!」

 ユベールは激高しレティシアの顔面目掛け引き絞った左拳を振り下ろす。

 ――お兄様の作ってくれたこのチャンス、無駄になんかしません!

「あああああああっ!」

 気合と共に大量の髪と血飛沫が飛ぶ。

 レティシアが力の緩んだユベールの右手を自身の髪ごと引きはがしたのだ。

 必死の抵抗でユベールの左拳はやや軌道が逸れ左頬に命中した。

 ぶわっとレティシアの口と鼻から火花の様に血沫が飛んだ。

「しま・・・!」

 左腕を振り切ったユベールははっという顔をして振り向く。トドメの一撃が浅い。

 ――今の私の全てを出し切る!

「まけるもんあああああ!」

 レティシアは髪を振り乱しユベールの太い左腕の外から巻いて顔面に右拳をねじ込んだ。

 ゴキンッ!

「ぐあ?!」

 ユベールの顔が右上方に跳ね上がり一瞬白目を剥いたが直ぐに怒りの形相に変わりに右拳を打ち下ろす。

「こ!このっ!」

 ユベールの態勢からこれを予測していたレティシアは素早く左腕を伸ばし外側で滑らせるように受けると同時に体を右に捩じって溜を作る。

「たあああああああああ!」

 十分な態勢から二発目を放った。

 ゴキゴキッ!!

 体重を乗せたレティシアの右面打ち≪右フック≫はユベールの顎を砕き鮮血と同時に白い物が空中に散らばった。

「つ!」

 手甲での殴り合いは鉄の塊をぶつけ合うのに等しくそのダメージは尋常ではない。同時にレティシアの右拳も砕けた。

「ひやあああああああ!」

 ユベールはガクっと地に両膝をつき両手を顔面に当てて情けない声を上げた。

「ふぁ!ふぁてぇふぁてぇぇ!お、俺のふぁけらっ!」

「おじい様も・・・おじい様もそうおっしゃった!!」

 レティシアは腰の短木剣を左手で引き抜き、静止を哀願するユベールの手を打ち落とした。

「ふあぁぁぁぁ!!」

 鼻がへし折れ、前歯が全て無くなって原型を留めていないユベールの顔が伸びあがる。

 レティシアは両足を踏ん張り血に染まった顔を上げ大きく息を吸い込んだ。

 ――強く優しかったおじい様は戻られません・・・でもおじい様の地位と名誉はレティシアが取り戻します!

「うおおおおおおおお!!」

 レティシアは砕けた右拳を握りこみユベールの顔面を打ち抜いた。

 グシャ!

 骨と肉が同時に潰された嫌な音が響いた。

「がは・・・!!」

 ユベールは膝を立てた体制から仰向けに倒れ鋏を持った甲殻類の様に泡を吹いて動かなくなった。


 その瞬間全ての観衆が息をのみ静止した。


「レティ!顔を上げろ!拳を上げろ!勝利を伝えたい人がいるのだろう?!」

 静寂を破ったのはユーゴだ。

「レティの、俺たちの勝ちだーー!」


 レティシアは胸の前で両手を組んで目を閉じた。

 ――おじい様、あの日から後悔し続けているお父様をお許しください。非力だと嘆き続けたお母様をお許しください。


 ぼろぼろの右拳を天に突き上げた。


 おおおおおお!!

 おおおおおお!!


 平原は天が落ちてくると思われるほどの大歓声に包まれ、敷物、履物、帽子、金貨銀貨、果ては下帯まで空が見えなくなる程あらゆるものが宙を舞った。

 大きく口を開けたまま立ち上がることも出来ず放心状態のAチームの特別席とは逆にHチームの特別席は「大穴キターー!」とガッツポーズのニルスを中心にお祭り状態となっていた。

 皆が狂喜乱舞する中、跪いて肩を抱き合い肩を震わせてむせび泣く夫婦の姿があった。セルジュとイザベルだ。

「父上・・・あの子が・・・レティシアがやってくれました・・・ぅぅぅ・・・」


「見事においしいとこ持って行ったわね!」

「すっげーなレティ!今度あの打ち方教えてくれ!」

「不器用なアンタには無理よ!」

「なんでだよっ!」

「レティ、傷は大丈夫ですか?」

 平原ではHチームがレティシアを中心に互いの健闘を称え合いながら飛び跳ねていた。

「レティ!」

 ユーゴがレティシアを抱え上げた。

「お兄様・・・み、見ないでください・・・」

 子供の様に『高いたかーい』されたレティシアは真っ赤に染めた顔を両手で隠した。

「どうした?」

「その・・・わ、私今・・・ひどい顔をしていますから・・・」

 ユーゴはレティシアを下ろし、優しく両手を取った。

「・・・お兄様」

 俯くレティシアの髪は乱れ、左目はほぼ塞がったまま腫れていて顔と髪には凝固した血がべったりと張り付いていた。

 ユーゴはレティシアの頬を両手で優しく包み唇を重ねた。

「!」

 レティシアは一瞬大きく目を見開いたが目を潤ませ全身の力を抜いてユーゴの胸に身を委ねた。

「きゃぁぁぁ!?ユーゴってそんな大胆な男だったのぉ!?いやぁん!」

 急に女子になるドロテ。

「み、み、み、見てないから!俺は何も見てないからなっ!」

 言葉とは裏腹に指の間からばっちり全てを見届けるルシアン。

「あらぁ・・・」と頬を染めてユーゴとレティシアを見た後ルシアンをチラリと見るメリッサ。

 そして特別席からも声が飛んできた。

「ばぁっかむぉぉんっ!!。そういう事は親の許可を得てするもんだっ!!」

 声の主はセルジュだ。眉間にシワを寄せた彼は笑顔で大粒の涙を流していた。怒っているのか泣いているのかはたまた喜んでいるのか誰にも分からない。

 そのセルジュの腕をとり、隣に佇むイザベルは満面の笑みを浮かべて手を振っていた。


 少年達の激闘を見届けたブリュセイユ王国国王ジェラール・オードランは満足そうに眼を細め金青の外套を翻す。


 こうして騎士学校創設以来初の最下位評価チームの完勝、初の女子が二人以上所属のチームの優勝、初の平民所属チームの優勝という初物尽くしの異例の御前試合は幕を閉じた。


 観客席が大盛り上がりの中、勝利の余韻に浸ることなく、傷ついた体の手当もままならないまま学生達は走り始めた。このまま卒業式となるからだ。

 ドロテ、ルシアンメリッサは足早に講堂へ、ユーゴはレティシアを抱えて大急ぎで医務室へ向かった。


「な、なんだってこんな急いで卒業式なんだよ・・・明日で良くないか?怪我人だっていっぱいいるぞ?もうすぐ陽も落ちるってのに・・・みんなアホなのかぁ?・・・」

 ルシアンが悪態をつく。

「御前試合を見るために国中から人が集まってきていて卒業式は後日とかだと宿を取れずに困る父兄が出てくるから仕方がないのよ。遠方から来ている人は特に大変よ」

 貴族が宿泊できる豪華な施設は数が少ない。娯楽の少ないこの世界で御前試合は大人気の一大イベントなので学生の親兄弟はもとより親族総出の観戦となり、馬車の数も尋常ではない。更にそれぞれが使用人、メイド、下働きをぞろぞろ連れての宿泊と移動となると簡単ではないのだ。

「なるほど・・・そりゃあそうかもな。セルジュのおっちゃんが屋敷に泊めてくれてるからいいけどウチも今日は帰れって言われたら困るな・・・」

 ルシアンはドロテに言われて頭を掻いた。

「それに御前試合が終われば学校にいる意味が無くなりますから卒業式に出席せずに帰る学生も多いみたいですね・・・」

 よくよく周りを見渡すと講堂の中央に集まっている学生は上位三チームだけで他は見当たらない。壁沿いに設置された椅子に腰かけているのも上位チームの父兄だけのようだ。

 騎士団入団が叶わなければ騎士学校卒業はなんの意味も成さない。高い金を払って騎士団に入れなかったという事実だけが残る。頑張って卒業したから就職に有利とかは皆無で最後まで諦めずによく頑張りましたね。卒業おめでとうとはならないのがこの実力社会だ。

 ドロテの説明によると下位チームの学生は負けた顔を晒すだけで貴族としては恥だから例年卒業式に出席するのは上位3チームだけなのだそうだ。


「まだ始まってないみたいだな。良かった」

 包帯をぐるぐるに巻いたレティシアとユーゴが講堂に入ってすぐ校長が登壇し式典が始まった。

「流石にあの怪我では出席はできないか・・・」

 並んでいる学生の中にアルバンとユベールがいない事に気づいたユーゴがレティシアの頬に手を当ててヒールをしながら小声でつぶやいた。

「あれだけハデにやられちゃったらね」

 と、包帯を巻かれたレティシアの右手を握りヒールをしているドロテ。

 下位となったチームから素質を認められて騎士団入団となる”特別枠”も今年は該当者無しでイザークも選ばれなかった。

 父親から勘当を言い渡され、妹の婚約者であるイザークと戦い倒したメリッサは騎士団に入団。そして恐らく昇爵する。何事もなければ長女の騎士団入団で家ごと昇爵となるはずだが家を出されたメリッサが父より爵位が上となってしまう。王国騎士は地方騎士よりも立場が上となるので今後自領の騎士となるであろうイザークとの関係は更に難しくなる。この後がきっと大変だ。

「何か出来ることがあれば助けよう」ユーゴはメリッサの横顔を見つめながらそう思った。

 式典の最後に最優秀者の発表があり、レティシアの名が呼ばれた。

 瞬間レティシアはビクっと体を縦揺れさせてとても驚いた顔をしたが「Aチームの大将を一騎打ちで倒したんだから当たり前でしょ!」とドロテに背中を押されておずおずと遠慮がちに登壇し、証である襟章を受け取った。

 これをセルジュがおいおいと大泣きしながら見守った事は言うまでもない。

 父はこんなに感激屋だったのかとユーゴは苦笑した。

 優秀者にはドロテが選ばれ、レティシアの隣に並んで胸を張った。普段は超お転婆娘だがこうした所作やたたずまいはさすが上級貴族だ。

 来賓席にビシっと背筋を伸ばして座っているロシュフォール家長兄ユリウスは壇上のドロテを見ても眉一つ動かさなかった。これはこれでさすがだとユーゴは思う。

 校長の話では最下位判定のチームから最優秀者、優秀者が出るのは学校創設以来初めての事で最優秀に女子が選ばれたのは実に53年ぶりの快挙だそうだ。因みに一人目は言わずと知れたドロテの祖母の聖騎士アミラだ。


 式典が終わり外へ出るとチームHは家族に囲まれた。

 セルジュとイザベルは痛々しい姿のレティシアを見るなり心配そうに駆け寄って恐る恐る抱擁した。

「レティ、時間があるなら今ここでヒールしますよ」

「有難うございますお母様。でも医務室で手当して頂きましたしお兄様にずっとヒールして頂いているので大丈夫です」

「まぁ!ユーゴはヒールもできるのですね?少し安心しました」

微笑むレティシアを見て二人は安どし、ほうと息をついた。

 セルジュはレティシアから最優秀の襟章を大事そうに受け取りハンカチをで目頭を押さえてまた泣き出してしまって「おじちゃん今日は良く泣くなぁ」と10才のソラルに背中をさすられていた。

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