大将戦~四~
「まずいな・・・」
ユーゴは少し焦りを感じていた。
攻撃力の男女差はどうしようもない。だが防御、特に避ける、躱す事はそこまで差は出ない。故に防御しながら持久戦に持ち込めば勝機はあるという考えから自主練では多くの時間を防御に充ててきた。
しかしユベールは躱す事に長けた相手に攻撃一辺倒では体力が消耗するだけと考え、打たせる事でレティシアの動きを止めて確実に攻撃を当てる戦法を選択したのだ。
「ユベール、悔しいけどさすがね・・・」
ドロテが舌打ちした。
誰がどう見ても相打ちでは圧倒的に不利だ。
「どうすんだユーゴ・・・声出したり音たてたりしてももうあんまり気になってないみたいだぞ」
ルシアンの言うようにユベールは周囲の行動を過敏に気にするということはなくなってきていた。こちらが是が非でもレティシアの完全勝利で試合を終わらせたいという考えに気づいたからだろう。
しかしユベールはまだレティシアが窮地に陥った場合のチームHの全員攻撃という可能性を考えから完全には捨てきってはいないはずだ。ほんの僅かだがドロテやルシアンの動きに反応はしているからだ。
恐らくユベールは僅かに残ったチームHの全員攻撃の可能性をゼロにすべく、ギリギリまで弱らせて速攻で仕留めるつもりだ。そうすればレティシアが窮地に陥るという場面を作ることなく試合が終わるからだ。
「レティ!、集中して相手をよく見るんだ!」
ユーゴが大声で叫んだ。
レティシアはチラリとユーゴに目をやった。
――お兄様・・・私、戦いに集中はしています・・・。
「もう一度言うぞ!レティ!相手をよく見ろ!」
「・・・お兄様?・・・」
ユーゴの作戦、指示は的確だ。常に自分の考えや敵の上を行き、稽古してきたことは全て勝利に繋がっている。
尊敬以外の言葉は出てこない。そのユーゴがこの局面で同じ言葉をを二度も叫んだ。
必ず意味があるはずだとは思うが理解出来ずにいた。
――どうすれば・・・。
「お兄様・・・ごめんなさい。私にはわかりません。でも・・・」
必死に考え、出した答えはユーゴの言葉通りにするという事だった。
レティシアは中段に構え焦る気持ちと痛みを堪えて敵を見た。
大きい。2メートル越えのアルバン程ではないが横も縦もとても十五歳とは思えない。
剣術に限ったことではないが相手の身長がほんの少し自分より高いだけで途端に攻略難易度が上がる。分かり易く言えば自分より5センチ身長の高い相手にはいつもより5センチ懐深く入らなければいけない感じだ。
アルバンの兜を剝ぎ取れたのはチームの皆やアルバン自身が”打たせてくれた”からで奇跡に近い。まともに対していたら頭には剣を当てる事すら難しい。
「来ないのか?」
レティシアが動かないと見るとユベールは剣を下げたままゆっくりと歩み足で近づいてきた。
「・・・」
そして自分の間合いに入ったにも関わらず剣先は下げたままだ。
そこから更に一歩前に出た。
もうレティシアの間合いだ。
プレートメイルのカベの頂上に乗っている顔は打って来いとレティシアを見下ろした。
――どうしたら・・・!
このまま打ち込んでもさっきと同じ結果となるのは目に見えている。
体温が上昇し全身の毛穴という毛穴から一気に汗が吹き出し、皮膚がピリピリする。
「この距離でも打ってこられないか。ならば仕方がないな」
――この距離で躱せるだろうか?いや、躱す事はギリギリまで考えない。お兄様は集中して見ろと言った!
レティシアははぁと低く息を吐き目を見開き眼前の敵を凝視する。
すーっと大歓声が消えていく。
緑の下草、木々、茜色の空が視界から徐々に消えていき世界にただ一人の敵だけが浮かび上がる。
追い込まれた状況でレティシアの集中力が臨界を突破した。
――ユベールが構える。
何故かそう思った。
「ふん!・・・」
ユベールはここまで近づいても誘いにのってこないレティシアに対して不満そうなな表情を浮かべながら構えを取った。
レティシアにはその所作がとてもゆっくりに、スローモーションに見えた。
ユベールの構えはオーソドックスな肩構えだ。
だがレティシアには少し違って見えた。
歩幅がやや大きく重心が低い。
剣は一般的な構えよりも随分と寝ていて楕円の柄頭が見える。そして剣先はやや頭の方に振れている。
――なに?・・・。
少しずれたようなこの構えに何故か見おぼえがある。
こちらを向いた柄頭が僅かに二度上下に動いた。
一瞬ユベールの顔にユーゴの顔が重なった。
「!」
刹那、刀身が起き上がりレティシアの頭上を襲う。
しかし危険や恐怖を感じない。
それはこれがフェイントだとわかったからだ。
ユベールの剣はレティシアの剣より下に行ったところで止まった。
「?!」
このフェイントの次に来るのはそのまま突きかもう一度ふりかぶっての垂直斬りのどちらかしかない事も何故かレティシアは知っていた。
ユベールは至近距離でフェイントを入れるというウラをかいた技にも中段の構えのまま一切動じないレティシアに戸惑いながら次の技を放つ。
「たあああ!」
レティシアはユベールが技を繰り出す一瞬前剣先が僅かに下がったのを見逃さなかった。
――この動き、突きだ!
ゆったりと握っていた両の拳に急激に力を込め、喉元に迫って来たユベールの剣を大きく上方へ弾いた。
僅かな動きでユベールの剣を弾いたレティシアの剣は反動で元の位置に戻る。そして右足を力強く踏み出しキレ良く剣を突き出した。
「きぃぃぃぃ!」
ドッ!
ユベールの鳩尾やや下に真っ直ぐに突き立った。
しかしユベールの前進する勢いに押され手首が負ける。
『プレートメイルに真っ直ぐ木剣を突き立てても刺さらないから押し込まれてしまう。そういう時は柄頭を自分の胸の固い部分に当てて体全体を使って押し返すんだ。それから出来る事なら相手が考えるポイントをずらしたところで全体重をかけられたら尚良い』
ユーゴの言葉が脳内に蘇る。
――お兄様!
押し戻される剣の柄を自身の右鎖骨のやや下部分に押し当て、全力で半歩前に踏み込んだ。
水平となったレティシアの剣が突進しあう両者を急激に押し止めた。
「うお!?」
「!!」
強烈な衝撃が両者を襲ったが態勢を崩したのはユベールだ。右後方に体がずれ、一瞬バンザイの格好になった。
万全の態勢で迎え撃ったレティシアは素早く振りかぶり前に出る。狙うは当然兜の無くなった頭だ。
「やああああ!」
「こ、の!」
レティシアの剣は咄嗟に頭を捩じったユベールのこめかみを掠めて肩に命中した。
――は、外した!
決定的な一撃を躱されたレティシアはユベールを5~6歩追い越したところで向き直った。
木剣といえど素面に当てられたら大人でも卒倒する。絶好機を逃したレティシアは唇を噛んだ。
対して驚いた表情で向き直ったユベールのこめかみには血がにじんでいる。
レティシアとユベールの身長差は50センチ程もある。レティシアは突きから一歩踏み込まなければユベールの頭に届かった為に僅かに躱す時間が生まれたのだ。もし同じ身長であったなら間違いなく頭を割られていただろう。
レティシアを睨みつけるユベールの目には打ち込まれた事に対する怒り、もう少しで敗北していたかもしれないという怯え、レティシアの技動きに対する驚き。色々な感情が混ざり合っていた。
・・・何故だ・・・。
ユベールは軽くパニックに陥っていた。
それもそのはず。途中まではずっとユベール主導で戦えていたのに突然潮目が変わったからだ。
そう、あのフェイントから突然に。
あそこからレティシアの動き気が急に別人の様になり一連の技が常にユベールのコンマ数秒先を行っていた様な感覚になったのだ。
・・・訳が分からない・・・。
ユベールは額から血と汗を流しながらゆっくりと肩構えを取った。
この数秒で一気に追い込まれたユベールは言葉を発する余裕もなくなっていた。
やや離れた位置で再び肩構えのユベールを見たレティシアは確信した。
ユーゴの構えだ。
レティシアの目には構えるユーゴがダブって見えた。
ユーゴはユベールの構え、攻撃パターンやクセを徹底的に研究し、ずっと指導してくれていたのだ。
思えば自分は木銃のユーゴと稽古した事は一度もなかった。時々木銃を持ったユーゴに「ちょっと構えてみてくれ」と言われたことはあったが打ち合ったことすらなかった。それはきっとドロテやメリッサ、ルシアンも同じだ。
自分の練習時間を全て自分や皆の為に費やしていたのだ。
自分の為にユーゴは今日のこの一戦を見据えて一年間ずっと指導してくれていたのだと思うと胸が熱くなった。同時に今の今までユーゴの意図に気づかなかった自分を不甲斐なく思った。
騎士学校の修練でもユベールとは何度か手合わせをしていたのにどうして今まで気づかなかったのかと考えた。必死で稽古してきたのに。
――そう、ずっと必死だったからだ。体力向上の為に必死で走っていた。幼少から剣の指導を受けていた他の生徒との遅れを埋めるために必死だった。相手がどうこうではなくまず自分の能力を上げることにこの一年費やしてきた。たぶんそれで今の今まで気づかなかったことがいくつかあったのだ。
ユーゴはそれすらも想定していたのかもしれない。
「お兄様、有難うございます。心の底から尊敬します!」
レティシアは中段の構えから肩構えに変えて突進した。
打ってくるならこれまでと同じだと口角を上げたユベールは迎え撃つ構えだ。
しかしフェイントを交え動きを読みつつ剣を繰り出すレティシアをユベールは捉えきれない。
しかも水を得た魚の様に有り余る持久力を武器に縦横無尽に動き回りユベールの剣を躱す。
溢れだすアドレナリンが両脇の痛みを消し飛ばしす。
右に左にステップを踏み時には急激に退いてユベールの剣を空振りさせる。
レティシアは最早剣を使うことなく体移動ですべての攻撃を避けていた。
うおおおお!
うおおおお!
ユベールを翻弄する小兵のあり得ない動きに呼応して平原に大歓声が沸き起こる。
「きたきたきたー!」
ルシアンがガッツポーズで飛びあがった。
「いけー!レティー!」
メリッサがドロテが剣を拳を振り上げる。
ユーゴもぐっと拳を握りこんだ。
ぜぇぜぇと肩で呼吸するユベールは自分の技が全て読まれていると悟った。
このまま相手の動きに翻弄され続ければ先に自分が動けなくなってしまう。
口惜しいが持久力はレティシアの方が格段に上だ。
「ならば・・・必ず打ってくる技を狙う!・・・」
ユベールは肩構えから小さく素早く剣を垂直に振った。
このフェイントを見切っているレティシアは相手の剣を微動だにせず見送った。
そして突き。
数分前と同じようにレティシアはユベールの剣を下から弾き、突きを返す態勢に入った。
しかしユベールは弾かれた剣を力任せに抑え込みレティシアの手元を狙って打ち下ろした。
ユベールの喉元を狙ったレティシアの剣も止まらない。
「やあああ!」
「だああああ!」
コテと突きの相打ち。
「く!」
レティシアは手元を打たれたために柄頭を胸に当てる事は出来なかった。
――タイミングだけでも外す!
レティシアは踏み込んだ右足に全体重をかけた。
二度同じ技を受けて堪るかとユベールも全力で前に出る。
ガシッ!
二人のプレートメイル間に二本の木剣が挟まれ軋んだ。
木剣がなければ激突していたであろう二人は二本の木剣に腰を押され激しい衝撃で同時に首がガクっと前に突き出された。
「うが・・・!」
「!!」
二人に挟まれ強烈な圧力がかかった二振りの木剣は両者の手を離れて絡まりながら空中高くはじけ飛んでいった。
万全の態勢はユベールだった。
タイミングを外しにかかったぶんだけ飛ばされずに済んだが軽量のレティシアは大きく後方にのけ反った。
ユベールはくわっと目を見開き左手でレティシアの肩を掴み後方へ倒れようとしたレティシアを引き寄せ、思い切り右拳を振った。
ガアン!
一撃でレティアの兜が跳び纏めていた金色の美しい髪が乱れ散る。
「捕まえたぞ!」
ユベールの両目がギラっと光った。
「あう・・・」
「ふはははは!俺の勝ちだ!」
ユベールは振りぬいた右手のかえりしなレティシアの髪を掴み、思い切り左腕を引いてフィニッシュのモーションに入った。




