大将戦~参~
「覚えておくがいい。事が済んだら全員潰してやる!」
ユベールは血走らせた目で取り囲むユーゴ達をひとりひとり睨みつけると当面の標的であるレティシアに向き直った。
「たああああ!」
恵まれた体格から鋭い連撃が繰り出される。
「うおおお!いけーーー!」
「たおせーーー!」
全勝を懸けた大将同士の一騎打ちはジェラール王公認の一戦となり優勝予想に法外な掛け金が集まったことも相まって観客席は異常な盛り上がりを見せ始めた。
両者の一振り一振りに観客がうおお、うおおと唸り声をあげる。地響きのような大歓声が平原を支配していた。
ユベールが持って生まれた恵まれた体格と培われた技量でレティシアを攻める。
女性騎士学生の中でも小柄で華奢なレティシアはそれをなんとか受け続ける。
大将戦は誰もが予想していた通りの展開となっていた。
縦横無尽に繰り出されるユベールの剣は全てが強打だ。
「うぐ・・!」
レティシアは剣を立てに横に、時には右手を刀身に添え両手で猛攻を耐えしのぐ。
時折ユーゴ等チームHがユベールの集中力を削ぐ動きをするが徐々に反応が小さくなってきていた。
――陛下の御前で全勝と財産を賭けた一戦を台無しにしたくはないのは奴らのはずだ。
ユベールはチームHの気を削ぐ動きに歯ぎしりしながら決め事を反故にすれば不利益を被るのはチームHだと自分で自分を諭しながら剣を振る。
「まずいわね・・・ユーゴ、大丈夫なの?」
ドロテが駆け寄り、ユーゴに囁いた。
「おい、持久力に自信があるといっても、その・・・なんかヤバくないか?」
「ユーゴ、何か他に作戦はないのですか?」
明らかな劣勢を心配して皆がユーゴの元に集まって来た。
「・・・全て・・・とは言えないが俺はこの一年でレティや皆に教えられることは教えた。限られた期間で出来る稽古はすべてやって来たんだ。後はそれにレティシアが気づくかどうかにかかっている」
「最後のはどういう意味だ?」
ルシアンが怪訝な顔をした。
「ドロテとメリッサは気づいているだろう?」
ユーゴは確信しているという目を二人に交互に向けた。
「私はアルバンと戦っている最中に気づいたわ」
「私もイザークとの戦いで・・・」
ふたりはゆっくりと深く頷いた。
ルシアンは二人の答えを聞いても全く得心していないようできょとんとした顔をしている。
ユーゴはユベールとレティシアの戦いを注意深く見守りながら「実は」と話し始めた。
「騎士学校に入学してすぐ貴族のほぼ全員が小さな頃から剣の指導を受けてきていると知った。そして皆とチームを組むことになってすぐこの十年近い差を埋める為にはどうしたら良いのか必死で考えた」
「それが持久力強化とプレートメイルの破壊、ユーゴの元居た世界の剣術、徒手の技の習得ですね?」
メリッサにユーゴは頷いた。
勝つ為にユーゴが考えた策だ。
他国の事は分からないがブリュセイユ王国領で騎士を目指す貴族の子は6歳頃から剣を手にし、基本と同時に技を教わる。子供に体力向上の修練をさせても続かないという事と幼い体に無理をさせないようにという配慮からだ。戦力となる年齢に達したのに体を壊しては元も子もない。体を鍛える事を理解するのは騎士学校からで騎士団に入団し実戦に即した訓練と実戦に参加することでその重要性を身をもって学んでから徐々に持久力を上げるという方針だ。
そして騎士団入団を決める最終試験である御前試合はプレートメイルを着込んだ上で木剣で争われる。ユーゴはまずそこ着目し、とにかく走らせた。15~6歳の少年少女がプレートメイルを着込んで激しい打ち込みが出来るのは持って数分程度のはずで武器は木剣。持久力が高ければ高いほど倒されにくくなり、相手の疲労を待って反撃出来る。
次に女子三人という課題。力押しで勝てないのは目に見えている。これにはプレートメイルを破壊するという裏技を思いつき同じものを作らせて徹底的に研究した。こちらの世界の鋳造技術は荒く、特に接合部分は脆い事が分かった。
家の資金力で軽量強固な防具を持ち込まれては実力が図れないという理由で御前試合で使用するプレートメイルは全て同じ作りであることも幸いした。
三つめは日本の剣技を取り入れた事。実戦でいきなり初見の技に対応するのはかなり難しい。通常は稽古してきたことしか本番ではできないからだ。見たこともない構えをするだけでも効果は絶大だ。ユーゴが教えた構えや技は騎士学校の修練では一切の使用を禁じて御前試合まで隠してきた。
「それに加えて対戦相手の研究もしていたのね」
「そうだ。なんとなく学生全員を相手にする稽古をしても大事なところで勝ちきれないと思ったんだ。それで当日対戦相手を誘導することで一人に絞って稽古してもらおうと考えた。俺はアルバン、イザーク、ユベールを徹底的に研究してクセを真似てドロテ、メリッサ、レティにそれぞれ稽古をつけてたんだ。まあアルバンが最初の対戦にドロテを選ばない可能性はあったんだけど、運も実力のうちさ」
ユーゴはニッと唇の端を上げた。
なんで俺を飛ばした?!というルシアンの言葉を遮ってメリッサが前に出た。
「でも今レティはそれを分かっていません。教えてあげないと!」
「それはだめだ」
ユーゴはメリッサの右腕を掴んで引いた。
「なぜです?!このままではレティが!・・・」
「自分で気づかないといけない事なんだ!」
いつになく厳しい目で見つめるユーゴにメリッサは教えることがいけないのか?という言葉をぐっと飲み込んだ。
「物事は全部を教えたらダメなんだ。自分で気づくことで歯車がガチっと嚙み合って一皮むけて成長するんだ。それは一から十まで教えられた者より十倍速く大きく成長できるからだ。これまでやって来た苦しい稽古はこういう事だったのか、この為の技だったのか、あの動きはこれに対応するのかと、最後は自分で気づかないとだめなんだ。そうならないとずっとなんとなく教わって、なんとなく強くなったで終わってしまう」
ユーゴの言葉にメリッサもドロテもハッとした。
そうなのだ。戦っている最中にカチっとなにかが嵌った感じがした。頭と体が一体化し、そこに気持ちが乗ってうそみたいに体が動いた。
「本当は小さな試合、戦いをいくつか経験して気づいて大きな戦いで発揮するという流れが一番良いんだけど手の内を隠す為に騎士学校での試合の中ではそれは出来なくてどうしてもこの一発勝負に賭けるしかなかったんだ。でも二人はこの一発できっちり仕上がってくれた。きっとレティもやってくれると俺は信じている!」
大きな賭けだった。限られた時間の中で納得がいくほどの所まではどうしても持っていけなかった為に最後の仕上げを本番に委ねたのだ。
御前試合まで一年しかない。まにあうだろうか?最初はユーゴ自身も不安だった。
しかし
「バカみたいに体の丈夫なルシアン、女子というか学生全体の中でも飛びぬけた身長のメリッサ、恨めしいほど体格に恵まれずレティシアよりも小柄だけど持って生まれた素質は超一流のドロテ。器用で何事においても習得が早く根性なら誰にも負けないレティシア。自主練を始めて半年程経った頃いける!って俺は確信した」
「なんだか俺だけ蚊帳の外みたいでいぢられてる気がするんだけど・・」
ルシアンの何か納得がいかないという顔をみて皆ふふと小さく笑った。
「あんたは言っても聞かないし駆け引きなんてできないからしょうがないじゃない」
「ルシアンは自分でなんとかするタイプだから敢えて放置した部分はある」
ユーゴに自分でなんとかする奴と言われてルシアンは満足そうな顔をした。
「もう見守る以外私たちには何もできないのですね・・・」
「ユーゴのいう事は理解できるわ。でも・・・あー!上手く言えなくてイライラするわ!」
ドロテは頭をガリガリと掻いた。
「何も出来なくはないぞ」
言葉を発したユーゴに皆顔を向けた。
「何かできることがあるのか?!」
「一生懸命応援するんだ」
「お、応援・・・?」
そんな事で何か変わるのだろうかという顔だ。
「実際戦っているのはレティだけだが後ろには共に苦しい修練を乗り越えてきた仲間がついているという事を感じさせてやるんだ。常に自分の事だけを考えて自分の為にだけ戦っている他の奴らと俺たちは違う。俺達がしゅんとしていたらレティも不安になる。俺達が力強く後押しすれば窮地に陥ってもまだいけると感じるもんだ」
「そうです!応援されると何故か体が軽くなります」
対イザーク戦でフローラの声援を受けた時心が燃えたとメリッサが言った。
競技としての戦いのないこの世界では応援という概念がないのかもしれないが応援とはそういうものだ。
「わかった!頑張っていっぱい応援するわ!」
「いけー!レティ!そんな四角いカオの野郎は叩きまくってもっと四角くしてやれ!」
「どうすりゃいいのよバカ!」とドロテがルシアンを叩いた。
「うるさい奴らだ!」
ユベールが舌打ちした。
「貴様もだ!何がおかしい!」
ルシアンの応援に笑った様に見えたレティシアに鋭く剣を落とす。
強烈な袈裟切りに押されながらも受け止めた。
ユベールは更に振りかぶり左からの袈裟切りを放つがこれもなんとか受けきるレティシアだが眉間に深いシワが刻まれる。
受けてはいるが両手がジンジンと痺れていた。ユベールの剣を一振り受ける毎に手が痺れ、関節が軋むのだ。
「レティ、稽古通りの動きが出来てませんよ!真正面から受けてはだめです!」
大一番でレティシアは緊張から体がカタく稽古してきたフットワークを使えていなかった。
レティシアは一瞬だけメリッサに目をやって分かったと合図した。
「レティ!稽古通りやれば必ず勝てる!俺との稽古を思い出せ!」
「修練通りやれば勝てるだとぉ?!俺が貴様らの修練以下だとでもいうのか!」
ユベールは怒りに任せて剣を左から右へ払った。
レティシアは剣を立てるのと同時に左方向へ跳んで衝撃を逃がした。
「む?!」
ユベールは間髪入れずに今度は右から左へ剣を返す。
レティシアはまたしても剣を立てて右方へ跳んだ。
間合いが切れたがユベールは猛然と距離を詰め担ぎ面の様な技を放った。
レティシアは剣を真横にして受けたがユベールは更に突っ込んでいった。体当たりだ。
「!」
咄嗟にレティシアは後方へ跳んだ。
まともに食らえば押し倒されて終わってしまう。
「逃がすものか!」
追いかける様にユベールも前方に大きく跳んだ。
男子の前方への跳躍と女子の後方への跳躍は明らかに前者の方がその速度距離共上だ。
前方に突き出されたユベールの両拳がレティシアの両拳に衝突した。
「なに?!」
ユベールは目を見張った。
「捉えた!」と思った瞬間レティシアは空中で両拳を押しユベールの力を利用して更に後方へと跳んだのだ。
レティシアは後方に背中から滑るように落下、ユベールは前方に顔面から落下し、両者同時に土煙を上げ下草を切り裂きながら豪快に転がった。
先に立ち上がったのはレティシアだ。これまで地を這う事等なかったであろうユベールは重そうに体を起こした。
「やああああ!」
良く通る気合と共に巨体に突っ込むレティシア。
一気に間合いに入るとユベールが構える前に思い切り振りかぶり鋭い一撃を兜に落とした。
カァン!という芯を食った金属音が鳴り響いた。
「この女ァ!」
直後ユベールは至近距離で右から左に体を捩じりバックブローの様に柄頭をレティシアの左脇に叩き込んだ。
「がはっ・・・!」
ドスン!という重低音で一瞬呼吸が止まり華奢なレティシアの体は吹き飛んだ。
――!貰ってしまった・・・。
痛みを堪えながら立ち上がり、彼我のダメージを確認する。
打たれた左脇に右手を充てた。
「・・・!」
ズキン!という痛みが左脇から足首と肩に突き抜けた。
折れてはいなさそうだがヒビぐらいは入っているかもしれない。
対するユベールの兜は破壊出来ていなかった。ダメージも皆無に見える。
自分の憀力では一撃での破壊は難しい事は分かっている。
分かっているが痛みと焦りから嫌な汗が全身から噴き出てくる。
ユーゴに教わった。負傷したと思われてはあらゆる面で不利になる。闘志を顔に出すのは良い。しかし失敗や負傷したからといって、しまったという顔は絶対に相手に見せてはいけない。
レティシアは必至に平静を装って迎撃態勢を取った。
ダメージを受けたことを顔や態度に出してはいないがユベールには手ごたえがあったはずだ。一気に決めに来るかと思ったが意外な事にユベールは打ち込んでこない。
彼は構えを解いて剣先をだらりと下げたまま「ほら打って来いよ」と言った。
「ここを狙っているんだろう?」
「・・・」
左手で指示したのは兜の接合部、チームH皆で検証した弱点だ。
それぐらいの事はわかっているのだぞとユベールの目が嗤った。
最終戦で相手は優勝候補Aチームだ。防具を破壊する作戦がバレているであろう事は想定内だ。
――それにしても構えを解くなんて?
中段に構えたレティシアは間合いを詰めていく。
――非力な私の攻撃では大したダメージにはならないという事か?
――それとも何か他に意図があるのか?
――このまま飛び込んで行って良いのか?
ユベールは明らかに誘っている。
――しかしユベールが構えを解いているこの状況で行かなければいつ打ち込むのか?
激しく逡巡しながらじりじりと間合いを詰める。
数秒後レティシアは剣を下げたままのユベールの領域深く入り込み、自分の間合いに到達した。
いや、到達してしまった。
ユーゴが言っていた。
「剣道には打突機会”打突の好機”という言葉がある」と。
相手の起こりばな、技を受けた瞬間、技の尽きたところ、居着いたところ、退くところ、息を吸った瞬間。
――そして、体の崩れたところ。
相手の態勢や変化を捉えて有効打にする。つまりは打つべき時には打たなければいけないという事だ。
「やあああ!」
意を決して振りかぶる。
狙いは言われるまでもない。必死で打ち込み稽古をして来たアイガードの接合部。
ガキン!
まるで基本打ち稽古のように見事な打ち込みでレティシアの剣がユベールの兜を破壊した。
しかし同時にユベールの重い剣がレティシアの右脇に食い込んだ。
「があ・・・・!」
レティシアの体はくの字に折れ曲がり2メートル程飛ばされたところで尻もちをついた。
「俺の兜と貴様のダメージ、どちらが重いかな?」
視界を遮る破損した兜を放り投げ、ユベールは凶悪な笑顔を見せた。




